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第8話:触れるべからざるもの/天駆けるじゃじゃ馬姫
#02
しおりを挟むショウス=ナイドルの懸念した、シウテ・サッド=リンの理に適わない判断は、以前にも述べた通り弟のミーグ・ミーマザッカ=リンと、クラード=トゥズークが仕組んだノヴァルナ討伐の罠に、この男も裏で加わっていたためである。
キオ・スー=ウォーダ家をも支配下に置く事となったノヴァルナから、ナグヤ城とその領地を拝領し、シウテもノヴァルナに対して、恩義を感じていないわけではなかった。それが自分をカルツェ支持派から、引き剥がす手段だとしてもだ。なぜならシウテが第一に考えていたのは、リン家の栄達と安定だったからである。
ただ慎重な性格の反面、ノヴァルナが仕掛けた離間策に乗ったように、優柔不断なところがあるシウテだ。その事をよく知る弟のミーグ・ミーマザッカに付け入れられ、まんまとまるめ込まれてしまっても無理はない。
それは今回の計画が発動する、僅か三日前の事だった―――
シウテが城主を務めるナグヤ城をミーマザッカが表敬訪問した。兄弟であるからいつ訪れても、誰も怪しむところはない。そしてシウテが用意した兄弟二人だけの酒の席で、ミーマザッカは今回の計画を打ち明けて、協力を要請したのである。
「…そ、その話は本当なのか、ミーグ?」
注ぎかけていたワインボトルの先端を、グラスの縁にガチリと打ち鳴らしたシウテは、目を見開いてミーマザッカに問い質した。
対する弟のミーマザッカは、グラスに残った赤ワインを飲み干して兄を見据え、「本当とも、兄者」と低い声で告げる。そして代わりのワインを自分のグラスに注ぎながら、口元を歪めて続ける。
「ついに我等が立つ時が来た…というわけだ」
「性急過ぎるのではないか?」
そう応じるシウテの目は弟の読み通り、動揺の色を隠せずに泳いでいた。ノヴァルナにナグヤの城を与えられて日が経つに従い、兄は自分がカルツェ様の支持派である自覚を失って来ている。つまり今の自分の立場に、満足し始めてしまっているのだ。
「いいや。今こそが好機。カルツェ様もすでに、ご決心なられておられる」
「なんと…」
ここでミーグ・ミーマザッカ=リンはまた嘘をついた。今度は自分の兄に対してである。カルツェはモルザン=ウォーダ家の謀叛が、ミーマザッカとクラードがノヴァルナ討伐のために、画策したものだとは知ってはいない。
シウテに対して嘘をついたのは、この計画を最初の段階で持ち掛けた場合、今の立場に満足し始めたシウテの優柔不断さが逆目に出て、計画そのものを反対しかねないからだ。
自分達の主君カルツェや、兄のシウテに嘘をついてまで、計画を進めようとするミーマザッカの強引さ。それは同時にカルツェ支持派が、追い詰められて来ている証左であった。
「されば兄者。兄者も我等に協力してくれような?」
僅かに身を乗り出してそう告げて来るミーマザッカに、シウテは「う…うむ」と躊躇いがちに声を漏らす。そんな兄の態度に内心を見透かしたミーマザッカは、説き伏せるように言う。
「なに。兵を動かせと言っているのではない。兄者はキオ・スー城にあって、我等の動きを支援してくれればよいのだ」
「支援だと?」
「おお。情報操作を行い、大うつけの配下が動き出すのを、遅延させてくれるだけでよいのだ…筆頭家老の立場を利用してな。その間に、我等とモルザンのシゴア=ツォルド殿の軍で、大うつけを屠ってくれる」
「屠る?…うぬらはノヴァルナ様を、殺めるつもりか!?」
「生かしておく理由があるか?」
シウテはミーマザッカの言葉を聞いて驚いた顔をした。シウテの考えでは、実力でノヴァルナを当主の座から排除する場合となっても、その命までは奪うつもりはなかったからである。これに関しては、カルツェ支持派の中でも意思統一が徹底出来ておらず、イノス星系でノヴァルナ艦隊と戦っている、カルツェ艦隊の戦隊司令官―――カルツェ支持派の側近連中の間でも、温度差が生じている。
「あの大うつけ、あれで支持する者もそれなりにおる。生かしておいた場合、カルツェ様の統治にとって、目障りな勢力となるに違いないからな」
ミーマザッカがそう言うと、シウテは硬い表情で尋ねた。
「それも…カルツェ様は、ご承知されておられるのか?」
ミーマザッカは少し間を置いて、重々しく頷き、答える。
「事、ここに至りて、もはや止む無し…と」
「間違いないのだな?」
念を押すシウテに、ミーマザッカは平然と嘘を通した。
「間違いないとも。兄者、カルツェ様がこれほどまでの覚悟をお持ちになって、此度の計画に臨んでおられるのだ。兄者も覚悟を決めるべきであろう」
「………」
「兄者!」
「だが万が一、失敗した場合はどうなる? 儂や、お主まで身の破滅となるのだぞ」
「だからこそ兄者には、キオ・スー城に残ってもらうのよ」
「なに?」
「情報操作だけを行い、あとは知らぬ存ぜぬ。今回の計画を知らされていなかった…と、とぼけておけば良いのだ。多少の責は問われようが、リン家が取り潰される事まではあるまい。俺が死のうともな」
強引に話を進めようとするミーマザッカ。「うむむ…」となおも躊躇いを見せたシウテだったが、この男のカルツェを支持する目的は、あくまでもリン家の存続と栄達である。自分の家が守れるのであれば…と、結局はミーマザッカの目論見通りに、押し切られてしまったのだった………
▶#03につづく
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