銀河戦国記ノヴァルナ 第2章:運命の星、掴む者

潮崎 晶

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第9話:退くべからざるもの

#03

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 ノアからの恒星間電信が入ったという事は、通信妨害が解消された事を示唆している。ノヴァルナ軍は攻勢を強める一方、すぐにキオ・スー城の総司令部と連絡を取り、カルツェ一派の謀叛を伝えた。

 しかしキオ・スー城に、カルツェ一派の筆頭家老シウテ・サッド=リンの姿は無い。カルツェ一派がイノス星系で行動を開始した時にはすでに、キオ・スー城を抜け出して、無断で居城のナグヤ城へ退避していたのだ。
 そしてノヴァルナ艦隊からの連絡で謀叛が発覚したのを知ると、シウテのナグヤ城はカルツェの居城スェルモル城と共に、防御態勢を取ってキオ・スー城への対抗姿勢を露わにした。

 ノヴァルナ不在のキオ・スー城を預かる、次席家老ショウス=ナイドルの元に、他の家老達が集まる。

「ナイドル様。如何すべきでしょうか?」

「地上軍の集結には、時間が掛かりますが」

「いや。そもそも地上軍にしてもナグヤ城とスェルモル城の、両方を攻略するだけの戦力は、この城にはないぞ」

「ムーンベース・アルバから、修復を終えている艦を出しましょう。星系防衛艦隊と合わせて、宇宙空間から砲撃を加えれば」

「それはいかん。両城とも周囲は市街地だ。我等がこのキオ・スー城を攻略した時のように、市民を巻き添えにする事は厳禁だろう」

「それにナグヤ城上空の艦隊駐留地、『ショウ・ヴァン』は最近防御火器を増設して、一部要塞化されている。艦隊が迂闊に近付くのは危険だぞ」

「如何致しますか? ナイドル様」

「ううむ…」

 指示を求められたナイドルは、戸惑いの唸り声を漏らした。かつてはノヴァルナの父ヒディラスに従い、戦場を駆け抜けたナイドルであったが、前線を離れて内政に専念するようになって久しい。また前任のセルシュ=ヒ・ラティオよりも温和な性格である事から、果断な決定は下し難く、戸惑いがあっても当然だった。ナイドルは自分自身の言葉を吟味するように、慎重な口調で応じた。

「ともかく艦隊は出そう。だけど、こちらからは仕掛けない。向こうの動きを封じておいて、ノヴァルナ様のご帰還を待んだ」

 ナイドルの判断は極めて無難なものである。しかし間違いではない。そしてその堅実さを買って、ノヴァルナは師父とも言えるセルシュの後任に、このベテラン家臣を選んだのだった。
 こうしてイノス星系でノヴァルナ艦隊と、カルツェ艦隊が激しくぶつかり合う一方、惑星ラゴンではキオ・スー城と、スェルモル城、ナグヤ城の静かな睨み合いが始まったのである。

 しかしやはり恒星間通信妨害システムが解除され、ノヴァルナ艦隊と惑星ラゴンとの連絡が回復した事で、一番衝撃を受けたのは間違いなくカルツェであった。

 ノア姫からの電信は暗号ではなく平文で、カルツェの旗艦『リグ・ブレーリア』でも傍受されており、その内容に疑念を抱いたカルツェが、今度は自分から家老のミーグ・ミーマザッカ=リンが乗る『サング・ザム』へ通信を入れ、事情を問い質していたのだ。

「どういう事なんだ、ミーマザッカ!!?? なぜノア姫がわざわざ、あのような電信を交戦の只中にある兄上に入れて来る!?」

 カルツェの口調はいつになく厳しい。ノア姫からの通信を傍受してから、兄の軍の攻勢が一層強まったからだ。カルツェの『リグ・ブレーリア』の周囲でも、味方艦が被弾する閃光が幾つも輝き、その光がカルツェの強張った顔を照らし出す。

「はっ!…いえ、それは…単にノア姫様からの、激励ではないかと―――」

 口ごもるミーマザッカに、カルツェは我慢できなくなって声を張り上げた。

「見え透いた嘘を言うな!!!!」

 カルツェ・ジュ=ウォーダは凡将でもなければ、ましてや愚将でもない。ミーマザッカのそのような誤魔化しは通用しなかった。

「戦いにおいて重要なのは、状況把握だ。誤った情報で指揮をたがえるのがどれほど危険か、分からないおまえではなかろう!? 私は兄上に勝つために、正確な情報を欲しているのだ!」

「も…申し訳ございません」

 『サング・ザム』の艦橋で、ミーマザッカは観念した様子を見せ、目の前のカルツェの等身大ホログラムに頭を下げる。そして今回のノア姫誘拐計画の事を、初めてカルツェに打ち明けた。
 それを聞いたカルツェは、苦虫を嚙み潰したような表情を浮かべたあと、肩で大きく息をついた。この戦いが始まる時、兄ノヴァルナが通信で、余裕の表情もなく“ぶっ潰す”と怒りを露わにしていた理由が分かったからだ。

 ノア姫を人質に取る―――いや、ノア姫でなくとも、そういうやり方を兄が嫌うのは、手に取るように分かる。そして敵がそういう手を使った時に、兄が手段を選ばなくなるのも承知している。数ヵ月前の旧キオ・スー家が市民を人質にとるような防衛策を行った際、ノヴァルナは普段なら却下するであろう、叔父のヴァルツが提案した騙し討ちを採用したのだ。

「馬鹿な事を…」

 カルツェは眉間に皺を寄せて苦々しげにつぶやいた。ノア姫が自力で脱出に成功した今、ノヴァルナ艦隊はイノス星系に留まる事が可能となった。それゆえこの全力攻勢に出たのだろう。ここまで食い込まれては、作戦を根本から立て直さねばならない…そう考えるカルツェはしかし、まだ勝負を諦めてはいなかった。
 
「ミーマザッカ。ここからは私が指揮を執る。異存はないな?」

 いつもの冷静さを取り戻したカルツェは、そうミーマザッカに告げる。無論それに反論出来る立場のミーマザッカではない。

「ございません」

 深々と頭を下げたミーマザッカは素直に応じざるを得ない。頷いたカルツェは、指揮統制用の通信回線を開き、艦橋中央の戦術状況ホログラムを確認しながら、自ら指揮下の各戦隊司令官に指示を出した。

「こちらはキオ・スー=ウォーダ第2艦隊司令官、カルツェ・ジュ=ウォーダだ。現在、新たな作戦案を構築中である。案が完成するまで、各戦隊は星系外縁部に向けて応戦しつつ移動せよ。艦隊針路は052マイナス06とする。モルザン星系艦隊も、我の指示に従ってもらいたい」

 カルツェの命令に対し、艦橋中央の戦術状況ホログラムに、艦隊のコースが表示される。イノス星系防衛艦隊がナッツカート機動要塞と交戦している戦場の、後方を横切っていく形だ。それを見た傍らの艦隊参謀が懸念を伝えた。

「恐れながらそのコースですと、角度的にナッツカート機動要塞の、主砲の射程圏内に入る事になります。危険ではありませんか?」

 それに対してカルツェは「構わない」と短く応じて続けた。

「多少の損害を受けても、これはやらねばならない。こちらの数的優位は続いている今の戦況で、不利を挽回するにはこれしかない」


不思議なものだ―――


 この状況に追い込まれてカルツェはむしろ、自分の気持ちが晴れ晴れと高まって来るのを感じていた。ミーマザッカが勝手に仕組んだ、小細工などはもう存在しない。力と力、頭脳と頭脳の勝負である。

思えばこのような戦いこそ、自分が望んでいたものではなかったか…

策を弄する事ばかりを考える側近達の中で…

これこそが自分の求めていたものではなかったのか…

 兄ノヴァルナは、危機に際して心が躍る…と言われていると聞く。今の自分がまさにその気持ちと同じであるなら、やはり二人は血を分けた兄弟だった。そうであるなら、この状況で兄に勝ってこそ、自他ともに認めるキオ・スー=ウォーダ家の当主の座を、手に入れられるに違いない。

「針路変更急げ。BSI部隊は、味方艦隊の防御砲火圏内まで退避。統制を失う事無く、戦闘を継続せよ。それに通信参謀、イノス星系防衛艦隊に暗号命令を送ってもらいたい。内容は―――」

 そう命じる、ノヴァルナよりやや細面のカルツェの口元には、いつしか兄に似た不敵な笑みが浮かんでいた………




▶#04につづく
 
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