銀河戦国記ノヴァルナ 第2章:運命の星、掴む者

潮崎 晶

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第14話:死線を超える風雲児

#23

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 この戦いの最終局面に入って、『ヴァンドルデン・フォース』の艦隊は、ノヴァルナの部隊と円を描いて砲戦を行いながら戦闘をリードし、戦いの場を第四惑星のザーランダ―――ノヴァルナ達の守るべき惑星へと近づけていたのは、前述の通りである。そしてその目的が一刻も早くザーランダを、戦艦主砲の射程圏内に入れる事であり、それが果たされる時が来たのだった。そういう意味ではラフ・ザスも巧緻に長け、それ以上に恐るべき執念を持った敵だと言って間違いない。

 視覚ではまだ捉える事は出来ないが、惑星ザーランダのある位置へ向け、『ゴルワン』の上部下部合計十基の、三連装主砲塔が一斉に回りだす。ザーランダまでは約六千万キロ、ビーム砲撃で着弾までおよそ三分の距離だ。

「砲戦距離、約六万。いまだ有効射程圏外です」

 オペレーターの報告に、ラフ・ザスは軽く頷いて命令する。その表情には重力子ノズルを破壊された焦りのようなものは感じない。

「戦艦三隻による統合延伸主砲射撃を行う。僚艦に主砲射撃制御を本艦へ移譲するよう、連絡を入れよ」

 すると参謀の一人が、ラフ・ザスの意を確かめるように尋ねる。

「この距離からですと、延伸しても仔細な照準は不可能です。それに威力的にもまだザーランダの大気を叩く程度の事しか、出来ませんが…」

「構わん」

 短く答えるラフ・ザス。ノヴァルナのBSHOは対艦攻撃力が尽きて、もはや大した脅威ではない。軽巡航艦や駆逐艦など『クーギス党』の宇宙魚雷も、すでに残弾はない計算だ。つまりチェックメイトである。



“これでよい………”



 胸の内で呟いたラフ・ザスは、自分自身に対して本心を剥き出しにした。自分達『ヴァンドルデン・フォース』の兵の心にあるのは、本当は恐怖による宙域支配などではなく破滅願望だったのだ。
 守っていた民に裏切られ、家族を惨殺され、憎悪に任せて、罪もない植民星の住民全員を焼き殺した時から…良き敵と出逢い、その敵に絶望を与えて自分達も滅んでゆく―――それがラフ・ザスと、この男について来た者達が、心の奥底で望んでいたものである。

「全艦主砲射撃準備完了!」

 砲術長の報告にラフ・ザスは、すかさず「撃ち方はじめ」と応じた。三隻の戦艦が同調して、全ての主砲を統一タイミングで発射する。その意図を察したノヴァルナは、表情を険しくして声を上げた。

「延伸射撃か!!」

 統合延伸主砲射撃―――それは発射した主砲のビームを一点で合体させ、集中プリズム効果で有効射程距離を伸ばすものだ。距離が伸びるにつれ数が減って威力が低下する、ブラストキャノンの反陽子減退を復活させる事も出来る、裏技とも言えるものである。距離四万の位置で一点に集まったビームは、一つのビームに集約されて惑星ザーランダへ向かった。
 
 惑星ザーランダに到達した集束ビームは、ラフ・ザスの参謀が告げた通り、有効射程を強引に伸ばしたものであったため、大気の層を貫いて地表を直撃するには至らなかった。

 だが同じく参謀が口にした“大気を叩く”と言う言葉が、ザーランダの住民達に脅威をもたらす。惑星の大気に触れたブラストビームの反陽子が、対消滅反応を起こしてプラズマ化、広範囲に猛烈な稲妻を走らせたのだ。惑星の四分の一の空を覆うほどの範囲に、あり得ないほどの太い雷光が幾重にもなって走り、天が裂けたかと思うような雷鳴が轟く。

 この光景に、その空の下にいた人々は当然、パニックを起こした。『ヴァンドルデン・フォース』の占領下になった際、避難用の地下シェルターは全て埋められてしまっており、どこにも逃げ場がない状況だ。そしてさらにNNLなどの通信手段も奪われている彼等には、宇宙で戦っているノヴァルナ軍と、『ヴァンドルデン・フォース』の戦況など伝わろうはずがない。
 そのため、この猛烈な稲妻の嵐をノヴァルナ軍が敗北して、『ヴァンドルデン・フォース』の攻撃が始まったと勘違いする者が続出し、パニックは瞬く間に規模が大きくなっていった。

 しかも忘れてならないのは、速度は落ちたとはいえ、『ヴァンドルデン・フォース』の三隻の戦艦は、いまだザーランダへ向かっているという事である。距離が縮まるにつれ、ビームの威力も増すのは道理だ。

「次弾、エネルギーチャージ急げ」

 旗艦『ゴルワン』の艦橋に、砲術長の指示が飛ぶ。その声を聞くラフ・ザスは、遠距離光学センサーが捉えたザーランダの青く輝く姿を、真っすぐ見据えて立っている。対するノヴァルナは、対艦誘導弾も対艦徹甲弾も尽きた『センクウNX』のコクピットで、シートから半ば身を乗り出して叫んだ。

「まだか、キノッサ!!!!」

 その声に負けじと言い放つトゥ・キーツ=キノッサ。

「現在、光速の31パーセントで進撃中ッス!!」

 宇宙艦は一番速度の出る駆逐艦でも、通常空間では光速の30パーセントまでしか、速力を出す事はできない。それを31パーセントと言ってのけ、キノッサが遠隔操作する無人駆逐艦四隻は、一列になって向かって来た。

「右舷下方より敵駆逐艦四隻、急速接近。突っ込んで来ます!」

 オペレーターの報告に参謀達が「なにっ!」と小さく叫ぶ。

「雷撃するつもりか!?…無人艦に出来るのか!?」

 一人の参謀がそう言うと、ラフ・ザスは落ち着いた口調で命じた。

「副砲で対処。主砲はそのままザーランダを狙え」
 
 無論、『クォルガルード』と『クーギス党』の軽巡や駆逐艦も、この事態に手をこまねいていたわけではない。それぞれが主砲を連続発射し、三隻の敵戦艦の射撃用センサーの攪乱を図る。
 しかし今回は任意で高速移動する宇宙艦ではなく、位置が確定している惑星が射撃目標だ。当たりさえすればよいのなら、数式算定でも充分に照準は可能だった。

「照準よし」

「てーーっ!」

 主砲を放つ三隻の戦艦。集束したビームが再びザーランダの大気を叩く。それは距離が縮まった分、さらに激しい稲妻を空に走らせ、地表への落雷も始まった。荒れ狂う雷鳴とともに何本も降り注ぐ稲妻が、地上の建造物を破壊してゆく。

 そしてその三隻の戦艦に突撃する、キノッサの駆逐艦部隊。キノッサとネイミアが乗るシャトルは、駆逐艦の遠隔操作を電子妨害される事を防ぐため、一列縦隊の四隻の駆逐艦の真ん中に陣取っている。
 四隻は間隔を約1キロと、宇宙空間においては異常なほど狭く詰めており、それが敵戦艦からの副砲射撃を回避するため、上下左右にうねる様子はまるでウミヘビのようだ。その列の中にいるキノッサは、操縦するシャトルを駆逐艦の動きに合わせるのに必死になっている。前後の駆逐艦との距離が五百メートルほどしかないため、僅かな操縦ミスが命取りとなるからだ。

 慣性制御機能の限界を超えた激しい揺れがシャトルを襲う中、副操縦士席のネイミアが訴えて来る。

「キーツ…」

「なんスか? いまメガ忙しいッス!」

「乗り物酔い…気持ち悪い…」

「はぁ!?」

 頓狂な声を上げたキノッサは、ちらりと横目でネイミアを見遣った。冗談などではなく本当に、右手で口元を押さえているネイミアの、青ざめた顔がある。一瞬後には死んでいるかもしれないこの状況での彼女の図太さに、キノッサは“アリっすね…”と、妙な納得顔をして告げた。

「あと少し、もう少し我慢ッス!!」

 とその直後、最後尾をついて来ていた駆逐艦の艦尾に、『ゴルワン』の副砲弾が命中する。縦列のうねりで横腹を晒したところを、斜めに貫かれたのだ。艦尾に爆発を起こしたその駆逐艦は、列を弾き出されてあらぬ方向へ漂っていく。
 一方、射点に達しても魚雷を撃たずに突っ込んで来る駆逐艦に、体当たり目的であることを確信した三隻の戦艦は、ザーランダに対する第三斉射を終えると、やむなく主砲を向けて来た。

「右舷下方、主砲咄嗟射撃!」

 双方にとって目前と言っていい距離だ。シャトルの操縦桿を力一杯引きながら、キノッサが叫ぶ。

「離脱するッス!!」

 次の瞬間、先頭の駆逐艦が『ゴルワン』の主砲弾の直撃を受けて、大爆発を起こした。その閃光に包まれる三隻の戦艦と、体当たりを喰らわそうと閃光に突っ込んで行く二隻の駆逐艦。立て続けに大爆発が二つ起きて、周囲は増幅した閃光で真っ白となった―――





▶#24につづく
  
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