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第3話:落日は野心の果てに
#19
しおりを挟む弟達を見舞って一安心したのも束の間の出来事…ノヴァルナ達と共にラウンジに移動したノアは、『ランブテン』の砲術長からの報告に頭の中が真っ白になる。
「謀叛…ミノネリラで…ギルターツの兄上が…」
ノヴァルナと並び、『ランブテン』の砲術長と向かい合わせにソファーに座るノアは、目の焦点も定まらないまま、茫然と呟いた。
「…どうして?」
状況は以前にも述べられた通りである―――
サイドゥ家次期当主ギルターツ=サイドゥは、自分がドゥ・ザン=サイドゥの実の子ではなく。ドゥ・ザンの前妻ミオーラと、ドゥ・ザンに追放されたミオーラの前夫、旧領主リノリラス=トキの間の子であるとして、母方のイースキー家の姓を名乗り、自分―――ギルターツ=イースキーこそが、ミノネリラ宙域星大名正統血統継承者であると宣言。対するドゥ・ザン=サイドゥを、旧領主に対する反逆者として討伐する旨を広く伝えた。
その謀叛はロッガ家による国境侵犯の報告に出撃したドゥ・ザンが、本拠地惑星バサラナルムを留守にした隙を突いて実行された。ギルターツの嫡男オルグターツが陸戦隊を率いて、首都イグティスとイナヴァーザン城を占領。同時にシナノーラン宙域から侵攻して来るタ・クェルダ軍に備えるためと偽って出撃、近くの星系で停止していたギルターツの本隊がバサラナルムへ引き返して、星系全体を占領下に置いてしまったのであった。
しかもイナヴァーザン城を襲ったオルグターツの陸戦隊は、ドゥ・ザンの家族を狙って城の敷地内の別館を襲撃、これを防ごうとしたドゥ・ザンのクローン猶子、ノアにとっては義弟扱いになるマグナッシュとキーベイトという、まだ十六歳の少年を殺害した。
このような暴挙に対するノアの「どうして?」という言葉も、尤もなものである。ギルターツはすでにサイドゥ家の次期当主として、ミノネリラ宙域の支配者の座が約束されていたのだ。
しかしこれは、“理不尽な”というノアの感情に根差したものだった。隣で厳しい目をして報告を聞くノヴァルナは、ギルターツの謀叛の理由も分かる。真実はともかく、ギルターツは平民上がりのドゥ・ザンの子であるより、旧名門貴族のトキ家やイースキー家の子である事を欲したのだろう。民主主義の時代と違い、封建制が復活した今の皇国では、血統は民を支配するための重要な要素の一つだ。無論ノアにも、そんな推察は出来ているはずだ。
謀叛の状況を報告した『ランブテン』の砲術長は、さらになぜ自分達がここへやって来たかを説明し始めた。
「バサラナルムへ帰還出来なくなったドゥ・ザン様は、オルミラ様とリカード様、レヴァル様をノヴァルナ様のもとにおられるノア様に託そうと、私どもの宙雷戦隊にお預けになられ、送り出されたのです」
それを聞いてノアは顔を強張らせる。『ランブテン』に母のオルミラが乗っていたなどとは、ひと言も聞いていない。砲術長を見据えて問い質す。
「母上?…母上は!?」
「落ち着け、ノア」
そう言ってノヴァルナがノアの肩に手を置く。何かあったのなら、先に告げられているはずだろ…肩に置かれたノヴァルナの指先に込められた力の緩やかさに、そんな言葉を感じ取ったノアは、小さく「ごめんなさい」と砲術長へ告げて詫びた。砲術長が順を追って状況を説明する。
当初、オルミラとノアの弟達は『ランブテン』ではなく、もう一隻いた別の軽巡航艦に乗っていた。それが駆逐艦十隻を護衛として、オ・ワーリ宙域へ向けて出発したのだが、途中でギルターツ配下の艦隊に待ち伏せされて攻撃を受けた。正確にこちらの航路を把握していたところから、ギルターツへの内通者がいたらしい。
オルミラと弟達が乗っていた軽巡も被弾し、危機的状況に陥ったその軽巡は、シャトルで三人を『ランブテン』に送ろうとしたのだが、乗り遅れたオルミラはシャトルではなく脱出ポッドで艦を離れ、近くにいた駆逐艦に収容。それに続いた戦闘でバラバラになった艦隊は、オ・ワーリへ向かうものとドゥ・ザン艦隊のもとへ引き返すものに分かれ、『ランブテン』はオ・ワーリ宙域へ、オルミラを乗せた駆逐艦はドゥ・ザンのもとへ脱出したのであった。
「我が『ランブテン』には二隻の駆逐艦がついて来たのですが、追って来るギルターツ様の艦隊を足止めするために、オ・ワーリ宙域との国境で踏みとどまって…オルミラ様の乗られた駆逐艦は、その直後に駆け付けて来られたドゥ・ザン様の艦隊と、合流できた旨の通信を傍受しましたので、ご無事のはずです」
そこまで聞いてようやく、ノアは大きく息をついた。しかし…胸が痛む。ウォーダ家の警備艦隊だけでなくサイドゥ家の兵も、母や弟達を逃がすために多く犠牲となってしまったのだから…そして父のクローン猶子、義弟のマグナッシュとキーベイトまでも。
砲術長の話を聞き終えたノヴァルナは、ノアの弟達を『ヒテン』に移し、破損した『ランブテン』を駆逐艦に曳航させて帰途へついた。その途中で、先の戦闘で捕虜にした敵のBSI部隊指揮官を尋問する。
前線のBSI部隊指揮官であるから細部まで知ってはいないが、それでも今回の『ランブテン』とそれを回収した哨戒基地E―4459に対する、シーガラック星系艦隊の襲撃がギルターツ=サイドゥ、いや、ギルターツ=イースキーからロッガ家へ依頼されたものが、シーガラック星系軍へ回って来たものらしいという情報を得た。
つまりロッガ家はギルターツがイースキー家を名乗る事を、すでに承諾していると考えた方がよく、これまで反目し合っていたオウ・ルミル宙域とミノネリラ宙域が手を組んだと見るべきだ。
さらに通信妨害の主はイル・ワークラン=ウォーダ家である可能性が高く、水棲ラペジラル人絡みでノヴァルナが大暴れし、一度は破綻したイル・ワークラン家とロッガ家の関係も、修復したと見てよさそうである。そしてミノネリラ宙域侵攻の欺瞞行動をとって、ギルターツに協力したとしか思えないタ・クェルダ家…
総旗艦『ヒテン』の窓の外を眺めるノヴァルナは、今の状況を思うと、黒く広がる宇宙の暗闇の中に亡霊が潜んでいるような気になった。イマーガラ家の宰相だった、セッサーラ=タンゲンの亡霊である。
一連の動きが、タンゲンの遺志を継いだイマーガラ家新宰相、シェイヤ=サヒナンの企みである事は知るはずのないノヴァルナだが、それでも幾重にも周到な戦略を巡らせる、かつての宿敵タンゲンの存在を感じないわけにはいかない。
「成仏できねぇってか?…ぞっとするぜ、タンゲンのおっさんよ」
宇宙の暗闇にそう呟いたノヴァルナは、部屋の中を振り返った。その視線の先ではノアが、早くも病室のベッドに座れるようになったリカードとレヴァルの間に、椅子を持ち出して来て座り、柔らかな笑顔で話をしてやっている。
ドゥ・ザンはともかく、ここまで築いたミノネリラとの関係は全てぶち壊し、不安も山ほどあるに違いないのに、今だけは弟達のためにか…気丈なこった、とノヴァルナはノアの背中に心で語り掛けると、口では陽気な声で三人に言い放った。
「よぉおーーし、おまえら。次はこのノヴァルナ様の大活躍の話をしてやるぜ!…まずは宇宙海賊の話だ―――」
同時刻オ・ワーリ宙域、ミ・ガーワ宙域国境地帯KU-74961星系―――
スクラップ同然の貨物船が、赤紫の星間ガスの中に漂う小惑星群へ進入していた。その前方には大型の宇宙戦艦。だがその戦艦もスクラップ同然で、幽霊船のようである。外殻に大きな穴が複数空いているのは、過去の戦闘によるものだと推察出来た。要は何十年も前に起きた戦闘で大きな損害を受け、放棄された宇宙戦艦の骸だ。
宇宙戦艦の残骸の周りでは、幾つかの宇宙船が停泊しており、そのどれもがまた接近中の貨物船同様、かなり古びれている。
宇宙戦艦の残骸を利用した、密輸業者の交易ステーション―――これがこの施設の正体だ。敵対するオ・ワーリ宙域とミ・ガーワ宙域の間で密輸業者が行う、非合法の交易の中継点。こういったものは他の宙域でも、無数に存在している。
ステーションに到着した貨物船から、コンテナに紛れて降りて来たのは、平民…いやそれ以下の、古着を着た貧しい身なりに扮するダイ・ゼン=サーガイ。つい先日までキオ・スー=ウォーダ家の筆頭家老だった男である。
格納庫の中、わざと汚した反重力キャリーケースを引きながら、人目を忍ぶように歩くダイ・ゼン。するとその前に三人の人物が現れる。三人とも黒のロングコート姿で、真ん中の一人は女性。両側の二人は体格のいい男性だった。真ん中の女性が声を掛ける。
「ダイ・ゼン=サーガイ殿ですね?」
周囲を目で探りながら無言で頷くダイ・ゼン。
「イマーガラ家情報部少佐のマクファーと申します。宰相シェイヤ=サヒナンから直接命令を受け、お迎えに上がりました」
それを聞いて僅かに安堵した表情を浮かべたダイ・ゼンは、「おお…」と声を漏らし、「よしなに頼む」と続けた。マクファーは柔らかな笑顔で応じる。
「ステーションの反対側に、私どもの船を泊めております。どうぞこちらに…」
数時間後、交易ステーションの片隅で、身元を確認するものを何も持っていない男の死体が発見された。だが無法者が集まるこの非合法ステーションでは、つまらない理由で命を落とすのもよくある話である。関わっても面倒臭いだけの死体は、葬儀もされず宇宙に捨てられた。
それが旧キオ・スー=ウォーダ家筆頭家老、ダイ・ゼン=サーガイの野心の行きついた果てであった………
【第4話につづく】
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