銀河戦国記ノヴァルナ 第2章:運命の星、掴む者

潮崎 晶

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第5話:燃え尽きる夢

#12

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 その夜、カーネギー=シヴァはショートドレス姿で、月明かりが差し込む。キオ・スー城の廊下を急いでいた。月日は八月。季節がら夜も暑いものではあるが、海の近くの高地に建てられたキオ・スー城には良い風が吹き、それほどの不快さはない。

 カーネギーが急ぐ理由。それはノヴァルナから、会いに来て欲しいという連絡があったからだ。

 夜に突然の呼び出し。予期せぬ出来事…いや、そうではない。カーネギーはこうなる時を待っていた。期待していたと言っていい。
 ノヴァルナのもとへ亡命して来て、ノヴァルナとノアの不仲説が広まり始めて以来、事あるごとに側に寄り添い、時には追従口を利き、距離を少しでも近づけようとして来たのは、ノヴァルナにとって、自分がこのような存在となるための布石だった。



キオ・スー=ウォーダ家と、シヴァ家が一つになれば―――



 胸の内で呟く言葉の、その先を飲み込んで、カーネギーはノヴァルナとの待ち合わせ場所へ足を踏み入れた。キオ・スー城本丸の中ほどに突き出たテラス。白い半円形のテラスは、月の光を浴びて青紫色の光に浮き上がっている。

「ノヴァルナ様」

 カーネギーはテラスの手摺に肘を置き、キオ・スー市の夜景を眺めるその人物の、背中に向けて声を掛けた。前をはだけさせ、両腕の袖を捲り上げた紫紺の軍装姿のノヴァルナが、カーネギーに振り向く。

「ああ、カーネギー姫。急に申し訳ありません」

「い、いいえ」

 今日ぐらいは対等に口を利いて欲しいのに…と、いつまで経っても自分に対してだけは敬語のままのノヴァルナに、カーネギーは一瞬だけ残念そうな表情をぎらせた。

「ノヴァルナ様からのお呼び出しとあらば、何をさて置いても駆け付けます」

 僅かに頬を染め、媚びる目で歩み寄るカーネギー。このまま一夜を共にして、“既成事実”を作ってしまうのも一つの手だ。対するノヴァルナは「それは光栄です」と笑顔で応じ、穏やかな口調で続ける。

「実はカーネギー姫に、折り入ってお願いがあるのですが」

「はい!」

 告白の期待を抱き、勢い込んで返事をするカーネギー。ところがノヴァルナが口にした“お願い”は、カーネギーが期待したものとは全く違っていた。

「私がドゥ・ザン=サイドゥ殿の救援のため、ミノネリラ宙域へ遠征している間、一時的に、シヴァ家に我々の主君へ復帰して頂きたいのです」



「え?………」



「姫もご存知の通り、私を狙っている者は内外におります。叔父のヴァルツが亡くなり、遺憾ながら私が遠征で留守にすると、そのあとを任せるに足る人材に欠けるのが現状。そこで先日、キラルーク家と友好協定を結ばれた姫のシヴァ家に、一時的に領主となって頂く事で、キラルーク家の後ろ盾であるイマーガラ家を、味方につけておこう…というわけです」

「………」

 期待した告白とは、百八十度違うノヴァルナの言葉に、二の句が継げないカーネギー。それに対してノヴァルナの方は別段、他に何かを隠している様子もなく、この計画の報酬を付け加えた。

「お引き受け頂けましたならば、姫には叔父のヴァルツに譲る予定であった、植民星系のうちの一つを進呈致します。独立管領からの再スタートになりますが、現状よりは税収も大幅に増えるはずです」

「く…」

 それを聞いてカーネギーは、小さく歯を食いしばった。自分が欲しいのは、こんな程度のものじゃない。たかだか星系一つ、手に入れたって―――

「あの、ノヴァルナ様!」

 真顔になって呼び掛けるカーネギーに、ノヴァルナは小首を傾げて応じる。

「はい?」

「ノヴァルナ様は、ドゥ・ザン=サイドゥ様へのご支援はなさらないのではなかったのですか? その…言い方は悪いのですが…お見捨てになられる、というお話では?」

 するとノヴァルナは、いとも簡単にその言葉をひっくり返した。

「ああ。あれは嘘です」

「うそ…なのですか?」

 ノヴァルナがドゥ・ザン=サイドゥを支援する事は、ギルターツの謀叛により、ドゥ・ザンが首都惑星バサラナルムをわれたのを知った時点で、すでに決意していた話である。ただそれを内外の敵対勢力に早々に知られると、その頃のノヴァルナはまだ、キオ・スー家当主としての立場が不安定であった事から、下手に支援に動けば足元を掬われる恐れがあった。
 そのためにノヴァルナは表向き、ドゥ・ザンへの支援は行わない事を公言。一方で協力者の『クーギス党』には、ミノネリラ宙域の動静の監視を依頼し、ギルターツがドゥ・ザン討伐に動き出すギリギリまで、内政・外政と軍の再編整備に集中していたのである。

 そして今日、モルタナからギルターツが動き出したとの情報を得、以前から考えていた最後のピース―――カーネギー=シヴァを一時的に領主に復帰させ、ノヴァルナを当主の座から追い落そうとする者達の、その目的自体を奪い取るというピースを当て嵌めようというのだ。

 カーネギーをこんな夜に呼び出したのも、サンザーやナルガヒルデにその事を告げ、直前まで最終的な打ち合わせをしていたためである。それらの事をノヴァルナの口から告げられると、カーネギーは不本意な結末に頬を引き攣らせた………




▶#13につづく
 
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