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第11話:銀河道中風雲児
#18
しおりを挟むハッチ達は四人。ならず者達は六人。ハッチ達の素性を知らないならず者達は、数にものを言わせ、キノッサを川辺に無造作に投げ捨て、ハッチ達へ向かって行った。
「なんだ、てめぇらはァ!!」
「そいつはこっちのセリフだぜ!!」
正面から激突する両者。だがハッチの放ったパンチが、クロスカウンターのように先に相手の鼻柱を打ち砕く。もんどりうって転倒する相手の胸板を、キノッサがされたように踏みつけるハッチ。
その間にもモ・リーラが相手を投げ飛ばし、イーテス兄弟の兄、ヴェールがアッパーカット、弟のセゾが膝蹴りを放つ。数が多少多くても、この程度の相手なら、『ホロウシュ』の敵ではない。結局は昨日の露天風呂帰りの時と、結果は同じだった。『ホロウシュ』達に簡単に蹴散らされたならず者達は、ほうほうの体で逃げていったのである。
ぼんやりとした視界で少しずつ焦点が定まり、意識が明確になって来たキノッサは、自分を見下ろす『ホロウシュ』達の顔に、あらためて気付いた。彼等が闘ってくれている間に、失神していたようだ。
「よぅ、気が付いたか?」
ハッチが苦笑いを浮かべながら声をかける。
「ハッチ様…」
「大丈夫かよ?」
「またえらく、ボコられたじゃねーか」
ハッチに続いてイーテス兄弟も声をかけた。それに応じて体を起こそうとするキノッサ。蹴りまくられた全身の筋肉が痛みの悲鳴を上げ、顔の殴られた所が腫れて来るのを感じる。
「いてててててて…てへへ…み、みなさん、早かったッスね」
「ああ。ちょうど見回りに出たとこだったんでな。いいタイミングで、ラーム様から連絡を受けたのさ」
ハッチらはノヴァルナから、レバントン達とアルーマ温泉郷との対立が表面化した事から、昨日のようなならず者がまた現れる場合に備え、定期的に温泉郷内を見回るように命じられていたのだった。
「そりゃ…助かりました…ありがとうございます」
「なっさけねーな。あの程度のチンピラによぉ!」
ニヤつきながら言い放つハッチに、キノッサは「てへへ…」と、幾分卑下た苦笑いで見上げる。俺はあんた達みたいに闘えないッスからね…と胸の内で呟いて。するとその呟きが聞こえたわけでも無かろうが、ハッチは称賛する眼でキノッサに告げた。
「しかしおまえ、いい根性見せたじゃねぇか。ノヴァルナ様も絶対こういうの、喜んで下さるにちげぇねぇぜ!」
その言葉に喜び半分、不本意半分のキノッサ。正直こういった痛い目を見る方向性で褒められるために、ノヴァルナに仕官したのではないからだ。ただモ・リーラが連れ戻った女性が、申し訳なさそうな表情でありながらも、無事な姿で頭を下げてくれたのを眺めると、これはこれで悪くないか…ともキノッサは思った。
助けた女性と連れの二人の男。そしてテシウス=ラームと共に、キノッサは宿の天光閣へ戻った。『ホロウシュ』達は二人一組に分かれ、他にもならず者達が徘徊していないか、見回りに入る。
傷だらけになったキノッサに、治療を申し入れたのは助けられた女性であった。『オ・カーミ』のエテルナが用意してくれた、治療キットをテーブルに置き、エントランスホールのソファーに向かい合って座っている。
「いてててて」
「あ。ごめんなさい」
頬の裂傷に貼ろうとした、小型治癒パッドの消毒液が滲みて痛がるキノッサに、女性が詫びを入れる。しかしキノッサは右手を左右に振って、「いえいえ、お気になさらず」と、にこやかに応じた。ただその顔の左の瞼は、今しがたのならず者に殴られたせいで、紫色に膨らんでいる。
「本当にありがとうございました」
何度目かの感謝の言葉を口にする女性に、キノッサはまた「いえいえ」と、にこやかに応じる。そして「どうぞ、もうお構いなく」と謙虚に頭を下げた。ただ女性の方はそう言われても、納得した様子ではない。
「駄目です。治療はさせてください。貴方は恩人なんですから」
しっかりとした物言いの女性に、キノッサは目を丸くした。純朴な感じのする女性だが、健康的な美しさが可憐で、視線が合うと思わず体温が何度か、上昇したような気になる。
「あたし。ネイミア=マルストスって言います」
治療を再開した女性は、自分の名を告げた。
「ト…トゥ・キーツ=キノッサです」
名乗ったキノッサに、ネイミアという名の女性はニコリと笑顔を見せる。その笑顔に、キノッサは大輪の花が咲いたような感覚を抱いた。
「よろしくね。あたしの事は、ネイって呼んでください」
こんなふうに女性の方から接して来られる事など、これまでに無かったキノッサは、戸惑いを隠せないまま応じる。
「じゃ…じゃあ私の事は、キーツでいいッス」
「うん。よろしくね、キーツさん」
キーツさんなどと呼ばれ、どうもいつもと違う空気に頭を掻いたキノッサは、大人しくネイミアに治癒パッドを貼られながら尋ねた。
「ネイさんもこの温泉地には、観光か何かでお出ですか?…お連れの二人は、ご家族で?」
するとネイミアは少し戸惑った表情になり、声のトーンを幾分落として告げる。
「あたし、親がザーランダって惑星で大規模農園やってるんです。連れの二人は他の農園主。旅行の目的は…観光じゃなく、人探しかな?」
「はぁ。人探し…ッスか」
“人探し”という違和感を感じさせる言葉に、キノッサは首を傾げた………
治療を受けながら話していくうちに、キノッサとネイミアの中は急速に縮まっていった。ザーランダという惑星の大規模農園の娘であるらしいネイミアは、見た目通りの純朴な性格で、少々複雑な家庭環境のものとで育ったキノッサとは違い、両親からの愛情を充分に受けて来た感じが、キノッサには新鮮だ。
「ホントに? すごーい」
笑顔で問うネイミアに、キノッサもにこやかに応じる。聞けばネイミアも自分と同じ十七歳で、さらに親近感が増した。
「ホントっすよ。中立宙域に来たなら、惑星サフローの『虹色流星雨』は、見とかなきゃ損ッス」
「いいなぁ、キーツは。いろんな場所に行けて」
「若と…いや、坊ちゃんに仕えていると、役得でね」
元々お喋りなキノッサであるから、勢いがつくと、つい要らない事まで口が滑りそうになる。ここではガルワニーシャ重工重役の息子と名乗っているノヴァルナの事を、つい若殿と言いかけて慌てて言い直した。身分を隠しているのは、下手に星大名である事を知られると、相手に余計な因縁を作ってしまうからである。
「やっぱり、大企業の重役の息子さんなら、お金も沢山使えるんだよね?」
「そりゃ、まぁ」
金持ちという事は間違いないではない。これは答えていい事案だ。
「オ・ワーリって言ったら、お殿様はウォーダ家だよね?」
「う…ぇ…そうッスけど」
気付かれたか?…と、疑いの眼になるキノッサ。だがネイミアの表情を見れば、そうではないようだった。好奇心からの質問だろう。
「殿様って、どんな人?」
「そうッスねぇ…お調子者で、面倒臭くて、揉め事ばっか起こして、いつも周りは迷惑を被ってる、意地悪なお人ッス」
どうせノヴァルナの耳には入らないだろうから、と言いたい事を言うキノッサ。その言葉の半分は笑いを取るためのものだったが、その意に反してネイミアの表情は曇った。そしてがっかりしたように呟く。
「そうかぁ…そんな人が支配している宙域じゃ、行くだけ無駄だろうなぁ…」
ネイミアの失望したような呟きを聴覚が捉え、キノッサは首を傾げた。
「どうかしたッスか?」
「ん?…ううん、なんでもない」
表情を暗くしたまま返答を濁すネイミアに、親密さが増していたせいか、キノッサは不意に本当の事を知りたくなる。先に聞いた“観光ではなく人探し”と告げた旅の理由に、関係しているのかもしれない。
「全然なんでもなく無い感じッスよね。せっかく仲良くなったんだから、良かったら聞かせて欲しいッス。もしかしてさっきネイが言った、人探しと関係してるッスか?」
気遣うように慎重な口調で問いかけるキノッサに、ネイミアは考える顔でしばらく間をおいて頷き、旅の目的を打ち明け始めた………
▶#19につづく
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