銀河戦国記ノヴァルナ 第2章:運命の星、掴む者

潮崎 晶

文字の大きさ
232 / 508
第11話:銀河道中風雲児

#20

しおりを挟む
 


きんは、この時代でも高い価値があった―――



 いや、シグシーマ銀河系全体がこのような戦国時代となったため、かつての経済的価値が蘇ったと言うべきだろう。

 ヤヴァルト銀河皇国は統一通貨を『リョウ』と『モーム』に定めていたが、それは皇国が惑星キヨウのみであった頃から、実体のない仮想通貨である。皇国が宇宙に進出し、全銀河に植民星系を広げてもそれは変わらず、皇国が平和であった時代は、通貨の実体のない方が処理も早くて機能的であった。
 その一方で、実体のある金は一定の価値は残していたものの、金融界でもほとんど注目される事もなく、高級な有形財産として飾り物の地位に甘んじていた。

 ところが約三百年前、モルンゴール恒星間帝国との戦争が起こると、事態は一変する。モルンゴール星人は銀河有数の戦闘種族であったが、それゆえ戦い方というものを熟知していた。彼等は銀河皇国が仮想通貨による、実体貨幣のない経済形態をとっているのを知ると、開戦直前に皇国全域の通貨システムに対し、大規模な電子攻勢を仕掛け、仮想通貨による決済機能を崩壊させたのだ。
 これにより銀河皇国は経済の混乱をきたし、これに乗じて侵攻を開始したモルンゴール帝国に、緒戦の大敗北を招いてしまった。そこから注目されたのが、金である。金は実体を持ち、それ自体に定められた価値(価格)があった。このため銀河皇国は、モルンゴール帝国と戦いながら、麻痺した仮想通貨経済システムが復旧するまで、大昔の金本位制を布いてしのいだのだった。

 そこからさらに金の価値が高まったのが、この戦国の世となってからである。

 今の時代、星大名が各宙域を支配するようになって、それぞれの宙域が独立国状態となっている。それはつまり個々の宙域が、ブロック経済圏となっている事を示しており、銀河皇国の統一通貨であった『リョウ』や『モーム』の仮想通貨も、それぞれの宙域で相場が変わって来ていた。
 そして敵対宙域間では、かつてのモルンゴール帝国が行ったように、仮想通貨を狙った、経済システムへの電子攻勢は日常茶飯事である。これでシステムが麻痺するような事になると、銀河皇国の共通資産の金の出番となる。つまり金が仮想通貨の価値を保証するわけだ。
 万が一、金による保証がない状況下で、宙域間の戦争などによって、一方の宙域が、他方の宙域の支配下となった場合は悲惨だった。敗北した宙域の有力企業などの“資産”が、強引に通貨レートを操作され、二束三文の金額で、勝利した宙域の企業に吸収されてしまうからである。だがここで金の介入を求めれば、統一レートによって換算され、法外な金額での企業買収などを防ぐ事が可能となる。

 ノヴァルナらがプロテクトを解いて発見したのは、銀河皇国のいわゆる“隠し金山”だった。
 
「銀河皇国がこの金鉱脈を発見した頃は、金の価値も低くて、星帥皇室も重要視しなかったんでしょうね。それがモルンゴールとの戦争で金の価値が跳ね上がって、プロテクトをかけた…そんなとこじゃないかしら」

 ホログラムの鉱床を眺めてノアが言う。開示されたデータによると、埋蔵されている金の量は約3万トンにも及び、鉱脈一つの埋蔵量としては、銀河皇国の植民惑星の中でもかなり多い方である。
 しかも鉱脈の形状は、採掘場のあるネドバ台地からアルーマ峡谷に向けて扇状になっており、アルーマ峡谷周辺の埋蔵量の方が、遥かに多くなっていた。

「レバントンとか言うヤツの一味の狙いが、アルーマ峡谷の下に埋まってる金だってんなら、合点がいく話だな。しかしなんだって星帥皇室は、ここに大量の金鉱脈がある事を隠してたんだ?」

 ノヴァルナの疑問に、ノアは自分の考えを述べる。

「おそらく、あまりに大量の金が出回ると、価値が下がってしまうからだと思う。当時の皇国はもっと版図も小さかったし、戦争中だったら尚更、金の価値が下がって経済が不安定になるのは、避けたかったはずだもの」

「じゃあアルーマ峡谷の温泉郷を、星帥皇室直轄の天領にしたのも、金鉱脈がある事を隠すための、カモフラージュだったってのか?」

 と、不愉快そうな顔をするノヴァルナ。

「それはたぶん違うんじゃないかしら。時期的に見て」

 するとフェアンが気を利かして、NNLからデータを引き出して来た。

「この資源調査マップの製作は皇国標準暦1112年6月23日。アルーマ峡谷の開発が始まったのは1150年。モルンゴールとの戦争が始まったのが1236年だよ、兄様」

 それにマリーナが私見を加える。

「時系列から言えば、金の価値が跳ね上がった時期…1237年より昔に、峡谷の開発が始まっていますから、カモフラージュという意図は無かったみたいですわ。金自体は、なにもこの星にしかないわけじゃありませんもの」

 姉妹の言葉を聞いてノヴァルナは考える眼になった。星帥皇室自らが特区として安堵した、アルーマ峡谷の温泉旅館業者を立ち退かせてまで、この近辺の金鉱を手に入れようとする理由に、今一つ結論が得られないのだ。マリーナの言う通り、金を産出する惑星など他に幾らでもあり、ここに固執する意味が読めない。

 しかしノヴァルナはそれ以上、思考を進める事が出来なかった。コンピュータールームのインターコムが呼び出し音を鳴らし、ノヴァルナを呼んだからだ。声の主はササーラだった。

「失礼。ノヴァルナ様は起きておられますか?」

 プロテクトの解除作業中に寝落ちしていた事を見透かされたようで、ノヴァルナはバツが悪そうな顔で応答する。

「う…なんだ、ササーラ?」

 そんなノヴァルナの顔はササーラの報告で、緊張を走らせた。

「大変です。天光閣らの旅館主が全員、何者かに拉致されたと、ハッチから緊急連絡が!」




▶#21につづく
 
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ゲームコインをザクザク現金化。還暦オジ、田舎で世界を攻略中

あ、まん。@田中子樹
ファンタジー
仕事一筋40年。 結婚もせずに会社に尽くしてきた二瓶豆丸。 定年を迎え、静かな余生を求めて山奥へ移住する。 だが、突如世界が“数値化”され、現実がゲームのように変貌。 唯一の趣味だった15年続けた積みゲー「モリモリ」が、 なぜか現実世界とリンクし始める。 化け物が徘徊する世界で出会ったひとりの少女、滝川歩茶。 彼女を守るため、豆丸は“積みゲー”スキルを駆使して立ち上がる。 現金化されるコイン、召喚されるゲームキャラたち、 そして迫りくる謎の敵――。 これは、還暦オジが挑む、〝人生最後の積みゲー〟であり〝世界最後の攻略戦〟である。

死んだはずの貴族、内政スキルでひっくり返す〜辺境村から始める復讐譚〜

のらねこ吟醸
ファンタジー
帝国の粛清で家族を失い、“死んだことにされた”名門貴族の青年は、 偽りの名を与えられ、最果ての辺境村へと送り込まれた。 水も農具も未来もない、限界集落で彼が手にしたのは―― 古代遺跡の力と、“俺にだけ見える内政スキル”。 村を立て直し、仲間と絆を築きながら、 やがて帝国の陰謀に迫り、家を滅ぼした仇と対峙する。 辺境から始まる、ちょっぴりほのぼの(?)な村興しと、 静かに進む策略と復讐の物語。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

老聖女の政略結婚

那珂田かな
ファンタジー
エルダリス前国王の長女として生まれ、半世紀ものあいだ「聖女」として太陽神ソレイユに仕えてきたセラ。 六十歳となり、ついに若き姪へと聖女の座を譲り、静かな余生を送るはずだった。 しかし式典後、甥である皇太子から持ち込まれたのは――二十歳の隣国王との政略結婚の話。 相手は内乱終結直後のカルディア王、エドモンド。王家の威信回復と政権安定のため、彼には強力な後ろ盾が必要だという。 子も産めない年齢の自分がなぜ王妃に? 迷いと不安、そして少しの笑いを胸に、セラは決断する。 穏やかな余生か、嵐の老後か―― 四十歳差の政略婚から始まる、波乱の日々が幕を開ける。

ソラノカケラ    ⦅Shattered Skies⦆

みにみ
歴史・時代
2026年 中華人民共和国が台湾へ軍事侵攻を開始 台湾側は地の利を生かし善戦するも 人海戦術で推してくる中国側に敗走を重ね たった3ヶ月ほどで第2作戦区以外を掌握される 背に腹を変えられなくなった台湾政府は 傭兵を雇うことを決定 世界各地から金を求めて傭兵たちが集まった これは、その中の1人 台湾空軍特務中尉Mr.MAITOKIこと 舞時景都と 台湾空軍特務中士Mr.SASENOこと 佐世野榛名のコンビによる 台湾開放戦を描いた物語である ※エースコンバットみたいな世界観で描いてます()

処理中です...