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第8話:触れるべからざるもの/天駆けるじゃじゃ馬姫

#12

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同時刻、イノス星系最外縁部―――


 キィーーーーンと甲高い重力子ドライヴシステムの唸りが響くコクピット。女性管制官からの発艦指示が、ヘルメット内のスピーカーに響く。

「ウィザード・ゼロワン。クリア―ド・フォー・テイク・オフ!」



「おう。ノヴァルナ・ダン=ウォーダ、『センクウNX』。『ウィザード中隊』、これより出撃するぜ!」

 叩きつけるような言葉と共に、ノヴァルナ専用の人型機動兵器が、総旗艦『ヒテン』から星の海の中に滑り出す。

 後に続いて離艦するラン・マリュウ=フォレスタとナルマルザ=ササーラの、親衛隊仕様『シデンSC』。さらにショウ=イクマの、電子戦特化型『シデンSC-E』とガラク=モッカの『シデンSC』が飛び出した。

 また総旗艦『ヒテン』を守る第1戦隊の、あとの五隻の宇宙戦艦からも、『ホロウシュ』の『シデンSC』を発進させる。そして今回は、新たに『ホロウシュ』に加えられた、元サイドゥ家の若手家臣ジョルジュ・ヘルザー=フォークゼムも、以前にトゥ・シェイ=マーディンが使用していた機体を、フォークゼム用に再調整されて早速参戦していた。先の模擬戦で実力を認めたノヴァルナの抜擢だ。

「ウィザード・トゥエンティワン!…いやさヘルザー!!」

 まるで歌舞伎の台詞回しのように、ぱん!…と、いつも通り横っ面を張り飛ばすような勢いで、声をかけて来るノヴァルナに、これが正式な形としての初陣であるフォークゼムは、引き攣った表情で応答した。

「はっ!」

 硬い口調で応じるフォークゼム。ところがその直後ノヴァルナが発した言葉に、フォークゼムは思わず拍子抜けする。

「ま、ボチボチ。気楽にいこうや」

「は?…はあ」

 不思議な言葉だった…カーネギー=シヴァ姫の配下の、キッツァート=ユーリスが初陣でそうであったように、初めての戦いに臨む緊張で硬くなっていた、フォークゼムの全身の筋肉から力が抜ける気がする。これが星大名の威というものであろうか。

 緒戦ではBSI部隊総監のカーナル・サンザー=フォレスタの進言を容れ、待機状態のままであったノヴァルナと『ホロウシュ』の、『ウィザード中隊』であったが、この第二回戦では早くも飛び出して来ていた。
 サンザー率いるBSI部隊が、モルザン星系艦隊のBSI部隊との戦いに忙殺されている間に、カルツェ艦隊から発進したカッツ・ゴーンロッグ=シルバータ率いるBSI部隊に、前衛部隊が圧迫され始めていたからだ。
 そこでノヴァルナは、艦隊戦の指揮を第2戦隊司令の女性武将、ナルガヒルデ=ニーワスに任せて、自ら『センクウNX』で出撃、シルバータのBSI部隊の迎撃に向かったのである。

 ―――とは言えノヴァルナとしても本音は、もうじっとしていられない!…が正直なところだった。『ヒテン』の司令官席に座っていると、艦隊の指揮を執っていても、つい意識がノアの方へ行ってしまい、集中力を欠くだけだからだ。事実、緒戦の不利な終え方は、総司令官のノヴァルナの指揮に、精彩が欠けていたせいだとも言える。
 であるならば、艦隊の指揮は冷静沈着が売り物の、ナルガヒルデ=ニーワスに任せて、自分は戦場にいた方がいいとのノヴァルナの考えだ。そしてこれは決して、ノアの事を忘れていようというのではない。むしろ戦場に身を置く事で、ノアとの距離が縮まるように感じる、ノヴァルナの独特な感性によるものであった。

 ノヴァルナの『センクウNX』が戦場に出て来た事は、すぐにカルツェ艦隊の知るところとなる。それはノヴァルナが『センクウNX』に、識別信号を出させたままでいるからだ。これもノヴァルナの流儀である。

「ウィザード・ゼロワン。こちらコマンドコントロール。敵のBSI部隊の一部がそちらへ接近中。警戒されたし! そちらからの方位、309マイナス14」

「ウィザード・ゼロワン、了解!」

 艦隊の重力子チャージはあと三時間足らずで完了する。それにザクバー兄弟から入手したノアの誘拐計画。こちらについてもカルツェ艦隊からは、何も言ってこない。誘拐に成功したならノアを人質に、降伏を迫って来るはずだからだ。

“まだだ。まだ間に合う!”

 ノヴァルナは自分に言い聞かせて、『センクウNX』のスロットルを上げた。センサーが敵のBSI部隊を捉える。数は約四十、ノヴァルナと『ホロウシュ』の数は二十一。倍の数であっても臆する事は無い。ノヴァルナは『ホロウシュ』に強い口調で告げた。

「連中を突破し、前衛部隊を援護。ゴーンロッグの隊を叩いたあと、カルツェの本陣を目指す! てめぇら、抜かるんじゃねぇぞ!!」

「了解!!」

 『ホロウシュ』全員が声を揃えて応答する。普段は個性をぶつけあっている彼等だが、この辺りはノヴァルナの親衛隊らしさだ。いや…今回は一人だけ、僅かにタイミングがズレた。新参のフォークゼムだった。思わずニヤリとするノヴァルナ。

 一方、艦隊指揮を託されたナルガヒルデ=ニーワスもそつがない。

「殿下の隊を援護しつつ、戦艦部隊で突破口を開きます。第1、第2戦隊、前進を開始して下さい」

 ナルガヒルデはこの時まだ25歳。星大名の嫡流でもない身分で、戦隊司令官としては異例の若さの抜擢だった。それが今度は、ノヴァルナが『センクウNX』で出撃している間の、全艦隊の指揮まで任されたのだ。さすがに年長者ばかりの司令官相手では、命令を出すにも敬語を使わずにはいられない。

「敵BSI部隊接近!」

 ノヴァルナの『センクウNX』の前方を行く、露払い役のラン・マリュウ=フォレスタが報告する。それを聞くノヴァルナの口元は、いつもの不敵な笑みを宿していた………




▶#13につづく
 
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