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第6話:駆け巡る波乱
#11
しおりを挟むノヴァルナが見せた高い技量に、後続して攻撃を仕掛けようとしていた敵機はたじろいだ。
配下の『ホロウシュ』達は、敵将イナルヴァ=リーンテーツの指示による、軽巡航艦と駆逐艦部隊の一斉突撃で忙殺され、ノヴァルナ機の直掩が困難となってはいたが、そのノヴァルナ自身の戦闘力が尋常ではないからだ。
だがそこにイースキー家のBSI部隊総監、ヒスルヴォ=ゼノンゴークの乗るBSHO『ハッケイSV』と、直卒の中隊が到着した。これまでとは格の違う相手である。
「各員は親衛隊を狙え」
ゼノンゴークは指揮する中隊に短く命令し、自らは二機の部下を引き連れて、ノヴァルナへ向かっていく。
「ノヴァルナ殿下、手合わせ所望。イースキー家の、ヒスルヴォ=ゼノンゴークにございます」
二機の部下を左右に分離し、ゼノンゴークは落ち着き払って全周波数帯で呼びかけながら、超電磁ライフルを発射した。その銃弾を素早く回避したノヴァルナが、不敵な笑みで応じる。
「おう、ゼノンゴークか。名前は聞いた事がある。面白れぇ!」
返礼とばかりにライフルを撃ち返すノヴァルナ。しかしゼノンゴークの方も、宇宙に稲妻を描くように機動、難なく躱した。
さらに三発の銃撃を行うゼノンゴーク。するとその照準は絶妙で、回避を行ったノヴァルナの機体を三発目の銃弾が掠める。
BSIユニットは高機動戦闘に対応するため、戦闘時には機体を重力子フィールドで覆っており、それが一種の実体弾に対する慣性減殺バリアとなっている。『センクウNX』を掠めた銃弾は、機体の腰部の表面を削っていくに留まった。
「おっと!」
機体を掠める銃弾に衝撃を感じ、ノヴァルナは声を漏らすと眉をひそめた。その直後、ゼノンゴークの次弾、さらに三弾目がノヴァルナの『センクウNX』に襲い掛かり、いずれもがノヴァルナにギリギリの回避を強いた。
“イクマの電子妨害フィールドが効いてる中で、照準を合わせて来ただと?”
ゼノンゴークの乗る機体はBSHOの『ハッケイSV』。イースキー家の量産型BSIユニット『ライカ』より、高性能のセンサーを搭載していると思われる。ただそうだとしても、電子妨害フィールドの影響を全く受けないはずはない。
どうなってやがる―――
神経を研ぎ澄ませ、素早く状況を確認するノヴァルナ。秒速単位で行われる宇宙の戦闘では、瞬間的に正確な分析と判断を下さなければ、新たな事態に対応できはしない。
ゼノンゴークの射撃を紙一重で躱しながら、ノヴァルナが着目したのは、ゼノンゴークと小隊を組む、二機の『ライカSC』だった。二機は『センクウNX』を挟んだ形で、ノヴァルナ機の動きに合わせて動いているのだが、ライフルは構えているものの、一向に攻撃して来ないのである。
“俺を逃げられないようにして、ゼノンゴークに手柄を挙げさせる?”
一瞬そう思ったノヴァルナであったが、すぐに自分自身でそれを否定した。
“いや…違うな。それなら当たらない程度であっても、援護射撃を行って来るはずだからな…となると―――”
ノヴァルナは思い当たる事を試すため、左側の一機に向けて急加速を掛ける。驚いて退避する狙われた『ライカSC』。すると今度はノヴァルナの追撃に合わせてゼノンゴークの『ハッケイSV』と、残る一機の『ライカSC』が動く、その距離はいずれもノヴァルナ機に対して等間隔で、ノヴァルナ機を三角形の中心に置こうとしている。
「はん! やっぱ、そういう事かよ!!」
不敵な笑みで言い放ったノヴァルナは、思い切り操縦桿を引いて急旋回、後方をついて来るもう一機の『ライカSC』へ機体の向きを変えた。
「!!」
驚いて機体を翻し、退避行動に移る後方からの『ライカSC』。迫るノヴァルナの『センクウNX』。ゼノンゴークの『ハッケイSV』をサポートする二機の目的は、測的観測だったのだ。
ショウ=イクマの『シデンSC―E』を中心に形成する電子妨害フィールドで、照準センサーの精度が著しく低下した中、ゼノンゴークの取った戦術は、二機の部下に光学観測機器で両側からノヴァルナの『センクウNX』の位置を補足、ゼノンゴークの自身の『ハッケイSV』と合わせた三点観測で、『センクウNX』に対する照準精度を高めていたのである。
「ちぃ! もう見破ったか!!」
格の違いを示すノヴァルナの、恐るべき洞察力の高さに舌打ちして、ゼノンゴークはノヴァルナに追われる部下の機体の援護射撃を行った。
ところがゼノンゴークが狙った未来予測位置に、ノヴァルナ機の姿は無い。
「なにっ!?」
虚しく宙を貫く銃弾に、目を見開いたゼノンゴークは警告を発した。その相手はノヴァルナが狙いを変える前の『ライカSC』。ノヴァルナ機を測的光学照準の中心に据えるため、後を追って来ていた『ライカSC』だ。
「いかん! 逃げろ!!」
ゼノンゴークの警告は手遅れだった。警告を受けたパイロットがその意味を理解し、反応して操縦桿を引こうとした時には、『センクウNX』は機体の前面に黄色い光の重力子リングを輝かせて急停止。瞬時にUターンを掛けると同時に、超電磁ライフルを放つ。
グシャッ!という感じで胸部が砕けた敵機に、ノヴァルナはすれ違いざまにポジトロンパイクを一閃、とどめを刺すと再び機体を翻し、超電磁ライフルを撃った。複数目標を一度に照準するイルミネーターによって、後を追跡する振りをしていたもう一機の『ライカSC』にも、照準をつけたままだったのだ。
その『ライカSC』は慌ててノヴァルナ機を狙撃しようと、迂闊にも静止状態でいた。喉元、胸部左脇、腰部右側に三弾も喰らった『ライカSC』は、瞬時に粉々となる。
だがここでもノヴァルナに油断はない。瞬時に間合いを詰め、猛然と振り下ろしてくる、ゼノンゴークの『ハッケイSV』のポジトロンパイクを、紙一重で回避。逆にNNLの姿勢制御で回し蹴りを放ち、『ハッケイSV』の脇腹に叩き込む。
「むぅ、強いッ!…だが!!」
ゼノンゴークの表情が挑戦的な笑顔になり、クルリと返したポジトロンパイクの柄が、眼にも止まらぬ速さで突き出された。
攻撃の後の反撃に備えた回避行動に入ろうとしていたノヴァルナ機を、追撃する形で突き出されたポジトロンパイクの柄は、『センクウNX』の右腕の付け根を突き上げる。
「うぐっ!」
激しい衝撃が『センクウNX』のコクピットを襲って、ノヴァルナは歯を食いしばった。ポジトロンパイクやランスは斬撃や刺突ばかりが使用法ではない。その長く伸びた柄を、打撃武器として使いこなしてこそ本物なのである。
ノヴァルナがたじろいだその隙に、距離を詰め直したゼノンゴークの『ハッケイSV』は、再び持ち替えたポジトロンパイクの斬撃を加えた。咄嗟に自身のポジトロンパイクで打ち防ぐノヴァルナ。
すかさずゼノンゴークはパイクの柄を返して、先端で『センクウNX』を打ち据えようとする。「くっ!」と歯噛みして打ち返すノヴァルナだったが、さらにゼノンゴークの『ハッケイSV』は、前蹴りを繰り出して来た。
再び激しい衝撃が襲う『センクウNX』は蹴られた慣性で、一瞬無防備となる。それを逃さず、素早く返したポジトロンパイクで、上段から斬りかかる『ハッケイSV』。パイクの腕はゼノンゴークの方が上手らしい。
だがノヴァルナの集中力は、反射神経を最大限にまで高めていた。NNLの脳波操作を使って瞬間的に機体の前面へ、高出力の反転重力子リングを展開したのだ。斬りかかるゼノンゴークのポジトロンパイクがそれに触れた瞬間、ノヴァルナとゼノンゴークの機体は、反転重力子の強力な反発力によって弾き飛ばされた。
▶#12につづく
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