143 / 508
第7話:失うべからざるもの
#16
しおりを挟むイノス星系で戦端が開かれて約三十分。ノヴァルナから分艦隊の指揮を任されたナルガヒルデ=ニーワスは、振るわぬ戦況に赤い唇を噛んだ。カルツェ艦隊が思いのほか手強いからだ。
「艦隊左回頭、同航戦!」
命令を下したナルガヒルデの乗る、第2戦隊旗艦の戦艦『ゼルンガード』が主砲から、黄色い曳光粒子を纏った陽電子ビームを放ち、漆黒の宇宙空間で左に舵を切る。それに後続する四隻の戦艦も同様だ。回頭に合わせて、各戦艦がやや左側前面に置いていた、遠隔操作式のアクティブシールドが六枚、右側へと移動する。
敵であるカルツェ艦隊は、ナルガヒルデ分艦隊の倍の艦数であり、砲戦力で圧倒しながら、ノヴァルナ直率部隊へ向かおうとしていた。ノヴァルナ直率部隊までの距離は約8千万キロ。ナルガヒルデの役目は、カルツェ艦隊の足止めであるから、敵のこの動きは容認できるものではない。
「全艦速度上げ。敵の先頭へ集中砲火」
ナルガヒルデは口調は落ち着いたまま、次の命令を出す。分艦隊の速度を上げてカルツェ艦隊の先頭を行く艦を叩き、頭を押さえるつもりだった。だが戦艦の数だけを見ても、ナルガヒルデ分艦隊が五隻に対し、カルツェ艦隊は十一隻、どうしても撃ち負けてしまう。ナルガヒルデの『ゼルンガード』に、ミーマザッカの座乗戦艦『サング・ザム』からの砲撃が襲い掛かり、それを防ぐアクティブシールドが猛烈なプラズマを発生。『ゼルンガード』の艦橋にいた者は、その光芒に目をくらませた。
とその時、オペレーターが緊張した声で報告する。
「第11戦隊が敵に肉迫して行きます!」
「!?」眉をひそめるナルガヒルデ。
第11戦隊は重巡航艦六隻で編成され、司令官はノヴァルナの『ホロウシュ』筆頭代理を務めるナルマルザ=ササーラの兄、ゴルマーザ=ササーラだ。
「11戦隊旗艦『アズレヴ』より通信。ゴルマーザ司令です」
オペレーターの言葉に、ナルガヒルデは「繋げ」と短く応じる。すぐに艦橋内に通信用ホログラムスクリーンが立ち上がり、ササーラより顔の堀が深い、ガロム星人のゴルマーザの顔が映し出された。
「ナルガヒルデ殿、援護射撃を頼む」
開口一番、援護射撃を要請するゴルマーザ。つまりは自分の戦隊で突撃を仕掛けようという腹に違いない。ナルガヒルデは表情を変えずに翻意を促す。
「無茶な真似はやめて頂きたい。ゴルマーザ殿」
「だがカルツェ様の軍を、殿下のもとへやる訳にはいかん!」
「重巡六隻では、的になるだけです」
「心配するな。こちらの被害は最小限に抑える!」
そう言って通信を切ってしまうゴルマーザ。ナルガヒルデは表情にこそ出さないが、内心で舌打ちし、相変わらず落ち着いた口調で命じた。
「全艦、11戦を援護射撃。BSI部隊も護衛に当たれ」
重巡航艦とは砲撃戦の主力である戦艦と、魚雷戦やBSI部隊への迎撃戦闘を主体とする、軽巡航艦の中間に位置する艦種である。
総合艦隊戦における重巡航艦の主な任務は、戦艦部隊や空母部隊に攻撃を仕掛けて来る宙雷戦隊の排除、戦艦部隊の火力補填、さらに戦艦が参加しない戦闘の場合では、主戦力として艦隊の中核を構成するなど多岐にわたる。
だが防御力を考えると、戦艦部隊に正面から挑むのは危険過ぎる。
「全艦、艦列を解き、任意のコースで突撃!」
第11戦隊司令のゴルマーザは、敵の攻撃を分散させるために、単縦陣を組んでいた六隻の重巡航艦に命じ、各々が自分の判断で突撃するよう命じた。ただ狙うのは、カルツェ艦隊の先頭を進む戦艦である事は共通の認識だ。
「コースを320度マイナス05に!」
「針路変更、258プラス13!」
「右砲戦を行いつつ増速! 針路このまま」
各艦の艦長が自分の判断で命令を出す。一見すると統制が取れていないようでもあるが、第11戦隊はノヴァルナの父ヒディラスの代から編成が変わらない、ベテラン揃いの重巡戦隊であった。ヒディラス時代のナグヤ=ウォーダ家が勢力を大幅に拡大する発端となった、ミ・ガーワ宙域における『第一次アズーク・ザッカー星団会戦』でも大きな戦果を挙げている。
「なんだあの重巡部隊、バラバラに散ったぞ」
カルツェ艦隊第17重巡戦隊司令のスケード=クアマットが、ゴルマーザの重巡部隊の動きを見て、怪訝そうに言う。そのクアマットと通信回線を開いていた第21重巡戦隊の司令官、ジェッソ=ハーシェルは小馬鹿にしたような声で応じた。
「BSIユニット小隊の、散開攻撃でもあるまいし…フン、破れかぶれか」
すると丁度、同じくゴルマーザ戦隊の動きを見ていたらしいミーマザッカから、二人のところへ指示が来る。
「ミーマザッカ=リン様より御下命。第17、第21戦隊は、接近中の敵重巡部隊を撃滅せよとの事です」
戦艦部隊と宙雷戦隊はノヴァルナ様の首を狙うのに忙しいから、おまえらで始末しろという話らしい。しかし“排除”ではなく“撃滅”とは、ミーマザッカ様も気持ちが昂っておられるようだ…とクアマット。だが重巡の数はこちらが二倍、やってみせねばカルツェ様の不興を買いかねない。
「目標を絞れ、二隻で敵一隻を叩くのだ」
「うむ。では行こう」
通信を終えたクアマットとハーシェルは、ゴルマーザ戦隊の重巡の動きに合わせて、自分達の重巡を動かし始める。ゴルマーザ戦隊とカルツェやミーマザッカの戦艦部隊の間で、壁になる位置だ。しかしそこにナルガヒルデの戦艦部隊による、援護射撃が開始された。
▶#17につづく
0
あなたにおすすめの小説
クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?
青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。
最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。
普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた?
しかも弱いからと森に捨てられた。
いやちょっとまてよ?
皆さん勘違いしてません?
これはあいの不思議な日常を書いた物語である。
本編完結しました!
相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです!
1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ゲームコインをザクザク現金化。還暦オジ、田舎で世界を攻略中
あ、まん。@田中子樹
ファンタジー
仕事一筋40年。
結婚もせずに会社に尽くしてきた二瓶豆丸。
定年を迎え、静かな余生を求めて山奥へ移住する。
だが、突如世界が“数値化”され、現実がゲームのように変貌。
唯一の趣味だった15年続けた積みゲー「モリモリ」が、 なぜか現実世界とリンクし始める。
化け物が徘徊する世界で出会ったひとりの少女、滝川歩茶。
彼女を守るため、豆丸は“積みゲー”スキルを駆使して立ち上がる。
現金化されるコイン、召喚されるゲームキャラたち、 そして迫りくる謎の敵――。
これは、還暦オジが挑む、〝人生最後の積みゲー〟であり〝世界最後の攻略戦〟である。
死んだはずの貴族、内政スキルでひっくり返す〜辺境村から始める復讐譚〜
のらねこ吟醸
ファンタジー
帝国の粛清で家族を失い、“死んだことにされた”名門貴族の青年は、
偽りの名を与えられ、最果ての辺境村へと送り込まれた。
水も農具も未来もない、限界集落で彼が手にしたのは――
古代遺跡の力と、“俺にだけ見える内政スキル”。
村を立て直し、仲間と絆を築きながら、
やがて帝国の陰謀に迫り、家を滅ぼした仇と対峙する。
辺境から始まる、ちょっぴりほのぼの(?)な村興しと、
静かに進む策略と復讐の物語。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
老聖女の政略結婚
那珂田かな
ファンタジー
エルダリス前国王の長女として生まれ、半世紀ものあいだ「聖女」として太陽神ソレイユに仕えてきたセラ。
六十歳となり、ついに若き姪へと聖女の座を譲り、静かな余生を送るはずだった。
しかし式典後、甥である皇太子から持ち込まれたのは――二十歳の隣国王との政略結婚の話。
相手は内乱終結直後のカルディア王、エドモンド。王家の威信回復と政権安定のため、彼には強力な後ろ盾が必要だという。
子も産めない年齢の自分がなぜ王妃に? 迷いと不安、そして少しの笑いを胸に、セラは決断する。
穏やかな余生か、嵐の老後か――
四十歳差の政略婚から始まる、波乱の日々が幕を開ける。
ソラノカケラ ⦅Shattered Skies⦆
みにみ
歴史・時代
2026年 中華人民共和国が台湾へ軍事侵攻を開始
台湾側は地の利を生かし善戦するも
人海戦術で推してくる中国側に敗走を重ね
たった3ヶ月ほどで第2作戦区以外を掌握される
背に腹を変えられなくなった台湾政府は
傭兵を雇うことを決定
世界各地から金を求めて傭兵たちが集まった
これは、その中の1人
台湾空軍特務中尉Mr.MAITOKIこと
舞時景都と
台湾空軍特務中士Mr.SASENOこと
佐世野榛名のコンビによる
台湾開放戦を描いた物語である
※エースコンバットみたいな世界観で描いてます()
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる