176 / 508
第9話:退くべからざるもの
#02
しおりを挟むシルバータの敗北はカルツェ軍全体に動揺を与えた。政治的役割はどうあれ、シルバータのBSI部隊が、カルツェ軍の中核戦力の一つである事に変わりはない。それが突破された事で、BSI部隊同士の戦闘がノヴァルナ軍の優位に動き始めたのである。
「敵の動きが鈍った。この機を逃すな! 押し出せ!」
ノヴァルナ軍のBSI部隊を指揮するカーナル・サンザー=フォレスタが、怒声に近い口調で指示を出し、自らも専用BSHO『レイメイFS』で先陣を切る。後に続く量産型BSI『シデン』とASGUL『アヴァロン』、そして攻撃艇『バーネイト』の集団。
さらにその流れは艦隊戦にも伝播した。圧迫され出したカルツェ軍のBSI部隊が後退した事で、カルツェ軍の宇宙艦隊がその周囲に分散される。その分散した一部に対し、ノヴァルナに代わって艦隊指揮を任されたナルガヒルデ=ニーワスが、集中攻撃を命じた。
「焦る必要はありません。確実に敵戦力を削って下さい」
戦艦『ゼルンガード』の艦橋で指揮を執るナルガヒルデは、眼鏡型のNNL出力端子を指先で軽く直しながら、落ち着いた口調で指示する。二列縦陣から主砲を一斉射撃する、第1、第2戦隊の11隻の宇宙戦艦。まともに喰らったカルツェ軍の戦艦が爆発を起こした。総戦力では数の少ないノヴァルナ軍だが、数隻ずつに分散した敵であれば、数的不利を補う事も可能だ。
この状況は無論、司令官のカルツェが座乗する旗艦『リグ・ブレーリア』と、家老のミーグ・ミーマザッカ=リンが乗る戦艦『サング・ザム』でも把握している。
「これはまずいな…BSI部隊を一時完全後退させて、艦隊を再集結せよ。戦力が優位なうちに押し返すのだ」
普段は冷静沈着なカルツェも、さすがに表情を強張らせて命令を下した。そしてその命令は間違ってはいない。ところがミーマザッカからの通信が、その命令を取り消させる。
「お待ちください、カルツェ様。ここはこのまま全軍後退し、ナッツカートの機動要塞と交戦中の、イノス星系防衛艦隊と合流するのです」
「なに? しかしそれでは、損害が増すではないか」
現在、戦場となっているこのイノス星系では、ノヴァルナ軍とカルツェ軍の交戦の他に、第八惑星ナッツカートの衛星軌道上から移動を始めた機動要塞が、ノヴァルナ軍の援護のために接近中で、その阻止を目的に、イノス星系の防衛艦隊が迎撃していた。ミーマザッカの進言はそこまで後退し、防衛艦隊と合流しようというものである。
だがそれを行うのは理に適っている…とは言い難い。なぜなら防衛艦隊との合流で戦力はさらに増しても、ノヴァルナ軍に喰い付かれた状態のまま後退しては、戦力が消耗するだけであるし、合流を果たしてもノヴァルナ軍と機動要塞の、二正面戦を強いられる結果になるからだ。
「カルツェ様のご懸念は当然至極。ですがノヴァルナ艦隊はそう長く、追撃は行わない筈にございます」
ミーマザッカが取り繕うように言うと、カルツェは眉をひそめた。何か明確な理由がなければ、そんな言葉は出て来ない。
「なぜそんな事が言える?」
「策がございまして…」
主君の疑念にミーマザッカの通信ホログラムは、神妙な面持ちで応じた。
「策?…それはどのような」
「さて、通信を傍受されている可能性もありますれば、内容は…」
不審に思いながらもカルツェは、「わかった。おまえに任す」と告げて通信を終えた。一方で『サング・ザム』艦橋の司令官席に座るミーマザッカは、銀灰色の毛に覆われた熊のようなベアルダ星人の肩を揺らせ、ふう…と息をつく。
実はこの時点においても、ミーマザッカはノヴァルナの婚約者ノア姫を、人質に取る計画を明かしておらず、それを知らせると、カルツェの不興を買う事が分かっていたからである。
そしてノヴァルナの部隊が追撃して来ない理由。それはイノス星系第八惑星の公転軌道付近まで踏み込むと、ノア姫を人質に取る事に成功して降伏を迫った際、ノヴァルナ艦隊は、最外縁部まで戻って星系を離脱する事が困難になるからだ。
そこでミーマザッカは、まず現状のままイノス星系防衛艦隊との合流を急ぎ、ノヴァルナ側に寝返った機動要塞を無力化、然るのちにイノス星系防衛艦隊を加えた総戦力で、ノヴァルナ艦隊に対処する事を目論んだのであった。ナッツカートの機動要塞に配していたザクバー兄弟がノヴァルナ側に寝返り、ノア姫誘拐計画の情報が漏洩したであろう事を逆手に取った作戦であり、策士のミーマザッカらしい一手だと言える。
ところが―――
ミーマザッカの策が発動してものの三十分も経たないうちに、この状況を根底から覆す出来事が起きた。誘拐されたはずのノアからの超空間電信だ。
それは当然、総旗艦『ヒテン』を介し、カルツェ軍の量産型BSI部隊を蹴散らしていた、ノヴァルナの元へも即時伝達される。
「ノヴァルナ様! ノア姫様から超空間電信です!」
旗艦からの連絡に『センクウNX』に乗るノヴァルナは双眸を見開いた。
「なにッ! ノアからだと!? 読め!!」
「はっ。“発、ノア・ケイティ=サイドゥ。宛、ノヴァルナ・ダン=ウォーダ”殿。本文:当方無事ナリ、健闘ヲ祈ル! 以上!」
それを聞いた直後、ノヴァルナは天を衝くほどの高笑いを発する。
「アッハハハハハ!!!!」
それは短い電文であったが雄弁であり、誇らしげだった。ノヴァルナには短い電文に込められた、ノアの“こっちは私が片付けた。あとは自分で何とかしなさい”という言葉が、眼前で語られているように届いていたからだ。
「すげぇぜ、ノア! さすがは俺の嫁だ!!」
いつもの不敵な笑みが浮かんだノヴァルナは、『センクウNX』のスロットルを全開にして、敵集団に飛び込んで行った………
▶#03につづく
0
あなたにおすすめの小説
クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?
青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。
最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。
普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた?
しかも弱いからと森に捨てられた。
いやちょっとまてよ?
皆さん勘違いしてません?
これはあいの不思議な日常を書いた物語である。
本編完結しました!
相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです!
1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ゲームコインをザクザク現金化。還暦オジ、田舎で世界を攻略中
あ、まん。@田中子樹
ファンタジー
仕事一筋40年。
結婚もせずに会社に尽くしてきた二瓶豆丸。
定年を迎え、静かな余生を求めて山奥へ移住する。
だが、突如世界が“数値化”され、現実がゲームのように変貌。
唯一の趣味だった15年続けた積みゲー「モリモリ」が、 なぜか現実世界とリンクし始める。
化け物が徘徊する世界で出会ったひとりの少女、滝川歩茶。
彼女を守るため、豆丸は“積みゲー”スキルを駆使して立ち上がる。
現金化されるコイン、召喚されるゲームキャラたち、 そして迫りくる謎の敵――。
これは、還暦オジが挑む、〝人生最後の積みゲー〟であり〝世界最後の攻略戦〟である。
死んだはずの貴族、内政スキルでひっくり返す〜辺境村から始める復讐譚〜
のらねこ吟醸
ファンタジー
帝国の粛清で家族を失い、“死んだことにされた”名門貴族の青年は、
偽りの名を与えられ、最果ての辺境村へと送り込まれた。
水も農具も未来もない、限界集落で彼が手にしたのは――
古代遺跡の力と、“俺にだけ見える内政スキル”。
村を立て直し、仲間と絆を築きながら、
やがて帝国の陰謀に迫り、家を滅ぼした仇と対峙する。
辺境から始まる、ちょっぴりほのぼの(?)な村興しと、
静かに進む策略と復讐の物語。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
老聖女の政略結婚
那珂田かな
ファンタジー
エルダリス前国王の長女として生まれ、半世紀ものあいだ「聖女」として太陽神ソレイユに仕えてきたセラ。
六十歳となり、ついに若き姪へと聖女の座を譲り、静かな余生を送るはずだった。
しかし式典後、甥である皇太子から持ち込まれたのは――二十歳の隣国王との政略結婚の話。
相手は内乱終結直後のカルディア王、エドモンド。王家の威信回復と政権安定のため、彼には強力な後ろ盾が必要だという。
子も産めない年齢の自分がなぜ王妃に? 迷いと不安、そして少しの笑いを胸に、セラは決断する。
穏やかな余生か、嵐の老後か――
四十歳差の政略婚から始まる、波乱の日々が幕を開ける。
ソラノカケラ ⦅Shattered Skies⦆
みにみ
歴史・時代
2026年 中華人民共和国が台湾へ軍事侵攻を開始
台湾側は地の利を生かし善戦するも
人海戦術で推してくる中国側に敗走を重ね
たった3ヶ月ほどで第2作戦区以外を掌握される
背に腹を変えられなくなった台湾政府は
傭兵を雇うことを決定
世界各地から金を求めて傭兵たちが集まった
これは、その中の1人
台湾空軍特務中尉Mr.MAITOKIこと
舞時景都と
台湾空軍特務中士Mr.SASENOこと
佐世野榛名のコンビによる
台湾開放戦を描いた物語である
※エースコンバットみたいな世界観で描いてます()
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる