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第7話:失うべからざるもの
#10
しおりを挟む一方カルツェの側近クラード=トゥズークは、カルツェの第2艦隊には乗り込んでいなかった。今回のノヴァルナの出陣も、表向きはカーネギー=シヴァ姫が総司令官となっており、キオ・スー城に置かれた形だけの総司令部要員として、キオ・スー家筆頭家老のシウテ・サッド=リンと共に、城内に駐在しているのだ。
しかしクラードの目的は別にあった。
曇り空から秋雨がしとしと降りそぼる、キオ・スー市の外れ。都市整備の労働者向けの歓楽街から、一つ離れた区画に建ち並ぶ倉庫の群れがある。大陸南部の開拓業者の倉庫群だ。
その倉庫の一つの中に、城を抜け出して来たクラードの姿があった。二人の従者を連れたクラードはウォーダ家の軍装ではなく、三人ともが商社マンのような着衣に身を包んでいる。
その三人の前に雑然と並ぶ男達。四十人ほどの彼等の方は、みな作業着を着ており、袖の右肩横には『ベルデロン惑星開発』という社名ロゴの、ワッペンが付けられていた。キオ・スー市に本社を置く、植民惑星開拓業者である。
だが実際の彼等はクラードらがそうであるように、『ベルデロン惑星開発』の社員などではない。ノヴァルナを罠に嵌めて挟撃するのと前後して行う、ノア姫と二人の弟の拉致計画のため集められた傭兵達であった。
「―――繰り返すが、ノア姫と弟達に傷をつけてはならん。特にノア姫にはだ」
倉庫の中にクラードの甲高い声が響く。
「そう何度も念押ししなくても、わかってるぜ」
厳つい顔に苦笑いを浮かべて応じるのは、この傭兵集団を率いるハドル=ガランジェットという、無精髭を生やした四十代半ばと思われるヒト種の男だ。この男だけは作業着ではなく、傷だらけで使い古した感たっぷりのボディアーマーに、何かの動物の毛皮で造られたベストを着ている。左のショルダーアーマーには、削り取られた何処かの家紋の跡があり、元は正規兵だったようだ。
部下の傭兵達は十人ほどが、ヒト種以外の異星人だった。表情から得る傭兵全体の印象としては、あまり柄の良くない荒くれもの…といったもので、その辺りがクラードに、ノアの身の安全を念押しをさせているのだろう。
「頂くモンを頂く以上、頼まれた事はキッチリやるさ。それが商売だからな」
ガランジェットは自分の言葉の、“頼まれた事は”という部分を殊更口調を強めた。自分達があまり信用されていないらしい事への皮肉なのか、それとも他意があるのかは分からない。
「む…いいだろう」
クラードは父親ほども年上の、ガランジェットの威圧感に気圧されたのか、僅かに身を引きながら応じた。
ガランジェットはベストの内側から小さな水筒を取り出すと、蓋を開けて中身をひと口煽り、クラードに尋ねた。注ぎ口から漏れて出て来る匂いから、水筒の中身はウイスキーのようだ。
「それより、向こうの段取りはついてるんだろうな?」
「そちらの方は抜かりない。安心するがいい」
「シャトルは?」
「空を行くのは足が付き易い。キオ・スー港の外れに高速船を用意してある」
クラードがそう応じると、ガランジェットはニタリと口元を歪めた。そして作業員に変装している部下達に命じる。
「よし。支度しろ、おまえ達」
こうして危険な一団は、ノアと弟達がいる大陸南部へ向かうため、倉庫をあとにした………
イノス星系はオ・ワーリ=シーモア星系からおよそ215光年、二回のDFドライヴによってほぼ一日で到着できる距離にある。
漆黒の宇宙空間に直径数キロにも及ぶ、巨大なワームホールが出現した。その中から飛び出して来る先行プローブ。有線操作式で転移先の宇宙空間の状況をスキャンし、安全かどうかを確認するためのものだ。
プローブが飛び出して約三分後、七十隻を越える艦隊がワームホールの中から、密集した状態で一斉に超空間転移して来た。ノヴァルナが直率するキオ・スー家第1艦隊である。統制DFドライヴでひとまとめに転移した艦隊は、通常空間に出るとすぐに、戦隊ごとに分散を始める。艦が集まった状態では、超高速の星系内航行速度を始められないからだ。
「艦隊陣形、球形陣」
「艦隊針路009プラス06」
「前哨担当駆逐艦は、ただちに先行せよ」
幾つかの指示が出され、第1艦隊の各艦は一斉に間隔を開けながら、陣形を組み始める。一本棒の単縦陣となった各戦隊は、まるで蛇の群れが絡み合うように、ノヴァルナの総旗艦『ヒテン』を中心とした球形を形成した。
ノヴァルナの第1艦隊に続いて、カルツェの第2艦隊が転移して来る。位置は第1艦隊の左舷側やや後方だが、距離は約2億キロもあった。転移の様子は肉眼では見えないため、センサー情報での確認となる。
「第2艦隊、転移完了」
オペレーターの報告と共に、『ヒテン』の艦橋中央に展開された戦術状況ホログラムへ、第2艦隊の表示が現れた。両艦隊の位置関係は、イノス星系の最外縁惑星である第十惑星バージを挟む形となる。約2億キロも離れているのは、第2艦隊には第八惑星ナッツカートの衛星軌道上にある、機動要塞へ備える役目もあったからである。
前進を始めたノヴァルナとカルツェの艦隊は、程なくして第十惑星バージの公転軌道を跨ぎ、星系内へ進入した。『ヒテン』艦橋の前方やや右には、イノス星系の恒星イノーザが青白い光を小さく放っている。第三惑星シノギアの海で、希少鉱物『アクアダイト』を合成させる、超高圧電磁波を放射している力強い恒星だ。
“問題はモルザン星系艦隊の位置だな…交渉が決裂して戦闘になった場合、奇襲を喰らうのは願い下げだし、少し哨戒駆逐艦の数を増やすとするか…”
司令官席に座るノヴァルナは、手元にホログラムスクリーンを展開し、イノス星系の各惑星の現在位置を確認しながら胸の内で呟いた。そして傍らに立つ副官のラン・マリュウ=フォレスタに声を掛けようとする。
「ラン。哨戒駆逐艦の数を、もうちょい増や―――」
そこまで言った時、通信参謀が「ノヴァルナ殿下」と呼び掛けて、小走りに駆け寄って来た。表情が妙に硬い。振り向くノヴァルナに、通信参謀はデータパッドを差し出し、「第八惑星の機動要塞から、極秘通信です」と告げる。
「ナッツカートの機動要塞からだと?」
怪訝そうな表情でデータパッドを受け取ったノヴァルナはパッドを起動。自分の認識番号を入力すると、さらに画面のスキャンポートに人差し指を置いて、遺伝子情報を読み取らせた。
画面が通信スクリーンに切り替わり、ヒト種の若い男の顔が映し出される。それはノヴァルナも見知った顔である。ザクバー兄弟の兄、シンモール=ザクバーだ。だがおかしい、ザクバー兄弟はカルツェの家臣で本来は今、第2艦隊にいるはずの男であった。
「ノヴァルナ殿下」とシンモール=ザクバー。
「おう、ザクバーとこのシンモールじゃねーか。なんでそこにいる?」
内心で渦巻く疑念を隠し、ノヴァルナはあっけらかんと尋ねる。それに対して、通信スクリーンの中のシンモールは、ノヴァルナの目を真っ直ぐ見据えたまま短く告げた。
「は…されば、カルツェ様の御命令にて」
「なに、カルツェの命令だと…?」
シンモールの言葉と表情の意味に、ノヴァルナは素早く思考を巡らせる。謀叛を起こしたシゴア=ツォルドが制圧したイノス星系の機動要塞に、カルツェの配下のシンモール=ザクバーが入っているのだ。それもカルツェの命令で。
ノヴァルナは自らが出した結論に、眼光を鋭くしてシンモールに問い質した。
「シンモール、聞かせてもらおうか? おまえが俺に連絡して来た目的を」
▶#11につづく
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