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第7話:失うべからざるもの

#07

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 その夜の事である。キオ・スー城での会議を終え、スェルモル城へ帰城したカルツェとその側近連中のうち、ミーグ・ミーマザッカ=リンとクラード=トゥズークは、留守居で城に残っていたカッツ・ゴーンロッグ=シルバータを加え、三人で密談を交わしていた。

「…上手くいきましたな、ミーマザッカ様」

 人を小馬鹿にしたような笑みで語り掛けるのはクラードだ。カードゲームに興じるための小部屋はそう広くは無く、正方形の狭いテーブルには三つのグラスと、皇国暦1525年ものの赤ワインのボトルが置かれている。

「うむ。あの大うつけ、妙に人の表情を読む力だけは、長けているからな。用心に越した事はあるまいと思ったが、正解だったようだ」

 これまでのウォーダ家内の抗争で、ミーマザッカやクラードといったカルツェ支持派の頭目達も流石に、ノヴァルナを単なる傍若無人な馬鹿だとは、思わなくなり始めていた。
 とりわけ洞察力と、勘の良さには人並み以上のものがあり、旧キオ・スー家をはじめ敵対した者がノヴァルナに敗北したのも、手の内をノヴァルナに見抜かれたのが原因だというのが、ミーマザッカらの分析である。
 そのため、ミーマザッカらは今回のモルザン星系と手を組んだノヴァルナの討伐計画を、いまだカルツェとシウテ・サッド=リンには、知らせていなかったのだ。

 これが功を奏し、今日の会議でモルザン星系の謀叛に、カルツェ派が絡んでいるのではないかと勘を働かせ、カルツェやシウテの様子を探ったノヴァルナを、欺く事に成功した。端から知らされていなければ、カルツェもシウテも隠し事に出来るはずがなく、ノヴァルナも読み取りようがないのが道理である。

 クラードはワインを潤滑剤代わりに、それらをペラペラと喋ると、自嘲気味に付け加えた。

「私やミーマザッカ様は、いつも何かを企んでいると思い、最初から大うつけ様も表情を探るような真似は、なされませんし―――」

 そこまで言ったクラードは、急に口角を歪めてシルバータを横目に続ける。

「―――すぐに顔に出るゴーンロッグ様には、留守居で残って頂きましたから、まんまと欺けたわけで」

 そのような言葉を聞かされ、シルバータは不愉快そうに眉間に皺を寄せた。自分がカルツェに重用されているのをいい事に、このところのクラードは、格上のシルバータに対する不遜な態度が多くみられる。

「余計な事は、言わずともよい」

 ミーマザッカがクラードを窘めると、クラードはニヤつきながら「失礼いたしました」と、軽い口調で形だけの詫びを入れた。シルバータは一つ咳ばらいをして、二人に問題点を問い質す。

「ノヴァルナ様の疑いを欺けたは宜しいが、肝心のカルツェ様とシウテ様には、どのように伝えるおつもりか? お二人に黙って立てた計画を実行に移した今、それを打ち明けて、“了承を得られなかった”では済みませんぞ」

「案ずるな、ゴーンロッグ」とミーマザッカ。

「シウテの兄者には我から話す。元々優柔不断な所のある兄者だからな、強く出れば押し切れるはずだ」

 ミーマザッカがそう続けると、クラードも口を開く。

「そういうわけでして、カルツェ様の方は私が…」

 それを聞いてシルバータは「大丈夫なのか?」と、訝しげな表情を見せた。

「これはしたり。私ではカルツェ様からの、信用が足りないと?」

 不満を口にするクラード。シルバータは僅かに首を振り、意見を述べる。

「いや、そうではない。カルツェ様は充分に、おぬしを信用しておられるだろう。だがな…私にはどうも最近のカルツェ様は、ノヴァルナ様に従うのもありやも知れんと…思い始めておられるような気がするのだ」

「それはつまり、ご当主の座に座る事を、拒まれるという事か?」

 ミーマザッカが重々しく尋ねると、シルバータは深く頷いて、自分の考えを正直に開陳した。

「考えても見よ…ヴァルツ様のご支援や、運の良さもあったとは言え、ノヴァルナ様はここまで大きなミスもなく、キオ・スー家まで手に入れられたのだ。その功と手腕は認めなければなるまい。このところのカルツェ様のお気持ちも、そちらに傾いて来ているのではないか?…手を組んでいた旧キオ・スー家を切り、ノヴァルナ様に戦力をご提供あそばされたのも、その辺りをお考えの上ではないのか?」
 
「………」

 シルバータの少々演説じみた言葉を聞いたミーマザッカとクラードは、無言で顔を見合わせると、やがて人の悪い笑みを浮かべて「ハッハッハッ…」と、声に出して笑った。

「な、何が可笑しいのですか?」

 シルバータが不審そうに尋ねると、ミーマザッカは呆れたように言う。

「いやなに、これはまたゴーンロッグの悪い癖が出た…と思ってな」

「悪い癖…ですと?」

 目を白黒させるシルバータに、クラードはやれやれといった口調で告げた。

「馬鹿正直で、頭のお堅いとこでございますよ」

「なにィ!?」

 声が荒くなるシルバータ。ミーマザッカは“まぁまぁ…”といった感じに、シルバータが空けていたグラスに赤いワインを注いでやって、説き伏せに来る。

「お主の言った事は、我等二人もすでに承知しておる。カルツェ様のお気持ちが揺らいでいる事はな」

「であるならば、早まった真似は―――」

「いいから聞け!」

 ミーマザッカに言葉で遮られ、シルバータは口を閉じた。

「本音を言えば、我等にはカルツェ様の本当のお気持ちは、もはや必要ないのだ。大うつけさえ抹殺してしまえば、キオ・スー家当主の座は必然的に空位となる。空位がいつまでも続けば、家中は不安定になるだけだ。そのような状態をカルツェ様が放っておけるか?」

「!…」

 これを聞いてシルバータは暗澹たる思いになる。これまでミーマザッカ達は、ノヴァルナの当主の座の剥奪は口にしても、殺害を目的とするような物言いは控えていたからだ。

 確かにカルツェが明敏であるほど、ノヴァルナを殺害してしまえば、空位となる当主の座を放置してはおけなくなる。
 それにカルツェが当主継承を拒んだとしても、その次に家督継承権を持っているルヴィーロ・オスミ=ウォーダは、先代当主ヒディラス殺害の件で、当主継承には難があった。それ以下となるとノヴァルナのクローン猶子だが、これもまだ子供であり、家中の混乱を収めるには心もとない。

“親子兄弟であっても、弱味を見せれば追い落とす…それが戦国の世とはいえ、果たしてこれでよいのか…”

 シルバータは、血と見まがうグラスの中の赤いワインを見詰め、苦虫をかみつぶしたような表情を浮かべた。それがカルツェ当人の意志ならともかく、周囲の者が自分の思惑で勝手に押し付けて、道理が通るのか…と自問する。

 そんなシルバータの様子を見たクラードは、「そのようにご心配なされますな」と宥めるような調子で声を掛けた。そしてさらに小声で続けた言葉に、シルバータは慄然とした。

「なにもカルツェ様のご納得無しに、大うつけ様と戦う事を、強要しようというのではありませんですとも…実はそれより前にまずトゥディラ様に、カルツェ様のご説得にお出まし頂く事になっておりますので」

「!!…なに、トゥディラ様だと!?」

「はい。トゥディラ様も、カルツェ様こそを当主にと願っておられるのは、ゴーンロッグ様もご承知のはず。そしてカルツェ様は、トゥディラ様からのお言葉となれば、必ず従われます」

 シルバータは初めて目の前にいるクラード=トゥズークを、恐ろしいと感じた。この男がカルツェに当たると言ったのは、自身が説得するのではなく、ノヴァルナとカルツェの母親のトゥディラを動かす事だったのだ。
 トゥディラは以前からカルツェ支持派を陰で支えて、活動資金などを援助してはいたのだが、前面に出て来る事は無かった。その彼女を説得のために動かすとは、今回はいよいよミーマザッカ達も本気だと知れる。

「…それで? 万一の場合、ノヴァルナ様を殺害する話は、トゥディラ様は知っておられるのか? ご納得されておられるのか?」

 呻くように尋ねるシルバータ。それに対して言葉を返したクラード=トゥズークの顔には、悪魔を思わせる薄笑いが浮かんでいた。

「まさか。そのような事、告げるはずがございませんでしょう………」



 そして二日後、状況確認の結果、モルザン星系のシゴア=ツォルドの宣言が、事実である事が判明した。イノス星系第三惑星シノギアの衛星軌道上には、シゴア=ツォルド自身が率いるモルザン星系の恒星間打撃艦隊がおり、星系防衛艦隊駐留基地となっている、第八惑星ナッツカートの衛星軌道上に浮かぶ機動要塞も、モルザン=ウォーダ家の手に落ちているようである。
 モルザン=ウォーダ家の当主は亡き前当主ヴァルツの嫡男、ツヴァールが継承しているがまだ十二歳であるため、今回の謀叛には関わっていないようであり、逆に軟禁に近い状態に置かれている可能性もあった。

 しかも交渉に向かったテシウス=ラームは、筆頭家老のシゴア=ツォルドに会えるどころか、ツォルドの艦隊がいるイノス星系へ到着するなり、星系防衛艦隊に船を拿捕され、第八惑星ナッツカートの機動要塞に勾留されてしまった。

 交渉も出来ず、このままでは本当にイマーガラ家の部隊が、オ・ワーリ宙域内に進出して来る恐れが出て来たため、ノヴァルナは艦隊に出動を命じた。これが皇国暦1556年9月15日の事である………




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