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第14話:死線を超える風雲児
#18
しおりを挟むラフ・ザスの旗艦『ゴルワン』の艦橋内に、オペレーターの声が響く。
「敵艦隊までの距離、3万を切ります」
背筋を真っすぐ伸ばして立つラフ・ザスは、静かだがきっぱりとした口調で、麾下の三隻の戦艦に命令を発した。
「戦艦隊、砲戦開始」
ノヴァルナ部隊との距離が3万―――3千万キロ以内となったところで、『ヴァンドルデン・フォース』の三隻の戦艦が、主砲射撃を開始する。ノヴァルナの戦力が現有のものしかないと断定した以上、出し惜しみする必要はない。三隻の戦艦の砲戦能力は、この会戦で最強のものであり、軽巡航艦以上の宇宙艦を保有していないノヴァルナ側は、砲撃戦が最も不利となるからだ。
これに対しノヴァルナは、自らの『クォルガルード』を先頭に、『クーギス党』の二隻の軽巡、惑星ザーランダの兵士が運用する三隻の軽巡を、上下にジグザグに配して、個々が回避運動を行いながら、最大戦速で『ヴァンドルデン・フォース』の部隊を回り込みつつ、自分達の砲戦距離まで踏み込もうとしていた。
『ゴルワン』以下、敵の戦艦三隻が放つ、太く、青白い曳光粒子を纏った主砲射撃のビームが幾条も、『クォルガルード』とそれに続く五隻の軽巡の、前後左右を眩く横切っていく。一見すると美しい光の奔流だが、防御力のそう高くない軽巡にとっては、その光の一本一本が、死神の抱擁を意味している。
そんな光の奔流の間を、六隻はまるで嵐の海を渡っているかのように、大きく艦体を揺らしながら進む。敵の主砲弾に対する回避運動だ。
会戦開始直後の主砲を撃ち合った両者だが、あの時の『ヴァンドルデン・フォース』は、自分達の敵の指揮官が『クーギス党』の女副頭領モルタナではなく、星大名キオ・スー=ウォーダ家のノヴァルナだという事を突然知らされ、少なからず動揺して機先を制された感があった。
しかし今回はそのような隙は無く、三隻の戦艦はノヴァルナの直卒部隊に対し、猛然と撃って来る。オペレーターの着弾警報も立て続けだ。
「敵主砲弾、255プラス08。着弾まで三十秒、マーク!」
「続いて261マイナス03。着弾まで三十五秒、マーク!」
「さらに来る! 249マイナス11。着弾まで二十八秒、マーク!!」
回避運動を行っている航宙操舵手の、「そっちが先かよ!」と言う声が聞こえ、『クォルガルード』は急角度で上向きに突き上げられた。一番回避を急ぐ着弾を後から報告されたためで、大波に乗り上げたような挙動に、艦橋内で立っていた者はほとんどが床に転がった。直後に艦の下腹を掠めるように通過する、敵の主砲ビーム。ラフ・ザスの旗艦『ゴルワン』の砲撃である。
しかし司令官席に座るノヴァルナは、別段顔色も変える事なく、再度の『センクウNX』に乗っての出撃に備え、栄養補給ゼリーのパックの先を口にくわえて、指で中身を絞り出していた。ノアに言いつけられた、“ちゃんとご飯を食べて”いるつもりらしい。
やがて彼我の距離が2万―――2千万キロを切ると、ノヴァルナ側の軽巡部隊も主砲射撃を開始する。2万を切ってから射撃を始めたのは、開戦劈頭の目くらましの弾幕ではなく、敵戦艦そのものに有効打を与えるためだ。
『ヴァンドルデン・フォース』の主砲ビームの曳光粒子が青白いならば、ノヴァルナ側の曳光粒子は山吹色で統一されている。三隻の戦艦の放つ主砲ビームが太長い鑓ならば、ノヴァルナ側の主砲ビームは細い矢のようだ。『クォルガルード』と五隻の軽巡は、激しい回避運動を行いながら主砲を撃ち続ける。
一連の戦いを続けるうち、戦場はユジェンダルバ星系の、第五惑星公転軌道近くまで移動していた。今の状況を俯瞰して見ると、『ヴァンドルデン・フォース』の戦艦三隻とノヴァルナ側の軽巡部隊は、円を描いて主砲を撃ち合っており、その状態のまま、次第に第四惑星ザーランダへ向かっていた。これはラフ・ザス側がそうさせているのであり、ノヴァルナ側はそれに従わざるを得ない。距離が開けば有利になるのはラフ・ザス側だからである。
そしてノヴァルナ側は駆逐艦四隻と、海賊船・BSI部隊を、ラフ・ザス側も宙雷戦隊とBSI部隊の生き残りを、砲撃戦の外側に置いて、突撃の機会を伺わせていた。
またさらにノヴァルナ側には、キノッサがシャトルから遠隔操作する、無人駆逐艦四隻がいるが、これは戦場から一定の距離を置いたまま、ついて来ているだけとなっており、ラフ・ザス側ももはや相手にはしていない。
と言うのも、ラフ・ザス側の攻撃艇部隊の襲撃を受けた際、五隻あった無人駆逐艦の中の一隻が撃破されたのだが、ろくに回避運動も行わずに撃破された事で、技量の高い攻撃艇のパイロットに、駆逐艦が全て遠隔操作された無人艦であると見抜かれて、報告されてしまったからであった。
三隻の戦艦の砲撃は、大半が『クォルガルード』を狙うものだ。理由は当然、ノヴァルナが座乗しているからである。無論『クォルガルード』のマグナー艦長もそれは理解しており、縦横無尽に艦を操って砲撃を回避していた。
それでも、何発かのビームが艦の外殻を掠め、エネルギーシールドを引き裂いて外殻装甲を削り取って行っている。そもそもBSIユニットも運用できる“戦闘輸送艦”という、考え方によっては中途半端な『クォルガルード』は、戦艦との砲撃戦など想定していない。主砲弾を一発でもまともに喰らえば、艦の命運はほぼアウトだ。
ただやはり司令官席のノヴァルナはこんな状況もどこ吹く風、栄養補給ゼリーを平らげると、膝に置いたヘルメットをドラム代わりに、両手で軽く叩いてリズムを取っていた。待っているのは整備班長からの、『センクウNX』の応急修理完了の連絡である。
▶#19につづく
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