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第6話:駆け巡る波乱
#12
しおりを挟む「これは驚いた…」
ゼノンゴークは機体の間合いを取って、姿勢を制御しながら、ノヴァルナが見せた防御術に舌を巻いた。NNL(ニューロネットライン)で、反転重力子の高圧縮展開を瞬時に行い、任意の位置にピンポイントで対物理攻撃用バリアを張る技…それは、スーパーエース級BSHOパイロットのみが修得している、特殊技能だったからだ。
「この技を当代で使えるは、ウェルズーギ家のケイン・ディン殿、タ・クェルダ家のシーゲン・ハローヴ殿…あとはシーマズール家の女丈夫ヨランダ殿。さらに最強のフリーパイロットとの呼び声高き、ヴォクスデン=トゥ・カラーバぐらいであろうか。それをこの若者…」
それはノヴァルナ・ダン=ウォーダが、パイロットとしての新たな段階へ進み始める、萌芽というべき瞬間だった。
ただ当人には今の時点でそんな自覚は全くなく、何が起きたのかも理解できていない。つまり、NNLでサイバーリンクしたノヴァルナの『センクウNX』が、集中力を最大限まで高めたノヴァルナの防衛本能に反応して、高圧縮反転重力子による対物理攻撃バリアを自動的に展開したのだ。いわゆる無意識下の最大能力の発揮―――“ゾーン”に入った状態が一時的に発動して、それに『センクウNX』がリンクしたのである。
「なんだ、今の?…助かったのか」
そう言うノヴァルナの呟きが、今のバリアが自分でも想定外であった事を、示している。
“なんだか知らねぇが、とりま今は奴を倒すのが先だ!!”
ノヴァルナはポジトロンパイクを構えた。今はともかく、目の前の敵を倒す事が先決だった。このゼノンゴークという男が、自分より格闘戦術で上回っているとなれば尚更だ。
“はん! やなヤローだぜ。本当は格闘戦の方が、得意っぽいってのによぉ!!”
警戒心も露わなノヴァルナ。一方のゼノンゴークも、今ノヴァルナが見せた特殊技能に対して、武将としての見識が最大限の警報を発していた。
“我がイースキー家がこの若者を敵とするならば、我が主家は数年を経ずして、この若者に滅ぼされるに違いない!”
「この若者は、ここで殺しておかねば!!」
口に出して叫んだゼノンゴークは『ハッケイSV』を急発進させる。目指すはノヴァルナの首ただ一つ。ところがそこへ横合いから突っ込んで来る、BSIユニットがあった。キオ・スー=ウォーダ家BSI部隊総監、カーナル・サンザー=フォレスタのBSHO『レイメイFS』である。
「ゼノンゴークっ!」
猛進して来たサンザーの『レイメイES』が突き出した、十文字ポジトロンランスの穂先をパイクで打ち払い、ゼノンゴークは急速後退した。
「サンザー殿か!!」
間合いを取りながら大きな笑みを浮かべるゼノンゴーク。二人はかつては、共にドゥ・ザン=サイドゥが仕えていた旧主家トキ家の武将であり、ドゥ・ザンがオ・ワーリ宙域へ侵攻して来た際にも戦った、因縁の相手である。
二度、三度、打ち合う得物が火花を上げ、その攻防は息をもつかせない。さらにサンザーの率いる三機の『シデンSC』もやや遅れて到着し、ゼノンゴークのBSHOに立ち向かっていった。そうなるとさしものゼノンゴークも、防戦一方とならざるを得ない。
「殿下!―――」
ゼノンゴーク機と刃を交えながら、サンザーはノヴァルナに呼び掛けた。
「そろそろお引上げを。電子妨害フィールドの効果も切れる頃です」
「おう。サイドゥ家の撤退艦の残りは?」とノヴァルナ。
「はっ。私の第6艦隊が護衛し、全て、安全圏に」
ノヴァルナが『センクウNX』で戦場に出て来た目的は、最後までドゥ・ザン=サイドゥに付き従って、無秩序に合流して来た艦の退避を援護するためだ。現在、敵はドゥ・ザン軍の生き残りの追撃ではなく、ノヴァルナの討ち取りに目標を変えており、戦力の引き付けには成功している。
ただ今の状態は、『シデンSC―E』の電子妨害フィールドのおかげで、敵の照準機能を低下させて戦力比を減殺しているのであって、その効果が失われてしまうと、数の上で圧倒的に不利になるのは否めない。
「わかった。第1艦隊―――」
即断したノヴァルナは唯一戦場に残り、敵と砲戦中の第1艦隊へ通信を入れた。
「ぼちぼちズラかるぜ! 対艦誘導弾と宇宙魚雷を、ありったけぶっ放してから、先にケツを捲れ!!」
第1艦隊から「了解」の応答があると、ノヴァルナはさらに、親衛隊の『ホロウシュ』達に命令する。
「ウイザードゼロワンより中隊全機。パーティーはお開きだ。艦に帰るとするぞ。手が空いた奴は、敵と交戦中の奴を援護してやれ!」
そう言ってノヴァルナは、ゼノンゴークと戦い続けるサンザーにも告げた。
「おまえも引き上げろ、サンザー」
「はっ! もう少しこやつを足止めしてから、戻ります!」
「おう。俺の第1艦隊にでいいから、早めに帰還しろよ!」
自分の訓練教官であった、サンザーの操縦技術を信じるノヴァルナは、先に機体を翻して総旗艦『ヒテン』を目指し始めた。
ノヴァルナの命令に従い、残っていた対艦誘導弾と宇宙魚雷を全て発射すると、キオ・スー=ウォーダ家第1艦隊は、戦場からの離脱を開始した。ここまで相当数の艦が損害を受けてはいたが、航行不能に陥った艦はなく、またノヴァルナと『ホロウシュ』にも多少の損害を受けた者はいるが、喪失機はない。
ショウ=イクマの『シデンSC―E』による、電子妨害フィールドの効果はまだ続いており、ギルターツ軍は第1艦隊が放った誘導弾と宇宙魚雷に、大混乱に陥った。追撃戦とノヴァルナの中隊に対する軽巡や駆逐艦の突撃で、陣形が完全に崩れており、戦隊や艦隊ごとの統合的な対応が出来なくなっている事も、その混乱に拍車をかけている。
“まぁこれで、敵の連中も諦めるだろ…”
ノヴァルナは『センクウNX』を操りながら胸の内で呟いた。敵の第一目標は、ドゥ・ザン=サイドゥの討伐であって、ノヴァルナを狙ったのは、そのついでの域を出ないからだ。
ところがここで、思わぬ事態が発生した―――
ノヴァルナの『センクウNX』の後ろ下方に、超空間転移の白い光のリングが発生し、中のワームホールから、傷付いた一隻の駆逐艦が出現したのである。それはイースキー家のものではなく、ドゥ・ザン=サイドゥの軍のものだった。どうやら重力子ドライブが損傷による不調をきたし、転移の際に亜空間でタイムロスを起こしていたようだ。
不運な事に駆逐艦が転移したすぐ後ろには、敵の重巡航艦と駆逐艦三隻、そして十機ほどのBSIユニットがおり、すぐに傷付いた駆逐艦を追い始める。
その状況をコクピットのモニターで確認したノヴァルナは、奥歯をギリリ…と噛み鳴らした。葛藤が心の中で波打つ。
“今の状況では…大局を見るなら…駆逐艦一隻など見捨てても、致し方ない事だ。戦争とはそういうものだ…だが…ええい、クソッタレ!”
「やなこった!」
ノヴァルナは自分自身の迷いを吹っ切るように一人叫ぶと、操縦桿を引いて『センクウNX』をUターン。最後までドゥ・ザン=サイドゥを守って傷付いた、駆逐艦を救援するため、敵の小部隊へ突っ込んでいった………
▶#13につづく
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