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第3話:落日は野心の果てに
#12
しおりを挟む結果的にノヴァルナが哨戒基地E―4459に対し、ナズラン星系にいた第6警備艦隊を先行させたのは正解であった。ノヴァルナの乗る『ヒテン』と二隻の戦艦に四隻の駆逐艦が、E―4459の近くに最後の超空間転移を終えた時、半日の差で先に到着した警備隊が、敵と交戦している最中だったからだ。
「合戦準備、全艦戦闘態勢! 砲雷撃戦用意!」
通常空間に戻り、前方で煌く複数の閃光を肉眼で捉えたノヴァルナは、戦闘が発生している事を知って間髪入れず戦闘態勢を下令した。その後に続く形で艦橋中央部に巨大な戦術状況ホログラムが展開され、各種情報が集まり始める。それを待たず、ノヴァルナはさらに命令を発した。
「全艦突撃! 全周波数帯で俺達の到着を告げろ!」
今はまず敵を引き付ける事だ。そのため敵味方の双方に受信出来るように、あえて全周波数帯で自分達の到着を知らせようという、ノヴァルナの判断である。『ヒテン』と各艦の重力子ノズルが、オレンジ色の光のリングを重ねて輝かせ、急加速で前進を開始する。この時になって、第6警備艦隊が交戦している敵の正体が判明した。
「敵はロッガ家の宇宙艦隊。戦艦3、重巡4、軽巡4、駆逐艦12、軽空母2」
オペレーターの報告に、艦橋のクルー達の間で僅かに緊張の波が広がった。相対的に見てかなり強力な戦力だ。しかしノヴァルナに恐れる様子はない。
「ロッガ家だと?…それで6警(第6警備艦隊)の状況は?」
ノヴァルナの問いにオペレーターが答える。
「はっ。旗艦の重巡『ザロンゲン』は中破ながら戦闘継続中。駆逐艦は残存二隻ですが、いずれも小破です。他の艦は…反応ありません。撃破された模様」
それを聞いたノヴァルナは、司令官席の肘掛けに置いた右手を拳にして握り締めた。報告では第6警備艦隊にはあと各一隻の重巡と軽巡、それに四隻の駆逐艦がいたはずだ。
「6警は後退させろ。救援急げ!!」
突撃を開始したノヴァルナ艦隊を察知し、ロッガ家の艦隊は僅かながら後方へ引いた。隊形を立て直すために違いない。哨戒基地E―4459はノヴァルナ艦隊から見て、左下後方約五千万キロにあって姿形も見えない。近くに転移したと言いながら遥か彼方のようだが、宇宙空間の尺度で言えば充分“近い”。それだけにノヴァルナ艦隊としても、これ以上敵を進ませるわけにはいかなかった。
「戦艦は射程に入り次第、主砲射撃を開始。俺も今から『センクウ』で出る。艦長は他の艦の指揮も執れ。ハッチ、キュエル、ついて来い」
そう告げるが早いかノヴァルナは司令官席を立つ。本来はオ・ワーリ=シーモア星系内の巡察が目的だったため、艦隊には参謀達が乗り組んでいない。それゆえにノヴァルナは艦隊の指揮を『ヒテン』の艦長に任せたのだ。
艦橋の中央に展開された戦術状況ホログラムでは、敵の艦隊が分離を始めていた。随伴する二隻の巡航母艦―――軽空母が艦載機を出撃させようとしている。哨戒基地E―4459までは約八千万キロと、艦載機を発進させるには遠すぎ、弱小の警備艦隊相手に使用する必要はないと温存していたのが、ノヴァルナ艦隊の出現で使用を決定したのであろう。
「敵の艦載機と軽空母は俺が叩く。戦艦二隻の宙雷艇も連れて行くから、残りはそっちで頼むぜ」
ノヴァルナは艦橋を出で行き間際に、艦長に振り向いて告げた。旗艦『ヒテン』に随伴する戦艦の『ログバール』と『ゼルストル』は、普段なら『ホロウシュ』の機体を搭載している艦なのだが、前述の通り、残りの『ホロウシュ』の機体は全て集中オーバーホール中で、搭載されていない。そこで急遽、惑星ゼランの補給基地守備隊が保有する宙雷艇部隊から、六隻を引き抜いて積んで来ていたのだ。
ノヴァルナがBSIユニットの格納庫に向かっておよそ五分後、まずは『ヒテン』が敵艦隊に対して主砲射撃を開始した。砲戦距離は四万(四千万キロ)、『ヒテン』の有効射程一杯だ。命中弾を期待してではない。敵のロッガ艦隊が、撤退を開始した第6警備艦隊の残存艦を、執拗に狙い撃ちしようとしていたため、牽制を行ったのである。
「艦隊針路288プラス15」
こちらの牽制射撃に対して右回頭をかけた敵艦隊の動きに合わせ、『ヒテン』艦長は同航戦を挑む形で針路を命じた。そのあとを戦艦の『ログバール』と『ゼルストル』が単縦陣で続く。距離が縮まって二隻の戦艦も主砲射撃を開始。敵の三隻の戦艦も撃ち返して来る。『ヒテン』の主砲ビームが敵の先頭を行く戦艦に命中するが、左舷側に展開しているアクティブシールドのエネルギーバリアに阻まれ、直撃は防がれた。
ただ早めの命中弾を得て、幸先は悪くない。射撃照準の諸元が正確だという事だ。幾らシールドが強力でも命中を繰り返せば、打撃力で圧倒出来る。
一方、敵の二隻の軽空母は軽巡2、駆逐艦6の護衛を受けて約五百万キロ後退、予想通り艦載機を発艦させ始めている。通常の軽空母が搭載する機数は、一個小隊12機がどこの星大名家でも標準だ。ロッガ家の軽空母も多分に漏れず、二隻合計で一個中隊規模24機が次々に飛び出して来た。
内訳は編隊長機の親衛隊仕様BSIユニット『ミツルギCE』が2機。量産型BSI『ミツルギ』が8機。簡易型BSIユニットであるASGULの『ジェリオン』が12機だ。ロッガ家は銀河皇国中央に近く、星帥皇室との繋がりも深いため、皇国軍と同じ『ミツルギ』を運用しているのである。
対するノヴァルナは『ヒテン』の格納庫前で、ノアの待ち伏せに遭っていた。扉を塞ぐように立つノアは、パイロットスーツ姿にヘルメットを脇に抱え、背後にやはりパイロットスーツを着たメイアとマイアを控えさせている。三人がどういうつもりであるかは、言うまでもない。
「あ―――」
右手で頭を掻きながら何かを言おうとするノヴァルナを、キッ!と見詰めるノアの強い口調で発した言葉が遮る。
「絶対一緒に行くから!」
やれやれ…ともう一度頭を掻くノヴァルナ。確かに第10惑星ゼランを出発する際に、視線で“一緒に来るか?”とは尋ねたが、“一緒にBSHOで出撃するか?”とまで言ってはいない。それが分からないノアではないはずなのだが…
「どした?…急に分別のつかねぇ女に、なったじゃねーか?」
わざと悪びれてそう告げたノヴァルナは、いつもの不敵な笑みこそ浮かべてはいるが、双眸はノアを気遣う光を帯びていた。そんなノヴァルナの気持ちが伝わったのか、ノアは不意に視線を落として、絞り出すように言う。
「私の弟のために…リカードとレヴァルのために…警備艦隊の人達に、大きな犠牲を払わせてしまったのだもの。私…このままじゃ、あなたの隣にいられない…」
ノアは艦橋にこそいなかったが、二人の弟の乗る軽巡を回収した哨戒基地を守るため、第6警備艦隊の受けた損害の大きさを知ったのであろう。
そしてノアにはBSHOの操縦の才能が人並み以上にある。守りたいものを守る力を持ちながら、それを行使出来ないまま終われば、例え弟達を救えてもノアの心は傷付き、後悔したまま、この星の海に残されてしまうに違いない…ノヴァルナはそう思いを巡らせ、肩で大きな息を一つついた。
「しょーがねー、わかったよ…」
苦笑いを浮かべたノヴァルナはそう応じると右手で拳骨を作り、うつむき加減のままのノアの額を、前髪の上からコツン…と軽く小突いた。小突かれた所を指先で押さえながら顔を上げるノア。さらにノヴァルナはノアの背後に控える、メイアとマイアの双子姉妹に声を掛ける。
「今更、言わなくてもいい話だろーが…」
カレンガミノ姉妹は背筋を伸ばし、ノヴァルナに言葉を返した。
「もとより分かっております」とメイア。
「我等姉妹、『ナグァルラワン暗黒星団域』にて一度死んだ身」とマイア。
そして一卵性双生児の姉妹は、声を揃えて続ける。
「次こそ命を捨てて、ノア姫様をお守り致します」
「おう。必要な時はそうしてくれ」
それは冷淡なようにも聞こえるノヴァルナの物言いだった。しかし実際は、『ナグァルラワン暗黒星団域』でノアを守り切れなかった姉妹に、激励を与えたのである。ノヴァルナにもこの姉妹と同じ事を言う、『ホロウシュ』のラン・マリュウ=フォレスタがおり、そのランもやはり『ナグァルラワン暗黒星団域』で、ノヴァルナを守る事が出来なかったのだ。
ノヴァルナとノアは、飛ばされた皇国暦1589年のムツルー宙域から無事生還して、事無きを得たが、行方不明となっていた間のランの憔悴ぶりは、周囲の者が見て可哀想になる程だったという。生還後、他の『ホロウシュ』にその様子を聞かされたノヴァルナであるから、ノアを守れなかったカレンガミノ姉妹の心中も、察する事が出来たのだ。ランがそうであるように、この姉妹に対し「命を大事にしろ」とか、「死ななくていい」とか告げるのは、侮辱でしかない。
そしてノヴァルナの考え通り、姉妹は声を揃えて強く「必ずや!」と応じる。するとそれに触発されたのか、ノヴァルナは自分の背後にいるヨリューダッカ=ハッチとキュエル=ヒーラーが、熱量を上げて来るのを感じた。カレンガミノ姉妹の言動を見て、主君に対する忠誠心なら自分達も負けていない!…と気持ちが昂って来たのだろう。
どいつもこいつも、暑苦しい奴等だぜ―――
見れば、出撃を認められたノアも、集中力を高め始めている。苦笑いを浮かべて胸の内で呟くノヴァルナ。だがそう呟く自分の胸の内でも、闘志の高まり感じて照れを覚え、あえて飄々とした口調で声を上げた。
「んじゃあ、張り切って行くとすっか!!」
▶#13につづく
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