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第11話:銀河道中風雲児
#17
しおりを挟む「とぉああああああ!」
叫び声を発しながらながら突っ走ったキノッサは、相手のならず者達と接触する直前になって、体を丸めて河原を転がった。地面を埋め尽くす石ころが背中に痛みを与える。だがこれも小柄なキノッサの作戦だ。先頭を走って来ていたならず者が足を掬われ、倒れ込んだ。
「うわっ!」
「このチビ!」
出鼻を挫かれ、混乱を見せたならず者達。
「やるッスよぉ!!」
この機を逃さず、キノッサは両手に石を掴んで素早く立ち上がる。そしてその手に掴んだ石を前面にし、ならず者達が殴り掛かるより早く、相手の向う脛にガツンと打ち付けた。
「ギャッ!」
悲鳴を上げてうずくまるならず者。キノッサはさらに、別の一人の股間を、石を握った手で殴り上げる。
「げぇえッ!!」
白目をむいて突っ伏す敵。そこからキノッサはまた別の相手を狙った。掴み掛る相手の腕を間一髪で擦り抜け、前屈みの姿勢になった相手の顔面を石で殴る。卑怯だと思われても構わない。闘い…いや戦とは、問題解決の手段としてそれを選択した以上、勝つことが全てなのがキノッサの信条だ。この若者にすれば戦場で美しい負けなど必要は無い。
「次、いくッス!!」
ここまで六人中四人を退けたキノッサは、傘に着てさらに次の相手を倒そうと、振り向く。ところがそこへ、五人目の相手が振り抜いた脚の爪先があった。
「!!」
瞬時に危険を察知するキノッサ。だがそれを回避するには、神の眼と反射神経が必要であった。そして無論、キノッサにそのような持ち合わせは無い。胃の辺りにめり込む相手の爪先の衝撃に、キノッサは双眸を見開く事しか出来なかった。
「ぐえっ!…」
激痛に包まれた体が宙に浮く。だがキノッサにそれを精神から遮る術はない。宙に浮く視界に一瞬、自分が助けようとした女性―――天光閣のエントランスホールで挨拶を交わした、可愛らしい女性の怯えた顔が映り込む。
「けへへ。なんかすばしっこいチビだな。まるでサルだぜ!」
キノッサの腹を蹴り飛ばした相手が、小馬鹿にしたように言う。
「だがなぁ。非力なんだよォ!」
必死に立ち上がろうとしていたキノッサは、自分が石で殴りつけた四人が、早くも立ち上がって来るのを見て、ほぞを噛む思いに囚われた。五人目だった相手の言う通りだ。股間を殴りつけた相手以外には、ほとんどダメージを受けた後の様子を感じられない。つまりは不意を衝いただけで、戦意を喪失するほどの、肉体的なダメージは与えられていなかったという事だ。
「ナメた真似しやがって、チビザルが!…ただじゃ、おかねぇからなぁ!!」
多少はふらつきながらも、倒されたはずのならず者が、キノッサの背後を取り囲んで退路を断つ。素早さでは『ホロウシュ』にも引けを取らない、と豪語していたキノッサだったが、裏を返せばその他の身体能力では、『ホロウシュ』の足元にも及ばないという意味であった。
「な…なんのなんの。これからッスよぉ!」
胃を蹴られた嘔吐感を飲み下し、キノッサは自分自身を励ますように、力強く言い放った。そして間髪入れずに、一番近くにいたならず者に飛び掛かる。だが態勢を立て直したならず者達に、同じような奇策は通用しない。
「ナメんじゃねぇ!!」
突っ込んで来たキノッサをスルリと躱し、ならず者は後ろに回り込んで着衣の襟を掴むと、力任せに前へ引き戻した。ハッ!と振り向くキノッサの、左の頬に拳が叩き込まれる。
「ぶッ!!」
打撃を喰らったキノッサの顔が歪む。しかしキノッサは怯まず、相手の脚にしがみつくとタックルで押し倒した。すかさず手に握った石で、倒した相手の額を殴りつける。「ウアツ!」と呻いた相手は額を両手で押さえて顔をそむけた。そこへ第二撃を加えようとするキノッサ。だがそのような執着は、多対一の今の状況では誤判断でしかない。二撃目を放つために石を握る腕を振り上げた瞬間、その背中を別のならず者が強烈に蹴りつけた。
「!!!!」
河原に顔面から転がるキノッサ。顔のそこかしこに擦過傷が生じる。すると今度はもう一人のならず者が、うつ伏せになったキノッサの脇腹を、えぐるように蹴って来た。「ウウッ!…」と、息が詰まったキノッサは呻き声を漏らす。痛みで上げた顔の双眸が、視界の片隅で身をすくめたままの、自分が助けようとしている女性の姿を捉えた。
「なにしてるッスか!? 早く逃げ―――」
その言葉を言い終える前に、また別のならず者が、キノッサの背中を荒々しく踏みつける。さらにもう一人が着衣の両肩を掴んで、力ずくで立ち上がらせると、一方の手で拳を作り、顔を殴りつけた。
するとキノッサの声で我に返った女性は、立ち上がって走り出す。ちょうどそこへ、様子を見ていたテシウス=ラームが駆けつけて来た。顔に痣を作ったキノッサがラームに向けて叫ぶ。文官家老のラームに、ならず者達と格闘させる事など、間違ってもあってはならない。
「ラーム様。その人を頼んます!!」
直後に再び殴られるキノッサ。ラームは腕を伸ばして女性を迎える。
「お嬢さん、こっちへ!」
それを見たならず者の一人が、ラームと女性を追いかけた。二人を河原の端の大きな岩が並ぶ岩場へ追い込もうとする。
“なんとかしなきゃ!”
キノッサはこの窮地の中で必死にあがいた。自分の襟を締め上げている、ならず者の股間を蹴って退かせると、ラームと女性を助けに行こうとする。そこに飛んで来るならず者の膝蹴り。丸太で殴られたような衝撃を、キノッサは胸板にまともに喰らった。しかし吹っ飛ばされたもののすぐに踏みとどまって、なおも二人のもとへ向かいかける。だがその小柄な体は、すぐにならず者達に引き倒された。
「待てや、おるァ!!」
キノッサの首に後ろから巻き付く、ならず者の太い腕。キノッサは咄嗟にその腕に噛みついた。
「いてててぇッ!!!!」
キノッサを拘束していた腕を放し、噛まれた箇所をもう一方の手で押さえて後ずさるならず者。他のならず者達がキノッサを取り押さえようと掴みかかるが、持ち前の身軽さでその悉くを回避したキノッサは、僅かに走り出て、ラームと女性に詰め寄って行くならず者と距離を縮め、相手を殴打するために握っていた石を、思い切り投げつけた。
イチかバチかで投擲した石は、見事、ラームと女性を追い詰めていたならず者の無防備な後頭部に命中。衝撃で脚がふらついた相手は河原の石にバランスを崩し、頭から倒れて岩場の突き出た岩石にぶつかった。昏倒するならず者。その隙にラームと女性は岩場の前から離れる。
“やった。上手くいった!”
安堵するキノッサだったが、それも束の間、すぐに横っ面を殴りつけられて、河原の上を吹っ飛んだ。
「このクソチビィっ!! 調子に乗るんじゃねぇ!!」
河原に転がったキノッサが立ち上がる前に、五人のならず者が周りを取り囲み、一斉に踏みつけ始める。ドカドカドカと重い痛みが全身を襲い、キノッサは体を丸めた状態で身動きが出来なくなった。
「ゴミが! 格好つけやがって!!」
「ヒーロー様のつもりかよ!!」
「踏みつぶしてやんよ、オラァアアッ!!」
浴びせられる罵声と、踏みつけられる痛みの中、キノッサは途切れ途切れの意識の中で思った。
“てへへ…こんなトコでなにやってんスかねぇ、俺…ノヴァルナ様に仕え…『ム・シャー』を目指して…もっと要領よく生きるつもりが…こんな…なんの得にもなんない事で、エライ目に………”
意識が混濁したキノッサを、気が済むまで袋叩きならぬ袋蹴りにしたならず者達は、その小柄な体を持ち上げた。キノッサの投げた石が後頭部に命中したならず者も、すでに復帰している。
「おい。このチビ、川に放り込んじまおうぜ」
「こんだけ痛めつけた後じゃ、死んじまうかもしれねーぞ」
「はん、いいさ。レバントンさんからは、もう手加減の必要はねぇって、お達しを貰ってるからな」
その言葉でならず者達は、アルーマ峡谷の中心を流れる川辺へ運び始めた。朦朧とした頭でキノッサは、ならず者達の言葉に同意する。
“確かに…死んじまうな、こりゃあ………”
こんな犬死には、ノヴァルナ様だって評価はしてくれないだろう。いやそれ以前に、こんなトコで死にたくはない。
“し…死にたくないッス!………”
川の流れる音が近づく。とその時突然、キノッサの聞き覚えのある声が、複数聞こえて来た。
「待てや、てめーらァッ!!!!」
「何してやがる、コラァ!!!!」
それは『ホロウシュ』のハッチとモ・リーラの叫び声だ。ラームの通報で駆けつけて来たのだ。キノッサが顔を向けると、イーテス兄弟の姿もあった。
▶#18につづく
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