銀河戦国記ノヴァルナ 第2章:運命の星、掴む者

潮崎 晶

文字の大きさ
98 / 508
第5話:燃え尽きる夢

#11

しおりを挟む
 
 ノヴァルナがシウテ・サッド=リンをナグヤ城主に据えた事は、日が経つにつれ、思惑通りの効果を生んだ。特に反ノヴァルナ・親カルツェ派の家臣達に対してである。

 まずシウテは、ナグヤ城主の地位を与えられた事で、段々とその地位を守る方を優先して考えるようになって来ていた。

 すなわち、あまりカルツェに肩入れし過ぎ、ノヴァルナの怒りを買ったりすれば、せっかく手に入れた城主の座を、取り上げられてしまうのでないかという不安だ。
 無論ノヴァルナを排し、カルツェを当主の座に就ければ、その地位は保証されもしようが、その目論見が失敗した時のリスクも覚悟せねばならない。

 一方、カルツェ支持派の急先鋒、シウテの弟ミーグ・ミーマザッカ=リンやクラード=トゥズーク辺りは、シウテがノヴァルナ側に寝返ったのではないか…と疑い始めていた。

 当のシウテにその事を問い質しても、シウテ自身は寝返ったつもりはないため、当然否定する。だがどのような返答を得ても、ノヴァルナからナグヤ城を与えられたという事実に、カルツェ支持派に疑念は残る。
 つい先日クラード=トゥズークがモルザン星系へ飛び、ヴァルツ亡きあとのモルザン=ウォーダ家と協力体制を整え始めた矢先、このシウテを巡る人事でカルツェ支持派は、また動きを鈍らされる結果となったのだった。



 ところが時を同じくして、ミノネリラ宙域でも動きがあった。

 ギルターツ=サイドゥ改めギルターツ=イースキーが、家中かちゅうの統制に目途がついたらしく、ついにドゥ・ザン=サイドゥの討伐のために、軍を動かし始めたのである。

 イマーガラ家新宰相シェイヤ=サヒナンとの密約により、イマーガラ家とロッガ家からの侵攻の恐れがなくなったイースキー家は、同方面の部隊にも召集を掛け、アザン・グラン家のエテューゼ宙域方面の部隊だけを残して、首都星系ミノネリラに大艦隊を集結させつつあった。

 このギルターツの動きは、オスカレア星系へ逃れたドゥ・ザン=サイドゥも即座に知るところとなり、ドゥ・ザンの部隊も迎撃態勢を取り始める。だが圧倒的に不利な戦力差は如何ともし難い。



そしてその情報は、ノヴァルナの元にも届けられた―――



 そういうわけで、『ホロウシュ』のラン・マリュウ=フォレスタは今、引き攣った愛想笑いを浮かべている。

 副官としてノヴァルナに従い、三十は下らないキオ・スー城の応接室の一つに入ると、そこに待ち受けていたのが、宇宙海賊『クーギス党』の女副頭領、モルタナ=クーギスであったからだ。
 ショートの黒髪に、日に焼けた浅黒い肌のグラマラスボディは男好きのする容姿。それでいて本人は男より女好きのモルタナに一目惚れされ、顔を合わす度に言い寄られているのが、ランの困惑の笑顔の理由である。

「あぁん、ランちゃん。会いたかったー」

 ノヴァルナとランが応接室に入るなり、ソファーから立ち上がってランに向け、目を輝かせるモルタナに、主役であるはずのノヴァルナは苦笑いを隠せない。

「待て待て、ねーさん。俺に用があるんじゃねーのかよ?」

 ノヴァルナの口調は、モルタナに対しては殊更砕けたものになる。協力者である以上にモルタナは出逢って以来、ノヴァルナにとって気の置けない友人だった。モルタナの方もまた同様で、ノヴァルナの星大名家当主という肩書は関係なしに、対等に口を利く。

「あー。あんたは、ついでだよ」

「ちぇ。ひでぇ女」

 白けた顔でソファーに座り直し、つっけんどんに言い捨てるモルタナの冗談に、ノヴァルナは苦笑と不貞腐れた口調でぼやきながら、腕組みをして向かい側のソファーに腰を下ろした。
 モルタナは、ノヴァルナが惑星ラゴンに居留地を設け、高級宝飾品のシズマパールを産出する貝の養殖を行わせ始めた水棲ラペジラル人との関係で、時々ノヴァルナの元を訪れているために、家臣達もその訪問を怪しまなくなっている。

 ただそのじつ、モルタナの『クーギス党』は皇都星系ヤヴァルトを中心として、オウ・ルミル、イーセ、ミノネリラなどの宙域の情報収集を行い、ノヴァルナに届ける役目も担っているノヴァルナの重要な協力者だった。

「んで?…前触れなしに俺んところに来たってのは、それなりの土産話なんだろ?」

 苦笑を不敵な笑みに入れ替えながら、ノヴァルナは本題に入る。斜に構えてソファーに寄り掛かる軍装の上着は前をはだけさせており、その下に着る真っ赤なTシャツには、紫色のラメで描いたドクロマークが大きく目立っていた。この辺りは以前の天衣無縫さを、忘れていない証なのだろう。

 一方のモルタナも男勝りで、単刀直入なやり取りは嫌いではない。

「ああ。前にあんたから頼まれていた話さ。どうやらミノネリラ宙域で、事が起きそうになって来たようだよ」

「マジか?」

 おおよそ星大名らしくない、俗な物言いで問い返すノヴァルナの眼光が、ギラリと輝きを放つ。対するモルタナは気負いもせず言い放った。

「あんたをからかう気なら、もっと気の利いた話にするさ。マジに決まってるだろ。バサラナルムと、各方面軍司令部がある星系との超空間量子通信の回数が、このところ飛躍的に増えててね。艦隊の集結が始まったんだと思うよ。あたいの見立てじゃ、決戦は十日後あたりってトコかね」

「ふぅん…」

 と、どこか気のない返事をするノヴァルナ。だがこの若者をよく知る者は、こういった反応を見せる時のノヴァルナは、内面で闘志を滾らせ始めたのだと気付くはずだ。

「ありがとよ、ねーさん。褒美を上乗せしてやるぜ、何がいい?」

 不敵な笑みを湛えたまま、ノヴァルナはモルタナに尋ねた。

「じゃ、ランちゃんのお持ち帰り権!」

 即答するモルタナと、「げ!」といった顔をして身を引くラン。「アッハハハ!」と高笑いしたノヴァルナは、上機嫌でモルタナに言う。

「そいつぁ、自分で口説くんだな。その方が、ねーさんも燃えるってもんだろ? 代わりに今回渡す『クーギス党』の活動資金を、三割増しでどうだ?」

 ノヴァルナの言葉にモルタナはわざとらしく、不承不承といったていで応じる。

「あたいとしちゃ、口説く手間を省いといて、ベッドの中でランちゃんと燃えたいトコだけどね。まぁ、ここはあんたに免じて、喜んで受け取らせてもらおうじゃないのさ」

「相変わらず、素直じゃねーなー」

 ため息交じりに言い放ったノヴァルナは、呆れ顔で肩をすくめた。流浪の宇宙海賊である『クーギス党』を取り纏める者として、モルタナが自分個人の趣味を優先させるはずはない。現在の『クーギス党』にとって、強力な支援者であるノヴァルナのキオ・スー家から得られる、三割増しの援助は相当な心強さであるはずだ。ただこういった所も含めて、モルタナの生き方には自分に通じるものがあり、ノヴァルナは気に入っている。

 ノヴァルナの報酬を受けたモルタナは、さらにミノネリラ宙域に関する捕捉情報と、その他の宙域、特に皇都惑星キヨウの星帥皇、テルーザ・シスラウェラ=アスルーガの動向を伝えて帰っていった。

 モルタナを城の通用門まで見送ったノヴァルナは、その足で執務室へ入り、モルタナの“餌食”にされずに済んでホッとしている副官のランに、まずはランの父親でキオ・スー家BSI部隊総監のカーナル・サンザー=フォレスタと、戦艦部隊である第2戦隊司令のナルガヒルデ=ニーワスを呼びにやらせる。

 そしてほどなくしてやって来たサンザーとナルガヒルデにノヴァルナは、旧キオ・スー家の部隊とナグヤ家の部隊を合わせて編成した、新キオ・スー軍の整備状況を確認したのち、かねてからこの二人には伝えてあった、ドゥ・ザン=サイドゥ支援部隊を派遣する時が来た事を告げたのだった………




▶#12につづく
 
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ゲームコインをザクザク現金化。還暦オジ、田舎で世界を攻略中

あ、まん。@田中子樹
ファンタジー
仕事一筋40年。 結婚もせずに会社に尽くしてきた二瓶豆丸。 定年を迎え、静かな余生を求めて山奥へ移住する。 だが、突如世界が“数値化”され、現実がゲームのように変貌。 唯一の趣味だった15年続けた積みゲー「モリモリ」が、 なぜか現実世界とリンクし始める。 化け物が徘徊する世界で出会ったひとりの少女、滝川歩茶。 彼女を守るため、豆丸は“積みゲー”スキルを駆使して立ち上がる。 現金化されるコイン、召喚されるゲームキャラたち、 そして迫りくる謎の敵――。 これは、還暦オジが挑む、〝人生最後の積みゲー〟であり〝世界最後の攻略戦〟である。

死んだはずの貴族、内政スキルでひっくり返す〜辺境村から始める復讐譚〜

のらねこ吟醸
ファンタジー
帝国の粛清で家族を失い、“死んだことにされた”名門貴族の青年は、 偽りの名を与えられ、最果ての辺境村へと送り込まれた。 水も農具も未来もない、限界集落で彼が手にしたのは―― 古代遺跡の力と、“俺にだけ見える内政スキル”。 村を立て直し、仲間と絆を築きながら、 やがて帝国の陰謀に迫り、家を滅ぼした仇と対峙する。 辺境から始まる、ちょっぴりほのぼの(?)な村興しと、 静かに進む策略と復讐の物語。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

老聖女の政略結婚

那珂田かな
ファンタジー
エルダリス前国王の長女として生まれ、半世紀ものあいだ「聖女」として太陽神ソレイユに仕えてきたセラ。 六十歳となり、ついに若き姪へと聖女の座を譲り、静かな余生を送るはずだった。 しかし式典後、甥である皇太子から持ち込まれたのは――二十歳の隣国王との政略結婚の話。 相手は内乱終結直後のカルディア王、エドモンド。王家の威信回復と政権安定のため、彼には強力な後ろ盾が必要だという。 子も産めない年齢の自分がなぜ王妃に? 迷いと不安、そして少しの笑いを胸に、セラは決断する。 穏やかな余生か、嵐の老後か―― 四十歳差の政略婚から始まる、波乱の日々が幕を開ける。

ソラノカケラ    ⦅Shattered Skies⦆

みにみ
歴史・時代
2026年 中華人民共和国が台湾へ軍事侵攻を開始 台湾側は地の利を生かし善戦するも 人海戦術で推してくる中国側に敗走を重ね たった3ヶ月ほどで第2作戦区以外を掌握される 背に腹を変えられなくなった台湾政府は 傭兵を雇うことを決定 世界各地から金を求めて傭兵たちが集まった これは、その中の1人 台湾空軍特務中尉Mr.MAITOKIこと 舞時景都と 台湾空軍特務中士Mr.SASENOこと 佐世野榛名のコンビによる 台湾開放戦を描いた物語である ※エースコンバットみたいな世界観で描いてます()

処理中です...