銀河戦国記ノヴァルナ 第2章:運命の星、掴む者

潮崎 晶

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第3話:落日は野心の果てに

#13

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 そのノヴァルナ艦隊と交戦状態に入ったロッガ家艦隊は、コルツ=タルオンという、ラクダのような容姿を持つキャーメラー星人の男が指揮を執っていた。正確にはロッガ家の直臣ではなく、オウ・ルミル宙域内のシーガラック星系を領有する独立管領で、率いる艦隊もシーガラック星系の恒星間打撃艦隊である。

「アヴ・モス・カレンチャ・リス・ビス ノク・ルット・『ヒテン』?」

 シーガラック星系艦隊旗艦『ピチャメッド』の艦橋で、タルオンはラクダに似た顔に生やす黄土色の髭を撫でながら、司令官席の傍らに立つ、同じキャーメラー星人の艦隊参謀に、出現した艦隊の旗艦がノヴァルナの『ヒテン』で間違いない事を再確認した。シーガラック星系は人口の八十パーセント以上をキャーメラー星人が占めており、使用する言語も銀河皇国公用語ではなく、キャーメラー語が標準言語となっている。

「フィケット・ウング!」

 肯定する艦隊参謀の言葉を聞いて、タルオンはニヤリと笑みを浮かべる。サイドゥ家のギルターツからロッガ家の主君、ジョーディー=ロッガに依頼され、自分達シーガラック星系軍に回って来た、ドゥ・ザン=サイドゥの二人の嫡男が乗る艦を拿捕、もしくは破壊するという任務でオ・ワーリ宙域に侵入したのだが、思わぬ獲物が現れたのだ。

 ノヴァルナ・ダン=ウォーダ―――昨年のイル・ワークラン=ウォーダ家との、水棲ラペジラル人の奴隷密売を台無しにした件で、ジョーディー=ロッガの恨みが頂点にまで達しているウォーダ家の若者。これを捕らえるか撃滅する事が出来れば、自分達が従属するロッガ家の中でも大きな地位を得られるに違いない。

「ハホック・『パクマック』・『リンチャム』 ケンドラック・ル・フェバ!」

 軽空母の『パクマック』と『リンチャム』が艦載機の発進を完了したという、オペレーターの報告にタルオンは大きく頷いた。敵旗艦『ヒテン』は総旗艦級戦艦で、その戦闘力は侮れないが、戦力はこちらが圧倒的とはいかないまでも、充分優位に立っている。その直後、『ピチャメッド』の艦橋内に展開された戦術状況ホログラムが、ノヴァルナ艦隊の動きに変化がある事を表示した。オペレーターがキャーメラー語で告げる。

「ヒハッド・マグ・ケンドラック・フェバ…マフ・ノヴァルナッシ『センクウNX』 レパチャ・モフル・シュ・ル・BSHO・ウナ・レノ・マクート・BSI・ペッサ!」

“敵戦艦より艦載機発進…ノヴァルナ殿下の『センクウNX』、さらに機種不明のBSHO一機と、親衛隊仕様と思われるBSIユニット四機を確認”

 銀河皇国公用語に訳せはそのような意味になるオペレーターの報告に、タルオンはシュシュシュ…と、隙間のある前歯から息を吹き抜く、キャーメラー星人特有の笑い声を上げた。最大の獲物のノヴァルナがまんまと、自分から居場所を知らせるかのように飛び出して来たからだ。

“初手からBSHOで飛び出して来るとは、やはりノヴァルナ殿は話に聞く通りの、大うつけのようであるな”

 タルオンはキャーメラー語でそう独り言ち、機動戦参謀に対し、BSI部隊に艦隊を攻撃させるのは取りやめ、ノヴァルナの『センクウNX』を狙わせるよう指示した。
 キャーメラー星人は外見こそラクダのようであり、呑気そうな印象を受ける。だがシーガラック星系軍は実際のところ戦闘経験も豊富で、前年のアーワーガ宙域星大名ナーグ・ヨッグ=ミョルジの軍が皇都惑星キヨウに侵攻して来た時も、その迎撃戦でコルツ=タルオンは最前線に立っていた。

 ところがここに落とし穴がある。それなりに戦闘経験を重ね、セオリーを体得している者ほど、そこから外れたノヴァルナの行動―――この初手からBSHOで戦場に飛び出して来るといった行動を、浅はかな行動と油断してしまうのである。

 このタルオンと同じ判断をしたのが、数ヵ月前のナルミラ星系独立管領ヤーベングルツ家であり、その侮りがどういった結果を招いたかは、知る者ぞ知るだった。

「全機、ライフルの安全装置を解除!」

 僚機にそう命じて、ノヴァルナは舌で自分の上唇をペロリとひと舐めする。コクピット内には小さなホログラムスクリーンが、初対戦となるBSIユニット『ミツルギ』とその親衛隊仕様機、さらにASGULの『ジェリオン』の性能データが映し出されていた。だが緊急発進した今は、細かく読んでいる暇はない。ともかく敵機の加速係数と旋回半径、そしてライフルの一弾倉に入っている弾数だけを頭に叩き込んで、あとはセンサーの表示に集中する。

「来るぞ!」

 センサー上で敵を示す光点の群れが、三つずつに分かれた。分隊ごとに分かれたのだ。

「俺は左側をやる」とノヴァルナ。

「右は私が」とノア。

 BSIユニットの数から言えば六対二十四、不利には違いない。しかしノヴァルナにもノアにも、怯む様子は微塵もなかった。

「ノア、勝手に死ぬんじゃねーぞ」

「分かってる。死ぬ時は一緒だからね!」

 ノアの応答に、不敵な笑みでニヤリとするノヴァルナ。ノアも婚約者のそんな性格がうつったのか口元を綻ばせ、二人は揃ってスロットルを全開にする。黒銀色をした『センクウNX』とクリムゾンレッドの『サイウンCN』が、二手に分かれて一気に加速を掛けると、それに従う『ホロウシュ』とカレンガミノ姉妹が、慌ててそれに追随した。

 ノヴァルナ機の加速に驚いたのは、シーガラック軍のASGULパイロットである。瞬く間に接近して来ると、ロックオン警報が鳴るのとほぼ同時に銃撃した。咄嗟に回避行動に入るパイロット。だがその回避先には、後続の親衛隊機が狙撃弾が送り込まれている。

「ベフッマ!!」

 キャーメラー星人のパイロットが母国語で“馬鹿な!”と叫んだ次の瞬間、その機体は爆散した。「うめぇぞ、ハッチ!」と、ノヴァルナは狙撃を成功させたヨリューダッカ=ハッチを褒めながら、自らも再度銃撃を行い、撃破された機体を援護しようと単調な動きとなっていた、別の『ジェリオン』を仕留める。もう一人の『ホロウシュ』である、黒人女性のキュエル=ヒーラーはすかさずノヴァルナの背後に回り、後背の防御にあたった。

 これに対しノアの方は、妹のメイアをノアの直掩に残し、姉のマイアが先行。敵編隊の中で集中して受ける銃撃をものともせず、手当たり次第に超電磁ライフルを撃ち返し、敵のポジションを乱させる。そこをノアとメイアが狙撃を掛け、三機の『ジェリオン』を破壊した。

 この状況に、敵の指揮官機も対応策を指示する。

「スケークASGUL・バッフォ・ナック・セラルシュ! スケークBSI・ルッパル・ラゼット・マッスク・ビス・マグ・ケンドラック!」

 “ASGUL隊は距離を置いて援護射撃を行い、BSI隊の近接戦闘で仕留めろ”という指示である。

 散開する敵機の動きを見てノヴァルナとノアは、すぐに敵の意図を察知、相手の指揮官と同じ指示を出した。『ホロウシュ』とカレンガミノ姉妹には敵のASGULを任せ、BSIユニットは自分達で対処する作戦だ。だが数で言えばこっちはノヴァルナとノア、敵は十機と、編隊同士で戦うよりさらに不利となった。




▶#14につづく
 
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