銀河戦国記ノヴァルナ 第2章:運命の星、掴む者

潮崎 晶

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第6話:駆け巡る波乱

#01

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 宇宙の難所、『ナグァルラワン暗黒星団域』に爆発の閃光が無数に煌く。

 ドゥ・ザン=サイドゥの軍と、ギルターツ=イースキーの軍の交戦は、三時間にも及んでいた。

 ギルターツ側の将ドーツェン=タルコスを屠り、配下の第10艦隊を潰走させたドゥ・ザンだったが、その後方から前進して来たリーンテーツ=イナルヴァと、ナモド・ボクゼ=ウージェルの、“ミノネリラ三連星”の内二名の率いる艦隊との戦闘に入ると、形勢は次第に不利となっている。

 ドゥ・ザンの総旗艦『ガイライレイ』の艦橋に差し込む眩い光は、左舷前方24万メートルにいた戦艦『スコルシス』の爆発光だ。

「戦艦『スコルシス』爆発!」

 即座にオペレーターから報告が入る。それを表情も変えずに聞いている、司令官席のドゥ・ザン=サイドゥ。ただ、届けられる凶報はそれだけではない。

「重巡『ラハッド』、『スケルヴァ』爆発!」

「第3宙雷戦隊、被害甚大!」

「BSIブリザード中隊、タイフーン中隊、全滅!」

「探知方位245プラス44、敵BSI部隊接近! 大隊規模です!」

「回避運動。迎撃急げ!」

 敵のBSI部隊に取りつかれたドゥ・ザンの第1戦隊は、一斉に右舷へ舵を切り始めた。『ガイライレイ』も同様で艦橋の窓からは、艦の前方部分から撃ち上げられる迎撃誘導弾の束が視界に入る。さらに艦隊参謀はドゥ・ザンに尋ねた。

「BSI親衛隊も出撃させますか?」

 ドゥ・ザンの『ガイライレイ』を含む第1戦隊の戦艦群は、直掩隊として親衛隊仕様BSI『ライカSC』を、二個中隊24機搭載している。総旗艦防衛の切り札であった。しかしドゥ・ザンは前を見据えたまま、他人事のように言う。

「まだじゃ。親衛隊抜きでしのいで見せよ」

 切り札を使うにはまだ早いと、ドゥ・ザンは否定の言葉を口にし、司令官席のコムリンクで第2艦隊司令のドルグ=ホルタ、第3艦隊司令のコーティ=フーマを呼び出す。

「ドルグ、そちらの状況はどうじゃ?」

 目の前に展開された小型のホログラムスクリーンに、ホルタとフーマの映像が浮かぶ。二人とも司令官席に座っているのはドゥ・ザンと同じだ。

「良くはありませぬな。艦隊損耗率は50パーセントといったところです」

 艦橋の窓の外では、CIWSが迎撃のビーム砲火を激しく撃ち始める。敵の誘導弾を掻い潜ったBSI部隊が、さらに距離を詰めて来たのだ。しかしドゥ・ザンは鼻にも掛けぬ様子でフーマにも尋ねた。

「コーティの方はどうじゃ?」

「はっ。私の方も同様にて…」

 彼等の報告にドゥ・ザンは「そうか…」と頷き、「いや。よう戦っておるのぅ」と感慨深げに告げる。

 事実、ドゥ・ザン軍は健闘していた。ドゥ・ザン軍は三個艦隊、ギルターツ軍は七個艦隊。『ナグァルラワン暗黒星団域』の複雑な気象構造を利用した戦術によって、ドーツェン=タルコスの艦隊は旗艦と司令官を失い撤退。

 タルコス艦隊を囮に、ドゥ・ザン軍の陣形が乱れた隙を突こうとしたイナルヴァとウージェルの艦隊に対しては、温存していた全宙雷戦隊を一斉突撃させ、進撃速度が鈍る間に、陣形の再編に成功。一時的に互角の戦況に持ち込んだのである。

 “マムシのドゥ・ザン”の突撃命令のタイミングは絶妙であり、これを受けたのが“ミノネリラ三連星”でなければ、さらに二個艦隊が敗走の憂き目に遭っていただろう。

 だがやはり、三時間もの砲火による殴り合いは、ドゥ・ザン軍を劣勢にせずにはおかなかった。タルコス艦隊が敗退し、イナルヴァ艦隊とウージェル艦隊が突出した結果、ギルターツ軍全体の陣形が変化し、六個艦隊全てがドゥ・ザン軍への砲撃が可能となったためだ。
 さらにドゥ・ザン軍はBSI部隊の損害が大きい。序盤で宙雷戦隊を温存する事を目的に、強引な運用をした皺寄せが来たのである。

「ふぅむ…しかしぼちぼち、決着を付けねばならんの」

 三時間も経過すれば、支援に赴き、オウラ星系付近で戦っている、ノヴァルナ艦隊も引き上げた頃で、ドゥ・ザンとしてもわざわざ遠征してくれた、娘の婚約者に対し面目を施せたはずである。

 主君の意を汲んで、懐刀のドルグ=ホルタも「そうですな…」と応じ、さらに言葉を続けた。

「つきましては、我に先陣を仰せ仕りたい」

 するとコーティ=フーマが我こそと申し出る。

「いやいや、ドルグ殿。ここの先陣は我が。ドルグ殿には最後まで、お館様につき従っていただかねば」

 意気軒昂な二人の重臣の言葉に、ドゥ・ザンは「カッカッカッ…」と乾いた笑い声を上げ、目指すべき目標の、ギルターツが乗る総旗艦『ガイレイガイ』の位置を確認するため、戦術状況ホログラムを眺める。
 しかし次の瞬間、ドゥ・ザンは笑うのをやめ、「はて?」と眉をひそめた。敵の陣形が不自然な動きを始めていたのだ。ギルターツの第1艦隊の上下にいた二つの艦隊、ドリュー=ガイナーの第7艦隊とシン・スー=キーシスの第8艦隊が、左舷方向へ舵を切り、別行動を取りだしたのである。

「何をやっておるのじゃ、連中は?」とドゥ・ザン。

「今更、別動隊でもありませんでしょうに」

「解せませんな」

 フーマとホルタも、自艦の戦術状況ホログラムを見詰めて、怪訝そうに応じた。

 その時であった。通信参謀が何かに慌てた様子で、言葉を詰まらせながらドゥ・ザンに声を掛けた。

「もっ!…申し上げます!」

 ギロリと睨むドゥ・ザンの傍らで、参謀長が「何事か!?」と問い質す。通信参謀は表情を強張らせて報告した。

「通信傍受によりますと、ノヴァルナ様の艦隊が、モリナール=アンドア以下の阻止部隊を突破。こちらに向けて進撃を開始された模様!」

「なんじゃと!!」

 思わぬ報告に“マムシのドゥ・ザン”、司令官席から跳ねるように立ち上がり、仁王立ちになってカッ!と双眸を見開く。そして目の前にノヴァルナがいるかのような態度で一喝した。

「うぬ! 小癪な大うつけがッ!!」

 とは言うドゥ・ザンだがその目尻には一瞬、光るものがあった。ノヴァルナの目的が、形式的な支援で信義を通す者という評価を高めるのではなく、本気で自分を救援するつもりなのだと知ったからである。事実、罵倒したあとドゥ・ザンはうつむくと、しばし言葉を失った。命を懸けて自分を助けようとする、ノヴァルナの気持ちに感じ入ったからに他ならない。

 そんなドゥ・ザンに、通信回線を開いたままであったコーティ=フーマとドルグ=ホルタが声を掛ける。

「お館様…」

「良うございましたなぁ」

 それを聞いて元来のひねくれ者のドゥ・ザン、異名の通りマムシの鎌首の如く頭をもたげると、「ふん…」と鼻を鳴らす。

「何が良いものか。とっとと帰り、ノアの奴に膝枕でもされておればよいものを、あの阿呆あほうめが。おかげで少々、早う逝かずばなるまい」

 守備力の高い、あのアンドア艦隊を突破したとなると、ノヴァルナ艦隊もすでに相応の損害を出しているはずであり、ドゥ・ザンとしてはどうあっても、ノヴァルナ艦隊にこれ以上、ダメージを負わせるわけにはいかない。強い口調で二人の艦隊司令に呼び掛ける。

「ドルグ、コーティ!」

「はッ!」

「ははっ!」

「作戦変更じゃ。冥府への案内はドーツェンに任せるゆえ、お主達はここで死ぬ事一切、まかりならん。残存部隊を引き連れ、婿殿の軍に合流せよ!」

「そ、それは!」

「お館様!」

 抗議の声を上げようとする二人に、ドゥ・ザンは真面目な表情で説いた。

「お主達はわしに成り代わり、婿殿の下で励むのじゃ。婿殿はオ・ワーリに帰ってこれからが正念場、婿殿を新たな主君として、力を尽くしてやってくれ」




▶#02につづく
 
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