銀河戦国記ノヴァルナ 第2章:運命の星、掴む者

潮崎 晶

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第16話:風雲児、伝説のパイロットと邂逅す

#08

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 警察署の中央指令室。今はそこがカーズマルス達の、特殊部隊の指令室となっていた。設備こそ流用はしているが、機器には改造が為されており、指令室の真ん中に据えられた、巨大な指揮管制用ホログラム投影機では、『デノアンカー区』だけでなく惑星キヨウとヤヴァルト星系、そして周辺宙域の星図まで、投影する事が出来るようになっている。

 ノヴァルナがカーズマルスのもとを尋ねたのは、周辺宙域の最新の状況を知るためであった。
 無論それらの情報は自分が派遣したマーディンや、中立宙域を根城に活動している『クーギス党』からも得る事は出来るが、カーズマルスの場合は周辺宙域の各星系にまで部下を潜入させており、独自の情報収集ネットワークを構築していた。そのため得られる情報の質が違うのである。

 そして今回は特に、訊いておかなければならない事がある。

 それは三年前、皇国暦1589年のムツルー宙域から、『恒星間ネゲントロピーコイル』を使って帰って来たノヴァルナとノアの出現位置を、予め知らせた謎の人物についてだ。
 その者はかつてのミノネリラ宙域星大名トキ家の一族に連なる、『星雲紋暗黒桔梗』の家紋を描いた装具を身に着け、カーズマルスに接触して来たという。この家紋を持つ者でノヴァルナが関係するのは、アルケティ家のミディルツ・ヒュウム=アルケティだが確証を得たわけではない。ノヴァルナはこれについての詳細な情報を聞きたかったのだ。

 とは言え勧められてもいないのに、指揮管制ホログラム投影機の真ん前の席に、ドカリと腰を下ろす傍若無人さは相変わらずである。それを“面倒臭い前置きは無しですぐに本題へ入れ”、というサインだと受け取ったカーズマルスは、苦笑い混じりに「はは」と恭しく一礼するとともに、まずはキヨウとその周辺宙域の情勢について、ホログラムを操作しながら報告を始めた。

「大筋は『クーギス党』を通じて、これまでにもご報告して参りました通りでありますが、昨年来ナーグ・ヨッグ=ミョルジはキヨウを離れ、本来の領地であるアーワーガ宙域へ戻っております」

 それはノヴァルナも知っている情報であり、無言で頷く。もし機会があれば今回のキヨウ訪問で、ナーグ・ヨッグにも会ってみたいと思っていたノヴァルナだが、やはりそれは叶わないようだ。ただそれとは別に疑問はある。

「ナーグ・ヨッグは事実上のキヨウの支配者だ。それが自分の領地に戻っていて、誰が皇国の政治を動かしている?…言っちゃあ悪いが、テルーザ陛下がそんな事をしてるようには見えないんだが…」

「それについては関白サキーサ=コーネリアが、ナーグ・ヨッグからの指示を公家衆からの奏上という形で、テルーザ陛下に伝えています」

 これを聞いて、ふん…と鼻を鳴らしたノヴァルナは、面白くもなさそうな表情で言い捨てた。

「傀儡から傀儡への伝言ゲームってワケか…で、ナーグ・ヨッグは、なんでキヨウをこんなに荒れたままにしてる? ヤツの政策コンセプトはなんだ?」
 
 ノヴァルナの問いにカーズマルスは、薄めの眉の間に皺を寄せて応じる。

「政策のコンセプト…それはおそらく、銀河皇国星帥皇室と行政府の権威を、失墜させる事ではないかと」

「なに?」

 今度はノヴァルナが眉間に皺を寄せる番であった。星帥皇テルーザを奉じ、皇都惑星の事実上の支配者となっている、ナーグ・ヨッグ=ミョルジの政策コンセプトが、そうでなくとも荒廃している皇都で、星帥皇室と行政府の権威をさらに失墜させて、なんの意味があるのか理解出来ない。

「さて、正確なところは―――」

 カーズマルスは軽く首をかしげて、自分にも詳細は分からない事を示し、さらに言葉を続けた。

「ただ、ナーグ・ヨッグがアーワーガ宙域へ戻ったのは、向こうで何か…大きな事を企んでいるのではないか、と」

「へぇ…」

 声としては控え目な反応をしたノヴァルナだったが、ヤヴァルトとその周辺宙域を映し出したホログラムスクリーンを眺めるその双眸は、キラリと鋭い光を放つ。

「現在、私の配下を何人か、アーワーガ宙域へ派遣しております。彼等からの報告によると、ナーグ・ヨッグはア・ヴァージという恒星系に長期滞在し、ここへ人員資材を集めている様子」

 カーズマルスの言葉に応じてホログラムスクリーンが、ア・ヴァージ星系をピックアップした。アーワーガ宙域の一部、セッツー宙域との隣接部付近が拡大され、公転惑星が十八もある大型の恒星系を中央に表示。人類の居住が可能な第七惑星がさらに拡大される。第七惑星が居住可能惑星となっているケースは珍しいが、これは第三・第四・第五惑星が三連星となっているからであった。

「人員資材?…何かを建設してて、その陣頭指揮を執ってるって事か?」

「は…噂では、小型惑星規模の宇宙要塞ではないかと」

「そんなもん作って、どうしようってんだ?」

「その要塞に恒星間航行機能を付与し、敵対星系攻略の拠点に使用するのではないか…という話です。ヤヴァルトに隣接するタンバールなどの宙域には、いまだミョルジ家に敵対する勢力が点在しており、討伐のための艦隊を派遣するにも、補給路の確保が困難な状況でございますれば…」

「ふーん…」

 一応、恒星間航行可能な巨大宇宙要塞を建設するための、理屈は通っているが…と、気の無い返事のノヴァルナ。

「しかしそれと、星帥皇室や行政府の権威を失墜させるのと、なんの関係があるってんだ?…いま一つ、納得できねぇんだが」

 頷いたカーズマルスは、生真面目な性格そのままに「仰せの通り」と応じる。

「その噂は、何かをカモフラージュするため、ミョルジ家自身が流布した噂ではないかと推察しており、現在も情報収集を継続しておりますれば、更なるご報告をお待ち頂きたく存じます」

 それに対しノヴァルナは、相手を気遣う眼で告げた。カーズマルスとその部下達は、あくまでも協力者であって、自分の家臣ではないからである。

「済まねーな…だが命あっての物種だ。部下に無茶はさせねーでくれよ」
 
 ノヴァルナの気遣う言葉に、「恐れ入ります」と頭を下げたカーズマルスは、もう一つの報告事項に話を移す。

「それと…『アクレイド傭兵団』についてですが…」

「おう」頷くノヴァルナ。

「彼等の首脳部は中央本営艦隊内にあり、普段はオ・ザーカ星系からザーカ・イー星系辺りまでをランダムコースで遊弋しているようです」

「イーゴン教の総本山があるオ・ザーカから、自治商工業星系のザーカ・イーときたか…ふん、今の銀河で一番、金が唸るほど集まる辺りじゃねーか」

 ノヴァルナは口元を歪めて、嘲るような表情になる。

 イーゴン教は、約百年前の『オーニン・ノーラ戦役』の頃に、オ・ザーカ星系で興った新宗教であった。神という存在を信仰するのではなく、創始者で次元物理学者でもあったイグルー=イーゴンが説く、宇宙的真理の追及を教義として、年々信徒数を拡大している。
 ただ一部信徒は、教義を外れた旧態依然の封建体制を敷く、星大名による宙域支配を良しとせず、共和的民主主義への回帰を求めて過激行動に走り、テロを起こすなど、近年では先鋭化が目立つ。特にカガン宙域ではおよそ五十年ほど前、イーゴン教徒が当時の星大名トールガン家を追放。カガン民主宙域を樹立したほどだ。

 そしてザーカ・イー星系。こちらも銀河皇国では特異な存在であった。セッツーとカウ・アーチ、そしてイズンミの三つの宙域の境界部に位置し、一つだけの星系でありながら、宙域国一つに匹敵する経済力を持っており、その経済力を背景に、銀河皇国に自治を認めさせていた。
 政治形態は主要企業連合のトップによる合議制。常備軍を持たず、金銭契約を結んだ『アクレイド傭兵団』の主力部隊が、その防衛を担っているらしい。

「ザーカ・イー星系は利益追求に余念がない者達…ミョルジ家によるヤヴァルト宙域侵攻も、ザーカ・イー星系が経済支援を行ったのは明白です」

 カーズマルスがそう言うと、ノヴァルナは小さく頷いた。

「だろうな。アーワーガ宙域一つの経済力で、銀河皇国中央へ進攻するだけの戦費だけじゃなく、『アクレイド傭兵団』の大部隊を雇い入れるに、到底足りるとは思えねぇからな…しかしそれで? 肝心のザーカ・イー星系は儲けがあるのか? 利益追求に余念がねーんだったら、儲かる話じゃねーと支援なんかしねーだろ?」

 だんだんと普段の砕けた物言いになっていくノヴァルナを、信頼の証ととったのか、カーズマルスはむしろ有難がるような眼で見返して応じる。

「ございます」

「ほう?…そりゃあ、なんだ?」




▶#09につづく
 
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