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第5話:燃え尽きる夢
#11
しおりを挟むノヴァルナがシウテ・サッド=リンをナグヤ城主に据えた事は、日が経つにつれ、思惑通りの効果を生んだ。特に反ノヴァルナ・親カルツェ派の家臣達に対してである。
まずシウテは、ナグヤ城主の地位を与えられた事で、段々とその地位を守る方を優先して考えるようになって来ていた。
すなわち、あまりカルツェに肩入れし過ぎ、ノヴァルナの怒りを買ったりすれば、せっかく手に入れた城主の座を、取り上げられてしまうのでないかという不安だ。
無論ノヴァルナを排し、カルツェを当主の座に就ければ、その地位は保証されもしようが、その目論見が失敗した時のリスクも覚悟せねばならない。
一方、カルツェ支持派の急先鋒、シウテの弟ミーグ・ミーマザッカ=リンやクラード=トゥズーク辺りは、シウテがノヴァルナ側に寝返ったのではないか…と疑い始めていた。
当のシウテにその事を問い質しても、シウテ自身は寝返ったつもりはないため、当然否定する。だがどのような返答を得ても、ノヴァルナからナグヤ城を与えられたという事実に、カルツェ支持派に疑念は残る。
つい先日クラード=トゥズークがモルザン星系へ飛び、ヴァルツ亡きあとのモルザン=ウォーダ家と協力体制を整え始めた矢先、このシウテを巡る人事でカルツェ支持派は、また動きを鈍らされる結果となったのだった。
ところが時を同じくして、ミノネリラ宙域でも動きがあった。
ギルターツ=サイドゥ改めギルターツ=イースキーが、家中の統制に目途がついたらしく、ついにドゥ・ザン=サイドゥの討伐のために、軍を動かし始めたのである。
イマーガラ家新宰相シェイヤ=サヒナンとの密約により、イマーガラ家とロッガ家からの侵攻の恐れがなくなったイースキー家は、同方面の部隊にも召集を掛け、アザン・グラン家のエテューゼ宙域方面の部隊だけを残して、首都星系ミノネリラに大艦隊を集結させつつあった。
このギルターツの動きは、オスカレア星系へ逃れたドゥ・ザン=サイドゥも即座に知るところとなり、ドゥ・ザンの部隊も迎撃態勢を取り始める。だが圧倒的に不利な戦力差は如何ともし難い。
そしてその情報は、ノヴァルナの元にも届けられた―――
そういうわけで、『ホロウシュ』のラン・マリュウ=フォレスタは今、引き攣った愛想笑いを浮かべている。
副官としてノヴァルナに従い、三十は下らないキオ・スー城の応接室の一つに入ると、そこに待ち受けていたのが、宇宙海賊『クーギス党』の女副頭領、モルタナ=クーギスであったからだ。
ショートの黒髪に、日に焼けた浅黒い肌のグラマラスボディは男好きのする容姿。それでいて本人は男より女好きのモルタナに一目惚れされ、顔を合わす度に言い寄られているのが、ランの困惑の笑顔の理由である。
「あぁん、ランちゃん。会いたかったー」
ノヴァルナとランが応接室に入るなり、ソファーから立ち上がってランに向け、目を輝かせるモルタナに、主役であるはずのノヴァルナは苦笑いを隠せない。
「待て待て、ねーさん。俺に用があるんじゃねーのかよ?」
ノヴァルナの口調は、モルタナに対しては殊更砕けたものになる。協力者である以上にモルタナは出逢って以来、ノヴァルナにとって気の置けない友人だった。モルタナの方もまた同様で、ノヴァルナの星大名家当主という肩書は関係なしに、対等に口を利く。
「あー。あんたは、ついでだよ」
「ちぇ。ひでぇ女」
白けた顔でソファーに座り直し、つっけんどんに言い捨てるモルタナの冗談に、ノヴァルナは苦笑と不貞腐れた口調でぼやきながら、腕組みをして向かい側のソファーに腰を下ろした。
モルタナは、ノヴァルナが惑星ラゴンに居留地を設け、高級宝飾品のシズマパールを産出する貝の養殖を行わせ始めた水棲ラペジラル人との関係で、時々ノヴァルナの元を訪れているために、家臣達もその訪問を怪しまなくなっている。
ただその実、モルタナの『クーギス党』は皇都星系ヤヴァルトを中心として、オウ・ルミル、イーセ、ミノネリラなどの宙域の情報収集を行い、ノヴァルナに届ける役目も担っているノヴァルナの重要な協力者だった。
「んで?…前触れなしに俺んところに来たってのは、それなりの土産話なんだろ?」
苦笑を不敵な笑みに入れ替えながら、ノヴァルナは本題に入る。斜に構えてソファーに寄り掛かる軍装の上着は前を開けさせており、その下に着る真っ赤なTシャツには、紫色のラメで描いたドクロマークが大きく目立っていた。この辺りは以前の天衣無縫さを、忘れていない証なのだろう。
一方のモルタナも男勝りで、単刀直入なやり取りは嫌いではない。
「ああ。前にあんたから頼まれていた話さ。どうやらミノネリラ宙域で、事が起きそうになって来たようだよ」
「マジか?」
おおよそ星大名らしくない、俗な物言いで問い返すノヴァルナの眼光が、ギラリと輝きを放つ。対するモルタナは気負いもせず言い放った。
「あんたをからかう気なら、もっと気の利いた話にするさ。マジに決まってるだろ。バサラナルムと、各方面軍司令部がある星系との超空間量子通信の回数が、このところ飛躍的に増えててね。艦隊の集結が始まったんだと思うよ。あたいの見立てじゃ、決戦は十日後あたりってトコかね」
「ふぅん…」
と、どこか気のない返事をするノヴァルナ。だがこの若者をよく知る者は、こういった反応を見せる時のノヴァルナは、内面で闘志を滾らせ始めたのだと気付くはずだ。
「ありがとよ、ねーさん。褒美を上乗せしてやるぜ、何がいい?」
不敵な笑みを湛えたまま、ノヴァルナはモルタナに尋ねた。
「じゃ、ランちゃんのお持ち帰り権!」
即答するモルタナと、「げ!」といった顔をして身を引くラン。「アッハハハ!」と高笑いしたノヴァルナは、上機嫌でモルタナに言う。
「そいつぁ、自分で口説くんだな。その方が、ねーさんも燃えるってもんだろ? 代わりに今回渡す『クーギス党』の活動資金を、三割増しでどうだ?」
ノヴァルナの言葉にモルタナはわざとらしく、不承不承といった体で応じる。
「あたいとしちゃ、口説く手間を省いといて、ベッドの中でランちゃんと燃えたいトコだけどね。まぁ、ここはあんたに免じて、喜んで受け取らせてもらおうじゃないのさ」
「相変わらず、素直じゃねーなー」
ため息交じりに言い放ったノヴァルナは、呆れ顔で肩をすくめた。流浪の宇宙海賊である『クーギス党』を取り纏める者として、モルタナが自分個人の趣味を優先させるはずはない。現在の『クーギス党』にとって、強力な支援者であるノヴァルナのキオ・スー家から得られる、三割増しの援助は相当な心強さであるはずだ。ただこういった所も含めて、モルタナの生き方には自分に通じるものがあり、ノヴァルナは気に入っている。
ノヴァルナの報酬を受けたモルタナは、さらにミノネリラ宙域に関する捕捉情報と、その他の宙域、特に皇都惑星キヨウの星帥皇、テルーザ・シスラウェラ=アスルーガの動向を伝えて帰っていった。
モルタナを城の通用門まで見送ったノヴァルナは、その足で執務室へ入り、モルタナの“餌食”にされずに済んでホッとしている副官のランに、まずはランの父親でキオ・スー家BSI部隊総監のカーナル・サンザー=フォレスタと、戦艦部隊である第2戦隊司令のナルガヒルデ=ニーワスを呼びにやらせる。
そしてほどなくしてやって来たサンザーとナルガヒルデにノヴァルナは、旧キオ・スー家の部隊とナグヤ家の部隊を合わせて編成した、新キオ・スー軍の整備状況を確認したのち、かねてからこの二人には伝えてあった、ドゥ・ザン=サイドゥ支援部隊を派遣する時が来た事を告げたのだった………
▶#12につづく
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