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第4話:忍び寄る破綻
#04
しおりを挟むそのヴァルツが帰る先のモルザン星系では、留守を預かる妻のカルティラが、モルゼナ城内で側近達にあれやこれやと指示を出していた。
指示はヴァルツのナグヤ城への移住に関する、モルザン星系内での政務引き継ぎ書類の代理決済から、モルザン星系の主要企業首脳との会見の段取り、そして各部署備品のナグヤ移送を委託する、民間の業者選定までと多岐にわたっている。
「これとこれは、あとでいいわ。こちらはヴァルツ様ご本人の判断が必要ね…明日お戻りになられたら、お尋ねしましょう。それからモルザーラ総合銀行の頭取に連絡を、金融関係の方々との夕食会は八時に遅らせて。先にツォルド殿との、打ち合わせを済ませておくのです」
筆頭家老のシゴア=ツォルドはモルザンに残り、ヴァルツとカルティラの子、ツヴァールの後見人を務める事になっている。まだ十二歳のツヴァールにモルザン星系を預けるのであるから、その後見人のツォルドとの打ち合わせは優先事項の一つだった。
「では、あとは任せました。私はラゴンの貿易業組合との会議に参りますので、緊急の連絡があればそちらへ」
そう言ってカルティラは側近達を解散させ、執務室をあとにする。これまでドレス姿が多かったカルティラだが、夫からナグヤへの移住を告げられ、それに関する補佐を任されるようになってからはスーツ姿になる事も増えていた。今も身に着けているのは、クリームホワイトのスカートスーツだ。
それもそのはずである。ナグヤ城に移住すればカルティラにとっても、恒星間にまたがる華やかな社交界デビューとなる。力の入れようも自ずと違って来るというものだ。
特にこれから行う会議は、わざわざ惑星ラゴンからやって来た、恒星間貿易業組合の首脳達との初顔合わせとなる、カルティラにとり最初の大一番と言えた。
彼等が待つ会議室へ通じる廊下を歩くカルティラ。中庭に面した側は透明アルミニウム製で、朝の陽光をたっぷりと取り込んでおり、その反対側には大理石製の丸い柱が、一列に並んでいる。
するとその大理石の柱の陰から、スーツ姿の若い男が現れた。マドゴット・ハテュス=サーガイ…カルティラとはただならぬ関係にある、モルザン=ウォーダ家の政務補佐官である。
「奥方様」
マドゴットに呼び掛けられ、カルティラはぎょっとした表情で立ち止まった。躊躇いがちに情夫の名を呼び返す。
「マドゴット…」
「昨日はなぜ、お越し下さらなかったのです?」
カルティラは昨日の夜、マドゴットと会う約束をしていて、それを反古にしたのだ。夫のヴァルツからナグヤ移住を打ち明けられて以来、二人の密会は回数が減って来ている。ヴァルツが惑星ラゴンに出かけている間に、何度かカルティラに誘いを掛けたマドゴットだったのだが、その思いは昨日も叶わなかった。
驚いた表情だったカルティラは取り繕うように、申し訳なさそうな笑顔をその顔に貼り付けて弁解する。
「ごめんなさい。急用で…キオ・スー家の事務次官殿から…その…ナグヤ城の引き渡しについて、手続きに不備があって…至急確認したい旨の連絡が…本当にごめんなさい」
言葉の詰まり具合が不自然さを強調し、マドゴットの表情を尚更不満げにさせた。すると廊下の両端を見渡し、誰も来る気配がないのを確かめると、カルティラはマドゴットの胸板に両手を置いて押し、円柱の陰へ一緒に身を潜める。
「奥方様?」
「だからいつも言ってるでしょう、カルティラと呼んでと」
そう囁いたカルティラはマドゴットに体を密着させ、唇を重ねて来た。背中に回したカルティラの両手の指先が体を緩やかに撫でると、それに煽られたマドゴットは、自分から激しくカルティラの唇を求めていく。
「カルティラ」
唇を離したマドゴットが、両眼に情熱を滲ませる。すかさずカルティラは、新たな弁解の言葉を滑り込ませた。
「今は本当に忙しいの。私だってあなたに会いたい、それは嘘じゃないわ。だけどこんな時ほど慎重にならないといけないと思うの。お願い、わかって…マドゴット」
年上の妖艶な女性に縋るような目で諭されては、若いマドゴットにそれを振り払うだけの強さもない。「わ、わかりました…」とカルティラの弁解を受け入れる。ただマドゴットが問い質したい事は、それだけではなかった。
「それでカルティラ…」
「なあに?」
そろそろ誰かが廊下を通るかも知れないと思い始めたカルティラは、再び廊下を見渡して尋ねる。その言葉の端には、もういいでしょ…と言いたげな空気が感じられた。
「私の…ナグヤ城への転属の話は、どうなりましたか?」
マドゴットはカルティラ付きの政務補佐官だが、それはあくまでもカルティラが惑星モルゼナでヴァルツの補佐をしている時のものであって、カルティラと共に惑星ラゴンへ行けるかは未定だったのだ。
「それはまだ、ヴァルツ様からは何もお聞きしていないわ」
カルティラがさらりと言うと、マドゴットは表情を曇らせた。
「もし私だけがこの星に残る事になったら、カルティラとも簡単には会えなくなります。私はそんな事…耐えられません」
若い情夫の切実な物言いに、カルティラは右手をマドゴットの肩に添え、宥めるように言う。
「大丈夫よ。もしそうなっても、適当な理由をつけてこの星に…そう、息子のツヴァールに会うためとかを口実にすれば、幾らでも会えるじゃない。シーモアからモルザンまでなら、一日で着ける距離なんだし」
するとマドゴットはカルティラが肩に置いた手を取り、強く握り締めて告げる。
「私は、貴女の側に居たいのです!」
「マドゴット…」
その時、不意に困惑という気持ちが、カルティラの意識を過《よ》ぎった。少し間を置いてカルティラは小さく頷き、情夫の言葉に応じる。
「…わかったわ、マドゴット。ヴァルツ様にそれとなく進言してみましょう。ヴァルツ様がお決めになれば、人事的な事はどうとでもなるはず。それでいいわね?…ね?」
「…わ、わかりました。申し訳ございません」
つい感情的になった事を、恥じ入る様子のマドゴット。だがまだカルティラの手を握る指は離しはしない。
「今夜、会えますか?」
それを聞いて迷う表情になるカルティラ。生来の奔放さのせいであろうか、明日には夫が帰って来るというのに、今夜は…という気持ちと、昨日は乗り気ではなかったけど、こうして改めて若い情熱を向けられると…という気持ちが交差する。そしてその葛藤の末に選んだ答えを、カルティラは口にした。
「そうね…金融関係のトップと方々との夕食会のあと、少しの時間だけど―――」
とその直後、廊下の向こう、曲がり角を折れた先から、人の話し声が近付いて来るのが聞こえだした。カルティラはさっと右手を振って、マドゴットに早く去るように促す。
「あとで侍女を使いにやります」
主君夫人の言葉にマドゴットは無言で頭を下げ、円柱の陰側をつたって、足音を立てずに去って行った。何食わぬ顔で廊下を歩き始めるカルティラ。マドゴットの気配が消えるのと同時に、廊下の曲がり角から数名の家臣が現れる。主君の妻のに気付いた彼等は皆、丁寧に会釈をし、カルティラも淑女然とした笑みと共に頭を下げて、静かに通り過ぎて行った………
▶#05につづく
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