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第8話:触れるべからざるもの/天駆けるじゃじゃ馬姫
#04
しおりを挟む「おまえは!!」
十一年前の記憶であっても、マイアはその時のことを鮮明に覚えていた。自分と同じ顔を、苦痛に歪めて助けを求める双子の姉。肋骨の間に何本も突き刺された、生木の細い杭から滲んで流れる赤い血………
その叫びが絶望の淵に沈んで閉ざしていた自分の心を蘇らせ、手首を縛っていた革紐を噛みちぎり、姉の肌を切り裂くのに使っていたナイフを、拾い上げさせたのだった。
「しばらく見ない間に、大きくなったなぁ。小娘!」
ガランジェットが軽口を叩く。マイアは素早くアーミーナイフを取り出すと、素早く突き出した。腹ばいの状態であるから、狙いはガランジェットの足首だ。ガランジェットが飛びさがる隙に立ち上がるマイア。
第二撃を繰り出そうとするマイアに、ガランジェットはブラスターライフルの銃床で応戦した。後ろではドルグ=ホルタがガランジェットに照準しようとするが、マイアと重なり合ってはそれも困難だ。
「マイア!」
ノアに呼び掛けられてマイアはナイフを引いた。後ろを振り返れば、ターミナルビルから二十名ほどの傭兵が出て来るところだ。その中の二人が意識のないメイアを、両脇から抱えて爪先を引きずらせながら連行していた。万事休すである。
「おおっと、タイムオーバーってやつだ」
ガランジェットは両肩をすくめて、からかうように言う。確ノアは敵の数が、斃したものも含めて四十名程度と、思っていたよりもさらに少ない事に気付いた。ここまで遭遇した敵は、四階以外ではマイアが仕留めた、二名の見張りだけ。敵は極端に人員の配置を絞っていたのだろう。つまりこちらの退路を完全に読んで、逆に敵のシャトルの近くまで誘導していた事になる。敵の指揮官は只者ではない。
「ドルグも銃を下げて」
ノアに命じられ、ホルタも不承不承ハンドブラスターを下ろした。シャトルの下にいた二人が、ブラスターライフルを構えたまま、ノア達の方へ歩み寄って来る。
ガランジェットはノアの前へ進み出ると、恭しく頭を下げて声を掛けた。
「ノア姫様。賢明なご判断、恐縮至極にございます」
その態度にノアは、指揮官と思われるこの男がただの兵士ではなく、元は武家階級の『ム・シャー』である事を見抜く。
「何者ですか?」
ノアは怯みも見せず、背筋を伸ばして問い質した。ガランジェットはニタリと粘着質の笑みを浮かべ、再び頭を下げて答える。
「我が名はハドル=ガランジェット…かつては御家に仕えていた者です。現在は故あって、このアクレイド傭兵団で部隊の指揮を執っております」
無精髭の生える顎を右手でゴリゴリと撫でながら、顔を上げたガランジェットの表情を見て、ノアはこの男がかつてはサイドゥ家に仕えていたとしても、言葉遣い以外では自分に従う事はないだろうと判断した。
「大人しく我々に従って頂きましたら、姫様と弟君に危害は加えません。丁重に扱わさせて頂きます」
ガランジェットが言葉を続けると、そこへターミナルビルの中にいた敵が合流して来る。メイアは気を失ったままだ。
「私達をどうするつもりですか?」とノアの問い。
だがその問いに答えようと口を開いたガランジェットは、そのままノアの後方に視線を移動させて、忌々しげな表情になった。広い離着陸床の端に、キオ・スー=ウォーダ軍の基地から出動した一個小隊が、ようやく到着したのだ。装甲車三輌のあとを、二機の陸戦仕様のBSI『シデン』がホバリングでついて来る。
「戦闘態勢!」
ノアへの回答ではなく、部下に命令を出すガランジェット。
「ガランジェット! 人質をシャトルに乗せるか!?」
全員がブラスターライフルの安全装置を解除し、四人の傭兵がシャトルに駆け込んだ。戦闘態勢を取り始める傭兵達の中の一人が、ガランジェットに問い掛ける。一瞬迷った表情を浮かべたガランジェットだったが、すぐに指示を返した。
「いや。俺達のシャトルは敵への盾に使う。おまえは人質を連れて一番向こうの、姫達が使っているシャトルに行け! あれを起動させろ!」
地上部隊に一番近い位置にあるシャトルは、矢面に立つため危険だというガランジェットの判断である。それを聞いた傭兵は近くにいた五人に声を掛け、ノア達を伴って彼女達のシャトルへと向かった。その直後に、キオ・スー=ウォーダ軍装甲車から、拡声スピーカーによる警告が始まる。
「前方の集団、全員動くな! その場で地面に伏せ、両手を頭の後に置け!」
ガランジェットに降伏の選択はなかった。ノア姫達を人質にしている事を、すぐに告げるのも考えてはいない。そうなった場合、事がキオ・スー=ウォーダ家に知られて、逆に身動きが取りにくくなるだけだからだ。
ガランジェット以下アクレイド傭兵団の目的は、ノア姫達をミノネリラ宙域のギルターツ=イースキーに引き渡す事であって、まず急がれるのは惑星ラゴンから脱出と、雇い主であるクラード=トゥズークとの合流だ。
「前方の集団、全員動くな! その場で地面に伏せ、両手を頭の後に置け!」
接近する地上部隊が再び警告する。それにタイミングを合わせたように、シャトルの中へ駈け込んでいた四人の傭兵が、ロケットランチャーを担いで戻って来た。
「よし。やれ!」
短く命令するガランジェット。四人の傭兵は、ガランジェットの前で横一列に並ぶと、片膝をついて一斉にロケット弾を発射した。
▶#05につづく
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