銀河戦国記ノヴァルナ 第2章:運命の星、掴む者

潮崎 晶

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第7話:失うべからざるもの

#06

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 思いも寄らない情報に模擬戦を中止し、ノヴァルナ達は『ヒテン』でキオ・スー城へ戻ると、急遽重臣達を招集した。会議室の中に、モルザン=ウォーダ家の筆頭家老シゴア=ツォルドから届いた、謀叛の意思表明の宣告ホログラムが映されている。ジェヴェット星人のツォルドは、四角い赤ら顔で睨み付けて宣していた。

「―――したがって、我等モルザン=ウォーダ家は、これ以上、ノヴァルナ殿下の横暴にくみし、無益な戦いに狩り出される事を拒否。モルザン星系の人民、ひいてはオ・ワーリ宙域の安定のため、独自の行動を取らせて頂くものとする」

「独自の行動?…」

 裏で自分の弟ミーグ・ミーマザッカ=リンをはじめとする、カルツェ派支持派が糸を引いている事を知らされていない、キオ・スー家筆頭家老のシウテ・サッド=リンが、怪訝そうに呟く。

「まずはじめに―――」とツォルド。

「―――この電文が届く頃、イノス星系が我等の支配下となっているはず」

 それを聞いてキオ・スー家の家臣達は、ギョッ!と目を見開いてざわめきだす。情報の確認のためなのであろう、何人かの参謀は慌てて席を立つと、会議室から飛び出して行った。
 イノス星系はノヴァルナ達のオ・ワーリ=シーモア星系と、モルザン星系の間に位置する植民星系で、恒星間航法のDFドライヴで重要な機能を果たす、希少鉱物『アクアダイト』を産出する、戦略的に重要な第三惑星シノギアを有していた。

 家臣達の動揺ぶりと対照的なのはノヴァルナだ。面白くも無さそうな表情で頬杖をつき、無言で通信ホログラムを眺めている。

「さらに―――」とツォルド。

「―――我等はこれを機に、ナルミラ星系のヤーベングルツ家と同盟を結び、彼等の陣営に加わらんとするものである」

 その言葉に何名かの重臣が、身を乗り出して怒声を上げた。

「なにっ!?」

「ヤーベングルツ家だと!?」

「イマーガラ側に寝返るつもりか!?」

 ヤーベングルツ家は、ミ・ガーワ宙域に近いナルミラ星系を領有する、有力な独立管領である。かつてはナグヤ=ウォーダ家に従属していたが、ヒディラスが死亡すると、嫡男ノヴァルナの当主継承を不服とし、それまでの宿敵イマーガラ家側へ寝返って、ノヴァルナ率いる宇宙艦隊と『アーク・トゥーカー星雲会戦』で砲火を交えた、許すべからざる存在だ。
 ヤーベングルツ家の恒星間打撃部隊には大損害を与えて、戦闘力を奪ってはいるものの、その代わり現在のナルミラ星系には、イマーガラ家の重臣モルトス=オガヴェイとイマーガラ軍第5宇宙艦隊が入っており、脅威度はたいして軽減出来ていない。
 
 そして何より、モルザン星系の戦略的重要度は、今のキオ・スー家にとって計り知れない重さがある。
位置的にはミノネリラ宙域とミ・ガーワ宙域の間にあって、キオ・スー家のあるオ・ワーリ=シーモア星系と、もう一つのウォーダ宗家であるイル・ワークラン=ウォーダ家の、オ・ワーリ=カーミラ星系で三角形を形成しているのだ。
 イル・ワークラン=ウォーダ家がノヴァルナと敵対関係にある今、モルザン星系にまで敵対されるとなると、まさに四面楚歌に陥る事になってしまう。キオ・スー家としては、譲れぬ生命線といったところであった。

 ツォルドの電文が終了すると、重臣達のざわめきが一層大きくなる。

「これは、すぐさま手を打たねばならんぞ!」

「艦隊の出動準備を下令するのだ」

「うむ。ヤーベングルツ家はともかく、ナルミラ星系にいるイマーガラ軍に動かれては厄介な事になる」

「だが過日、我等が後見するシヴァ家と、イマーガラ家が後見するキラルーク家の間で、友好協定が結ばれたばかりだ。イマーガラ家が攻勢に出て、キラルーク家の面目を早々に潰すような真似をするか?」

「ううむ。イマーガラ家も皇国貴族家だからな…カーネギー姫の申されようが正しければ、貴族間の約定を破り、家の品格を汚すような事は避けたいはずだが…」

「とは言え、イマーガラ家は今の銀河系で、有数の大々名でもある。実利を求めて体裁を捨てる可能性もある」

「いやいや、逆だろう。大々名であるからこそ、体裁にこだわるはずだ」

 重臣達が主張を言い合っている様子を、相変わらず無言で眺めるノヴァルナに、内務担当家老のショウス=ナイドルが声を掛ける。

「殿下はどのようにお考えですか?」

 それに対しノヴァルナは、指で顎を撫で摩りながら「そうさなぁ…」と呟いて、議論の輪に加わっている、筆頭家老のシウテ・サッド=リンを呼んだ。

「シウテ!」

「は?…はっ!」

 振り返るシウテの表情を確かめながらノヴァルナは尋ねる。熊を思わせるベアルダ星人の、茶色の短い毛で覆われたシウテの顔は表情が読み取り難いが、幼少の頃から見慣れていれば、表情筋の動きも分かる。

「取りあえず、おまえの筆頭家老としての対応策を聞かせてくれ」

 いつもは周囲の者に話させるだけ話させておいて、結論は独断専行がほとんどの主君の物言いに、少し意外そうな顔をして、シウテは意見を述べた。

「はっ。まずは情報収集にて、事の経緯を細部まで把握。それと並行して、特使をモルザン星系へ派遣し、シゴア=ツォルドに翻意を求めます。ただし万が一の場合に備えて、艦隊の出動準備を開始すべきです」

「万一の場合とは、なんだ?」

「はっ。交渉が決裂した場合もそうですが、この件に連動して、イル・ワークランをはじめとする、他の敵対勢力が動くかもしれぬという事にて、それに備えるためにも、出撃態勢は整えておくべきです」

 シウテの言葉と表情を吟味したノヴァルナは、「よっし。それでいくか」と言いながら席を立つ。そして会議室の中で、カルツェ派が集まっている一画に目を遣った。カッツ・ゴーンロッグ=シルバータの姿は見えないが、カルツェをはじめとして主立ったものが参加しており、周囲の家臣と議論を交わしている。

「よーし、お喋りはここまでだ!」

 凛としてよく通る声をノヴァルナが発すれば、全員が一斉に静かになった。その中でノヴァルナは、外務担当家老のテシウス=ラームに声を掛ける。

「テシウス=ラーム」

 呼ばれたテシウスは、「はっ!」と応じて席を立つと背筋を伸ばした。

「テシウス。おまえは至急、特使としてモルザン星系へ赴き、シゴア=ツォルドに対して、翻意と再度の従属を促せ」

「何らかの条件を出して来た場合は、如何致しましょう?」とテシウス。

「内容にもよるな。他の援軍の到着を待つ間の、時間稼ぎっぽいのやら、イノス星系をそのまま領有させろ、とかいうのは突っぱねろ」

「御意。すぐに出立の準備に入ります」

「おう、任せた。一刻を争うからな、今から抜けて、すぐ用意してくれ」

 ノヴァルナが頷いて了承すると、テシウスは即座に席を立ち、数名の側近を連れて会議室を退出していく。次にノヴァルナは艦隊の出撃準備を命じようとした。

「まず俺の第1艦隊だな。それとウォルフベルドの第5艦隊。後詰めは―――」

「お待ちください」

 ノヴァルナの言葉を遮ったのは、カルツェの付家老であるミーグ・ミーマザッカ=リンだ。茶色の体毛で覆われた兄のシウテ・サッド=リンと違い、こちらの体毛は銀灰色をしている。

「どうした、ミーマザッカ?」とノヴァルナ。

「我等の第2艦隊は、このところ実戦から遠ざかっております。先の旧キオ・スー家戦でも、ゴーンロッグの部隊が参加させて頂いたのみ。再編前にサイドゥ家の軍と戦って以来、戦場に出ておりません。出動が必要となった場合は、我等をご同行させて頂きたく、お願い申し上げます」

「ふーん…」

 ノヴァルナは少々気の抜けたような声を漏らし、視線をカルツェとシウテへ移した。表情の判り難い二人であるが、別段何かを隠しているような雰囲気でもない。

 実はノヴァルナは今回のモルザン星系の謀叛に、カルツェ派が一枚噛んでいるのではないかと怪しんでいたのだ。それであえてシウテの発言に乗ってみて、その真偽を探ろうとしたのだが、カルツェとシウテの二人を見る限り、取り越し苦労であるように思えた。

「ま、いっか。イマーガラ家が絡んでいるとなると、奴ら自身は動かなくても、シウテの爺の言うように、裏で繋がってるイル・ワークランやらギルターツやらが、動く可能性があるからな。ウォルフベルドはそっちへの備えに回す事にする。そんなわけで、カルツェ―――」

 気軽に声を掛けて来るノヴァルナに、カルツェは短く「はい」とだけ応じた。

「ラームの交渉が上手くいかなかった時は、手を貸してもらう。頼むぜ」

 カルツェは無表情なまま、もう一度「はい」と答えて了解する。まあ、こんな無愛想な方がカルツェらしいか…と、ノヴァルナは軽く苦笑いを浮かべ、さらに幾つかの指示を出して会議を終えた。




▶#07につづく
 
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