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第6話:駆け巡る波乱
#04
しおりを挟むドゥ・ザンの『ガイライレイ』の主砲弾が、ギルターツ側の戦艦を捉え、艦腹を引き裂く。敵艦が力なく漂い始める様子を確認したドゥ・ザンは、僅かに身を乗り出して命令を下した。
「今じゃ! もうよいドルグ、離脱せよ!!」
リーンテーツ=イナルヴァの艦隊がコースを左へ変更し、距離を取ろうとする。それにつけ込む形で、ドゥ・ザン直卒の第1艦隊残存部隊は全艦で突撃を仕掛けた。それまで右側を並走していたドルグ=ホルタの第2艦隊が、一斉に右方向へ回頭、離脱を開始する。
「お館様! 奥方様!」
通信ホログラムスクリーンに、ホルタの苦衷を浮かべた顔が映る。『ガイライレイ』は敵戦艦との直接の殴り合いで、すでにかなりのダメージを受けていた。艦橋にも爆発が起きた跡があり、何人かの士官が息絶えて倒れている。
そんな中、ドゥ・ザンは「早う行け!」と、ホルタにぴしゃりと言う。そしてふと笑顔を見せて別れの言葉を告げた。
「今まで世話になったの」
さらにドゥ・ザンに寄り添う妻のオルミラも、柔らかな笑みで続く。
「ノア…そしてリカードとレヴァルに、宜しゅう伝えてたもれ」
二人からかけられた言葉を聞き、ホルタはくっ!…と奥歯を噛みしめると、「では、これにて御免!」と告げ、通信を終える。一息つくドゥ・ザンとオルミラの耳に、オペレーターの声が届いた。
「イナルヴァ艦隊とウージェル艦隊が後退を開始。代わりにギルターツ殿の第1艦隊と、サトゥルサの第6艦隊が接近して来ます!」
「敵第1艦隊、艦載機発進中!」
それを聞いてドゥ・ザンは、切迫した状況を気にするふうも無く命じた。
「全艦密集隊形。一点突破を図り、ギルターツの『ガイレイガイ』を狙う。BSI親衛隊も出せ」
これがおそらく最後の戦闘となるであろうと、参謀達も自分の担当部署で直接指示を出すため走り出す。あとに残ったオルミラは、おっとりとした調子で冗談を口にした。
「では、私はここで、“マムシのドゥ・ザン”とやらの戦の腕前を、とくと拝見致すと参りましょう」
妻の小生意気な態度にニタリと笑みを浮かべ、「いまさら軍監殿付きとは…これは怖い事よのう」とドゥ・ザンが冗談を返すと、『ガイライレイ』をはじめとする第1戦隊の各戦艦から、親衛隊仕様の『ライカSC』二十四機が発進する。
ドゥ・ザンのBSI親衛隊の隊長はカルドナ=シルバータという女性士官だ。ノヴァルナの弟カルツェの側近カッツ・ゴーンロッグ=シルバータと、同じ祖を持った植民団の末裔である。
「こちらスターウェーヴ中隊、カルドナ=シルバータ。全機発艦完了、これより総旗艦『ガイライレイ』の護衛に就く」
二十四機の『ライカSC』は、『ガイライレイ』の前半分をぐるりと取り囲んだ。さらにその周囲を六隻の護衛戦艦がリング状にカバー。残存艦は一団となって、ギルターツの乗る『ガイレイガイ』に向かって行った。
一方のギルターツ=イースキーも、いよいよ決着を付けんと、ドゥ・ザンの総旗艦『ガイライレイ』に向けて前進を開始している。
「こちらもBSI親衛隊をだせ。総力戦である!」
ギルターツの命令でイースキー家第1戦艦戦隊から、ジルドー=ナーガ率いる親衛隊仕様『ライカSC』が二十四機、一斉に飛び出した。
ドゥ・ザンは傷だらけの直率第1艦隊のみ。しかしギルターツの方は直卒の第1艦隊の他に第6艦隊がおり、戦力的にはドゥ・ザン側を凌駕していた。さらに後退したリーンテーツ=イナルヴァとナモド・ボクゼ=ウージェルの艦隊も、戦場から離脱するのではなく、遠距離砲戦を挑んで来る。
複数の敵戦艦から主砲弾をつるべ撃ちに喰らって、突撃から脱落するドゥ・ザン側の戦艦が、ハイエナの如く群がって来た敵の攻撃艇から無数の誘導弾を叩き込まれて、とどめを刺される。
外殻に大穴が開いている、宇宙魚雷も誘導弾も撃ち尽くしたドゥ・ザン側の軽巡航艦が、ギルターツ側の重巡航艦に体当たりを仕掛けて相討ちとなる。
必死の思いで爆発寸前の打撃母艦から脱出した究明ポッドが、運悪く至近にいた味方駆逐艦の舷側に激突して砕け散る。
BSI部隊同士の戦いも熾烈を極め、ギルターツ側の宙雷戦隊の接近を阻止しようとするドゥ・ザン側のBSIユニットと、それを排除せんと挑むギルターツ側のBSIユニットが、血で血を洗う争いを繰り広げていた。
中でもドゥ・ザンの総旗艦『ガイライレイ』の直掩隊として出撃した、カレドナ=シルバータのBSI親衛隊は優秀で、『ガイライレイ』を狙って来た敵の宙雷戦隊二個を、瞬く間に壊滅させている。
これに業を煮やしたギルターツは、自分の総旗艦『ガイレイガイ』の直掩に出ていたジルドー=ナーガの親衛隊に撃破を命じた。
敵駆逐艦のどてっ腹に、超電磁ライフルの対艦徹甲弾をまとめて撃ち込んだカレドナの耳に、『ガイライレイ』のコマンドコントロールからの情報が入る。その内容を聞いたカルドナは、配下のパイロット達に告げる。
「敵のBSI親衛隊が来る! 何としても踏みとどまれ!」
ドゥ・ザン側の親衛隊が迎撃態勢を取り直した様子は、ギルターツ側の隊長ジルドー=ナーガも確認していた。
「敵の中隊長は自分がやる。あとは任せたぞ!」
ジルドーの言葉に、「了解」と応じた部下達は一斉に機体を散開させた。双方とも機体は親衛隊仕様『ライカSC』、となると勝敗はパイロットの技量次第だ。
ジルドー機の接近は、カルドナも勘付くところであった。機体の戦術状況ホログラムに警告表示が点滅する。それは自分に向かって一直線に間合いを詰めて来た。
「相手にとって不足なし!」
カルドナはスロットルを全開にして、ジルドー機に立ち向かい、照準センサーが赤く点滅するや否や超電磁ライフルを撃ち放った。急旋回で回避したジルドーは、反撃の銃弾を浴びせて来る。だがカルドナもギリギリの間合いで機体を捻って、銃弾を躱した。
高速で正面から接近し合う両機には、次弾を撃つ時間的余裕もポジトロンパイクを構える時間的余裕もない。互いに腰のクァンタムブレードの柄に手を伸ばすと、居合斬りのように、すれ違いざまに一閃した。
その瞬間、カルドナの『ライカSC』のコクピットに、バキャン!という金属音が轟き、激しい震動が襲い掛かった。たちまち響く耳障りな被弾警報。モニターに目を遣れば、右胸部から左腰部までの外殻に裂傷を受け、さらに腰部アーマー喪失の警告文字が点滅している。だがカルドナは委細構わず、即座に機体を振り返らせてライフルを次弾発射。超高速の銃弾は旋回中のジルドー機の左脚を、大腿部から吹き飛ばした。
「く!…ええい!」
歯噛みしたジルドーはその場でライフルを撃ち返す。だが左脚を失った事で機体の重心がずれ、照準通りに銃弾が飛ばない。相手の銃撃コースを掻い潜るように間合いを詰めたカルドナは、下段からQブレードを斜めに振り上げた。ジルドーはその刃を自分のQブレードで叩き伏せ、スロットルを全開にする。機体のバックパックに重力子の光のリングが三つ重なり、ジルドーの『ライカSC』は、猛ダッシュと共にカルドナ機に体当たりを喰らわせた。
衝撃で超電磁ライフルを手放してしまうカルドナ。隙を突いてQブレードを繰り出すジルドー。だが体勢を崩しながらも薙ぎ払ったカルドナのQブレードが、ジルドー機のブレードを持つ手首を切り飛ばした。
そこでカルドナも加速前進。返す刀で抜き胴を放つと、その斬撃は中に乗るジルドーの体ごと、機体の脇腹を切り裂く。
「ぬああっ!」
絶叫を上げて爆発の閃光に包まれるジルドーの機体。ただカルドナの方も無事に済んではいない、最初の斬撃で受けた機体前面の裂傷が、メインの回線の幾つかを断ち切っており左方向への旋回が出来なくなってしまっていた。
“マズいわね…”
予備回線も反応が無い事を知ったカルドナ。周囲を見れば配下の親衛隊も、敵の親衛隊と大半が相討ちだったようで、敵の全滅と引き換えに、こちらは自分を含め九機に減っていた。
ところが状況は息つく暇を与えてはくれない。『ガイライレイ』のコマンドコントロールが冷酷な現実を伝えて来る。
「敵の新たなBSI部隊が接近中。数は三個中隊以上。本艦が目標と思われる」
戦闘は最終局面であり、ギルターツ側はこちらの総旗艦『ガイライレイ』を、集中攻撃で仕留める意図であるのが明白だった。
“どうやら…終わりね”
ここが死に場所と覚悟を決めるカルドナ=シルバータ。だが総旗艦親衛隊の隊長である彼女に、破れかぶれの特攻という選択肢はなかった。残った八機の部下達に命じる。
「味方艦隊の迎撃火器と連携して、一機でも多くの敵を道連れにする。各機分散の上、戦艦群CIWSの十字砲火ポイントに敵機を誘い込め!」
▶#05につづく
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