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第11話:銀河道中風雲児
#02
しおりを挟む惑星ルシナスの事件で、行程に二日の遅れが出たノヴァルナの戦闘輸送艦『クォルガルード』は、持ち前の高速航行能力を活かし、DFドライヴの回数を予定より増やして、一日の遅れを解消して二日後、中立宙域内にあるミートック星系第二惑星の、ガヌーバへ到着した。
通称“三日月の星”と呼ばれているガヌーバ…それは、この惑星を周回する衛星が球体ではなく、文字通り“三日月”のような姿の、変形した衛星だからである。
この衛星は自転しておらず、常にガヌーバの地表から三日月に見えるようになっていた。したがってこのガヌーバの夜空に月が出ていても、三日月以上には成長しないのだ。
そのガヌーバの地表。こちらは陸地面積が七割を占め、火山地帯が多い。鉱業主体の産業形態で希少金属も大量に産出されており、高いGDPで人口以上に豊かな惑星だった。当然銀河皇国の戦略的にも重要な存在であり、強力な皇国軍直轄の星系防衛艦隊が駐屯している。
そしてもう一つ、この惑星の名物は火山地帯の多い星だけに、温泉であった。
ノヴァルナ達が降り立ったのは、惑星ガヌーバ最大の都市アロスクルである。しかし最大の都市と言っても人口は三十万人ほどしかなく、ガヌーバはこの規模の都市を中心に、三~五万人程度の人口を持つ小都市が、その周囲を取り囲むように配置されていた。小都市は鉱山都市で、中心の規模の大きな都市に精製プラントや、行政府が置かれている。
ガヌーバの空は黒雲が多い。無数の活火山から立ち上る煙が、雲と混ざり合っているからだ。そしてその暗い雲の合間から覗く空は、ノヴァルナの故郷のラゴンに比べると紫がかっているように思える。
「なんか、陰気な空だぜ」
宇宙港を出るなり、ノヴァルナはガヌーバの空を見上げて言い放った。そしてその後をついて来るマリーナも、ハンカチで鼻を押さえて愚痴を零す。
「それにこの風…臭いますわ」
「硫黄の臭いですね」
そう答えたのは傍らにいた、ラン・マリュウ=フォレスタだった。
「私達フォクシア人の発祥の地フォクスーラも、火山の多い星だと聞きました」
「聞きました?…貴女はフォクスーラに行った事は無いの?」
滅多に自分達の種族について話さないランの言葉に、マリーナは興味深そうに尋ねる。その問いにランは頷いて答えた。
「はい。祖父の代から我がフォレスタ家は、一度もフォクスーラへ行った事はありません。火山が多いのもデータを見て知りました」
「あら、そうなの?」
「祖父も…父も…フォクスーラの同胞を、好んでいませんでしたので」
ランの種族フォクシア星人は、約三百年前のヤヴァルト銀河皇国とモルンゴール恒星間帝国との戦争で、敵と味方の間で寝返りを繰り返したため、今でも蔑みの目で見られる事が多い。ランの祖父はそんなフォクシア星人の過去に嫌悪感を抱き、種族の母星フォクスーラには、近付こうとしなかったのだ。
すると先を行くノヴァルナが、前を向いたままで「ラン!」と声を掛けた。
「はい」
急に呼びかけられて、僅かに目を見開くラン。
「俺の下にいる以上、おまえも、おまえのオヤジも、フォクシア人がどうとか気にする必要はねーからな」
ぶっきらぼうに言うノヴァルナだが、ランは主君のそんな気持ちに「ありがとうございます」と返答する。実際、これまでにノヴァルナが、ランやその父親のサンザーについて、“宇宙ギツネ”という、フォクシア星人を侮蔑する言葉を囁いた家臣の、胸倉を締め上げたのは一度や二度の事ではない。
ただその後ろから、こういうノヴァルナとランのやり取りを見ていた、ノアの心にさざ波が起きるのも正直なところだ。“今は何も無い”ノヴァルナとランだが、その距離感には現在でも独特なものがあって、それがノアに常日頃から、ノヴァルナの心を掴んでおかなければ…と思わせているのだった。
「さ、早く行こ」
俄かに起きたささやかな嫉妬心から、ノアは速足で進み出て、ノヴァルナと腕を組んだ。ノアにしては珍しい人前での行動に、ノヴァルナは些か虚を突かれた表情で、「お…おう」と口ごもりながら応じ、キノッサを呼びつける。
「キノッサ!」
「へえぇーい!」
小走りでやって来たキノッサは、ノヴァルナの前で片膝をついた。
「このあとの段取りは?」
今回の旅の訪問先や宿泊先を手配したのは、キノッサであった。ノヴァルナの配下となってこの三年間、地道な仕事を続けて来た。今回の仕事も地味と言えば地味であるが、それでも主君ノヴァルナの皇都行き行程の、全てを任されているのであるから、これも出世と言える。
「はい。このアスロクルから、衛星都市の一つ、南にあるバンクナス大火山の麓にある、ザブルナルへ向かいます。そこに温泉宿を予約しておりますので、これが実にいい穴場でして、まず景色が何より素晴らしく―――」
キノッサの玉に瑕なのは、このやたら饒舌なところだった。ノヴァルナは、またか…という顔をして話を進めさせた。
「わかったわかった。いいから、車を用意して来い」
ここに来る前の惑星ルシナスでは、『クォルガルード』で留守番をしていた外務担当家老のテシウス=ラームだが、今回は温泉と言う事でノヴァルナが連れ出したのだ。ただラームはノヴァルナ達のようにバイクには乗れないので、現地で車を借りる事にしていた。
車にはラームの他にマリーナとフェアン、急遽旅に連れて来られてバイクの無い『ホロウシュ』のイーテス兄弟と、キノッサが同乗。そして自分のバイクがあるノヴァルナらは、『クォルガルード』からバイクを降ろして現地を目指した。
惑星ガヌーバの景色は赤茶けた大地、点在する森林、これに銀色の機械的な印象を与える都市、灰黒色の曇り空。そして中央都市アスロクルから目指すザブルナルまでは、一直線に高速道路と高速鉄道が伸びている。
そのザブルナルの方向には巨大な火山があり、頂上からうっすらと煙をたゆらせていた。今しがたキノッサが口にしたバンクナス大火山だ。標高は五千メートルを越えており、頂上に至るまでにも幾つかの火口が存在するようである。
自分達を狙っている者達、つまりキネイ=クーケン率いるイースキー家陸戦隊の存在を、惑星ルシナスで知ったノヴァルナだが、キヨウ行きを中止する気はなかった。今のオ・ワーリと周辺宙域の情勢を鑑みれば、次にキヨウへ出向く事が出来るタイミングなど、いつ訪れるか分からない。
それに、どうせ今回襲撃を受けたのであれば、機会を改めても、また襲撃される可能性が高い。そこまでキヨウ行きにノヴァルナがこだわるのは、今の銀河皇国中央の現状を自分の目で確かめる事が、幾つかの懸案も含め、ウォーダ家の将来的な展望に繋がると考え始めていたからでもあった。
▶#03につづく
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