銀河戦国記ノヴァルナ 第2章:運命の星、掴む者

潮崎 晶

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第14話:死線を超える風雲児

#25

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 左舷を大破した『ゴルワン』は機関が停止し、漂流を始めた。もはや勝負あり…である。ノヴァルナの攻撃は、対消滅反応炉にダメージを与えたはずで、『ゴルワン』はおそらく、そう長くはない時間内に爆発を起こすだろう。

 ノヴァルナはコアシリンダー内の反転液化水素が尽きて、生命維持システムのみが非常用エネルギーで稼働中の『センクウNX』の両脇を、二機の『シデンSC』に抱えられた状態で『ゴルワン』と一定の距離を置き、全周波数帯通信で呼び掛ける。

「聞こえるか、ラフ・ザス=ヴァンドルデン。勝負はついた、艦を捨てて脱出し、降伏しろ。皇都惑星キヨウへ連行し、公正な裁判を受けさせてやる。繰り返す。降伏しろラフ・ザス=ヴァンドルデン―――」

 そう言いながらもノヴァルナは、ラフ・ザスからの応答はないだろう…と考えていた。ところが予想に反し、ラフ・ザスが直接返事をして来る。ただそれは無論…と言うべきか、降伏の受諾ではない。

「無駄な事をなさいますな。ノヴァルナ様」

 そのひと言でノヴァルナは、このラフ・ザスからの通信が、死出の決別を告げるものである事と、説得は無駄である事を悟った。ふーっ…と、肩で大きく息をつくノヴァルナ。その胸中には複雑なものがある。そしてノヴァルナはその思いを短い言葉にして、ラフ・ザスに問い掛けた。

「…あんた、他になかったのかよ?」

 それはイスラハという植民惑星の、罪もない住民を虐殺し、“恐怖による宙域支配”などいう、夢想でしかない選択肢に走ったラフ・ザスへの問いだ。
 星大名家の当主として多くの家臣を抱え、若くして人を見る目は養われているノヴァルナである。その人を見る目がラフ・ザスという人物の本質を、良識があり、高潔な武人だと告げていた。

「失ってはならぬものを全て失って、他に何を求めるというのです」

 淡々とした口調で語り始めるラフ・ザス。

「第二の故郷の守人もりびととして、骨を埋める決意であった星の者達に裏切られ、私一人だけでなく部下達までも愛する家族をなぶり殺しにされ、忠誠を尽くして来た銀河皇国への帰還も叶わず、何に依って立てと?―――」

 ラフ・ザスはそこまで言うと、口調に少し熱を込めて続けた。

「貴族や武家階級の支配者達は、権威や名誉…そして己が支配欲のために命を懸ける。しかし戦争の本質とはそんなものではない。狂気と不条理!それこそが本質。そしてそれを実際に突き付けられるのは、支配者の命で戦う前線の兵や、戦火に塗れる民達。我々はそんな縮図を、この宙域で示したのです!」

 ラフ・ザスの言わんとしている事は、ノヴァルナも理解できる。自分も五年前の初陣の時、無血占領するはずだった惑星の住民約五十万人全員を、彼等の味方であるはずのイマーガラ家の部隊が焼き殺したからだ。ただ自分に戦争へのトラウマを植え付け、あわよくば捕虜とするためだけに。
 
 しかしノヴァルナは、自分にそのような過去があるが故に、ラフ・ザスの選択を認めるわけにはいかなかった。ノヴァルナ自身、赤い夕陽が照らす五十万人の焼死体を前に、心に芽生える狂気の闇を垣間見たからである。

「なるほどあんたの言う事はもっともだ。だが、あんたがその戦争の狂気と、不条理を体現しちまっていいってのは、話が違うだろ?」

 ノヴァルナがそう言うと、ラフ・ザスはしばしのあいだ押し黙った。そして口調から幾分刺々しさを抜いて告げる。

「ノヴァルナ殿下…あなたはおそらく、世間一般に言われておられる評判よりも、ずっと善人なのでしょう―――」

 そこから「だが、私にはあるのですよ。体現してよい理由が―――」と続けるラフ・ザスの声は、金属的な響きを感じさせるほど平坦で冷たい。

「ノヴァルナ様であれば、この戦いの前に私の事も、仔細にわたって調べ上げられたはず。それなら私の娘の話も聞かれた事と存じます」

「!………」

 ラフ・ザスの娘の話は確かにノヴァルナも聞いていた。彼等『ヴァンドルデン・フォース』の前身である、銀河皇国第24恒星間防衛艦隊が駐留していた惑星アイオルバムを、彼等の留守中に襲撃したミョルジ家と『アクレイド傭兵団』の混成部隊によって連れ去られたラフ・ザスの娘の、語るも憚れる凄惨な末路を。

 それをラフ・ザス=ヴァンドルデンは、何の感情も見せず口にした。

「裏社会の奴隷市場に売られた娘は、毎日数え切れないほどの客を取らされ、最後は異常な性癖を持つ『アクレイド傭兵団』の、ハドル=ガランジェットという男の手によって死んだと、私を挑発して来たミョルジ家の討伐部隊から聞きました…」

 ハドル=ガランジェット…その名を聞いてノヴァルナは、小さく「ウッ」と呻き声を漏らした。その男は二年前、ノヴァルナが弟のカルツェの謀叛に遭ってこれと戦った際、カルツェの側近クラード=トゥズークと共謀して、ノアをミノネリラ宙域のギルターツ=イースキーのもとへ連れ去ろうとした、『アクレイド傭兵団』の隊長であったからだ。
 そして後日ノアから、このガランジェットという男が、ノアの侍女であるカレンガミノ姉妹の、忌まわしい過去に繋がる人間だと聞かされていたのである。

 そのような因縁など知らず、ラフ・ザスは無感情に言葉を発した。

「討伐部隊を撃破した私は、それでも娘の行方を捜しました。そしてやっと見つけたのですよ…ある犯罪組織の倉庫で。もっともその時の娘の姿は、内臓と父親が誰とも知れない胎児の入った、生体移植用の保存パックが幾つか…だけでしたがね」

 そこから不意に感情的になり始めるラフ・ザス。

「そのようなものを見せられて、私は狂気を我が友とする以外になかった!いいや私や我が将兵だけではない!あなたもです、ノヴァルナ様!あなたの本当に愛する者達が、私の娘のような運命を辿った時、あなたはどうされるおつもりか!!??」
 
 ラフ・ザスの問い掛けに、元来感受性の高いノヴァルナの心は軋んだ。もしノアや妹達がラフ・ザスの娘のような最期を遂げたりすれば、自分がどうなってしまうかなど想像もつかない。

「ああ。たぶんあんたと同じ…いやそれ以上の事を、やっちまうかも知れねぇな。なんせ俺は、あんた以上の力を持つ星大名だからな―――」

 ただ、そこで大きく息をついたノヴァルナは、きっぱりと告げた。

「だけど言わせてもらう。知ったこっちゃねぇ!…あんたは間違った事をやった。俺はそれを止めに来た。そしてあんたは言いたい事を言った。いま必要なのは、その事実だけだ!」

 その言葉を聞き、ラフ・ザスは納得顔をして頷く。ノヴァルナの言っている事は正しい。そして自分達は敗北した、これも事実だった。傍らの『ゴルワン』艦長を振り向くと、こちらも頷く。いつでも自爆出来る状態になった合図だ。今しがたの『センクウNX』の攻撃で、対消滅反応炉に大きなダメージを受けているので、いずれ爆発するものを暴走させる事など、簡単な話だったろう。

 ラフ・ザスは幾分穏やかな声で、ノヴァルナに応じる。

「仰る通りですな、ノヴァルナ殿下…さて、どうやらお別れの時間が参りました。その機体…もう少々、距離を置かれた方がよろしいかと」

 言外に自爆しようとしている事を知るノヴァルナ。『センクウNX』は動けなくなっているため、両脇を抱えるハッチとモ・リーラの『シデンSC』が、安全な距離まで移動させる。充分な距離になったと感じたラフ・ザスは言う。

「では、これにて…」

「思い残しは無いか?」とノヴァルナ。

「思い残し?…そうですな、できれば我等を討つのはノヴァルナ様ではなく、銀河皇国軍であってほしかったところでしょうか。まぁ…これもまた、良しですが」

 それを聞いてノヴァルナは、ラフ・ザス達がずっと死に場所を求めていた事と、本当は新たな星帥皇テルーザのもとで生まれ変わった、銀河皇国軍の手で討たれたかったのだという事に気付いた。思えば『ヴァンドルデン・フォース』のような独立勢力が皇国直轄の中立宙域で、およそ三年も野放しとなっていられるこの状況が異常なのだ。ラフ・ザスの真意は自分達極悪非道の組織が、新たな秩序のもと、銀河皇国軍に滅ぼされる哀れな姿を、皇国の民達に見せる事だったのかも知れない。

「あんたは…」

 そう言いかけて首を振ったノヴァルナは、別の言葉を口にする。

「あんたの娘の仇のガランジェットな。二年前…俺の嫁が戦って斃したぜ」

 小さく「おお…」と声を漏らすラフ・ザスの眼が、“えにしとはこういうものであろうか…”と呟く。そして「ありがとうございます…それでは」と心から告げた次の瞬間、漂流していた『ヴァンドルデン・フォース』の旗艦は、自ら発した光の中で砕けていった………





【第15話につづく】
 
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