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第9話:退くべからざるもの
#08
しおりを挟む戦線の崩壊…カルツェ艦隊のそれは、無傷の新戦力、ウォルフベルト艦隊の出現で瞬く間に発生した。双方のビームと誘導弾が無数に行き交う中、第1宙雷戦隊の軽巡航艦が放った複数本の宇宙魚雷が、まずカルツェ艦隊の第17重巡戦隊旗艦を真っ二つにへし折る。
「ばっ! 馬鹿なぁっ!!」
目の前に噴き出した火柱に愕然とし、司令官のスケード=クァマットは最期の言葉を叫んだ。さらにノヴァルナ側のウォルフベルト=ウォーダが座乗する、第5艦隊旗艦の砲撃が、カルツェ艦隊の第7宙雷戦隊旗艦を司令官のトラッド=オルヴァクごと粉々にし、『ホロウシュ』のラン・マリュウ=フォレスタが操縦する、『シデンSC』が、横合いから仕掛けて来たカルツェ艦隊第9航宙戦隊司令、マルジェロ=サンコーの『シデンSC』を、ポジトロンパイクで袈裟懸けに両断する。
またこれに連動するように、イノス星系防衛艦隊もナルガヒルデ分艦隊とナッツカート機動要塞の挟撃に、戦力を半減させて逃走。そしてナルガヒルデ分艦隊は休む事無く、カルツェ艦隊を援護しようとしていたモルザン星系艦隊を、背後から襲撃した。
モルザン星系恒星間打撃艦隊旗艦は、ノヴァルナが頼りにしていた叔父のヴァルツも使用した戦艦『ウェルヴァルド』である。今はモルザン=ウォーダ家家老の、そしてこの計画の首謀者の一人、シゴア=ツォルドが乗るこの艦に、カーナル・サンザー=フォレスタのBSHO『レイメイFS』が襲い掛かった。
「なに!? 『レイメイFS』だと!? “鬼のサンザー”か!!」
ツォルドの種族ジェヴェット星人は赤ら顔が特徴で、ヒト種なら青ざめるところで顔色は黒みが増す。黒ずんだ顔でツォルドは叫ぶように命令した。
「近づけさせるな! 火力を集中しろ!!」
旗艦『ウェルヴァルド』の防御火器が、一斉にサンザーの『レイメイFS』を狙うが、右へ左へ、上へ下へ、まるで瞬間移動しているかのように回避運動を行う、サンザー機には掠りもしない。それどころか、サンザーの護衛に付いた六機の『シデンSC』の超電磁ライフルによって、『ウェルヴァルド』の防御火器は次々と沈黙させられていく。そして『ウェルヴァルド』の表面エネルギーシールドギリギリに取り付いたサンザーは、艦橋のある位置に超電磁ライフルの銃口を向け、冷たく言い放った。
「時流を読めぬ痴れ者。あの世で主君ヴァルツ様に詫びよ」
トリガーを三度引く『レイメイFS』。飛び出した対艦徹甲弾は艦の深部まで達すると、艦橋にいたツォルドをただの肉塊に変える。その直後、サンザーは全周波数帯通信で淡々とモルザン星系艦隊へ呼び掛けた。
「我はキオ・スー=ウォーダ家BSI部隊総監、カーナル・サンザー=フォレスタである。モルザン=ウォーダ家家老シゴア=ツォルドをいま討ち取った。モルザン星系艦隊はただちに降伏せよ。かつての厚き盟友である貴君らと戦う事を、ノヴァルナ殿下は望んでおられない」
司令官を失ったモルザン星系艦隊が戦意を喪失する他方、カルツェ艦隊はあくまでも抵抗を続けていた。複数の誘導弾を喰らって動きが鈍った『サング・ザム』を捨て、ミーグ・ミーマザッカ=リンは自分用の親衛隊仕様『シデンSC』で出撃している。
その『サング・ザム』は、ミーマザッカが二機の護衛機と共に発艦した直後、キオ・スー=ウォーダ軍第5艦隊から突撃して来た、第12宙雷戦隊の宇宙魚雷を六本も喰らって大爆発を起こした。
「おのれ! 雑魚が!!」
自らの専用艦が爆発する光景を見たミーマザッカは、怒りも露わに第12宙雷戦隊旗艦の軽巡航艦に向けて超電磁ライフルを連射する。立て続けに対艦徹甲弾弾を浴びた第12宙雷戦隊旗艦は、大きな爆発を起こした。
ミーマザッカが乗る『シデンSC』は、通常の親衛隊仕様機ではない。親衛隊仕様『シデンSC』の性能を限界まで高めた機体で、正式には『シデンSC-HV』と呼ばれる特別仕様機体である。総合性能では上級将官用BSHOには及ばないものの、重点強化箇所においては、BSHOと互角の性能を有していた。ガルワニーシャ重工が開発中のウォーダ軍次期量産型BSIユニット、『シデン・カイ』へのデータフィードバック機でもある。
そのミーマザッカ機の周囲に、配下の第4戦艦戦隊から発進した、八機の親衛隊仕様『シデンSC』が集まって来た。ミーマザッカの親衛隊だ。後方では彼等の母艦である三隻の戦艦が、キオ・スー軍の第12宙雷戦隊に対して激しく砲撃を行っている。
「ミーマザッカ様。お供致します」
親衛隊長の言葉にミーマザッカは頷いて告げた。
「うむ。我等にてノヴァルナめを討ち取る。周辺のBSI部隊も全て呼び寄せろ!…行くぞ!」
オレンジ色の重力子リングを一瞬輝かせたミーマザッカ隊は、カルツェの第3戦艦戦隊を襲っている、ノヴァルナのウイザード中隊に向かって加速を開始する。そこへキオ・スー軍のASGUL『アヴァロン』が十数機、攻撃を仕掛けて来たが、ミーマザッカの親衛隊が立ち止まる事なく、超電磁ライフルの連射によってたちまち蹴散らした。
そのカルツェは遂に座乗艦『リグ・ブレーリア』が、四本ある艦尾の重力子ノズルの内、二本を破壊されていた。半分の重力子ノズルでも超空間転移は可能だが、その転移距離も半分となってしまう。その他にもノヴァルナのウィザード中隊と第1宙雷戦隊の攻撃によって、カルツェの第3戦艦戦隊は二隻の戦艦を失っていた。
そもそも『リグ・ブレーリア』他、戦艦部隊が重力子チャージを完了させていたにも関わらず、超空間転移を行っていなかったのは、当初予定されていたモルザン星系への個別転移が、アイノンザン=ウォーダ家の参戦とモルザン星系侵攻で不可能となった事により、カルツェが転移先の判断に迷ったからであった。
そしてその僅かな隙を突いて強引に距離を詰めて来た、ノヴァルナの『センクウNX』に二本の重力子ノズルを破壊されたのだ。
またカルツェ直属のBSI親衛隊は、すでに『ホロウシュ』達によって全滅させられており、高機動戦闘でノヴァルナ達に対抗する術を奪われている。
「降伏しろ、カルツェ! どのみち半分の重力子ノズルじゃ、そう遠くまで逃げられりゃしねぇぞ!!」
迎撃に向かって来たカルツェ側の攻撃艇を、超電磁ライフルで撃ち砕きながら、ノヴァルナは全周波数帯通信で『リグ・ブレーリア』に呼び掛けた。
「く…兄上!」
ノヴァルナの声を聞き、カルツェは絞り出すように呟く。こんなはずではなかった…そんな思いが渦巻き、思わず司令官席の肘掛けを拳で叩いた。
「い、如何なされます!?」
艦隊参謀がカルツェの意志を問い質す。参謀の表情を見れば、ノヴァルナの言う通り降伏もやむなしと読み取れた。だがカルツェは諦めきれない。ミーマザッカやクラード=トゥズークの望みに沿って動いてはいたが、キオ・スー=ウォーダ家当主の座は、自分自身も望んでいたものだからだ。
「シ…シャトルを用意しろ。まだDFドライヴが可能な艦に移乗し、この星系から離脱する」
「無茶にございます!」
「そうです。危険過ぎます!!」
「この戦場の真ん中で、他艦へ移乗など出来ようはずもありません!」
慌てて止めに入る参謀達に、カルツェは苛立って声を荒げた。
「私にどうするか訊いたのは、おまえ達ではないか!! おまえ達こそ、このような時に私に献策すべきだろう!!」
そこへ再びノヴァルナからの全周波数帯通信が入る。
「どうしたカルツェ。早く降伏しろ!! こんなつまんねぇ戦いはもう終わりだ。これ以上、兵を無駄死にさせるってんなら、弟でもマジで容赦しねぇぞ!!」
そんなノヴァルナの居丈高な物言いが、殊更カルツェの癇に障った。
「誰が降伏などするものか!!」
するとその言葉に合わせたように、ノヴァルナのウイザード中隊目掛け、ミーマザッカらのBSI部隊が殺到して来る。呼び寄せたBSIや攻撃艇も加えると、その数は、ノヴァルナと『ホロウシュ』二十一機の三倍はあった。
「ノヴァルナ、覚悟!!」
ミーマザッカが叫ぶと、それを聞き咎めたノヴァルナも吼える。
「邪魔すんな、クマ野郎!!」
▶#09につづく
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