銀河戦国記ノヴァルナ 第2章:運命の星、掴む者

潮崎 晶

文字の大きさ
230 / 508
第11話:銀河道中風雲児

#18

しおりを挟む
 
 ハッチ達は四人。ならず者達は六人。ハッチ達の素性を知らないならず者達は、数にものを言わせ、キノッサを川辺に無造作に投げ捨て、ハッチ達へ向かって行った。

「なんだ、てめぇらはァ!!」

「そいつはこっちのセリフだぜ!!」

 正面から激突する両者。だがハッチの放ったパンチが、クロスカウンターのように先に相手の鼻柱を打ち砕く。もんどりうって転倒する相手の胸板を、キノッサがされたように踏みつけるハッチ。
 その間にもモ・リーラが相手を投げ飛ばし、イーテス兄弟の兄、ヴェールがアッパーカット、弟のセゾが膝蹴りを放つ。数が多少多くても、この程度の相手なら、『ホロウシュ』の敵ではない。結局は昨日の露天風呂帰りの時と、結果は同じだった。『ホロウシュ』達に簡単に蹴散らされたならず者達は、ほうほうの体で逃げていったのである。



 ぼんやりとした視界で少しずつ焦点が定まり、意識が明確になって来たキノッサは、自分を見下ろす『ホロウシュ』達の顔に、あらためて気付いた。彼等が闘ってくれている間に、失神していたようだ。

「よぅ、気が付いたか?」

 ハッチが苦笑いを浮かべながら声をかける。

「ハッチ様…」

「大丈夫かよ?」

「またえらく、ボコられたじゃねーか」

 ハッチに続いてイーテス兄弟も声をかけた。それに応じて体を起こそうとするキノッサ。蹴りまくられた全身の筋肉が痛みの悲鳴を上げ、顔の殴られた所が腫れて来るのを感じる。

「いてててててて…てへへ…み、みなさん、早かったッスね」

「ああ。ちょうど見回りに出たとこだったんでな。いいタイミングで、ラーム様から連絡を受けたのさ」

 ハッチらはノヴァルナから、レバントン達とアルーマ温泉郷との対立が表面化した事から、昨日のようなならず者がまた現れる場合に備え、定期的に温泉郷内を見回るように命じられていたのだった。

「そりゃ…助かりました…ありがとうございます」

「なっさけねーな。あの程度のチンピラによぉ!」

 ニヤつきながら言い放つハッチに、キノッサは「てへへ…」と、幾分卑下た苦笑いで見上げる。俺はあんた達みたいに闘えないッスからね…と胸の内で呟いて。するとその呟きが聞こえたわけでも無かろうが、ハッチは称賛する眼でキノッサに告げた。

「しかしおまえ、いい根性見せたじゃねぇか。ノヴァルナ様も絶対こういうの、喜んで下さるにちげぇねぇぜ!」

 その言葉に喜び半分、不本意半分のキノッサ。正直こういった痛い目を見る方向性で褒められるために、ノヴァルナに仕官したのではないからだ。ただモ・リーラが連れ戻った女性が、申し訳なさそうな表情でありながらも、無事な姿で頭を下げてくれたのを眺めると、これはこれで悪くないか…ともキノッサは思った。
 
 助けた女性と連れの二人の男。そしてテシウス=ラームと共に、キノッサは宿の天光閣へ戻った。『ホロウシュ』達は二人一組に分かれ、他にもならず者達が徘徊していないか、見回りに入る。

 傷だらけになったキノッサに、治療を申し入れたのは助けられた女性であった。『オ・カーミ』のエテルナが用意してくれた、治療キットをテーブルに置き、エントランスホールのソファーに向かい合って座っている。

「いてててて」

「あ。ごめんなさい」

 頬の裂傷に貼ろうとした、小型治癒パッドの消毒液が滲みて痛がるキノッサに、女性が詫びを入れる。しかしキノッサは右手を左右に振って、「いえいえ、お気になさらず」と、にこやかに応じた。ただその顔の左の瞼は、今しがたのならず者に殴られたせいで、紫色に膨らんでいる。

「本当にありがとうございました」

 何度目かの感謝の言葉を口にする女性に、キノッサはまた「いえいえ」と、にこやかに応じる。そして「どうぞ、もうお構いなく」と謙虚に頭を下げた。ただ女性の方はそう言われても、納得した様子ではない。

「駄目です。治療はさせてください。貴方は恩人なんですから」

 しっかりとした物言いの女性に、キノッサは目を丸くした。純朴な感じのする女性だが、健康的な美しさが可憐で、視線が合うと思わず体温が何度か、上昇したような気になる。

「あたし。ネイミア=マルストスって言います」

 治療を再開した女性は、自分の名を告げた。

「ト…トゥ・キーツ=キノッサです」

 名乗ったキノッサに、ネイミアという名の女性はニコリと笑顔を見せる。その笑顔に、キノッサは大輪の花が咲いたような感覚を抱いた。

「よろしくね。あたしの事は、ネイって呼んでください」

 こんなふうに女性の方から接して来られる事など、これまでに無かったキノッサは、戸惑いを隠せないまま応じる。

「じゃ…じゃあ私の事は、キーツでいいッス」

「うん。よろしくね、キーツさん」

 キーツさんなどと呼ばれ、どうもいつもと違う空気に頭を掻いたキノッサは、大人しくネイミアに治癒パッドを貼られながら尋ねた。

「ネイさんもこの温泉地には、観光か何かでお出ですか?…お連れの二人は、ご家族で?」

 するとネイミアは少し戸惑った表情になり、声のトーンを幾分落として告げる。

「あたし、親がザーランダって惑星で大規模農園やってるんです。連れの二人は他の農園主。旅行の目的は…観光じゃなく、人探しかな?」

「はぁ。人探し…ッスか」

 “人探し”という違和感を感じさせる言葉に、キノッサは首を傾げた………


 
 治療を受けながら話していくうちに、キノッサとネイミアの中は急速に縮まっていった。ザーランダという惑星の大規模農園の娘であるらしいネイミアは、見た目通りの純朴な性格で、少々複雑な家庭環境のものとで育ったキノッサとは違い、両親からの愛情を充分に受けて来た感じが、キノッサには新鮮だ。

「ホントに? すごーい」

 笑顔で問うネイミアに、キノッサもにこやかに応じる。聞けばネイミアも自分と同じ十七歳で、さらに親近感が増した。

「ホントっすよ。中立宙域に来たなら、惑星サフローの『虹色流星雨』は、見とかなきゃ損ッス」

「いいなぁ、キーツは。いろんな場所に行けて」

「若と…いや、坊ちゃんに仕えていると、役得でね」

 元々お喋りなキノッサであるから、勢いがつくと、つい要らない事まで口が滑りそうになる。ここではガルワニーシャ重工重役の息子と名乗っているノヴァルナの事を、つい若殿と言いかけて慌てて言い直した。身分を隠しているのは、下手に星大名である事を知られると、相手に余計な因縁を作ってしまうからである。

「やっぱり、大企業の重役の息子さんなら、お金も沢山使えるんだよね?」

「そりゃ、まぁ」

 金持ちという事は間違いないではない。これは答えていい事案だ。

「オ・ワーリって言ったら、お殿様はウォーダ家だよね?」

「う…ぇ…そうッスけど」

 気付かれたか?…と、疑いの眼になるキノッサ。だがネイミアの表情を見れば、そうではないようだった。好奇心からの質問だろう。

「殿様って、どんな人?」

「そうッスねぇ…お調子者で、面倒臭くて、揉め事ばっか起こして、いつも周りは迷惑をこうむってる、意地悪なお人ッス」

 どうせノヴァルナの耳には入らないだろうから、と言いたい事を言うキノッサ。その言葉の半分は笑いを取るためのものだったが、その意に反してネイミアの表情は曇った。そしてがっかりしたように呟く。

「そうかぁ…そんな人が支配している宙域じゃ、行くだけ無駄だろうなぁ…」

 ネイミアの失望したような呟きを聴覚が捉え、キノッサは首を傾げた。

「どうかしたッスか?」

「ん?…ううん、なんでもない」

 表情を暗くしたまま返答を濁すネイミアに、親密さが増していたせいか、キノッサは不意に本当の事を知りたくなる。先に聞いた“観光ではなく人探し”と告げた旅の理由に、関係しているのかもしれない。

「全然なんでもなく無い感じッスよね。せっかく仲良くなったんだから、良かったら聞かせて欲しいッス。もしかしてさっきネイが言った、人探しと関係してるッスか?」

 気遣うように慎重な口調で問いかけるキノッサに、ネイミアは考える顔でしばらく間をおいて頷き、旅の目的を打ち明け始めた………
 



▶#19につづく
 
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ゲームコインをザクザク現金化。還暦オジ、田舎で世界を攻略中

あ、まん。@田中子樹
ファンタジー
仕事一筋40年。 結婚もせずに会社に尽くしてきた二瓶豆丸。 定年を迎え、静かな余生を求めて山奥へ移住する。 だが、突如世界が“数値化”され、現実がゲームのように変貌。 唯一の趣味だった15年続けた積みゲー「モリモリ」が、 なぜか現実世界とリンクし始める。 化け物が徘徊する世界で出会ったひとりの少女、滝川歩茶。 彼女を守るため、豆丸は“積みゲー”スキルを駆使して立ち上がる。 現金化されるコイン、召喚されるゲームキャラたち、 そして迫りくる謎の敵――。 これは、還暦オジが挑む、〝人生最後の積みゲー〟であり〝世界最後の攻略戦〟である。

死んだはずの貴族、内政スキルでひっくり返す〜辺境村から始める復讐譚〜

のらねこ吟醸
ファンタジー
帝国の粛清で家族を失い、“死んだことにされた”名門貴族の青年は、 偽りの名を与えられ、最果ての辺境村へと送り込まれた。 水も農具も未来もない、限界集落で彼が手にしたのは―― 古代遺跡の力と、“俺にだけ見える内政スキル”。 村を立て直し、仲間と絆を築きながら、 やがて帝国の陰謀に迫り、家を滅ぼした仇と対峙する。 辺境から始まる、ちょっぴりほのぼの(?)な村興しと、 静かに進む策略と復讐の物語。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

老聖女の政略結婚

那珂田かな
ファンタジー
エルダリス前国王の長女として生まれ、半世紀ものあいだ「聖女」として太陽神ソレイユに仕えてきたセラ。 六十歳となり、ついに若き姪へと聖女の座を譲り、静かな余生を送るはずだった。 しかし式典後、甥である皇太子から持ち込まれたのは――二十歳の隣国王との政略結婚の話。 相手は内乱終結直後のカルディア王、エドモンド。王家の威信回復と政権安定のため、彼には強力な後ろ盾が必要だという。 子も産めない年齢の自分がなぜ王妃に? 迷いと不安、そして少しの笑いを胸に、セラは決断する。 穏やかな余生か、嵐の老後か―― 四十歳差の政略婚から始まる、波乱の日々が幕を開ける。

ソラノカケラ    ⦅Shattered Skies⦆

みにみ
歴史・時代
2026年 中華人民共和国が台湾へ軍事侵攻を開始 台湾側は地の利を生かし善戦するも 人海戦術で推してくる中国側に敗走を重ね たった3ヶ月ほどで第2作戦区以外を掌握される 背に腹を変えられなくなった台湾政府は 傭兵を雇うことを決定 世界各地から金を求めて傭兵たちが集まった これは、その中の1人 台湾空軍特務中尉Mr.MAITOKIこと 舞時景都と 台湾空軍特務中士Mr.SASENOこと 佐世野榛名のコンビによる 台湾開放戦を描いた物語である ※エースコンバットみたいな世界観で描いてます()

処理中です...