銀河戦国記ノヴァルナ 第2章:運命の星、掴む者

潮崎 晶

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第8話:触れるべからざるもの/天駆けるじゃじゃ馬姫

#13

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 ノア・ケイティ=サイドゥが独房代わりの、作業員の個室区画へ戻されたのはそれからすぐの事であった。基本的に二十名程の交代制作業員の他は、アンドロイドと解体基地自体の自律システムで運用されているため、人間の生活スペースはそれほど広くはない。個室も仮眠などを取る目的で交代使用するため、八部屋が通路の両側に四つずつ並んでいるだけである。

 ノアの後にはメイアとマイアも連行されていた。二人とも今しがた受けていた、痛覚を限界寸前まで刺激される拷問の影響で、足取りはひどく覚束ない。
 彼女達を連行する傭兵は三人。痛みが残るメイアとマイアが体をふらつかせる度に、背後にいる二人の傭兵が無慈悲に肩を小突いて、真っ直ぐ歩く事を強要する。そしてノアの後ろ、カレンガミノ姉妹との間に一人。ファベルとかいう名らしい、ガランジェットの副指揮官のナク・ロズ星人だ。

 自分達に割り当てられた個室に向かいながら、ノアは小さく喉をコクリ…と鳴らした。ここでしくじったら後は無い…そんな思いに、いかに男勝りの強心臓なノアであっても、緊張しない筈がない。

 一行は個室の前に着いた。

 ノアは個室のドアの開閉用パネルを確認する。パネルの表面にもう一枚、タッチキーの付いた操作パネルが貼り付けられていた。それがドアを内側からは開けられなくしているに違いない。さらに並んだドアに素早く視線を走らせるノア。同じパネルが貼り付いているドアが他に三箇所ある。一箇所はメイアとマイア、あとの二つはリカードとレヴァルにドルグ=ホルタだろう。

「よし。入れ」

 傭兵がパネルを操作してドアを開く。メイアとマイアの個室はノアの隣だ。ノアは一つ深呼吸して、横に並んだ双子姉妹に呼び掛けた。

「メイア、マイア」

 自分達を呼ぶノアの声を聞き、下を向いていたメイアとマイアの瞳に、生気の輝きが甦る。するとノアは控え目な声で不思議な言語を口にした。

「ナシャス・ハス・アク・フッキナ・バフ」

 それは皇国暦1589年の世界でノアが学習した、ピーグル星人の言語だった。ムツルー宙域内やその周辺でしか使用されていない地方言語であり、このオ・ワーリ宙域で話せるものはいない―――ノアとそのノアから暗号代わりに覚えるよう、データを渡されたカレンガミノ姉妹以外には。カレンガミノ姉妹はそれを無反応で聞き流す振りをする。

「おい、なんだ今の言葉は?」

 訝しげな表情で詰問するナク・ロズ星人のファベル。それに対してノアは素っ気なく応じた。

「幸運のおまじないの古い言葉です。聞いた事はありませんか?」

 ノアの言葉に、面白くも無さそうに「ふん」と鼻を鳴らしたファベルは、「いいから入れ」とノア姫達を個室の中へ促す。個室の中は簡易ベッドと小さな机にロッカー二つ、その奥にはトイレと一つになったシャワールームと、宿泊も可能なように一応ひと通りは揃えてある。

 個室に入りながらノアは心の中で婚約者の名を呼んだ。

“ノヴァルナ―――”

 ただそれに続く心の言葉は、ノヴァルナに助けを求めるものではない。

“私に力を貸して!”

 そしてノアは背後でドアを閉めようとするファベルを振り返り、「待って」と声を掛けた。軍装の袖に隠していた小型の“六角レンチ”を滑らせ、後ろ手に手錠を掛けられた両手の中へ包み込む。

「なんだ?」

 と尋ねるファベル。ノアは少し芝居を入れ、訴えるような目で告げた。

「トイレに行かせて欲しいのだけれど…」

「なに?」

「手錠を外してほしいのです…」

「断る」

「そんな。こんな状態ではできません!」

「なら、そのまましとけ」

 面倒臭そうに言い捨て、ドアを閉めようとするファベル。しかしノアは強い口調に改めて引き留める。

「待ちなさい、ナク・ロズ人!」

「うるさい女だな」

「それならまず、雇い主のクラード=トゥズークに尋ねなさい!…『ム・シャー』の立場から、貴方の一存で一国の姫に恥をかかせても良いかどうかを!」

「………」

 その言葉にファベルは小さく舌打ちした。『ム・シャー』がどうとかという話はファベルのような、民間人上がりの傭兵には理解出来ない。自分達からすればどうでもいいような事に、価値を見いだしてこだわるのが彼等、武家階級だからだ。
 面倒事の大きさを天秤にかけて、ファベルは個室の中に戻って来た。しかし思いも寄らぬ事を言い出す。

「わかった。だが手錠を外すのは無しだ」

「!?」

「俺が下着を脱がせてやる。なぁに、心配するな。俺達ナク・ロズ人はヒト種の女のを見ても、変な気は起こさないからな」

「く…」

 思惑がズレて歯を噛み鳴らすノア。しかし大筋は予定通りだった。近寄って来たファベルはノアの軍装のスカートを外そうと、手を伸ばして上体を屈めて来る。そこをノアは力任せに右膝を突き上げ、ファベルのみぞおちに叩き込んだ。ゴキリ!という手応えに、ファベルの青黒い両眼が大きく見開くと、たまらず床に這いつくばる。直後に口から、絞り出すような呻き声が溢れ出した。

「げぇえええええええ!」




▶#14につづく
 
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