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第12話:風雲児あばれ旅
#02
しおりを挟むドタン、バタンと騒がしい音と、男の「なんだ、てめぇらは!?」と怒鳴る声は、「ぐえっ!」という呻き声とともにすぐに止み、辺りはしんと静まり返る。
「なんだ?…いったい」
警戒感を露わに呟く事務所内のならず者達。すると事務所外へ出る扉が外から激しくノックされ、若い男の声が呼び掛けた。
「ごめんくださーい! ご注文のピザをお届けに来ましたァー!!」
この状況で何ともふざけた物言い。ノヴァルナだ。無論そんな言葉を真に受けるはずもなく、これはただ事ではない、と事務所内にいるならず者達は本来の傭兵の顔になって、隠し持っていたハンドブラスターを取り出し、扉に向けて一斉に構えた。ところが次の瞬間、彼等の背後で天井の通気口のカバーが外れ落ち、飛び降りて来る人影がある。女性『ホロウシュ』のフォクシア星人、ラン・マリュウ=フォレスタであった。
「うわ、なんだこの―――」
一番最初に気付いた男は言葉を言い終える前に、ランから喉へ正拳突きを喰らって、床に突っ伏す。さらにランは次の男が突き出した,銃を握る右の手首を捻り上げ、ショルダータックルを喰らわせた。バランスを崩した傭兵は、他の仲間を巻き込んで将棋倒しになる。
そしてそれにタイミングを合わせ、扉が勢いよく蹴破られた。最初に突っ込んで来たのは『ホロウシュ』筆頭代理、ナルマルザ=ササーラだ。厳ついガロム星人の顔は、文字通り鬼の形相である。
「ぬぅうううん!!」
ササーラは将棋倒しから立ち上がったばかりの傭兵達へ向け、丸太のように太い腕をぶん回した。そのひと振りで三人がまとめて吹っ飛ばされる。そのササーラのあとに事務所に入って来たのがノヴァルナだった。
「無事か?『オ・カーミ』」
「え…お客様」
呆気にとられるエテルナに、ノヴァルナは手を差し伸べ、きっぱりと言う。
「助けに来た。さ、帰んぞ!」
その時にはもう、事務所内にいたならず者を装う傭兵達は、全員がササーラとランに叩きのめされて床に転がっていた。そこへハッチとモ・リーラが入って来る。
「ノヴァルナ様!」
ついうっかり、ノヴァルナがガルワニーシャ重工重役の息子、ノバック=トゥーダを名乗っている事を忘れ、ハッチはノヴァルナを本当の名で呼んだ。しかし今はそれを、どうこう言っている状況ではない。
エテルナ達の状態を見たノヴァルナは、その疲労困憊した様子を見て、脱出には手助けが必要だと感じた。
「ハッチ、モ・リーラ、手を貸せ。みんなを連れ出す。支えろ」
それぞれにエテルナ達の肩を支えたノヴァルナと『ホロウシュ』が、事務所を出たところで、カレンガミノ姉妹を連れたノアが合流した。彼女達は別動隊として、管理棟のコンピュータールームを制圧しに向かっていたのだ。
「ノバック」
ノアの方はハッチと違いエテルナの前では、ノヴァルナを偽名の“ノバック”で呼ぶ。「おう、どうだった?」と応じるノヴァルナ。
ノアはカレンガミノ姉妹に「貴女達も手を貸してあげて」と、旅館主達を支える『ホロウシュ』を手伝うように命じ、エテルナ達が声の聞こえない距離まで離れるのを待って、ノヴァルナに収穫の概要を告げた。
「メインコンピューターにアクセスして調べたんだけど…やっぱり、この採掘場は『アクレイド傭兵団』のものね。詳しい中身はまたあとで話すけど、ここで採掘した金鉱石は、この惑星の変わった形をした衛星にある中継基地を介して、どこかに送っているみたい」
「どこかって?」
「そこまではわからないわ。輸送先のコードナンバーしか判明しなかったし。それよりもこれ見て」
そう言ってノアは、懐から小ぶりなデータパッドを取り出す。メインコンピューターから抜き取ったデータを入れたパッドだ。ノアは最初からまず、これをノヴァルナに見せようと思い、“しおり”を挟んでいたらしく、画面に指で触れるとすぐに、小さなホログラムスクリーンが浮かび上がった。
「この採掘場の構造を見ようと思って、設計図を拾い上げたんだけど。ほら、ここの設計図を製作した企業名…」
ノアがホログラムの設計図を指でスクロールさせ、一部を拡大した。そこに記されてあった企業名を見たノヴァルナの、両目が見開く。
「ラグネリス・ニューワールド社…だと?」
「ただの偶然か…それとも、『アクレイド傭兵団』と関係があるのか…」
答えるノアの表情も硬い。
ラグネリス・ニューワールド社は、ノヴァルナとノアが飛ばされた、今から31年後の皇国暦1589年のムツルー宙域で、星大名アッシナ家に与する悪代官オーク=オーガーが麻薬の栽培を行っていた、惑星パグナック・ムシュの大農園を造園した業者名だった。
だがそれ以上にノヴァルナとノアがこの企業をマークしているのは、同じ惑星パグナック・ムシュには、二人がムツルー宙域へ飛ばされたきっかけとなった、銀河皇国も知らないと思われる、超空間ネゲントロピーコイルのうちの一基があったからである。ラグネリス・ニューワールド社がこの惑星パグナック・ムシュにある、コイルの存在を知らないはずはなく、むしろ何らかの係わりがあると考える方が自然であろう。
「ラグネリスについちゃあ、マーディンの奴に調べさせてるからな。皇都について奴に会ったら、この話もしてみようぜ」
1555年の世界と1589年の世界を繋いだ、時間も空間も存在しないビッグバン以前の状態を保持する、『熱力学的非エントロピーフィールド』。それを発生させていたのが、何者かが六つの恒星系の惑星に設置した『超空間ネゲントロピーコイル』である。これの存在を知ったノヴァルナとノアは元の世界に戻って以来、暇を見つけては調査を行って来ていたのだ。
無論この『超空間ネゲントロピーコイル』が、キオ・スー=ウォーダ家や周辺宙域に、直接関係する案件ではない事は分かっている。しかしこの施設については、NNLをどれだけ探ってみても全く記載されておらず、全くの謎であった。そうであれば、このような正体不明なものが銀河に存在しているのが、放っておけないのがノヴァルナである。その調査の一端が、このラグネリス・ニューワールド社だ。
三年前から皇都で皇国中央の情報収集に当たらせている、前『ホロウシュ』筆頭のトゥ・シェイ=マーディンには、この企業についても調査を命じており、今回の皇都行きで会い、報告を聞くつもりだった。
この話は今はここまで、とノヴァルナとノアは管理棟の出口へ向かう。管理棟の外へ出て『ホロウシュ』達と合流すると、改めて自分達が救出した旅館主らの様子を見る。全員が予想以上にかなり衰弱しているようだ。
当初は旅館主を一人ずつ、バイクのタンデムシートに乗せて脱出する予定だったが、この状態では不可能なように思える。
「こいつは良くねぇな…」
呟いたノヴァルナは管理棟の周囲を見回した。すると作業用のトラックが少し離れた場所に止められているのを視覚が捉える。あれを使うか…と思い、ササーラを呼ぶ。
「ササーラ!」
「はっ!」
ササーラは両方の腕で二人の旅館主の肩を支えていたが、見た目では担いでいるようであった。
「あそこのトラックに、『オ・カーミ』らを乗せて運転しろ」
「は…しかし私のバイクは?」
「置いてけ」
「はぁ…」
正直なところ、ササーラは巨体が仇になってバイクの運転が下手だ。ササーラも自覚があるため、強く否定する事は出来ない。ただ下手は下手なりに、バイクの運転が嫌いではないササーラは、残念そうに自分のバイクを見遣る。しかし悠長に構えてはいられないノヴァルナは、そんなササーラの気持ちなどお構いなしだ。
「『オ・カーミ』らは悪いが荷台に乗ってくれ。急げササーラ!」
するとエテルナ達をトラックの荷台に乗せた直後、管理棟の裏手で重機の起動音に似た音が、大きく響いた。一斉に振り向いたノヴァルナ達の前に現れたのは、八本の長い脚を持つ巨大な蜘蛛のような姿の、人間が乗り込んで操縦する作業用多脚ロボットである。しかも二機いる。
▶#03につづく
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