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第11話:銀河道中風雲児

#20

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きんは、この時代でも高い価値があった―――



 いや、シグシーマ銀河系全体がこのような戦国時代となったため、かつての経済的価値が蘇ったと言うべきだろう。

 ヤヴァルト銀河皇国は統一通貨を『リョウ』と『モーム』に定めていたが、それは皇国が惑星キヨウのみであった頃から、実体のない仮想通貨である。皇国が宇宙に進出し、全銀河に植民星系を広げてもそれは変わらず、皇国が平和であった時代は、通貨の実体のない方が処理も早くて機能的であった。
 その一方で、実体のある金は一定の価値は残していたものの、金融界でもほとんど注目される事もなく、高級な有形財産として飾り物の地位に甘んじていた。

 ところが約三百年前、モルンゴール恒星間帝国との戦争が起こると、事態は一変する。モルンゴール星人は銀河有数の戦闘種族であったが、それゆえ戦い方というものを熟知していた。彼等は銀河皇国が仮想通貨による、実体貨幣のない経済形態をとっているのを知ると、開戦直前に皇国全域の通貨システムに対し、大規模な電子攻勢を仕掛け、仮想通貨による決済機能を崩壊させたのだ。
 これにより銀河皇国は経済の混乱をきたし、これに乗じて侵攻を開始したモルンゴール帝国に、緒戦の大敗北を招いてしまった。そこから注目されたのが、金である。金は実体を持ち、それ自体に定められた価値(価格)があった。このため銀河皇国は、モルンゴール帝国と戦いながら、麻痺した仮想通貨経済システムが復旧するまで、大昔の金本位制を布いてしのいだのだった。

 そこからさらに金の価値が高まったのが、この戦国の世となってからである。

 今の時代、星大名が各宙域を支配するようになって、それぞれの宙域が独立国状態となっている。それはつまり個々の宙域が、ブロック経済圏となっている事を示しており、銀河皇国の統一通貨であった『リョウ』や『モーム』の仮想通貨も、それぞれの宙域で相場が変わって来ていた。
 そして敵対宙域間では、かつてのモルンゴール帝国が行ったように、仮想通貨を狙った、経済システムへの電子攻勢は日常茶飯事である。これでシステムが麻痺するような事になると、銀河皇国の共通資産の金の出番となる。つまり金が仮想通貨の価値を保証するわけだ。
 万が一、金による保証がない状況下で、宙域間の戦争などによって、一方の宙域が、他方の宙域の支配下となった場合は悲惨だった。敗北した宙域の有力企業などの“資産”が、強引に通貨レートを操作され、二束三文の金額で、勝利した宙域の企業に吸収されてしまうからである。だがここで金の介入を求めれば、統一レートによって換算され、法外な金額での企業買収などを防ぐ事が可能となる。

 ノヴァルナらがプロテクトを解いて発見したのは、銀河皇国のいわゆる“隠し金山”だった。
 
「銀河皇国がこの金鉱脈を発見した頃は、金の価値も低くて、星帥皇室も重要視しなかったんでしょうね。それがモルンゴールとの戦争で金の価値が跳ね上がって、プロテクトをかけた…そんなとこじゃないかしら」

 ホログラムの鉱床を眺めてノアが言う。開示されたデータによると、埋蔵されている金の量は約3万トンにも及び、鉱脈一つの埋蔵量としては、銀河皇国の植民惑星の中でもかなり多い方である。
 しかも鉱脈の形状は、採掘場のあるネドバ台地からアルーマ峡谷に向けて扇状になっており、アルーマ峡谷周辺の埋蔵量の方が、遥かに多くなっていた。

「レバントンとか言うヤツの一味の狙いが、アルーマ峡谷の下に埋まってる金だってんなら、合点がいく話だな。しかしなんだって星帥皇室は、ここに大量の金鉱脈がある事を隠してたんだ?」

 ノヴァルナの疑問に、ノアは自分の考えを述べる。

「おそらく、あまりに大量の金が出回ると、価値が下がってしまうからだと思う。当時の皇国はもっと版図も小さかったし、戦争中だったら尚更、金の価値が下がって経済が不安定になるのは、避けたかったはずだもの」

「じゃあアルーマ峡谷の温泉郷を、星帥皇室直轄の天領にしたのも、金鉱脈がある事を隠すための、カモフラージュだったってのか?」

 と、不愉快そうな顔をするノヴァルナ。

「それはたぶん違うんじゃないかしら。時期的に見て」

 するとフェアンが気を利かして、NNLからデータを引き出して来た。

「この資源調査マップの製作は皇国標準暦1112年6月23日。アルーマ峡谷の開発が始まったのは1150年。モルンゴールとの戦争が始まったのが1236年だよ、兄様」

 それにマリーナが私見を加える。

「時系列から言えば、金の価値が跳ね上がった時期…1237年より昔に、峡谷の開発が始まっていますから、カモフラージュという意図は無かったみたいですわ。金自体は、なにもこの星にしかないわけじゃありませんもの」

 姉妹の言葉を聞いてノヴァルナは考える眼になった。星帥皇室自らが特区として安堵した、アルーマ峡谷の温泉旅館業者を立ち退かせてまで、この近辺の金鉱を手に入れようとする理由に、今一つ結論が得られないのだ。マリーナの言う通り、金を産出する惑星など他に幾らでもあり、ここに固執する意味が読めない。

 しかしノヴァルナはそれ以上、思考を進める事が出来なかった。コンピュータールームのインターコムが呼び出し音を鳴らし、ノヴァルナを呼んだからだ。声の主はササーラだった。

「失礼。ノヴァルナ様は起きておられますか?」

 プロテクトの解除作業中に寝落ちしていた事を見透かされたようで、ノヴァルナはバツが悪そうな顔で応答する。

「う…なんだ、ササーラ?」

 そんなノヴァルナの顔はササーラの報告で、緊張を走らせた。

「大変です。天光閣らの旅館主が全員、何者かに拉致されたと、ハッチから緊急連絡が!」




▶#21につづく
 
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