銀河戦国記ノヴァルナ 第2章:運命の星、掴む者

潮崎 晶

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第9話:退くべからざるもの

#02

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 シルバータの敗北はカルツェ軍全体に動揺を与えた。政治的役割はどうあれ、シルバータのBSI部隊が、カルツェ軍の中核戦力の一つである事に変わりはない。それが突破された事で、BSI部隊同士の戦闘がノヴァルナ軍の優位に動き始めたのである。

「敵の動きが鈍った。この機を逃すな! 押し出せ!」

 ノヴァルナ軍のBSI部隊を指揮するカーナル・サンザー=フォレスタが、怒声に近い口調で指示を出し、自らも専用BSHO『レイメイFS』で先陣を切る。後に続く量産型BSI『シデン』とASGUL『アヴァロン』、そして攻撃艇『バーネイト』の集団。

 さらにその流れは艦隊戦にも伝播した。圧迫され出したカルツェ軍のBSI部隊が後退した事で、カルツェ軍の宇宙艦隊がその周囲に分散される。その分散した一部に対し、ノヴァルナに代わって艦隊指揮を任されたナルガヒルデ=ニーワスが、集中攻撃を命じた。

「焦る必要はありません。確実に敵戦力を削って下さい」

 戦艦『ゼルンガード』の艦橋で指揮を執るナルガヒルデは、眼鏡型のNNL出力端子を指先で軽く直しながら、落ち着いた口調で指示する。二列縦陣から主砲を一斉射撃する、第1、第2戦隊の11隻の宇宙戦艦。まともに喰らったカルツェ軍の戦艦が爆発を起こした。総戦力では数の少ないノヴァルナ軍だが、数隻ずつに分散した敵であれば、数的不利を補う事も可能だ。

 この状況は無論、司令官のカルツェが座乗する旗艦『リグ・ブレーリア』と、家老のミーグ・ミーマザッカ=リンが乗る戦艦『サング・ザム』でも把握している。

「これはまずいな…BSI部隊を一時完全後退させて、艦隊を再集結せよ。戦力が優位なうちに押し返すのだ」

 普段は冷静沈着なカルツェも、さすがに表情を強張らせて命令を下した。そしてその命令は間違ってはいない。ところがミーマザッカからの通信が、その命令を取り消させる。

「お待ちください、カルツェ様。ここはこのまま全軍後退し、ナッツカートの機動要塞と交戦中の、イノス星系防衛艦隊と合流するのです」

「なに? しかしそれでは、損害が増すではないか」

 現在、戦場となっているこのイノス星系では、ノヴァルナ軍とカルツェ軍の交戦の他に、第八惑星ナッツカートの衛星軌道上から移動を始めた機動要塞が、ノヴァルナ軍の援護のために接近中で、その阻止を目的に、イノス星系の防衛艦隊が迎撃していた。ミーマザッカの進言はそこまで後退し、防衛艦隊と合流しようというものである。
 だがそれを行うのは理に適っている…とは言い難い。なぜなら防衛艦隊との合流で戦力はさらに増しても、ノヴァルナ軍に喰い付かれた状態のまま後退しては、戦力が消耗するだけであるし、合流を果たしてもノヴァルナ軍と機動要塞の、二正面戦を強いられる結果になるからだ。

「カルツェ様のご懸念は当然至極。ですがノヴァルナ艦隊はそう長く、追撃は行わない筈にございます」

 ミーマザッカが取り繕うように言うと、カルツェは眉をひそめた。何か明確な理由がなければ、そんな言葉は出て来ない。

「なぜそんな事が言える?」

「策がございまして…」

 主君の疑念にミーマザッカの通信ホログラムは、神妙な面持ちで応じた。

「策?…それはどのような」

「さて、通信を傍受されている可能性もありますれば、内容は…」

 不審に思いながらもカルツェは、「わかった。おまえに任す」と告げて通信を終えた。一方で『サング・ザム』艦橋の司令官席に座るミーマザッカは、銀灰色の毛に覆われた熊のようなベアルダ星人の肩を揺らせ、ふう…と息をつく。
 実はこの時点においても、ミーマザッカはノヴァルナの婚約者ノア姫を、人質に取る計画を明かしておらず、それを知らせると、カルツェの不興を買う事が分かっていたからである。

 そしてノヴァルナの部隊が追撃して来ない理由。それはイノス星系第八惑星の公転軌道付近まで踏み込むと、ノア姫を人質に取る事に成功して降伏を迫った際、ノヴァルナ艦隊は、最外縁部まで戻って星系を離脱する事が困難になるからだ。

 そこでミーマザッカは、まず現状のままイノス星系防衛艦隊との合流を急ぎ、ノヴァルナ側に寝返った機動要塞を無力化、然るのちにイノス星系防衛艦隊を加えた総戦力で、ノヴァルナ艦隊に対処する事を目論んだのであった。ナッツカートの機動要塞に配していたザクバー兄弟がノヴァルナ側に寝返り、ノア姫誘拐計画の情報が漏洩したであろう事を逆手に取った作戦であり、策士のミーマザッカらしい一手だと言える。


ところが―――


 ミーマザッカの策が発動してものの三十分も経たないうちに、この状況を根底から覆す出来事が起きた。誘拐されたはずのノアからの超空間電信だ。

 それは当然、総旗艦『ヒテン』を介し、カルツェ軍の量産型BSI部隊を蹴散らしていた、ノヴァルナの元へも即時伝達される。

「ノヴァルナ様! ノア姫様から超空間電信です!」

 旗艦からの連絡に『センクウNX』に乗るノヴァルナは双眸を見開いた。

「なにッ! ノアからだと!? 読め!!」

「はっ。“発、ノア・ケイティ=サイドゥ。宛、ノヴァルナ・ダン=ウォーダ”殿。本文:当方無事ナリ、健闘ヲ祈ル! 以上!」

 それを聞いた直後、ノヴァルナは天を衝くほどの高笑いを発する。

「アッハハハハハ!!!!」

 それは短い電文であったが雄弁であり、誇らしげだった。ノヴァルナには短い電文に込められた、ノアの“こっちは私が片付けた。あとは自分で何とかしなさい”という言葉が、眼前で語られているように届いていたからだ。

「すげぇぜ、ノア! さすがは俺の嫁だ!!」

 いつもの不敵な笑みが浮かんだノヴァルナは、『センクウNX』のスロットルを全開にして、敵集団に飛び込んで行った………




▶#03につづく
 
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