228 / 508
第11話:銀河道中風雲児
#16
しおりを挟む三日月の星、ガヌーバ。その呼び名の元となっている、三日月型の特異な姿をした衛星。そこにアクレイド傭兵団の中継基地があった。大きくカーブした衛星の内側に蜘蛛が巣を張ったような形状で、十本の太いワイヤーが中央の基地本体を引っ張り、中空に固定している。
そこへガヌーバの地表から発進して来た貨物船が接近する。基地の反対側には、飛来した貨物船の三倍ほどはある、より大型の貨物船が停泊し、何らかの荷が入ったコンテナの積み込みを行っていた。
到着した貨物船はドッキング・ベイに接舷し、早速コンテナを降ろし始めた。大型貨物船が積み込んでいるのと同じコンテナであり、ここで積み替えを行っていると知れる。
そして荷下ろしを始めた貨物船からエアロックに姿を現したのは、レバントンであった。二人の手下を連れている。手動のドアを手下に開けさせ、積み下ろし作業場に出たレバントンを、十人ほどの男が待ち受けていた。
一人はグレーに染めたスーツ姿の痩身、初老で杖をついている。あとはパイロットスーツの男達。ただそのパイロットスーツに統一性は無く、個々に持ち寄った感がある。おそらく傭兵であろう。
「ご無沙汰しております、ブラカ様」
スーツの初老男性に歩み寄ったレバントンは、恭しく頭を下げた。
「久しいな、レバントン」
ブラカと呼ばれた初老の男は、無表情で言葉を返す。
「陸戦型『ミツルギ』…よもやブラカ様に、お届け頂けるとは」
そう言ってレバントンが振り向いた視線の先には、大型貨物船が積んで来たと思われる、BSIユニット『ミツルギ』が片膝をついた姿で十機も置かれていた。どれも塗装はバラバラで、部分的に仕様も違うようだ。ただこれはアクレイド傭兵団のように、戦場跡で拾って来たり、横流し品や廃棄品を再生したものを使う、傭兵部隊ではよく見られる光景である。
「まさかな。ここで積んだコンテナを、ナナージーマ星系に届けるというので、便乗させてもらったまでだ」
「なるほど。この荷と共にブラカ様も、ご使者としてナナージーマに…ケーニルス宗大師猊下はカガンに続き、本格的にナナージーマ星系をご支援なさるというわけですか…イーゴン教団との連携を考えると、その次はヒーエイス星系辺りでしょうかな?」
「………」
レバントンの問いにブラカは返答する事無く、無言で見据える。その意味に気付いたレバントンは、畏まって頭を下げた。
「これは失礼しました」
ブラカはやや大きく息を吐くと、レバントンに忠告する。
「本営統帥部の方針に、迂闊に探りを入れるのは、身の危険だと思え」
「は…申し訳ございません」
一つ頷いたブラカは、さらにレバントンに告げた。
「それよりも、貴様は例の峡谷を手に入れる事に集中しろ。もはや予定期限はとうに過ぎていると言うではないか。遅れているのは我等が勢力圏でも、ここだけだと聞くぞ…」
ノヴァルナはその日の午後、二人の妹を『クォルガルード』へ送って行った。入手したあの地下資源データを、『クォルガルード』のコンピューターでもう一度解析し、謎のプロテクトが何を隠すものなのかを探るためだ。
テシウス=ラームが残るため、来る時に使用した反重力車は使わず、バイクでの移動である。ノヴァルナはマリーナ、ノアはフェアンをタンデムシートに乗せて、『ホロウシュ』のランとササーラ。それにキュエル、ジュゼ、キスティス。ノアの護衛のカレンガミノ姉妹が同行する形だった。
共同駐車場でノヴァルナ達を見送ったのは、ラームとキノッサの二人だけだ。アルーマ天光閣にはあとの『』ホロウシュ』の、ハッチ、モ・リーラとイーテス兄弟が残り、昨日のいざこざでレバントンらが、天光閣に対して実力行使を仕掛けて来た場合に備えている。
天光閣へ向かう川沿いの道を歩きながら、ラームは軽く頭を振った。
「いやぁ…また、面倒な事に巻き込まれたもんだ」
ため息交じりに零すラームに、キノッサは苦笑いを浮かべて応じる。
「なんなんスかねぇ…ノヴァルナ様は。ご自分からトラブルを呼び込む運命?…みたいな?」
「ハハ…キノッサくん、それは不敬というものだよ」
テシウス=ラームは文官上がりの家老であるため、人当たりが柔らかい。また年齢的にも三十代後半で、今回の旅では年長者として、ノヴァルナ達を見守るような立場でもあった。
「はぁ。ラーム様はお優しいですねぇ。『ホロウシュ』の皆さんは、トゲトゲしてばっかだってーのに」
「それはみんな、若いからだよ。それにノヴァルナ様をお守りする役目であれば、つい気を張ってしまうのも、当たり前だと思うね」
「そんなもんスかねぇ…」
「そう言うキノッサくんも、なかなか頑張っているじゃないか。キオ・スー城の修理の補佐をした時も、ナイドル様が褒めていたよ。よく気が付いて、よく動いてくれる!…とね」
ラームの言葉に照れたキノッサは、「いやぁ~」と言いながら頭を掻く。人を褒める事はあっても、褒められる事には慣れていないらしい。とその時、キノッサのさほど大きくない眼に、人が殴られる光景が飛び込んで来た。前方百数十メートルほどの、石段を下りた河原が現場だ。
キノッサがよく見れば、昨日、天光閣のエントランスホールで鉢合わせし、挨拶を交わした若い女性と二人の成人男性が、六人の男に絡まれているのだった。いま殴られたのは、若い女性の連れの男の片方である。絡んでいる男達は、昨日ノヴァルナらが撃退したのと同じような、ならず者に見えた。
“あれ…は…”
緊張感が走るキノッサ。背後でラームが声を上げる。
「大変だ。通報を!」
その直後、若い女性のもう一人の連れの男も、ならず者の一人に殴り倒された。残った若い女性の手首を、別のならず者が鷲掴みにして引きずって行こうとする。
キノッサは両手が震えるのを自覚した。喉が渇いていくのも。怖いと思う。自分はまだ誰からも武人と認められていない。その評価は正しいと思わざるを得ない、自分自身の肉体的な反応だった。ASGULパイロットとして戦場に出た事もあるが、いつも生き延びるので精一杯だ。
だが目の前で、あの子が連れ去られようとしている―――
「た…たた、助けなきゃ!」
自分に言い聞かせるように言うキノッサ。呟きにしては大きなその声に、ラームが背後から呼び掛ける。
「キノッサくん!」
「ラーム様はここで、ハッチ様達に連絡を!」
それだけ言い残してキノッサは駆け出した。ならず者達に向かって。
「やめてっ! やめてってば!!」
悲痛な声を上げる女性。連れの男性二人は彼女を守る事が出来ず、河原の石ころの上に倒れて呻いている。一人は腹を両手で押さえ、もう一人はひどい鼻血だ。
「へへへッ…さぁあ、あっちの岩陰で楽しもうじゃねぇかあ!」
「みんなで、可愛がってやっからよぉ!」
下劣な欲望丸出しの表情で、女性を取り囲むならず者達。その光景に、まだ僅かばかりいる温泉郷の利用客は、怯えて身を隠すばかりである。
「いやぁっ! 助けてっ!!!!」
必死に抵抗する女性の髪を、ならず者の一人が荒々しく掴んで、河原に引き倒した。そして厳つい顔を歪めて仲間に提案する。
「めんどくせぇ。ここでヤッちまうか? ヘッヘヘヘ…」
しかし次の瞬間、その男の側頭部に飛んで来た石つぶてが激突。男は「ギャッ」と喚いてひっくり返った。その倒れた男を驚いて見下ろす仲間。そこに小柄な体に似合わず、大声で怒鳴りながら走って来る猿顔の若者。キノッサだ。
「待てぇえッ!! おまえら、許さんぞーーー!!!!」
ただその怒鳴り声は緊張によって些か上擦り、迫力に欠けた。ノヴァルナや『ホロウシュ』のように、怒鳴り慣れていないのもあるだろう。
「なんだ? あのチビ」
人相の悪いならず者がキノッサを振り向く。その一人の、今度は眉間に石つぶてが命中し、ならず者は「いてぇええ!!」と叫んで、顔を両手で抱えながら倒れた。ただ機先を制されたならず者達も、これで体勢を立て直す。
「ぉらあっ! ぶっ殺されてぇか、チビ!」
キノッサはそれには応じず、代わりに河原の石を引っ掴んで投げつけた。しかしこれは当たらない。ならず者達は一斉に、キノッサ目掛けて走りだす。その圧迫感にキノッサは逃げ出したくなったが、必死に踏みとどまって、新たな石つぶてをならず者達へ投擲する。その石を先頭の男が避ける隙を突き、キノッサは自分からならず者達に突っ込んで行った。
▶#17につづく
0
あなたにおすすめの小説
クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?
青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。
最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。
普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた?
しかも弱いからと森に捨てられた。
いやちょっとまてよ?
皆さん勘違いしてません?
これはあいの不思議な日常を書いた物語である。
本編完結しました!
相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです!
1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ゲームコインをザクザク現金化。還暦オジ、田舎で世界を攻略中
あ、まん。@田中子樹
ファンタジー
仕事一筋40年。
結婚もせずに会社に尽くしてきた二瓶豆丸。
定年を迎え、静かな余生を求めて山奥へ移住する。
だが、突如世界が“数値化”され、現実がゲームのように変貌。
唯一の趣味だった15年続けた積みゲー「モリモリ」が、 なぜか現実世界とリンクし始める。
化け物が徘徊する世界で出会ったひとりの少女、滝川歩茶。
彼女を守るため、豆丸は“積みゲー”スキルを駆使して立ち上がる。
現金化されるコイン、召喚されるゲームキャラたち、 そして迫りくる謎の敵――。
これは、還暦オジが挑む、〝人生最後の積みゲー〟であり〝世界最後の攻略戦〟である。
死んだはずの貴族、内政スキルでひっくり返す〜辺境村から始める復讐譚〜
のらねこ吟醸
ファンタジー
帝国の粛清で家族を失い、“死んだことにされた”名門貴族の青年は、
偽りの名を与えられ、最果ての辺境村へと送り込まれた。
水も農具も未来もない、限界集落で彼が手にしたのは――
古代遺跡の力と、“俺にだけ見える内政スキル”。
村を立て直し、仲間と絆を築きながら、
やがて帝国の陰謀に迫り、家を滅ぼした仇と対峙する。
辺境から始まる、ちょっぴりほのぼの(?)な村興しと、
静かに進む策略と復讐の物語。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
老聖女の政略結婚
那珂田かな
ファンタジー
エルダリス前国王の長女として生まれ、半世紀ものあいだ「聖女」として太陽神ソレイユに仕えてきたセラ。
六十歳となり、ついに若き姪へと聖女の座を譲り、静かな余生を送るはずだった。
しかし式典後、甥である皇太子から持ち込まれたのは――二十歳の隣国王との政略結婚の話。
相手は内乱終結直後のカルディア王、エドモンド。王家の威信回復と政権安定のため、彼には強力な後ろ盾が必要だという。
子も産めない年齢の自分がなぜ王妃に? 迷いと不安、そして少しの笑いを胸に、セラは決断する。
穏やかな余生か、嵐の老後か――
四十歳差の政略婚から始まる、波乱の日々が幕を開ける。
ソラノカケラ ⦅Shattered Skies⦆
みにみ
歴史・時代
2026年 中華人民共和国が台湾へ軍事侵攻を開始
台湾側は地の利を生かし善戦するも
人海戦術で推してくる中国側に敗走を重ね
たった3ヶ月ほどで第2作戦区以外を掌握される
背に腹を変えられなくなった台湾政府は
傭兵を雇うことを決定
世界各地から金を求めて傭兵たちが集まった
これは、その中の1人
台湾空軍特務中尉Mr.MAITOKIこと
舞時景都と
台湾空軍特務中士Mr.SASENOこと
佐世野榛名のコンビによる
台湾開放戦を描いた物語である
※エースコンバットみたいな世界観で描いてます()
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる