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第14話:死線を超える風雲児
#12
しおりを挟むラフ・ザスの戦艦三隻の足止めには成功した。だがノヴァルナが状況を打開する上での誤算もある。それが敵のBSI部隊総監、ベグン=ドフの強さだった。
「バァッハハハハハ!!!!」
ドフが叫ぶような笑い声を上げる『リュウガDC』。出力を全開にして振り抜くポジトロンランスが、それを打ち払おうとしたノヴァルナの『センクウNX』を、両手に握るポジトロンパイクごと弾き飛ばす。
「チィ!!」
苛立たしげに大きく舌打ちして機体を制御し、反撃のポジトロンパイクを振るおうとするノヴァルナ。しかしドフはいわゆる“動けるデブ”であった。それも常人以上にである。
「バッハ!」
こことは別世界での、偉大な音楽家の名にも似た声を吐き、すかさず陽電子の鑓を突き出すドフ。刹那の差でドフのポジトロンランスが速い。掠め合う双方の刃が火花を散らし、ドフの鑓の二股となった穂先の一方が、『センクウNX』の胸部装甲版を抉り裂く。ヘルメット内に響く被弾警報音と、コクピットを赤く照らす損害報告ホログラム。だたこれだけの損害で済んだのは、ノヴァルナが咄嗟に危機を感じ取り、機体の動きに捻りを加えたからだ。
「これで決まらんとは、なかなかどうして。バッハハハ!」
笑うドフに、ノヴァルナはギリリ…と歯を噛み鳴らし、さらに踏み込んで第二撃を放とうとする。『センクウNX』のバックパックに輝く、黄色い重力子の光の輪が眩しい。ところが素早く『リュウガDC』は身を引いた。誘い込まれる形となったノヴァルナは、普段はほとんど口にしない、「しまった!」という言葉を呟く。余裕を見せたようなドフの物言いは罠だったのだ。ニタリ…と禍々しい笑みを浮かべて機体を一回転させるドフは、手にしていたポジトロンランスを放し、超電磁ライフルを掴み取った。そして回転を終えた『リュウガDC』のライフルの銃口は、『センクウNX』の腹部―――ノヴァルナのいるコクピットを捉えている。
ピーーーーー!!
ノヴァルナの耳に響くロックオン警報。窮地で敢えて前に出る自分のクセを、早くもドフに分析されていたのだ。視界の正面に入って来るドフの超電磁ライフルの銃口を、ノヴァルナはぼんやりと見詰めていた。それはスローモーション映像となって見える。
“くそッ!…こんなところで―――”
目前に迫るは冥府へ誘う死線―――死を覚悟し、受け入れる言葉は“俺は死ぬのか…”。だが、ノヴァルナの選んだ言葉はそうではない。研ぎ澄まされた精神が一点に集中し、白く光を放ったのを感じると、双眸を見開いて心の言葉を声にする。
「やなこった!!!!」
次の瞬間、ノヴァルナの意識の中に、自分の身の回りのありとあらゆるものが、全部いっぺんに流れ込んで来た。それはこれまでにも、窮地に陥ったノヴァルナに起きて来た覚醒―――“ゾーン”への到達であった!
トリガーを引いたドフのライフルから、銃弾が飛び出すほんの一瞬前、サイバーリンクでノヴァルナの意識と繋がっている『センクウNX』は、搭乗者の生存本能とも言うべき神経信号を受けて、機体の右膝を突き上げた。
銃口を右膝が蹴り上げ、射線がずれる―――
猛烈な衝撃が『センクウNX』のコクピットを襲った。だがそれをノヴァルナが知覚出来るという事は、まだ生きているという事だ。クッ!…と歯を喰いしばり、スロットルを上げる。左腋部をドフの銃弾に持ってかれた、重大損害情報がNNLを通じて頭の中に流れ込んで来るが、今は後回していい。
「とあああああ!!」
裂帛の気合のノヴァルナ。『センクウNX』がそれまで以上の素早さで、『リュウガDC』の左側頭部を殴りつけた。「バハ…」と笑い声を上げかけたドフだが、さらに追い打ちをかけて来る相手の気配に、ニヤついた表情を消してポジトロンランスを身構えようとする。だがその防御体勢が整わないうちに、ノヴァルナのポジトロンパイクが打ち込まれて来た。
「ムウッ!!」
深く打ち込んで来たパイクの刃が、『リュウガDC』の胸元に食い込む。ドフは叫び声を上げて、ノヴァルナのパイクを弾き返した。装甲板を切り裂いただけで致命傷ではない。しかしその時には『センクウNX』は機体を翻して、第三撃を放って来ている。
「ぬぅ、速い!!」
今の間合いでは、いずれやられると感じ取ったドフは、『センクウNX』が繰り出して来た刺突を、ポジトロンランスの石突側で跳ね返して距離を取る。これまでのデータから、ノヴァルナであれば畳みかけて突っ込んで来るはずで、ドフの狙いはその瞬間への逆撃で仕留めるというものだ。
ところがノヴァルナは、もはや誘いに乗らない―――
ノヴァルナの『センクウNX』も後方へ飛び、距離を開けると超電磁ライフルを連射する。しかもその照準は恐ろしいほどに精確だ。
「な、なにッ!!!!」
思惑が外れ、回避で精一杯になるドフ。するとノヴァルナは、このドフとの戦いで、初めて高笑いを発した。
「アッハハハハハ!!!!」
ただその高笑いは、いつものそれとは質が違う。ドフの護衛機のBSIユニット三機とせめぎ合っていた、『ホロウシュ』のササーラとランは、聞き覚えのある主君のその高笑いに、背筋に戦慄が走るのを覚えた。
それは五年前―――
植民惑星キイラで、住民五十万の焼死体が大地を埋め尽くす中、イマーガラ軍の無数のBSIユニットに囲まれた、初陣のノヴァルナが発した高笑いと、同じものだったからである。
▶#13につづく
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