銀河戦国記ノヴァルナ 第2章:運命の星、掴む者

潮崎 晶

文字の大きさ
229 / 508
第11話:銀河道中風雲児

#17

しおりを挟む
 
「とぉああああああ!」

 叫び声を発しながらながら突っ走ったキノッサは、相手のならず者達と接触する直前になって、体を丸めて河原を転がった。地面を埋め尽くす石ころが背中に痛みを与える。だがこれも小柄なキノッサの作戦だ。先頭を走って来ていたならず者が足を掬われ、倒れ込んだ。

「うわっ!」

「このチビ!」

 出鼻を挫かれ、混乱を見せたならず者達。

「やるッスよぉ!!」

 この機を逃さず、キノッサは両手に石を掴んで素早く立ち上がる。そしてその手に掴んだ石を前面にし、ならず者達が殴り掛かるより早く、相手の向う脛にガツンと打ち付けた。

「ギャッ!」

 悲鳴を上げてうずくまるならず者。キノッサはさらに、別の一人の股間を、石を握った手で殴り上げる。

「げぇえッ!!」

 白目をむいて突っ伏す敵。そこからキノッサはまた別の相手を狙った。掴み掛る相手の腕を間一髪で擦り抜け、前屈みの姿勢になった相手の顔面を石で殴る。卑怯だと思われても構わない。闘い…いやいくさとは、問題解決の手段としてそれを選択した以上、勝つことが全てなのがキノッサの信条だ。この若者にすれば戦場で美しい負けなど必要は無い。

「次、いくッス!!」

 ここまで六人中四人を退けたキノッサは、傘に着てさらに次の相手を倒そうと、振り向く。ところがそこへ、五人目の相手が振り抜いた脚の爪先があった。

「!!」

 瞬時に危険を察知するキノッサ。だがそれを回避するには、神の眼と反射神経が必要であった。そして無論、キノッサにそのような持ち合わせは無い。胃の辺りにめり込む相手の爪先の衝撃に、キノッサは双眸を見開く事しか出来なかった。

「ぐえっ!…」

 激痛に包まれた体が宙に浮く。だがキノッサにそれを精神から遮る術はない。宙に浮く視界に一瞬、自分が助けようとした女性―――天光閣のエントランスホールで挨拶を交わした、可愛らしい女性の怯えた顔が映り込む。

「けへへ。なんかすばしっこいチビだな。まるでサルだぜ!」

 キノッサの腹を蹴り飛ばした相手が、小馬鹿にしたように言う。

「だがなぁ。非力なんだよォ!」

 必死に立ち上がろうとしていたキノッサは、自分が石で殴りつけた四人が、早くも立ち上がって来るのを見て、ほぞを噛む思いに囚われた。五人目だった相手の言う通りだ。股間を殴りつけた相手以外には、ほとんどダメージを受けた後の様子を感じられない。つまりは不意を衝いただけで、戦意を喪失するほどの、肉体的なダメージは与えられていなかったという事だ。

「ナメた真似しやがって、チビザルが!…ただじゃ、おかねぇからなぁ!!」

 多少はふらつきながらも、倒されたはずのならず者が、キノッサの背後を取り囲んで退路を断つ。素早さでは『ホロウシュ』にも引けを取らない、と豪語していたキノッサだったが、裏を返せばその他の身体能力では、『ホロウシュ』の足元にも及ばないという意味であった。
 
「な…なんのなんの。これからッスよぉ!」

 胃を蹴られた嘔吐感を飲み下し、キノッサは自分自身を励ますように、力強く言い放った。そして間髪入れずに、一番近くにいたならず者に飛び掛かる。だが態勢を立て直したならず者達に、同じような奇策は通用しない。

「ナメんじゃねぇ!!」

 突っ込んで来たキノッサをスルリとかわし、ならず者は後ろに回り込んで着衣の襟を掴むと、力任せに前へ引き戻した。ハッ!と振り向くキノッサの、左の頬に拳が叩き込まれる。

「ぶッ!!」

 打撃を喰らったキノッサの顔が歪む。しかしキノッサは怯まず、相手の脚にしがみつくとタックルで押し倒した。すかさず手に握った石で、倒した相手の額を殴りつける。「ウアツ!」と呻いた相手は額を両手で押さえて顔をそむけた。そこへ第二撃を加えようとするキノッサ。だがそのような執着は、多対一の今の状況では誤判断でしかない。二撃目を放つために石を握る腕を振り上げた瞬間、その背中を別のならず者が強烈に蹴りつけた。

「!!!!」

 河原に顔面から転がるキノッサ。顔のそこかしこに擦過傷が生じる。すると今度はもう一人のならず者が、うつ伏せになったキノッサの脇腹を、えぐるように蹴って来た。「ウウッ!…」と、息が詰まったキノッサは呻き声を漏らす。痛みで上げた顔の双眸が、視界の片隅で身をすくめたままの、自分が助けようとしている女性の姿を捉えた。

「なにしてるッスか!? 早く逃げ―――」

 その言葉を言い終える前に、また別のならず者が、キノッサの背中を荒々しく踏みつける。さらにもう一人が着衣の両肩を掴んで、力ずくで立ち上がらせると、一方の手で拳を作り、顔を殴りつけた。

 するとキノッサの声で我に返った女性は、立ち上がって走り出す。ちょうどそこへ、様子を見ていたテシウス=ラームが駆けつけて来た。顔にあざを作ったキノッサがラームに向けて叫ぶ。文官家老のラームに、ならず者達と格闘させる事など、間違ってもあってはならない。

「ラーム様。その人を頼んます!!」

 直後に再び殴られるキノッサ。ラームは腕を伸ばして女性を迎える。

「お嬢さん、こっちへ!」

 それを見たならず者の一人が、ラームと女性を追いかけた。二人を河原の端の大きな岩が並ぶ岩場へ追い込もうとする。

“なんとかしなきゃ!”

 キノッサはこの窮地の中で必死にあがいた。自分の襟を締め上げている、ならず者の股間を蹴って退かせると、ラームと女性を助けに行こうとする。そこに飛んで来るならず者の膝蹴り。丸太で殴られたような衝撃を、キノッサは胸板にまともに喰らった。しかし吹っ飛ばされたもののすぐに踏みとどまって、なおも二人のもとへ向かいかける。だがその小柄な体は、すぐにならず者達に引き倒された。

「待てや、おるァ!!」
 
 キノッサの首に後ろから巻き付く、ならず者の太い腕。キノッサは咄嗟にその腕に噛みついた。

「いてててぇッ!!!!」

 キノッサを拘束していた腕を放し、噛まれた箇所をもう一方の手で押さえて後ずさるならず者。他のならず者達がキノッサを取り押さえようと掴みかかるが、持ち前の身軽さでその悉くを回避したキノッサは、僅かに走り出て、ラームと女性に詰め寄って行くならず者と距離を縮め、相手を殴打するために握っていた石を、思い切り投げつけた。

 イチかバチかで投擲した石は、見事、ラームと女性を追い詰めていたならず者の無防備な後頭部に命中。衝撃で脚がふらついた相手は河原の石にバランスを崩し、頭から倒れて岩場の突き出た岩石にぶつかった。昏倒するならず者。その隙にラームと女性は岩場の前から離れる。

“やった。上手くいった!”

 安堵するキノッサだったが、それも束の間、すぐに横っ面を殴りつけられて、河原の上を吹っ飛んだ。

「このクソチビィっ!! 調子に乗るんじゃねぇ!!」

 河原に転がったキノッサが立ち上がる前に、五人のならず者が周りを取り囲み、一斉に踏みつけ始める。ドカドカドカと重い痛みが全身を襲い、キノッサは体を丸めた状態で身動きが出来なくなった。

「ゴミが! 格好つけやがって!!」

「ヒーロー様のつもりかよ!!」

「踏みつぶしてやんよ、オラァアアッ!!」

 浴びせられる罵声と、踏みつけられる痛みの中、キノッサは途切れ途切れの意識の中で思った。



“てへへ…こんなトコでなにやってんスかねぇ、俺…ノヴァルナ様に仕え…『ム・シャー』を目指して…もっと要領よく生きるつもりが…こんな…なんの得にもなんない事で、エライ目に………”



 意識が混濁したキノッサを、気が済むまで袋叩きならぬ袋蹴りにしたならず者達は、その小柄な体を持ち上げた。キノッサの投げた石が後頭部に命中したならず者も、すでに復帰している。

「おい。このチビ、川に放り込んじまおうぜ」

「こんだけ痛めつけた後じゃ、死んじまうかもしれねーぞ」

「はん、いいさ。レバントンさんからは、もう手加減の必要はねぇって、お達しを貰ってるからな」

 その言葉でならず者達は、アルーマ峡谷の中心を流れる川辺へ運び始めた。朦朧とした頭でキノッサは、ならず者達の言葉に同意する。

“確かに…死んじまうな、こりゃあ………”

 こんな犬死には、ノヴァルナ様だって評価はしてくれないだろう。いやそれ以前に、こんなトコで死にたくはない。

“し…死にたくないッス!………”

 川の流れる音が近づく。とその時突然、キノッサの聞き覚えのある声が、複数聞こえて来た。

「待てや、てめーらァッ!!!!」

「何してやがる、コラァ!!!!」

 それは『ホロウシュ』のハッチとモ・リーラの叫び声だ。ラームの通報で駆けつけて来たのだ。キノッサが顔を向けると、イーテス兄弟の姿もあった。




▶#18につづく
 
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ゲームコインをザクザク現金化。還暦オジ、田舎で世界を攻略中

あ、まん。@田中子樹
ファンタジー
仕事一筋40年。 結婚もせずに会社に尽くしてきた二瓶豆丸。 定年を迎え、静かな余生を求めて山奥へ移住する。 だが、突如世界が“数値化”され、現実がゲームのように変貌。 唯一の趣味だった15年続けた積みゲー「モリモリ」が、 なぜか現実世界とリンクし始める。 化け物が徘徊する世界で出会ったひとりの少女、滝川歩茶。 彼女を守るため、豆丸は“積みゲー”スキルを駆使して立ち上がる。 現金化されるコイン、召喚されるゲームキャラたち、 そして迫りくる謎の敵――。 これは、還暦オジが挑む、〝人生最後の積みゲー〟であり〝世界最後の攻略戦〟である。

死んだはずの貴族、内政スキルでひっくり返す〜辺境村から始める復讐譚〜

のらねこ吟醸
ファンタジー
帝国の粛清で家族を失い、“死んだことにされた”名門貴族の青年は、 偽りの名を与えられ、最果ての辺境村へと送り込まれた。 水も農具も未来もない、限界集落で彼が手にしたのは―― 古代遺跡の力と、“俺にだけ見える内政スキル”。 村を立て直し、仲間と絆を築きながら、 やがて帝国の陰謀に迫り、家を滅ぼした仇と対峙する。 辺境から始まる、ちょっぴりほのぼの(?)な村興しと、 静かに進む策略と復讐の物語。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

老聖女の政略結婚

那珂田かな
ファンタジー
エルダリス前国王の長女として生まれ、半世紀ものあいだ「聖女」として太陽神ソレイユに仕えてきたセラ。 六十歳となり、ついに若き姪へと聖女の座を譲り、静かな余生を送るはずだった。 しかし式典後、甥である皇太子から持ち込まれたのは――二十歳の隣国王との政略結婚の話。 相手は内乱終結直後のカルディア王、エドモンド。王家の威信回復と政権安定のため、彼には強力な後ろ盾が必要だという。 子も産めない年齢の自分がなぜ王妃に? 迷いと不安、そして少しの笑いを胸に、セラは決断する。 穏やかな余生か、嵐の老後か―― 四十歳差の政略婚から始まる、波乱の日々が幕を開ける。

ソラノカケラ    ⦅Shattered Skies⦆

みにみ
歴史・時代
2026年 中華人民共和国が台湾へ軍事侵攻を開始 台湾側は地の利を生かし善戦するも 人海戦術で推してくる中国側に敗走を重ね たった3ヶ月ほどで第2作戦区以外を掌握される 背に腹を変えられなくなった台湾政府は 傭兵を雇うことを決定 世界各地から金を求めて傭兵たちが集まった これは、その中の1人 台湾空軍特務中尉Mr.MAITOKIこと 舞時景都と 台湾空軍特務中士Mr.SASENOこと 佐世野榛名のコンビによる 台湾開放戦を描いた物語である ※エースコンバットみたいな世界観で描いてます()

処理中です...