銀河戦国記ノヴァルナ 第2章:運命の星、掴む者

潮崎 晶

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第8話:触れるべからざるもの/天駆けるじゃじゃ馬姫

#21

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 矢のように突っ込んで来るガランジェット機は、即座に『サイウンCN』の警戒センサーに捕捉された。

「ウハハハハハ! 相手になってやるぜお姫様!」

 ガランジェットは禍々しい笑い声を伴って、全周波数帯でノアに呼び掛ける。その声を聞き、ノアは反射的に機体をガランジェット機に向けた。

「ハドル=ガランジェット! やはり!」

 互いの機体が向き合って接近しつつ、超電磁ライフルを撃ち放つ。だが双方紙一重の差で正面から来る銃弾を回避した。ここでガランジェットは、機体をさらに加速させる。ゴゥ!と音が聞こえそうな猛スピードだ。

「速い!」

 すれ違いざまに、クァンタムブレードで切りつけようとしていたノアは、『マガツ』の加速性能に目を見張った。そして『マガツ』はQブレードを抜かず、太い右腕を伸ばして来る。
 すると次の瞬間、『マガツ』の右手首を覆うガントレット型アーマーから、長く伸びた三本の鈎爪が飛び出した。『マガツ』の特殊装備、PBS(ポジトロン・バインド・スラッシャー)だ。その直後、ガガン!という激しい揺れが『サイウンCN』に襲い掛かった。

「きゃあっ!」

 小さく叫ぶノア。鳴り響く被弾警報。ダメージレポートホログラムが自動的に立ち上がり、機体右側のショルダーアーマーを喪失した事を知らせる。すれ違いざまに『マガツ』のPBSによって、ショルダーアーマーの機体結合部が切り裂かれたのだ。大きく回転しながら宇宙の深淵へ飛び去る、『サイウンCN』のショルダーアーマー。

 一方のガランジェットは、ノアの機体にダメージは与えたものの、内心で舌打ちしていた。本来ならば敵の機体の首を刎ねていたはずだからだ。

「浅かったってのか?」

 考えられるのはノア姫が反射的にこちらの意図に気付き、それに反応した機体のサイバーリンクが、無意識レベルで機体に捻りをかけたという事だ。つまりノア姫は、それほどまでにサイバーリンク深度が深く、機体と精神が一体化しているのである。

「なんってこった。本物のバケモノかよ」

 そう言いながらもガランジェットは、ニタリ…と薄ら笑いを浮かべる。しかも航過したノアの『サイウンCN』は即座に急停止、その場で『マガツ』に振り返り、猛然と超電磁ライフルを撃ち放った。稲妻のような軌道を描いて、その銃撃を躱すガランジェットは、あの宇宙港で自暴自棄とも取れる、無茶苦茶な戦い方をした時と同じ、凶暴な光を双眸から放って言う。

「だが、面白いぞ、ノア姫様!」

 しかし意志の強さでは、ノアも遅れを取る事は無かった。

「負けない!…負けられないっ!」

 二機のBSHOは急旋回と射撃を繰り返しながら、宇宙艦のスクラップの間を猛スピードで駆け抜ける。だがガランジェットの『マガツ』は、大型の機体である代わりにエンジン出力も大きく、ノアは押され気味にならざるを得ない。
 それに『サイウンCN』には別の問題があった。超電磁ライフルの残弾数だ。今回は戦闘目的ではなく、惑星ラゴンに居留地を構えた、旧サイドゥ家の家臣達に対する式典用に持ち出されたものであるため、非常用にライフル弾8発入り弾倉が、3本しか携行していない。

 ガランジェットの部下に対してはここまで一発必中であったノアだったが、ガランジェット本人が相手となればそうも行かない。スクラップの海の中での撃ち合いに、残弾は次第に減っていく。

“このままでは埒が明かない。接近戦に持ち込むしか…”

 そう考えるノア。とは言え相手は『サイウンCN』より、二回りは大きく、強力な鉤爪(PBS)を備えたドラゴンのようなBSHOである。喉の渇きを覚えたノアだが、それでも決意は変わらなかった。

“こんな時、ノヴァルナだったらきっと、高笑いするんでしょうけど…”

 星海の彼方で今、同じように戦っているであろう婚約者の、不敵な笑みと高笑いを思い浮かべたノアは、自分も少しだけ微笑んでみる。至近距離を通過した『マガツ』のライフル弾が、後方のスクラップに命中してこれを粉々に破壊する。

 未来予測を含んだ敵との相対位置を、頭の中に素早く思い描いたノアは、操縦桿を倒してダイブを掛け、艦腹に大きな破孔を穿たれた軽空母の裏側へ回り込んだ。そのさらに下方には、衛星ルーベスの地表が、二重恒星タユタとユユタの強い光をまともに受け、本来の赤灰色を通り越して白く輝いている。

 一方のガランジェットは、ノアの『サイウンCN』が、ライフルを撃って来なくなった事で残弾に不安がある事を見抜き、格闘戦を挑んで来るつもりに違いないと読んでいた。
 ガランジェットの『マガツ』の格闘兵器は、先程使用した右手のPBS(ポジトロン・バインドスラッシャー)の他、通常のBSIユニットが装備するポジトロンランスと、クァンタムブレードを二本ずつ持っていた。つまり『マガツ』は、格闘戦を主目的に開発された機体なのだ。

「フハハ…手足をバラバラに切り刻んでやるぜ、カワイ子ちゃん」

 無論それは捕らえるべきノア姫ではなく、『サイウンCN』についての言葉ではあるが、下衆な物言いをしたガランジェットは、右手に超電磁ライフルを握ったまま、PBSを伸ばし、左手にはポジトロンランスを掴んで、ノアの消えた位置へ向かって行った。

 そして『マガツ』がノアを追って、軽空母の残骸の下側へ回った時である。ガランジェットの眼前に、猛然と突っ込んで来る宇宙艦の残骸が現れた。きっと『サイウンCN』が後ろから押して、盾代わりにしているのだ、と判断したガランジェットは超電磁ライフルで残骸を撃つ。そして砕けたところで、飛び出して来るであろう『サイウンCN』を突き刺すため、ポジトロンランスを構える。

 ところが残骸は爆砕されたものの、その裏からノア機は飛び出して来ない。ガランジェットが眉をひそめた直後、ロックオン警報が鳴りだした。機体下方―――衛星ルーベスの白く輝く地表からだ。

「チィ!」

 ガランジェットがスロットルを開くより一瞬早く、残り少ない銃弾を使用した、ノアの超電磁ライフルの狙撃が『マガツ』の左脇腹を抉った。手にしていたポジトロンランスを宙に舞いさせる。『マガツ』のコースを読んだノアは、反転重力子フィールドで艦の残骸を出現予想地点に打ち出し、自身は最大加速で衛星ルーベスへ降下したのだ。
 しかもノアは狙撃を行った直後、その弾丸のあとを追うように急上昇。狙撃を受けて動きが止まった『マガツ』に対し、ポジトロンパイクで斬りかかって行った。

「たあああああああ!!」

 裂帛の気合と共に斬撃を繰り出すノア。

 しかし、かつてヤヴァルト銀河皇国が苦戦を強いられた、モルンゴール帝国のBSHOに通用したのは、そこまでだった。『マガツ』の右腕から伸び出た三本の鈎爪が、『サイウンCN』のポジトロンパイクの刃を火花を散らして受け止める。

「!!!!」

 ノアが目を見開いた直後、『マガツ』の強烈な蹴りが『サイウンCN』の腹部、コクピットの外殻を痛撃した。

「きゃああああッ!!」

 ハニカム多重装甲の外殻が打撃で蹴破られる事は無いが、内臓まで打ち付けられるような物凄い衝撃にノアは悲鳴を上げる。それに対してガランジェットは、凶悪な笑い声だ。

「ワハハハハハ! 逃がさねぇぞ!!」

 そう言ったガランジェットは、機体の姿勢制御を失った『サイウンCN』の左腕を、『マガツ』の二回りも太い腕で掴み取る。

「確かにすげぇ腕ですな、姫様。俺の乗ってたのが皇国のBSHOだったら、今のでやられていたとこですぜ。だぁが…生憎あいにくでした!」

 全周波数帯通信で呼び掛けたガランジェットは、『サイウンCN』の左腕を掴んだまま、同じ腹部に今度は膝蹴りを喰らわせた。ガガン!と響く衝撃音と強烈な揺れに、ノアは再び悲鳴を上げる。

「きゃああっ!!!!」

その声を聞き、ガランジェットは勝ち誇ったように笑った。

「ムハハハハハ!!」




▶#22につづく
 
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