銀河戦国記ノヴァルナ 第2章:運命の星、掴む者

潮崎 晶

文字の大きさ
290 / 508
第14話:死線を超える風雲児

#13

しおりを挟む
 
 ノヴァルナの高笑いを通信回線を通して聞いた、ラン・マリュウ=フォレスタの脳裏に、植民惑星キイラでのあの日が蘇る―――


 赤い夕陽の照らす下、立ちすくんで動かないノヴァルナの『センクウNX』…その先には、死屍累々と横たわる大地…赤ん坊を抱えたまま焼け死んだ母親の、息絶えてなお見開いた眼が、自分に語り掛けていた―――


“これはみんな、あなた達のせいよ………”


 とその時、母子の焼死体が動き出した。無論、生き返ったわけではない。その下の地面の中に潜んでいた、イマーガラ軍の陸戦仕様BSI『トリュウ』の部隊が、ノヴァルナを捕らえるために行動を開始したのである。当時の『ホロウシュ』の一人が叫ぶ。

「若を守れ!!」



そしておよそ三十分後―――

 廃墟と化した中央行政府に身を隠すノヴァルナの『センクウNX』と、それを守る自分達。周囲には四十機以上の敵BSI。しかし、もう自分も…マーディンも…ササーラも…カージェスも…機体の損傷が激しく、まともに動ける者はいない。超電磁ライフルの弾は尽き、酷使したポジトロンパイクは出力が落ちて、切れ味もかなり落ちている。

 そして自分達には、もはや味方はいない。

 筆頭のレガ・サモン=アログルをはじめ、自分達四人以外の『ホロウシュ』は全て、すでにこの世に存在しておらず、全員が最後の一撃で敵の一機と刺し違えるという、壮絶な死を迎えていた。

“ここまでか………”

 そう思って操縦桿を握り締める、自分のヘルメットに、マーディンか「みんな、分かってるな…」通信が入る。覚悟を決めろ、という意味だ。そんなもの、若君の護衛役に任命された時から、とうに出来ている。だが「無論だ」と応答した直後の事だ。ここまでまるで心を失ったような状況だった若君が…ノヴァルナ様が突然、大きく笑った。

「アッハハハハハ!!!!」

 割れんばかりの大声で笑い声を上げたノヴァルナ様は、『センクウNX』を瞬時に加速。自分達が引き留める暇も無く、敵機の群れの中へ飛び込んでいった。その後のノヴァルナ様が見せた、鬼神のような戦いには、恐怖すら覚えたものだった。
 敵の『トリュウ』が自ら、ノヴァルナ様の振るうパイクの軌道に、斬撃を浴びるために機体を差し出すように…突き出した銃口の射線に、機体を貫かれるように…次々と撃破されていく。

 その時と同じ笑いで、ノヴァルナは『センクウNX』の機体を翻し、ポジトロンパイクを構えてドフの『リュウガDC』へ挑みかかって行った。
 
 ポジトロンパイクを手に、吶喊して来る『センクウNX』に対し、ドフもポジトロンランスの二股の穂先を輝かせて、受けて立つ。

「シャシャシャシャシャーーー!!!!」

 間合いを詰めて来たノヴァルナに、ドフが先に仕掛けた。繰り出すのは、先ほどノヴァルナを防戦一方に陥れた、ポジトロンランスの素早い連続突きだ。ところが今度は勝手が違う。『センクウNX』はドフの連続突きを、パイクで受けるのではなく、全て回避だけで躱したのである。それはドフの視覚では、まるで『センクウNX』が分身したかのように見えた。コクピットのノヴァルナが、すぅ…と静かに息を吸い込む。その目は驚くほどに冷静だ。

 そして次の瞬間、その分身したように見える『センクウNX』が、一斉にポジトロンパイクの斬撃を放った。しかもその速度はドフの連続突きを上回っている。

「むがァッ!!!!」

 逆に自分が防戦一方となったドフは、獣のような声を上げた。防ぎきれない斬撃が、『リュウガDC』の外部装甲板を複数個所、切り裂いてゆく。これも先ほどとは全く逆の展開だ。すると、深く斬り込んだ『センクウNX』の一撃が、『リュウガDC』の胸元の装甲板を引き裂いて、内部機構にダメージを及ぼした。コクピット上部に爆発が発生し、ドフのヘルメットの前面を吹き飛ばす。シートに背中を叩きつけられたドフは、怒声交じりに叫んだ。

「ごぉおッッ!!!!」

 これにはドフもたまらず、ノヴァルナの連撃を、力任せのポジトロンランスの一振りで、ひとまとめに打ち払った。そこで両者は次の一手が相討ちとなる事を感じ取って、ピタリと動きを止めて対峙する。

「バハ…バハ…バハ…」

 割れたヘルメット前面の破片で、傷だらけの血まみれ顔となったドフ。しかし肩で息をしながらも、表情には歪んだ愉悦の表情がある。その直後、ドフは胸を反らして大きな笑い声を上げた。

「バァッハ!…バァッハハハハハハ!!!!」

「………」

 無言で『リュウガDC』を見据えるノヴァルナ。ドフは構わず、一人勝手に喋り始める。

「素晴らしい、素晴らしいでありますな、ノヴァルナ様!! まさかご貴殿も、“あの力”をお持ちとは!?」

「“あの力”…だと?」とノヴァルナ。

「さよう…ウェルズーギ家のケイン・ディン殿。タ・クェルダ家のシーゲン殿をはじめとする、当代一流のBSI戦士のみが至る事の出来る境地。BSHOの深々度サイバーリンクと完全に融合出来る才を持つ、“トランサー”の力であります!」

「“トランサー”?…これが?」

 ノヴァルナも“トランサー”という言葉は耳にした事はあった。ただそれは銀河皇国を統べる星帥皇や高位貴族など、銀河皇国に張り巡らされた、NNL(ニューロネットライン)の最深部までサイバーリンクし、NNLを制御する能力を持つ者を示す言葉としてである。

 次の瞬間、ドフの機体が超電磁ライフルを放った。だがノヴァルナは半ば無意識のうちに、宇宙空間で『センクウNX』を横滑りさせており、ドフの銃弾は虚空を通過しただけである。

「今のそれが!―――」

 どこか嬉しそうな声で告げながら、ドフは第二弾、第三弾を放つが、『センクウNX』はその悉くを回避する。

「それが戦闘における“トランサー”の能力! ノヴァルナ様のサイバーリンクは今、NNLを通してこのわたくしの乗る『リュウガDC』の、照準システムにまで達しているのであります!」

 そう言ってドフは急加速し、ポジトロンランスの連続突きを繰り出す。しかし当初はノヴァルナを苦しめたこの技も、今の『センクウNX』には掠りもしない。逆に隙を突いて降り抜いた、『センクウNX』のポジトロンパイクの斬撃が、『リュウガDC』の右のショルダーアーマーを割り砕いた。技が通用しないというのに笑うドフ。

「バッハハハハ!」

 機体を一旦後退させたドフは、血まみれの顔を拭おうともせず、両手でガシリ…と操縦桿を握り直した。

「さて、解説はここまで。“トランサー”についてさらに知りたければ、わたくしめを斃してからにして頂きましょう。無論、それができればの話ですが―――」

 ノヴァルナは通信機の向こうで、ドフの気配―――殺気が変わったのを感じ、警戒感を高める。

「なぜならば―――」

 ドフの笑顔が禍々しさを増したその時、“四つ目の虎”の異名を持つ『リュウガDC』の、四つのセンサーアイの帯びる緑の光が赤色に変化して鋭く輝いた。

「わたくしめも、“トランサー”だからであります!!!!」

 ノヴァルナの眼前から『リュウガDC』の姿が消え去る。だが近接警戒センサーは警告音を発したままだ。危険を察知したノヴァルナは、機体を翻しながら急発進する。

背後に衝撃!―――

飛び散る破片!―――

 一瞬で後背を取った『リュウガDC』の放った突きが、バックパックの上部を貫いたのだ。咄嗟に回避行動に入らなければ、危うく心臓部の小型対消滅反応炉が破壊されるところであった。そして再び始まるドフの大笑い。

「バァッハハハハハハ!!!!」




▶#14につづく
 
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ゲームコインをザクザク現金化。還暦オジ、田舎で世界を攻略中

あ、まん。@田中子樹
ファンタジー
仕事一筋40年。 結婚もせずに会社に尽くしてきた二瓶豆丸。 定年を迎え、静かな余生を求めて山奥へ移住する。 だが、突如世界が“数値化”され、現実がゲームのように変貌。 唯一の趣味だった15年続けた積みゲー「モリモリ」が、 なぜか現実世界とリンクし始める。 化け物が徘徊する世界で出会ったひとりの少女、滝川歩茶。 彼女を守るため、豆丸は“積みゲー”スキルを駆使して立ち上がる。 現金化されるコイン、召喚されるゲームキャラたち、 そして迫りくる謎の敵――。 これは、還暦オジが挑む、〝人生最後の積みゲー〟であり〝世界最後の攻略戦〟である。

死んだはずの貴族、内政スキルでひっくり返す〜辺境村から始める復讐譚〜

のらねこ吟醸
ファンタジー
帝国の粛清で家族を失い、“死んだことにされた”名門貴族の青年は、 偽りの名を与えられ、最果ての辺境村へと送り込まれた。 水も農具も未来もない、限界集落で彼が手にしたのは―― 古代遺跡の力と、“俺にだけ見える内政スキル”。 村を立て直し、仲間と絆を築きながら、 やがて帝国の陰謀に迫り、家を滅ぼした仇と対峙する。 辺境から始まる、ちょっぴりほのぼの(?)な村興しと、 静かに進む策略と復讐の物語。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

老聖女の政略結婚

那珂田かな
ファンタジー
エルダリス前国王の長女として生まれ、半世紀ものあいだ「聖女」として太陽神ソレイユに仕えてきたセラ。 六十歳となり、ついに若き姪へと聖女の座を譲り、静かな余生を送るはずだった。 しかし式典後、甥である皇太子から持ち込まれたのは――二十歳の隣国王との政略結婚の話。 相手は内乱終結直後のカルディア王、エドモンド。王家の威信回復と政権安定のため、彼には強力な後ろ盾が必要だという。 子も産めない年齢の自分がなぜ王妃に? 迷いと不安、そして少しの笑いを胸に、セラは決断する。 穏やかな余生か、嵐の老後か―― 四十歳差の政略婚から始まる、波乱の日々が幕を開ける。

ソラノカケラ    ⦅Shattered Skies⦆

みにみ
歴史・時代
2026年 中華人民共和国が台湾へ軍事侵攻を開始 台湾側は地の利を生かし善戦するも 人海戦術で推してくる中国側に敗走を重ね たった3ヶ月ほどで第2作戦区以外を掌握される 背に腹を変えられなくなった台湾政府は 傭兵を雇うことを決定 世界各地から金を求めて傭兵たちが集まった これは、その中の1人 台湾空軍特務中尉Mr.MAITOKIこと 舞時景都と 台湾空軍特務中士Mr.SASENOこと 佐世野榛名のコンビによる 台湾開放戦を描いた物語である ※エースコンバットみたいな世界観で描いてます()

処理中です...