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第3話:落日は野心の果てに
#18
しおりを挟むかくして戦闘は終了した―――ノヴァルナとノア達の目的は、あくまでもノアの二人の弟、リカードとレヴァルの保護である事は言うまでもない。
そうであるからキャーメラー星人の、コルツ=タルオン率いるシーガラック星系艦隊が戦意を喪失し、撤退を始めると、これを追撃するような事はしなかった。
タルオンが座乗する旗艦『ピチャメッド』は、ノヴァルナの旗艦『ヒテン』との撃ち合いに敗北し、這いずるように逃げていく。随伴していた二隻の戦艦も同様で、特に一隻は『ヒテン』の大口径ブラストキャノンを何度も艦体に直接被弾。オ・ワーリ宙域を出る事もままならない状況だった。
さらに各四隻あった重巡と軽巡、六隻あった駆逐艦は、ノヴァルナ側の二隻の戦艦『ログバール』、『ゼルストル』と交戦した結果、半数にまで減っている。
そしてノヴァルナとノア達が直接交戦した巡航母艦部隊も、駆逐艦六隻は航行能力だけは保持出来たものの戦闘力は完全喪失。宙雷艇部隊の魚雷攻撃で航行不能となった、二隻の巡航母艦(軽空母)を牽引して逃走した。
一時間後、哨戒基地E―4459へ接舷した『ヒテン』から、ノヴァルナとノアがそれぞれの護衛を連れて基地内へ乗り込んだ。出迎えたのは基地の指揮を執るアンドロイド指揮官と、基地を挟んで『ヒテン』の反対側に接舷中の、サイドゥ家の軽巡航艦の砲術長である。前述の通り軽巡の艦長と副長は戦死しており、砲術長が指揮を執っている。
基地に回収されたサイドゥ家の軽巡航艦は『ランブテン』という名であった。その『ランブテン』の砲術長が、アンドロイドの基地司令と共に、ドッキングベイの中でノヴァルナとノアの前に進み出てひざまずく。
四十歳前と思われる『ランブテン』の砲術長は、よもやキオ・スー=ウォーダ家の新当主ノヴァルナと、自分達が仕えるサイドゥ家の姫であるノアが、直接救援に来るとは思ってはおらず、感激と恐縮のあまり肩を震わせていた。
「ノヴァルナ殿下、ノア姫様、御自らご救援下さるとは―――」
恐れ入った口調で挨拶しようとする砲術長に、ノヴァルナは強くとも丁寧な口調で、声を掛けてそれを遮った。
「どうぞ、お気になさらず。よくぞ辿り着かれました。それより早速で申し訳ないが、ノアの弟御達の容態は」
ノヴァルナの言葉で、傍らのノアが微かに身じろぎする。
基地には重傷を負ったノアの二人の弟、リカードとレヴァルが収容されていた。アンドロイドの指揮官の「ご案内致します」という言葉で、ノヴァルナとノアは基地の医療区画へ向かう。アンドロイドだけで運用される哨戒基地だが、こういった場合のための人員に対する医療区画は、標準的に設けられていた。
ノヴァルナからすれば砲術長に、なぜこのような事が起きたのか…ミノネリラ宙域で何が起きたのか、を問いたいのは当然だが、今はともかくノアを二人の弟に会わせてやるのが先決だ。そのため医療区画へ向かう短い時間にノヴァルナが、砲術長と交わした言葉も短いものだった。
ただその短い会話の中でもノヴァルナを驚かせたのは、軽巡航艦『ランブテン』がノアの弟達を哨戒基地の医療区画へ移した理由である。『ランブテン』は追撃者が現れる可能性に備えて、ノアの弟達を哨戒基地に残し、たった一艦、満身創痍の状態で迎撃に向かうつもりだったのだ。自分達が到着するまで、大損害を被りながら敵の追撃を遅滞させた、第6警備艦隊といい、自分は果たしてその忠義に見合うだけの君主となれるのだろうか…と、思わずノヴァルナは考えさせられる気分になった。
医療区画に着き、自動ドアが開くと、ノアは足早にならずにはいられない。
白とライトグリーンで統一された医療区画は、それほど広くはなかった。もう一つあるドアが開くと、そこには四つの医療ベッドが二つずつ、向かい合わせに置かれ、その先に使用時には治癒用バイオリキッドを満たして患者を入れる、集中治療用シリンダーが一基だけ置かれていて、隣には手術ユニットが併設されていた。リカードとレヴァルは右側のベッドに並んで横たわっている。
「リカード、レヴァル」
病室に入るなり、ノアは控え目だがしっかりとした口調で、ベッドの上の弟達に声を掛けながら歩み寄った。二人の弟は眠ってはおらず、姉の声に頭を振り向かせ、僅かに笑みを浮かべて姉の言葉に応じる。
「姉上…」
砲術長から到着を知らされていたのか、姉に対する二人の弟に驚いた様子はない。二人共ノアとよく似て、黒髪に少し目尻が上がった綺麗な少年である。兄のリカードの方がやや目の細い印象だ。集中治療用シリンダーの中ではなく、通常の医療ベッドに寝かされているという事は、重傷であっても命に別状はない事を示している。
「リカードもレヴァルも、具合はどうですか?」
身をかがめて優しく尋ねるノアに、二人の弟は「大丈夫です。申し訳ありません…」と応じた。二人共かなり広い範囲に火傷を負ったのか、裸の上半身の肩口から腹にかけて、体形に合わせてカットされた、白い治癒パッドに覆われている。兄のリカードは十二歳。弟のレヴァルは十一歳。この世界の今の医療技術なら治癒後に痕が残る事はないが、それでも今はかなり痛みを感じているはずだった。それをおくびにも出さない辺りは、やはり星大名の子弟といったところであろうか。
申し訳ありません…と気丈にも詫びの言葉まで口にする弟達に、ノアは「何を言うのです」と言って、それぞれの頭にそっと片手を置いてやる。
いつもの傍若無人ぶりはさすがに演じるわけにもいかず、慎重にタイミングを見計らっていたノヴァルナは、ここでゆっくりと顔を見せた。
「おっす」
ぶっきらぼうだが、気遣う口調がありありの婚約者の挨拶に、ノアは思わず苦笑いを浮かべてしまう。ノヴァルナの、時々こういった繊細さがむき出しになるところが、ノアには愛おしい。
リカードもレヴァルも実際にノヴァルナと会うのは初めてであり、“あっ”といった顔をしたが、その目に宿る光は好意的なものであった。子供ならではの感性で、ノヴァルナという若者の本質が分かるのだろう。
「ノヴァルナ様…」
「お初にお目にかかります」
そう言って体を起こしだそうとするリカードとレヴァルに、ノヴァルナは慌てて「あ、いいって、いいって!」と手を振って止めさせる。そして冗談めかして胸を反らし、両手を腰にあて、格好つけて言い放った。
「おう。今度おまえらの兄ちゃんになる、ノヴァルナだ。よろしくな」
これにはリカードとレヴァルも子供らしい屈託のない笑顔を見せる。そしてこの時ばかりはノアも、ノヴァルナの子供っぽい部分に感謝する気になった。
「ともかく二人共、もう安心です。私と一緒にノヴァルナ様の星へ参りましょう。すぐに支度するので待っていてください」
ノアはそう言って、弟たちの「はい」という素直な返事を聞くと体を起こし、ノヴァルナに振り向き、一つ頷いた。弟達の事は安心出来たから、ミノネリラで何が起きたのかを『ランブテン』の砲術長から聞きましょう…という意思表示だ。ノヴァルナも頷き返し、ノアの弟達に声を掛けた。
「すぐ戻るからな」
▶#19につづく
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