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第8話:触れるべからざるもの/天駆けるじゃじゃ馬姫
#03
しおりを挟む真夜中の宇宙港に響いた二つの手榴弾の爆発音は、メイア=カレンガミノの期待通り、約1キロ離れたキオ・スー=ウォーダ軍基地に届いていた。
異変を察知した基地では、宇宙港と連絡を取ろうとしたが繋がらない。NNL回線は遮断されており、通常の通信回線も使用不可能である。そこで基地は夜間警備にあたっていた陸戦隊一個小隊を装甲車に乗らせ、さらに昼間の式典のために、キオ・スー城から派遣されていた二機の、陸戦仕様BSIユニット『シデン』を伴って宇宙港へ向けて出発させたのだった。
その宇宙港では、ターミナルビルでメイアの孤独な戦いが続いている。
廊下の反対側の階段を上がって来ようとした敵を、急いで取って返したメイアが銃撃を加え、二名を射殺。そこから先は銃撃による足止めで、敵を四階に上がらせずにいた。敵は人間同士の撃ち合いに慣れていないようでもある。あるいは陸戦兵ではないのかもしれない…と、メイアは思った。
敵から奪ったブラスターライフルを一連射して、メイアは宿泊に使っていた部屋の、開いた扉の陰に身を滑り込ませる。一拍置いて敵が撃ち返して来た。狙いは雑だった。
その意図を読んだメイアは廊下の反対側、最初に敵と遭遇した方を振り返る。もう一方側からの銃撃が止むと、メイアの視覚は暗闇の中、物音立てずに階段をゆっくりと上がって来る人影を認めた。三人だ。
飛び出して一人ずつ撃っていては、もう一方側の敵に自分が撃たれる。挟み撃ちの格好だった。しかしメイアはこういった状況になる事に備えている。そのため最初の銃撃戦の際、敵の三人が上がって来た階段側の廊下の床に、ハンドブラスターの弾倉を置いてあったのだ。
片膝ついてライフルを構えたメイアは、慎重に狙いを定めトリガーを引く。
銃口からほとばしった熱線は床の上のエネルギー弾倉に命中。蓄積されていたエネルギーが飽和状態となり、三人の敵の足元で爆発を起こした。床に投げ出された三人の敵をひとまず放置し、メイアは自分を挟み撃ちにしようとしていた反対側の敵に、ブラスターライフルを放つ。一人の敵が絶命し、残りは慌てて階段へ身を隠した。その隙に床に倒れた三人にとどめを刺そうとするメイア。
だがその時だった。メイアの首の裏にチクリとする感覚。しまった!…と思った直後に、メイアは意識が混沌とし始め、立っていられなくなる。銃撃戦の間に、生き残っていた羽虫型ロボットが、通気口から宿泊室の中へと侵入して来ていたのである。指先で首にとまった羽虫型ロボットを払い飛ばす。それがメイアが意識を失う前に、唯一出来た事であった。霞んでゆく視界に、こちらに歩いて来る複数の人間の足の姿がある………
一方、ノア姫と二人の弟であるリカードとレヴァル。そして旧サイドゥ家家老ドルグ=ホルタを護衛し、駐機場へ向かっていたマイア=カレンガミノの方でも、障害が発生していた。
敵の気配を察知した直後に起きたターミナルビルの震動。それはターミナルビルから駐機場のハンガーへ繋がる、連絡通路の屋根が落とされたのだ。このためマイア達は駐機場へ出て、シャトルに向かうにしても、ターミナルビルの中を必要以上に迂回しなければならなくなっている。
ノア達を先導しながらマイアは唇を噛んだ。敵は人数こそ多くないが、油断はならない。こちらを取り逃がした場合の事を考えて、まず連絡通路を塞いだのだ。
ターミナルビルの正面玄関から、市街地に向けて脱出するという選択肢はない。なぜならこの都市はまだ建設途中であり、宇宙港の周囲には“身を隠すものが何もない”からである。最も近い軍の基地でも1キロほどはあり、見つからない方がどうかしている。したがって脱出に利用するなら、キオ・スー=ウォーダ家のシャトルしかないのが道理だった。
“それに…先程まで聞こえていた、メイアの銃撃戦の音が止んでいる…”
ノア姫様も気付いているはず…マイアは後に続くノアの表情が、幾分強張っている事から推察できる。しかし弟達の手前、表立って不安を広げるような真似はしない。
しかしながらマイアは、それ以上メイアの心配をする事は無かった。姉妹にとっての光であるノア姫を、命に代えても守ると二人で誓ったあの日から、ノア姫のためにこの命の日を燃やし尽くすのは、姉妹にとって本懐である。
悲しむ事はあとから幾らでも出来る―――
マイアは銃の安全装置を外し、離着陸床へ通じる扉を開けた。夜風がさらりと頬を撫でていく。敵が連絡通路を破壊し、なおかつ人数がそれほど多くないという事から導き出すと、敵の警備はピンポイントに絞られているという意味になる。つまり敵の配置は、ノア姫を確保する隊―――メイアが戦っていた隊と、一番遭遇確率の高い退路に待ち伏せている隊の、二手に分かれているという事だ。
離着陸床の駐機場に置かれたシャトルは三機。ノア達が使用しているキオ・スー=ウォーダ家のシャトルは、一番奥にあって、ターミナルビルからは五百メートルは離れている。
「ノア姫様、お急ぎください! ホルタ様も前へ!」
マイアの言葉で後衛を務めていた、ドルグ=ホルタも列の前方へ向かった。自分が先行するため、ノア姫達の最終警護は、ホルタに任せねばならないからだ。
マイアの先導で一行は広い離着陸床を駆けだした。ただノアはともかく、リカードとレヴァルはまだ十代前半、そしてホルタは初老前であるから、思ったほど速度が出ない。
ノア達から二十メートルほど先を進むマイアは、一分一秒がひどく長く感じた。メイアが敵に制圧されたなら、四階にはメイア以外に誰もいない事が知られる。崩れて塞がれた連絡通路を迂回したタイムロスを考えれば、いつ追手が現れてもおかしくはなかった。
手前の二機並んだシャトルまではあと二百メートルほど、自分達のシャトルはさらにその先二百メートルほどある。メイア達は離着陸床の上、照明塔の光が照らす箇所を避けるように走った。さらに百メートルほど進む。
とその時だ。手前のシャトルのコクピットに不意に明かりが灯った。さらに翼端灯にも光が入り、エンジンが唸り声を漏らし始める。マイアは左腕を横に伸ばし、後ろから来るノア達を制した。
するとシャトルの底部から下ろされていたタラップを、ブラスターライフルを手にした四人の人影が降りて来る。マイアは間髪入れず片膝をついて、ハンドブラスターのトリガーを引いた。この絶対的な危機である。マイアにとってノア姫達を守るためには、まず撃つ。誰何はその後だった。もし味方であったとしても、現れ方が悪いという理屈だ。
マイアが撃ったブラスタービームは、まだシャトルの下にいる人影の一つを倒した。残りは二人がランディング・ギアの陰に身を隠し、ライフルを構える。だが一人だけは隠れる事もなく、こちらに向かって歩き出した。
「伏せて下さい!」
マイアはノア達を振り返って指示を出す。二人の弟を両腕で庇うようにして、離着陸床の上に身を伏せるノア。ホルタもその前で身を伏せ、両手で銃を構える。
その間にマイアは近付いて来る人影に、ハンドブラスターを放っていた。ところがその人影は歩く速度を変えぬまま、僅かな動きでマイアのビームを躱して来る。紙一重だった。
“こいつ、手強い!”
視線をいっそう鋭くしたマイアは、相手の動きを読んだ二段射撃を行おうと、銃を握り直す。しかし引き金を引こうとしたところを、シャトルの下に留まる二人がライフルを撃って来た。咄嗟に身を投げ出したマイアは、離着陸床の上を転がって回避する。そこで歩いていた人影は猛然とダッシュ。後方に居たホルタの銃撃を躱して、マイアと距離を詰めると、彼女が手にしていたハンドブラスターを蹴り飛ばした。
「へぇ。それなりに訓練は、積んだみたいじゃねぇか」
男の声で頭を上げたマイア。照明塔の明かりに浮かび上がったその男の顔に、普段はあまり感情を表さないマイアの目に驚愕の色が浮かぶ。
男はノアを狙う傭兵達の首領ハドル=ガランジェット―――そしてマイアが十一年前にナイフで首を刺した、サイドゥ家の元『ム・シャー』だった………
▶#04につづく
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