銀河戦国記ノヴァルナ 第2章:運命の星、掴む者

潮崎 晶

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第6話:駆け巡る波乱

#03

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 キオ・スー=ウォーダ家総旗艦『ヒテン』に乗るノヴァルナは、ミネラルウォーターの入ったスクイズボトルを片手に、司令官席の近くに立つ艦隊参謀へ尋ねた。

「今の重力子のチャージ状況は? 超空間転移までどれくらいかかる?」

 自分の間近に展開した小型のホログラムスクリーンによって、チャージ状況をリアルタイムで表示させていたその参謀は即座に返答する。

「統制DFドライヴまでは、およそ四十分です」

 全艦隊が一斉に超空間転移を行う事を“統制DFドライヴ”という。元来、宇宙船は軍用、民間用にかかわらず、対消滅炉と重力子ジェネレーター、そして転移させる船の質量の組み合わせによって、一回に転移出来る距離と、次回の転移までの重力子チャージの所要時間が違って来る。つまり船の性能によって、誤差が生じるのである。その性能がバラバラの船の集団―――軍の場合は艦隊を、一番効率の悪い宇宙艦に合わせて超空間転移させるのが“統制DFドライヴ”というわけだ。

「まだそんなに掛かるのかよ」

 不満そうに口を尖らせるノヴァルナ。

 一番非効率な宇宙艦―――航行性能に限っては、ノヴァルナ自身が乗る一番巨大な宇宙戦艦『ヒテン』に合わせ、統制DFドライヴをしなければならない理由は、ある艦が先にDFドライヴを使用して超空間転移を行ってしまうと、ワームホールを出現させた事により“空間のゆらぎ”が二時間程度の間発生し、後続する艦が同じ場所に転移しようとしても誤差が生じてしまうためである。

 DFドライヴによる超空間転移は直線移動となっている。そのため後続の艦が転移する際に空間のゆらぎで、極々僅かにでも転移角度が変わると、百光年以上先の転移位置は恒星系一つ分以上もずれる事になる。
 これが何百隻という大艦隊であったとしたら、DFドライヴを繰り返す事による空間のゆらぎは広がる一方で、最終的に艦隊は光年規模でバラバラとなってしまうのだ。

 そういう重大な結果を招くため、ノヴァルナも不満を口にするだけで、チャージ出来た艦から転移しろと命じられるはずもない。

「アンドア艦隊の様子は?」

 ノヴァルナは今度は、今しがた突破したモリナール=アンドアの艦隊の状況を、別の参謀に尋ねた。

「後方に反応はありません。オウラ星系方面へ後退した事から、帰路で待ち伏せする可能性の方が高いと思われます」

 立ち塞がるアンドア艦隊に対し、戦艦部隊を巨大な槍に例えて強引に捩じり込み、数にものを言わせて突破したノヴァルナの艦隊だったが、守備力の高いアンドア艦隊相手の強硬策で多くの艦がダメージを受けている。ドゥ・ザン救援でこれからさらに一戦あるというのに、その帰りに待ち伏せなどされたくはない気持ちになる。

「帰りは別のコースを考えるしかねーな…」

 戦術状況ホログラムを星図モードに切り替え、ノヴァルナは独り言ちた。とその時、前哨駆逐艦からの連絡をオペレーターが告げる。

「前哨駆逐艦『ゼルア』より入電。“敵艦隊見ユ、ワレヨリノ位置308マイナス58、距離7万7千、戦力ハ2個艦隊。超空間転移ト思ワレル”以上」

「敵艦隊?…転移して来ただと?」

 報告を聞いたノヴァルナは訝しげな表情を浮かべた。転移して来たかどうかは、前述の空間のゆらぎが転移到達側にも発生するため、それを探知する事で判断できる。
 ノヴァルナが気になったのは、出現した艦隊がアンドア艦隊の後詰めとして、予めこの周辺いたのではなく、超空間転移して来た点だった。
 これも前述の通り、一度DFドライヴを使用してしまうと、次の超空間転移に必要な重力子チャージまでは四時間はかかる。つまり、ここでノヴァルナ艦隊が次の重力子チャージの完了までの四十分間を粘り、統制DFドライヴで戦場を離脱できれば、敵は三時間以上もノヴァルナ艦隊のあとを追えなくなるのである。

「縦深陣による、漸減作戦でしょうか?」

 そう問いかけたのはノヴァルナの傍らに控える、副官のラン・マリュウ=フォレスタであった。彼女も敵が転移して来た事に疑問を抱いたのだろう。縦深陣はノヴァルナの父ヒディラスが大敗した、カノン・グティ星系会戦でドゥ・ザンが使った戦法だ。だがノヴァルナは首を横に振って否定する。

「いんや。こっちはあと四十分もすりゃ転移しちまうってのに、このタイミングでわざわざDFドライヴまで使って、押し寄せたりはしねぇはずだ」

「では?」

 ノヴァルナの司令官席を挟んでランの反対側に立つ、ナルマルザ=ササーラが尋ねる。ノヴァルナはふと嫌な予感を得て、右手で頭髪を軽く掻いた。

「たぶん、俺達を足止めするために、ギルターツが艦隊を分けたんだろうが…て事は、ギルターツの奴に、艦隊を分けるだけの余裕が出来てるって話だな」

「!」

 ノヴァルナの言葉を聞いて、ランとササーラは僅かに目を見開く。主君の言っている意味はつまり、ドゥ・ザンの敗北はすでに決定的となっているという事だった。

「ギルターツの艦隊から分離したものではなく、他のエリアから来た艦隊の可能性はないのでしょうか?」

 ランが問うと、ノヴァルナは「ねぇだろな」と簡単に応じた。もし他のエリアから艦隊を呼び寄せるのであれば、直接ノヴァルナ艦隊の近くに転移させるのではなく、ギルターツのいる場所へ転移させて、迎撃戦力に厚みを持たせるはずだからだ。

「なんにせよ、今は前に進むしかねぇ。全艦戦闘態勢だ!」

 背筋を伸ばして席に座り直したノヴァルナは、強い口調で下令した―――




▶#04につづく
 
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