銀河戦国記ノヴァルナ 第2章:運命の星、掴む者

潮崎 晶

文字の大きさ
154 / 508
第8話:触れるべからざるもの/天駆けるじゃじゃ馬姫

#04

しおりを挟む
 
「おまえは!!」

 十一年前の記憶であっても、マイアはその時のことを鮮明に覚えていた。自分と同じ顔を、苦痛に歪めて助けを求める双子の姉。肋骨の間に何本も突き刺された、生木の細い杭から滲んで流れる赤い血………
 その叫びが絶望の淵に沈んで閉ざしていた自分の心を蘇らせ、手首を縛っていた革紐を噛みちぎり、姉の肌を切り裂くのに使っていたナイフを、拾い上げさせたのだった。

「しばらく見ない間に、大きくなったなぁ。小娘!」

 ガランジェットが軽口を叩く。マイアは素早くアーミーナイフを取り出すと、素早く突き出した。腹ばいの状態であるから、狙いはガランジェットの足首だ。ガランジェットが飛びさがる隙に立ち上がるマイア。
 第二撃を繰り出そうとするマイアに、ガランジェットはブラスターライフルの銃床で応戦した。後ろではドルグ=ホルタがガランジェットに照準しようとするが、マイアと重なり合ってはそれも困難だ。

「マイア!」

 ノアに呼び掛けられてマイアはナイフを引いた。後ろを振り返れば、ターミナルビルから二十名ほどの傭兵が出て来るところだ。その中の二人が意識のないメイアを、両脇から抱えて爪先を引きずらせながら連行していた。万事休すである。

「おおっと、タイムオーバーってやつだ」

 ガランジェットは両肩をすくめて、からかうように言う。確ノアは敵の数が、斃したものも含めて四十名程度と、思っていたよりもさらに少ない事に気付いた。ここまで遭遇した敵は、四階以外ではマイアが仕留めた、二名の見張りだけ。敵は極端に人員の配置を絞っていたのだろう。つまりこちらの退路を完全に読んで、逆に敵のシャトルの近くまで誘導していた事になる。敵の指揮官は只者ではない。

「ドルグも銃を下げて」

 ノアに命じられ、ホルタも不承不承ハンドブラスターを下ろした。シャトルの下にいた二人が、ブラスターライフルを構えたまま、ノア達の方へ歩み寄って来る。

 ガランジェットはノアの前へ進み出ると、恭しく頭を下げて声を掛けた。

「ノア姫様。賢明なご判断、恐縮至極にございます」

 その態度にノアは、指揮官と思われるこの男がただの兵士ではなく、元は武家階級の『ム・シャー』である事を見抜く。

「何者ですか?」

 ノアは怯みも見せず、背筋を伸ばして問い質した。ガランジェットはニタリと粘着質の笑みを浮かべ、再び頭を下げて答える。

「我が名はハドル=ガランジェット…かつては御家に仕えていた者です。現在は故あって、このアクレイド傭兵団で部隊の指揮を執っております」

 無精髭の生える顎を右手でゴリゴリと撫でながら、顔を上げたガランジェットの表情を見て、ノアはこの男がかつてはサイドゥ家に仕えていたとしても、言葉遣い以外では自分に従う事はないだろうと判断した。

「大人しく我々に従って頂きましたら、姫様と弟君に危害は加えません。丁重に扱わさせて頂きます」

 ガランジェットが言葉を続けると、そこへターミナルビルの中にいた敵が合流して来る。メイアは気を失ったままだ。

「私達をどうするつもりですか?」とノアの問い。

 だがその問いに答えようと口を開いたガランジェットは、そのままノアの後方に視線を移動させて、忌々しげな表情になった。広い離着陸床の端に、キオ・スー=ウォーダ軍の基地から出動した一個小隊が、ようやく到着したのだ。装甲車三輌のあとを、二機の陸戦仕様のBSI『シデン』がホバリングでついて来る。

「戦闘態勢!」

 ノアへの回答ではなく、部下に命令を出すガランジェット。

「ガランジェット! 人質をシャトルに乗せるか!?」

 全員がブラスターライフルの安全装置を解除し、四人の傭兵がシャトルに駆け込んだ。戦闘態勢を取り始める傭兵達の中の一人が、ガランジェットに問い掛ける。一瞬迷った表情を浮かべたガランジェットだったが、すぐに指示を返した。

「いや。俺達のシャトルは敵への盾に使う。おまえは人質を連れて一番向こうの、姫達が使っているシャトルに行け! あれを起動させろ!」

 地上部隊に一番近い位置にあるシャトルは、矢面に立つため危険だというガランジェットの判断である。それを聞いた傭兵は近くにいた五人に声を掛け、ノア達を伴って彼女達のシャトルへと向かった。その直後に、キオ・スー=ウォーダ軍装甲車から、拡声スピーカーによる警告が始まる。

「前方の集団、全員動くな! その場で地面に伏せ、両手を頭の後に置け!」

 ガランジェットに降伏の選択はなかった。ノア姫達を人質にしている事を、すぐに告げるのも考えてはいない。そうなった場合、事がキオ・スー=ウォーダ家に知られて、逆に身動きが取りにくくなるだけだからだ。
 ガランジェット以下アクレイド傭兵団の目的は、ノア姫達をミノネリラ宙域のギルターツ=イースキーに引き渡す事であって、まず急がれるのは惑星ラゴンから脱出と、雇い主であるクラード=トゥズークとの合流だ。

「前方の集団、全員動くな! その場で地面に伏せ、両手を頭の後に置け!」

 接近する地上部隊が再び警告する。それにタイミングを合わせたように、シャトルの中へ駈け込んでいた四人の傭兵が、ロケットランチャーを担いで戻って来た。

「よし。やれ!」

 短く命令するガランジェット。四人の傭兵は、ガランジェットの前で横一列に並ぶと、片膝をついて一斉にロケット弾を発射した。




▶#05につづく
 
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

おっさん武闘家、幼女の教え子達と十年後に再会、実はそれぞれ炎・氷・雷の精霊の王女だった彼女達に言い寄られつつ世界を救い英雄になってしまう

お餅ミトコンドリア
ファンタジー
 パーチ、三十五歳。五歳の時から三十年間修行してきた武闘家。  だが、全くの無名。  彼は、とある村で武闘家の道場を経営しており、〝拳を使った戦い方〟を弟子たちに教えている。  若い時には「冒険者になって、有名になるんだ!」などと大きな夢を持っていたものだが、自分の道場に来る若者たちが全員〝天才〟で、自分との才能の差を感じて、もう諦めてしまった。  弟子たちとの、のんびりとした穏やかな日々。  独身の彼は、そんな彼ら彼女らのことを〝家族〟のように感じており、「こんな毎日も悪くない」と思っていた。  が、ある日。 「お久しぶりです、師匠!」  絶世の美少女が家を訪れた。  彼女は、十年前に、他の二人の幼い少女と一緒に山の中で獣(とパーチは思い込んでいるが、実はモンスター)に襲われていたところをパーチが助けて、その場で数時間ほど稽古をつけて、自分たちだけで戦える力をつけさせた、という女の子だった。 「私は今、アイスブラット王国の〝守護精霊〟をやっていまして」  精霊を自称する彼女は、「ちょ、ちょっと待ってくれ」と混乱するパーチに構わず、ニッコリ笑いながら畳み掛ける。 「そこで師匠には、私たちと一緒に〝魔王〟を倒して欲しいんです!」  これは、〝弟子たちがあっと言う間に強くなるのは、師匠である自分の特殊な力ゆえ〟であることに気付かず、〝実は最強の実力を持っている〟ことにも全く気付いていない男が、〝実は精霊だった美少女たち〟と再会し、言い寄られ、弟子たちに愛され、弟子以外の者たちからも尊敬され、世界を救って英雄になってしまう物語。 (※第18回ファンタジー小説大賞に参加しています。 もし宜しければ【お気に入り登録】で応援して頂けましたら嬉しいです! 何卒宜しくお願いいたします!)

航空自衛隊奮闘記

北条戦壱
SF
百年後の世界でロシアや中国が自衛隊に対して戦争を挑み,,, 第三次世界大戦勃発100年後の世界はどうなっているのだろうか ※本小説は仮想の話となっています

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

死んだはずの貴族、内政スキルでひっくり返す〜辺境村から始める復讐譚〜

のらねこ吟醸
ファンタジー
帝国の粛清で家族を失い、“死んだことにされた”名門貴族の青年は、 偽りの名を与えられ、最果ての辺境村へと送り込まれた。 水も農具も未来もない、限界集落で彼が手にしたのは―― 古代遺跡の力と、“俺にだけ見える内政スキル”。 村を立て直し、仲間と絆を築きながら、 やがて帝国の陰謀に迫り、家を滅ぼした仇と対峙する。 辺境から始まる、ちょっぴりほのぼの(?)な村興しと、 静かに進む策略と復讐の物語。

戦国鍛冶屋のスローライフ!?

山田村
ファンタジー
延徳元年――織田信長が生まれる45年前。 神様の手違いで、俺は鹿島の佐田村、鍛冶屋の矢五郎の次男として転生した。 生まれた時から、鍛冶の神・天目一箇神の手を授かっていたらしい。 直道、6歳。 近くの道場で、剣友となる朝孝(後の塚原卜伝)と出会う。 その後、小田原へ。 北条家をはじめ、いろんな人と知り合い、 たくさんのものを作った。 仕事? したくない。 でも、趣味と食欲のためなら、 人生、悪くない。

悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる

竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。 評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。 身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

オッサン齢50過ぎにしてダンジョンデビューする【なろう100万PV、カクヨム20万PV突破】

山親爺大将
ファンタジー
剣崎鉄也、4年前にダンジョンが現れた現代日本で暮らす53歳のおっさんだ。 失われた20年世代で職を転々とし今は介護職に就いている。 そんな彼が交通事故にあった。 ファンタジーの世界ならここで転生出来るのだろうが、現実はそんなに甘く無い。 「どうしたものかな」 入院先の個室のベッドの上で、俺は途方に暮れていた。 今回の事故で腕に怪我をしてしまい、元の仕事には戻れなかった。 たまたま保険で個室代も出るというので個室にしてもらったけど、たいして蓄えもなく、退院したらすぐにでも働かないとならない。 そんな俺は交通事故で死を覚悟した時にひとつ強烈に後悔をした事があった。 『こんな事ならダンジョンに潜っておけばよかった』 である。 50過ぎのオッサンが何を言ってると思うかもしれないが、その年代はちょうど中学生くらいにファンタジーが流行り、高校生くらいにRPGやライトノベルが流行った世代である。 ファンタジー系ヲタクの先駆者のような年代だ。 俺もそちら側の人間だった。 年齢で完全に諦めていたが、今回のことで自分がどれくらい未練があったか理解した。 「冒険者、いや、探索者っていうんだっけ、やってみるか」 これは体力も衰え、知力も怪しくなってきて、ついでに運にも見放されたオッサンが無い知恵絞ってなんとか探索者としてやっていく物語である。 注意事項 50過ぎのオッサンが子供ほどに歳の離れた女の子に惚れたり、悶々としたりするシーンが出てきます。 あらかじめご了承の上読み進めてください。 注意事項2 作者はメンタル豆腐なので、耐えられないと思った感想の場合はブロック、削除等をして見ないという行動を起こします。お気を悪くする方もおるかと思います。予め謝罪しておきます。 注意事項3 お話と表紙はなんの関係もありません。

処理中です...