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第8話:触れるべからざるもの/天駆けるじゃじゃ馬姫
#20
しおりを挟むノアの『サイウンCN』の反応があった辺りに、機体を向けるガランジェットBSI部隊。しかし彼等には油断があった。ノアの専用機『サイウンCN』に対してである。彼等は『サイウンCN』が、典礼用の機体だと考えていたのだ。無理もない、常識的に見て星大名の姫が、戦闘用の本物のBSHOに乗るなど、聞いた事がなくて当然である。この点については、ガランジェット達の情報収集が甘かったと言える。
だがノアの機体は、見た目こそクリムゾンレッドと、ジェットブラックに塗り分けられた美しい機体であるが、中身は完全に戦闘用だった。そしてノア自身も、一騎打ちでノヴァルナと互角に戦えるほどの技量を持っている。
「そろそろ反応があった位置だぞ」
「こうガラクタだらけだと、判別できねぇぜ」
浮遊する残骸の間をすり抜けながら交信する、『アクレイド傭兵団』のパイロット達。そんな彼等にガランジェットが「気を付けろ。典礼用でもステルスモードぐらいは、装備してるかもしれん」と注意を促した直後だった。ガランジェットの視界左上方に浮かぶ駆逐艦の残骸から、超電磁ライフルの射撃反応が発せられたのである。
「いた―――」
警告しようとしたガランジェットだが、時すでに遅く、右前方を進んでいた部下の量産型『ミツルギ』が、直撃を喰らって爆砕された。
「チィ! 散開しろ!!」
舌打ちして指示を出すガランジェット。しかし編隊を解いた一瞬後、今度は量産型『サギリ』が、バックパックに直撃を受けて火の玉と化す。ノアの恐るべき射撃精度だ。この二撃でガランジェットはようやく、自分達が思い違いをしていた事に気付いた。
「気を付けろ。飾りモンのBSHOじゃねぇぞ!」
そう言い放ったガランジェットは『マガツ』の超電磁ライフルを、ノアの機体が潜む駆逐艦の残骸に撃ち込んだ。皇国製BSIのライフルより大口径で、威力も高いモルンゴール帝国製の銃弾は、一撃で駆逐艦の残骸を四散させる。その中から飛び出して来たのは『サイウンCN』だ。オ・ワーリ=シーモア星系の恒星、タユタとユユタの光を浴び、その刹那、クリムゾンレッドの機体が赤く輝く。
回避行動を取りながら、『サイウンCN』は即座に反撃のライフルを発射する。巨体にも関わらず、それを紙一重で躱すガランジェットの『マガツ』。
「あれは…モルンゴール帝国の機体!?」
ガランジェットの操る、ドラゴンのような外見のBSHOの素性を知ったノアの表情に、緊張の色が浮かぶ。かつて“サイガンのマゴディ”の『オロチ』と戦ったノヴァルナから、その手強さを聞かされていたからだ。だがたとえモルンゴール帝国のBSHOが相手でも、ノアに引き下がる気は全く無かった。
戦術状況ホログラムで、散開した敵機の位置を確認するノア。母艦機能を持つ船がいれば、その船の警戒センサーシステムとリンクして、より精度の高い情報を得られるのだが、ここでそれは叶わない。
“敵の数はあと十…迎え撃っていたら取り囲まれる。こちらから仕掛ける!”
そう考えたノアはスロットルを全開にして、機体を急加速させた。重力ダンパーが吸収しきれないGに、背中が僅かにシートに沈む。目標は右下方のBSI『イカズチ』だ。
ノア機の接近を知った敵の『イカズチ』は、機体を捻りながら、これ以上近付かせまいとライフルを撃って来る。だが機体性能の違いで、ノアの『サイウンCN』は機体をスクロールさせて敵の弾を回避しながらも、距離を詰めて来た。
「くそッ、落としてやる!」
焦った敵パイロットは、ライフルの照準を『サイウンCN』の正面に据えた。機体の戦闘力を奪ってノアを捕らえるという、戦闘目的からは逸脱した行為だ。引き止めようとするガランジェット。
「バカ、殺すんじゃ―――」
だが、その言葉が言い終わらないうちに、ノアを殺そうとしたパイロットの機体は、先にノアの放ったライフル弾で、宇宙空間に爆散した。苦虫を嚙み潰したような表情で首を振ったガランジェットは、ノアに向けた超電磁ライフルのトリガーを二度、三度と引く。ノアは機体を高速で蛇行させて躱しながら、背後へ回り込もうとする。すれ違いざまのスクラップの塊が、流れ弾を喰らって爆発した。
すると比較的原型を保っている、二隻の宇宙艦の間を通過しようとしていたノアに、その宇宙艦の陰から二機のBSIユニットが襲い掛かって来る。機種は二機とも、ミョルジ家が使用している『サギリ』だ。至近距離からの襲撃のため、武器はライフルではなくポジトロンパイクである。
ただノアの対応も早い。重力子の黄色い光のリングを、機体の右斜め前に発生させると、左方向へ鋭角的なターンを掛ける。
「く!」
Gに圧迫される感覚に歯を食いしばったノアは、左側から襲い掛かる敵機の懐に飛び込むと、そのままの勢いでショルダータックルを喰らわせた。目にも止まらぬ早業だ。そして敵機が体勢を崩した時にはすでに、振り返った『サイウンCN』の銃口は、右側から斬りかかって来ていたもう一機に照準を終えている。
放たれた銃弾に爆発する、右側からの敵機。そこへさらに向こうの残骸から、別の敵機が狙撃を企む。ノアのヘルメット内に鳴り響くロックオン警報。
この状況にノアは冷静だった。ショルダータックルを喰らわせた敵の『サギリ』が、再び斬りかかろうとするのに対し、スルリと機体を滑らせ、体を入れ替えたのである。その直後、別の敵機が放った狙撃弾が、体の入れ替わった敵機の胸板を撃ち抜いた。
味方にコクピットまで撃ち抜かれたらしい『サギリ』が、宇宙空間に力無く漂い始めるのには目もくれず、ノアは『サイウンCN』を急発進させる。一瞬後、『サイウンCN』がいた位置を、次のライフル弾が通過した。機体を急上昇させたノアは、狙撃して来た敵の居場所を視認すると、獲物を狙う猛禽類のように、急降下を行う。
敵は量産型『ウネビ』。この辺りの宙域ではまず見かけない機種だ。半分にちぎれた『ベルゲン』型重巡航艦の残骸の上に陣取っている。ノアの反撃に慌てて離脱を図る『ウネビ』。しかし重巡航艦の上にいた事が災いし、逃走方向が限定されてしまったため、ノアの銃撃にあえなく破壊された。
「距離を取れ、距離を!!」
そう叫びながら離脱を図ったのは、今の攻撃で砕かれた敵機の、近くに潜んでいた『ミツルギ』だ。だが一気に加速を掛けて逃げ出そうとするものの、大胆にも戦場の真ん中で『サイウンCN』を静止させたノアの、狙いすました一撃が、バックパックから胸板までを貫いた。
すると、隙ありと見たガランジェットの『マガツ』が、『サイウンCN』へ超電磁ライフルを放つ。しかしその時にはもう、『サイウンCN』の赤い機体の姿は、漂うスクラップの群れの中へ消えている。
「なんだあいつは!?」
「だめだガランジェット! ありゃあバケモンだ!」
瞬く間に六機の味方が撃破され、半減したガランジェットの部下達は怖気づく。主家・主君への忠誠などといったものとは無縁の傭兵達である。逆立ちしても勝てないような敵が相手だと知ると、自分の命惜しさに及び腰になって当然だ。
ガランジェットも部下達の動揺を感じ取り、こいつらはもう使い物にならねぇ…と判断。無機質な声で命じる。
「わかった。姫様は俺がサシの勝負で捕らえる。おまえらは、発進準備中の姫様のシャトルを押さえろ」
怯懦に囚われた兵士など足手まといなだけだ。それならこの『マガツ』単機で、思う存分戦ったほうがマシだ…ガランジェットは『マガツ』の巨体を、ノアの『サイウンCN』へ、全速力で向かって行った。
▶#21につづく
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