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第7話:失うべからざるもの
#11
しおりを挟むカルツェのキオ・スー家第2艦隊は、約2億キロ離れたノヴァルナの第1艦隊の動きが、急におかしくなった事に気付いた。第三惑星シノギアへ向かおうとしていたのが、停止して艦隊の陣形を鶴翼陣へ変え始めたのだ。しかも第2艦隊には何の指示もなくである。
「これは…」
旗艦『リグ・ブレーリア』で戦術状況ホログラムを見詰めるカルツェは、表情を硬くして呟いた。明敏なカルツェであるから、兄ノヴァルナの意図が読める。おそらくこちらの罠が知られたのに違いない。
カルツェの見る戦術状況ホログラムには、ノヴァルナの『ヒテン』内で映し出されている戦術状況ホログラムにはない情報が表示されている。ノヴァルナの第1艦隊に接近中の、シゴア=ツォルド率いるモルザン星系恒星間打撃艦隊。そしてカルツェの第2艦隊とノヴァルナの第1艦隊の間に位置する、第十惑星バージの陰に潜むイノス星系防衛艦隊だ。第1艦隊側からは死角になっていた。
実はイノス星系は、シゴア=ツォルドによって制圧されたのではない。この星系は元々旧キオ・スー=ウォーダ家の直轄領有星系で、そのキオ・スー家を征服したノヴァルナの支配下に入る事に不満を抱いていた。そこでツォルドは敵の敵は味方という理屈で、イノス星系を経営している代官を仲間に引き入れていたのだ。つまり最初からグルだったのである。
そしてイノス星系の防衛艦隊も、ノヴァルナ討伐の罠の一環として第十惑星の陰に潜み、ノヴァルナの第1艦隊の退路を断つのが当初の作戦だ。
「第4戦隊のミーマザッカ様より、ホログラム通信です」
オペレーターが報告すると、カルツェは「繋げ」と即答する。すぐに司令官席に座るカルツェの傍らに、戦艦部隊の第4戦隊を指揮するミーグ・ミーマザッカ=リンの等身大ホログラムが出現した。
「カルツェ様」とミーマザッカ。
「ミーマザッカ。兄上に見抜かれたか」
カルツェが無機質な口調で尋ねると、ミーマザッカのホログラムは「申し訳ございません」と応じて頭を下げる。そこまでは表情を変えずに聞いたカルツェだったが、ミーマザッカの次の言葉で微かに頬の筋肉を強張らせた。
「第八惑星の機動要塞に入れて指揮を執らせていた、ザクバー兄弟がノヴァルナ様に寝返った模様です」
「それは本当か?」
「はっ…内容までは不明ですが、機動要塞からノヴァルナ様の第1艦隊へ向け、量子通信が行われたと、ツォルド殿の艦隊から連絡がありました。その直後に第1艦隊があのような行動を取り始めましたので、おそらく間違いないか…と」
ミーマザッカの報告を聞いて、カルツェは珍しく乾いた微笑みを浮かべた。なるほど…と思う。日頃から策謀にばかり明け暮れていては、いざという時に限って、こういった綻びが起きるのもなのだ。まさに“因果応報”とはこのような事を指すのだろう。
兄の第1艦隊が停止したのは、このイノス星系最外縁部近くで、迎撃戦を展開するつもりに違いない。
その理由として、モルザン艦隊は星系外縁部まで達すれば、ノヴァルナの本拠地オ・ワーリ=シーモア星系へ向けて、超空間転移を行う事が出来る。
それに対して超空間転移を行ったばかりのノヴァルナ艦隊は、重力子の再チャージを行う必要があるため、6時間近くこの星系を離れる事が出来ない。したがってこの星系でモルザン星系艦隊を撃破しておかなければならないのだ。
戦術状況ホログラムにはノヴァルナの第1艦隊へ向かって接近する、ツォルドのモルザン星系艦隊の状況が映っていた。第六惑星を回り込み、哨戒駆逐艦に発見されるのを少しでも遅らせようとしている。
とその時、戦術状況ホログラム上の第1艦隊が、表示されていたデータごと消失した。すぐにそれは再表示されるが、消失前とはデータの内容が減っている。
「総旗艦『ヒテン』からの、戦術統合データリンクが切られました。以後は我が第2艦隊の独立データリンクとなります」
オペレーターの報告でカルツェは、ザクバー兄弟がノヴァルナに寝返った事を確信した。そうでなければ総旗艦とのデータリンクが、遮断されるはずはない。
「カルツェ様、情報が漏れた以上、もはや隠し立てする必要もありません。戦闘態勢を取りましょう!」
ミーマザッカはようやくこの時が来たと言わんばかりに、少しせっつくような口調でカルツェに進言して来る。
カルツェは考えた。
兄ノヴァルナに罠の存在を知られたとは言え、状況はこちらに有利だ。DFドライヴ直後の今なら、兄の第1艦隊はこの星系から撤退する事は不可能。そして戦力差は、イノス星系防衛艦隊も加えればこちらが三倍もある。いや、あの精強を持って鳴るモルザン星系艦隊であるなら、戦力差は三倍以上となるはず…
今なら勝てる、兄上に勝てるぞ―――
戦って勝つ。あの兄に!…カルツェは胸の中で、武将の血が騒ぎ始めるのを感じた。イル・ワークラン家もロッガ家も、あのイマーガラ家ですら、これまで勝てなかったあの兄に!―――
しかしカルツェは、一方で冷静さを失ってはいなかった。それがそのように生きて来たカルツェだからである。感情を表に出す事なく、通信オペレーターに指示を出す。
「兄上と連絡を取れ」
それを聞いてミーマザッカは「カルツェ様!」と声を上げて、引き留めようとにじり寄った。だがカルツェは前を向いたまま、右手をミーマザッカの眼前にかざして制止する。
「通信回線、開きました」
オペレーターが報告すると、艦橋中央の戦術状況ホログラムの前に、平面のホログラムスクリーンが展開された。総旗艦『ヒテン』の艦橋内と、司令官席に座るノヴァルナの姿が映し出される。その顔に表情は無い。
「よう、カルツェ」
声を掛けて来たのはノヴァルナからだ。
「兄上。ザクバー兄弟から、事情をお聞きになられたと思います」
「おう。それで?」
カルツェは兄の反応に眉をひそめた。このような場合、いつもならどのような状況でも、不敵で不遜な笑みを浮かべ、なんとなれば陽気な声で語り掛けてくるはずが、今日はそのような余裕が感じられない。
「降伏してください」
「降伏だと?」
「はい。降伏し、私にキオ・スー家当主の座をお譲り下さい。そうすればお命の保証は致します。私の下で働かれるのがお嫌でしたら、どこかの星系でノア姫様と、静かにお暮し頂けるよう手配も致しましょう」
カルツェは予想した。こう言えば、兄は高笑いを発して気の利いた返しをし、こちらの提案を突っぱねて、それが戦いの始まりとなるであろうと。ところがノヴァルナは予想に反し、“ノア姫”という言葉を聞いた時に、口元を僅かに動かしただけで、無言でカルツェを見据えるだけだ。
「………」
「兄上?」
いつもと違う兄の様子に、どこかおかしいと感じたカルツェは声を掛けた。するとノヴァルナは一拍置いて、低い声でただ一言、ボソリと言い放つ。
「…てめぇはブッ潰す」
「!?」
それを聞いたカルツェが目を見開いた時にはもう、ノヴァルナの方から通信を切断していた。いつもとあまりに違う兄の態度に戸惑うカルツェ。
「カルツェ様」と再び声を掛けるミーマザッカ。
「全艦戦闘態勢」
促されるままに戦闘態勢を取らせるカルツェ。その意識の中では今のノヴァルナの予想外の反応が…真剣に怒っている時は静かになる反応が引っ掛かっていた。親兄弟とて時として敵になるのは、戦国の星大名家の習い…それは兄ノヴァルナも充分に理解している事であり、だからこそ自分の裏切りに対しても、あのような怒りの反応は見せないだろうと思っていたからだ。
そう、カルツェはいまだミーマザッカから、知らされていなかったのだ。惑星ラゴンに残ったクラードが、ノヴァルナにとって失うべからざるもの…ノア姫を拉致しようとしている事を。そしてそれを、ザクバー兄弟から聞かされたノヴァルナの怒りが、頂点に達しているであろう事を………
▶#12につづく
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