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第13話:烈風、疾風、風雲児
#06
しおりを挟むJW-098772星系第九惑星は、アンモニアの青い雲海で構成されたガス惑星で、濃紺の暗斑―――何千年も止まない巨大台風が、幾つか浮かんでいる。
「第九惑星までの距離、五千万キロ」
「速度落とせ。全艦ステルスモード」
「ステルスモード了解。クローキングフィールド展開」
『クォルガルード』の艦橋に報告と命令の声が交差し、艦長のマグナー大佐も命令を発する。
「スニーク・プローブ射出」
「アイ・サー。スニーク・プローブ射出」
マグナーの命令を復唱した砲術長が、六機の無人隠密偵察機を発射する。『クォルガルード』の上部から垂直に打ち出されたそれは、九十度に針路変更すると、前方の宇宙空間に見える第九惑星へ向かって行った。スニーク・プローブは、通常の偵察用プローブよりステルス性に優れたタイプだが、その分、情報収集機能が低下しているので、通常型より多くの機体を使用する必要がある。
バグル=シルの交易ステーションで情報屋から得た情報では、第九惑星泊地にあるのは無人警戒システムのみらしいが、どのようなシステムかまでは判明しないという事だった。そのためノヴァルナの『クォルガルード』と、『クーギス党』の二隻の軽巡航艦も未使用艦の泊地に対し、第九惑星を間に挟むコースで接近していたのである。
扇状に散開した六機のスニーク・プローブは、三機ずつに分かれて左右から第九惑星を回り込んでいく。そのコースを確認しながら報告するオペレーター。
「間もなく泊地ポイント」
「中継衛星射出」とマグナー艦長。
「アイ・サー。マークⅦ中継衛星射出」
スニーク・プローブからの情報伝達は、電波通信を傍受される可能性に備え、一秒間におよそ三千回に及ぶ光の明滅で、情報を送受信する方式をとる場合がある。今回はそのケースにあたり、しかも『クォルガルード』との位置関係は、惑星の向こう側であった。そのため途中でその光の明滅を受け、『クォルガルード』へ送る中継衛星が必要となるのだ。射出された二機の中継衛星は二手に分かれ、六機のスニーク・プローブと『クォルガルード』を結ぶ位置まで飛んで行った。
「プローブからの解析情報、来ます」
オペレーターの声が静かな艦橋に響くと、中央に浮かぶ戦術状況ホログラムが、第九惑星の一部を拡大したものに差し代わり、その衛星軌道上に整然と並ぶ、銀河皇国植民惑星軍の宇宙艦を表示し始めた。
「正確には…五十六隻か」
解析によって将棋の駒を置くように並んでいく未使用艦を数え、ノヴァルナは独り言ちる。どうやらほとんどが軽巡航艦や駆逐艦クラスのように思えた。
保管されているのが軽巡航艦や駆逐艦…これは、ノヴァルナもある程度予想していた事だ。防衛主体の植民星系軍が、戦艦や重巡航艦などの大型艦を保有している可能性は少なく、もしあったとしても『ヴァンドルデン・フォース』が、すでに使用しているはずだからである。
スニーク・プローブ群からの第二次情報が届くと、戦術状況ホログラムへ各艦のデータが詳細に追加表示された。五十六隻中、恒星間航行能力を持つものは十八隻だ。あとの三十八隻は星系防衛艦隊が使用する、“砲艦”と呼ばれる艦種である。
砲艦には艦自体に恒星間航行能力は無く、恒星間を移動する場合はDFドライヴブースターが必要であった。『クーギス党』にはブースターの用意は無く、つまり砲艦は持ち帰る事ができない。
ノヴァルナは恒星間航行能力を持つ十八隻のデータを、眼で追って確認する。
“六隻が軽巡航艦…全部『ティーグラン』型…皇国軍の標準型だな。そのうち三隻は一部が解体されてるから、パーツ取得用だ…あとの十隻が駆逐艦…それにこの二隻は…見た事がない形状だが…強襲降下艦か何かか?”
駆逐艦は五隻が『ミュンガン』型、三隻が『ム・ゼム』型、二隻が『アレンフドル』型で、こちらも全て皇国軍の標準型駆逐艦である。そして『ミュンガン』型の二隻と『アレンフドル』型の一隻は、こちらもパーツ取得用となっているらしい。
「向こうの警戒システムはどうか?」
ノヴァルナがデータ確認を行っている間に、マグナー艦長は懸念材料である、泊地の警戒システムについてオペレーターに問い質した。
「プローブは一般的な警戒センサーの反応を検知していますが、それ以外の特殊なセンサー波の類は存在しないようです」
その報告を聞き、艦長席に座るマグナーは指で顎を撫でながら、「ふむ…」と声を漏らす。これだけの数の宇宙艦を保管している場所にしては、手薄であるように思えるのだ。
「ノヴァルナ様…」
疑念を拭えない口調でマグナーが声を掛けると、ノヴァルナも同じ気持ちだったらしく、「おう…どうにも胡散臭ぇな…」と応じた。
「しかしここまで来て、手ぶらで引っ返すワケにもいかねぇ。持って帰れる艦は、全部頂こうじゃねーか。モルタナのねーさんに、準備を始めるように伝えてくれ」
ノヴァルナは通信科のオペレーターに直接そう命じて、『クーギス党』の軽巡航艦で同行して来たモルタナに、未使用艦を持ち帰る準備をするように伝えさせる。そしてこの状況に警戒感を同じくする、マグナーにも指示を出した。
「俺とササーラとランで直接警戒に出る。『センクウ』と『(シデン)SC』の発進準備をしてくれ」
それからおよそ二十分後、未使用艦を稼働させるための、『クォルガルード』と『クーギス党』の人員を乗せた合計十機のシャトルが、各艦から発進した。それと同時にノヴァルナの『センクウNX』、ササーラとランの『シデンSC』も宇宙へ飛び出す。
艦外へ出た三機は、すぐさま超電磁ライフルを起動して構えた。その頃には先行していたスニーク・プローブが、泊地の警戒センサーのセンサー波を完全に解析を完了し、“異常なし”の欺瞞反応を送信し始めている。それに合わせてノヴァルナ達のBSIユニットとシャトルも、スニーク・プローブと同調した欺瞞反応の発信を開始した。これで泊地へ侵入しても、警戒センサーに引っ掛かる事は無い。
青い雲海の上に二段で整然と並ぶ五十六隻の宇宙艦。稼働人員を乗せたシャトルは、恒星間航行能力を持つ艦が置かれている、泊地中央へと向かって行く。一見すると順調なようだが、『センクウNX』の操縦桿を握るノヴァルナはむしろ、警戒感を強めていた。
“静かすぎる…”
頭に被るヘルメットは防音性が高く、コクピット内に伝わるエンジン音などは、巡航状態では聞こえて来ない。聴覚に届くのは項目によって音色の違う、通知音だけだ。ただノヴァルナはこの状態を総じて、“静かすぎる”と言っているのでもなければ、敵の警戒システムがザルである事はもちろん、宇宙空間で音はしない事を言っているのでもない。全周囲モニター越しに見る宇宙の闇の中、何かが潜んでいる…という自分の勘が、“静か”という感覚で警報を発しているのだ。
「ラン、ササーラ。警戒を怠るな」
「御意」
ランとササーラの『シデンSC』は『センクウNX』を頂点にした、正三角形を描くフォーメーションで飛行しながら応じた。そこに『クーギス党』のシャトルの一機に搭乗するモルタナから、ノヴァルナのもとへ連絡が入る。未使用艦稼働の指揮は、モルタナが現場で執る事になっているのだ。
「あたいだよ。これから手分けして、艦の機関を立ち上げる。動けるようになったら、また連絡するよ」
それに対しノヴァルナは、緊張感を帯びた声で応じた。
「なるべく早く頼む…どうも何かが臭うぜ」
「わかってるさ。なんかあったら、宜しくって事で…」
モルタナも声のトーンが低いところから、この容易すぎる泊地への侵入に、違和感を抱いているようだ。ノヴァルナは後続するランとササーラに命じる。
「二人とも…ライフルの安全装置を外しておけ」
こんなやり取りを経て泊地に到着し、未使用艦の間を滑るように航過するノヴァルナ達のBSIとシャトルを、電波を使用したセンサーではなく、光学の視覚で追う眼―――カメラ・アイがあった………
▶#07につづく
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