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第16話:風雲児、伝説のパイロットと邂逅す
#07
しおりを挟むカーズマルス=タ・キーガーは、陸棲ラペジラル人という種族である。三年前、ノヴァルナがモルタナ達『クーギス党』と出逢った際、『クーギス党』と行動を共にしていた人物だった。
宇宙海賊『クーギス党』がオウ・ルミル宙域星大名ロッガ家に、故郷である『シズマ恒星群』の海洋惑星ディーンに暮らす水棲ラペジラル人を、労働奴隷として売られていたのを阻止するため活動していたのは、これまでにも述べた通りである。
陸棲ラペジラル人のカーズマルスはその水棲ラペジラル人が、自ら遺伝子操作して陸上で暮らせるようになったもので、ロッガ家の陸戦特殊部隊の中隊長を務めていたのだが、ロッガ家が水棲ラペジラル人の奴隷売買に手を染めた事を知ると、これを許せずに出奔。『クーギス党』に協力するようになったのだ。
カーズマルスは、ノヴァルナが『クーギス党』に味方し、水棲ラペジラル人の奴隷売買ルートをぶち壊した事で大恩を感じ、その時以来、協力者というより準家臣のような立場で、ヤヴァルトやその周辺宙域の情報を収集、ノヴァルナに伝えていたのである。
キヨウに来たノヴァルナが、トゥ・シェイ=マーディンに続いて会おうとしていたのが、このカーズマルス=タ・キーガーだったのだ。
「相変わらず、見事な手並みだな」
ノヴァルナがカーズマルスとその部下達の、素早い制圧行動を称賛すると、カーズマルスは「恐れ入ります」と頭を下げる。カーズマルスが率いている部下達は、ロッガ家から出奔した際について来た者達が大半で、人望の高さを示していた。
「それではノヴァルナ殿下。『デノアンカー』へご案内致します」
「おう。頼む」
ノヴァルナが向かおうとしていた『デノアンカー』という地区は、カーズマルス達が支配している区画だ。二年前にキヨウが、実質的にミョルジ家の支配下に置かれ、この無法地帯『カ・クーシャ』が形成されると、カーズマルスの部隊は『デノアンカー区』を制圧し、活動拠点としたのである。
そこへカーズマルスのもとに通信が入る。ノヴァルナに一礼してから、カーズマルスは応答した。
「私だ…そうか両方とも捕らえたか……いや、今回は殺さなくていい。そうだな、二人とも太腿を撃ち抜くぐらいにしておけ……ああ。無論、警告付きでな」
通信を終えたカーズマルスは、ノヴァルナに向き直って報告する。
「銃撃戦を行っていた両方の組織のボスを、別動隊が捕らえましたので、抗争を中止するよう警告しておきました。無法地帯とは言え、一般の難民も暮らしておりますので」
「お礼参りの心配はねぇか?」
ノヴァルナが問い掛けると、カーズマルスは冷たい笑みで応じた。
「その時は、連中の太腿ではなく、額に穴が開くだけにございます」
カーズマルスに案内され到着した『デノアンカー区』は、他の『カ・クーシャ』地区とは別天地だった。
長さにして約三キロ、幅にして約1キロ強、階層にして十階層程度の『デノアンカー区』だが、一発の銃撃音どころか、物を叩きつけるような騒音も、誰かを詰るような怒鳴り声も聞こえて来ない。
そうかといって誰も住んでいないわけでは無く、みすぼらしい着衣ではあるが、老若男女が穏やかな表情で、日常生活の様々なワンシーンを見せている。いや、ある意味それは『カ・クーシャ』地区だけにとどまらず、ゴーショ行政区やミョルジ家に取り入った貴族の直轄区以外では、今では希少な光景かも知れない。治安と秩序がそこにはあったからだ。
カーズマルスと彼の陸戦特殊部隊は、『デノアンカー区』の中央にある、廃棄された警察署を本拠地にしていた。区の行政庁舎の方は焼き討ちに遭って、使い物にならなくなっているらしい。
興味深いのは、カーズマルス達がノヴァルナを案内して、本拠地の警察署へ向かう間、沿道で彼等に出くわした住民達の全てが、カーズマルスに対して丁寧に頭を下げる事だった。それに対しカーズマルスも、一人一人に軽く頭を下げて応じる。それを見たノヴァルナは、この地に治安と秩序を復活させたカーズマルスを、住民達が自然と敬愛しているのだと察した。
「いい仕事してるみてぇだな? カーズマルス」
旧警察署に到着したノヴァルナは、エントランスに続く正面石段を登りながら賛辞を送る。カーズマルスは僅かに口元を緩めて応じた。
「ありがとうございます。ですが、我々はこの『デノアンカー』を拠点として使い易くするために、障害となる者を排除しただけです。特に住民達を思っての事ではございませんので、感謝されるのは些か面映ゆいところにて…」
それを聞いてノヴァルナは、如何にもカーズマルスらしいと苦笑いを浮かべる。この控え目で律義で誠実なところが、ロッガ家時代の部下達をして、何処までもついて行こうという気にさせているのだろう。それにしても―――
“やっぱ、今のキヨウに必要なのは、治安と秩序…だな”
と胸の内で呟くノヴァルナである。そしてそれはキヨウだけにとどまらず、ここまでの道中で痛感した事だ。同時に大きな意味で、今のシグシーマ銀河系そのものにこそ、治安と秩序が必要なのではないか…とも考える。例えば誰もが安心して眠れる夜、明日の戦乱に怯える必要のない夜だ。
キヨウの青空を見上げたノヴァルナの眼は、オ・ワーリ宙域を統一したその先を映し出し始めていた………
▶#08につづく
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