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第11話:銀河道中風雲児
#01
しおりを挟むイースキー家次期当主オルグターツの側近にして愛人である、ビーダ=ザイードとラクシャス=ハルマ。どちらもまだ二十一歳ながら、オルグターツの側近では筆頭を務めていた。
オルグターツの倒錯的な性癖を反映し、どちらも容姿は美しいがビーダ=ザイードは女装した男性で、ラクシャス=ハルマは男装した女性という出で立ちである。
二人とも武家階級『ム・シャー』の出身だが、その見た目で早くからオルグターツに気に入られ、寵愛を重ねた結果、ほとんど戦場に出てはいないにも拘わらず、現在の地位にいた。
キネイ=クーケン率いるノヴァルナ殺害部隊が乗る、仮装巡航艦『エラントン』がアンソルヴァ星系最外縁部でランデブーしたのは、そのビーダとラクシャスが乗る『エラントン』と同型の仮装巡航艦、『ワーガロン』である。
『エラントン』に横づけした『ワーガロン』から乗り込んで来た、ビーダとラクシャスを出迎えるため、エアロック前で待機するクーケン達は、不快感をどうにか抑えていた。
二重扉が開くと同時に、まず『ワーガロン』側から流れ込んで来た、コロンの強い匂いにクーケンは眉をひそめる。続いて姿が現れる一組の若い男女。
「はじめまして…で宜しかったかしら?隊長」
ライトブラウンの長髪は縦ロールが巻かれ、紫のアイシャドウと紫のルージュを施した、女装姿のビーダが口元を指先で押さえながら女性口調で挨拶する。別の世界で“和装”と呼ばれるものに似た衣装は、赤を基調にした細かい花柄を幾重にも重ねており、永久脱毛を施した白い肌の露出度が高い。
対するラクシャスは女性ながらスキンヘッド。アイスブルーのルージュにライトグリーンのスーツ姿。その上着は素肌の上から直接着ているように見え、大きく開けた胸部には、豊かな胸の谷間に、サファイアの濃い青が引き立つ銀のペンダントを下げていた。
「我等はオルグターツ様の名代として来た。指示に従ってもらうぞ、隊長」
ビーダと対照的に男性口調で冷淡に告げるラクシャス。噂に聞くとベッドの中でオルグターツが求めるのも、ビーダには受け身、ラクシャスには攻め手らしい…などと思い出したくもない情報まで思い出し、「了解しました」と応じるクーケンの顔はなおさら引き攣る。そのようなクーケンの気もよそに、ビーダは体をしならせながら笑顔と共に自慢げに言う。
「念のためにぃー、追加の陸戦隊と、BSIユニットも積んで来たわよぉ。これでノア姫様と、“大うつけちゃん”の妹達は頂きよね」
ノヴァルナのことを“大うつけちゃん”という、ふざけた言い方で呼ぶビーダ。一方のラクシャスは男性口調で、冷淡に問い質した。
「まさか貴様ら…オルグターツ様からの命令に反し、ノア姫や妹達ごと、ノヴァルナを始末しようとしてたのではなかろうな?」
ラクシャスの詰問に、クーケンは内心で舌打ちしながら誤魔化した。
「いえ…決して、そのような事は」
以前にも述べたように、主君ギルターツ=イースキーからの命令は、ノヴァルナの殺害が全てであり、二年前のようにノア姫の拉致は含まれてはいない。それをギルターツの嫡男オルグターツは、ノア姫だけでなく、ノヴァルナの二人の美しい妹達まで、捕らえる事を命じていたのだ。
ところがクーケンは実際に作戦を実行してみて、ノヴァルナの護衛に付く『ホロウシュ』達の能力の高さを知り、オルグターツからの命令を放棄。ノア姫や妹達ごとノヴァルナを殺害してしまうように、方針を変更したばかりだった。
「…ふん。ならいいが、怠慢は許さんぞ、クーケン少佐」
実戦経験のあるクーケンからすれば、正直、口先だけのラクシャスの強い口調で偶然にも正鵠を射られるのは、気分のいいものではない。だがクーケンは素知らぬ振りで応じた。
「わかっております…」
こうなると分かっているとしたら、今回の惑星ルシナスでノヴァルナを取り逃していたのは、クーケン達にとってはむしろ幸運だと言える。ビーダ達の到着ははっきり言ってタイミングが遅く、もし目的を殲滅に変更したあの作戦が成功していた場合、ノア姫や妹達も死んでいたはずで、あとでオルグターツからどのような仕打ちを受けていたかは、分からなかったからだ。クーケンはこの作戦で、ノア姫やノヴァルナの妹達を手に入れる事に対し、寵臣の二人を派遣するほど、オルグターツが執着しているとは思っていなかったのである。
ビータ=ザイードの話によれば、クーケン達の作戦が成功した場合に備え、彼等はオルグターツが所望しているノア姫やノヴァルナの妹達を、彼等の母船『ワーガロン』へ収容して、オルグターツのもとへ連れて行くために派遣されたのであり、陸戦隊やBSIユニットを積んだのは、万が一の場合に備えてのものであった。
司令部への報告を伝える暗号通信を傍受したのか、ビーダは露出の多い肢体をくねらせながら問い掛けて来る。
「それでぇ?…“大うつけちゃん”の、次の目的地はどこかしらぁ?」
「キオ・スー家からの情報によれば、ミートック星系第二惑星の、ガヌーバとなっておりますが…」
クーケンがそう答えるとビーダは、ふふん…と鼻を鳴らし、その真意を伝えるようにラクシャスが告げる。
「じゃあ、そこはパスして、その次の目的地を狙いましょう」
ビーダが勝手に指示を出すと、ラクシャスが同意する。
「そうだ。次の目的地で何も起きなければ、奴等にも多少なりとも油断が出来るだろうからな。そこでその次の立ち寄り先で襲撃し、ノア姫達を捕らえるのだ」
素人が!…と、クーケンは罵りたくなった。そのような事で油断をするようなノヴァルナ達であれば、苦労はしないだろう。ビータの“大うつけちゃん”という言い方を聞けば分かるように、この二人のノヴァルナに対する評価は、旧態依然であるように思われた。
しかしノヴァルナへの軽評価に対し、翻意を促す進言をしても、おそらく二人は聞く耳はもたないだろう…と、クーケンは思う。それを聞く耳を持つようなら、家中に悪評など立とうはずがないからだ。
「じゃあ早速、次の次の目的地…えっと、あら?…何処だったかしら?」
ビーダの問いに、クーケンは感情を押し殺した声で捕捉した。
「レンダ星系第三惑星リスラントです」
「ああ、そうそう。リスラントだったわね。そこに向かいましょう。うふ、そこで罠を張って、大うつけちゃん達を待ち伏せするの」
気楽な態度で命令を下すビーダ。首を振る度に、かんざしの飾りのようなイヤリングが、シャラシャラと微かな金属音を響かせる。それに続いてラクシャスが付け加えた。
「我々はノア姫とノヴァルナの妹達を狙う。少佐の隊はギルターツ様の命令通り、ノヴァルナの殺害を果たせ。双方の目的に通じる事案であれば協力する」
結局はそういう事か…と、クーケンは内心で顔をしかめる。つまりいざとなったらビーダとラクシャス達は、ノヴァルナの殺害よりノア姫達の拉致を、優先して来るに違いない。そして逆に言えば、ノア姫達を手に入れるためなら、こちらの作戦を妨害して来る可能性もあるという事だった。
憂鬱になりそうな感情を隠し、クーケンは冷静そのものに返答する。
「了解しました。では、惑星リスラントに向かいましょう」
こうしてイースキー家の二隻の仮装巡航艦は、ノヴァルナ達への待ち伏せの罠を仕掛けるため、惑星リスラントを目指しアンソルヴァ星系を去って行った………
▶#02につづく
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