銀河戦国記ノヴァルナ 第2章:運命の星、掴む者

潮崎 晶

文字の大きさ
344 / 508
第16話:風雲児、伝説のパイロットと邂逅す

#21

しおりを挟む
 
 玉座を立ったテルーザは気安い空気を身に纏うと、ノヴァルナを先導する形で、謁見の間の脇にあった別の出入り口へ向かおうとする。星帥皇自らが、拝謁に来た者との公式な会見も早々に切り上げ、どこかへ連れ出そうとするのは極めて異例であり、前代未聞といっていい。

“ふーん。変わってるな…”

 テルーザに歩み寄りながら、ノヴァルナは相手の個性をそう評価した。銀河皇国を統べる者にしてはフットワークが妙に軽く感じる。もっとも“変わってる”という評価なら、ノヴァルナも星大名としては相当なものだが。

「さ、ついて参れ」

 ノヴァルナを促すテルーザは、二人に付き従おうとした三人の側近と四人の女官に、笑顔で静かに告げる。

「済まぬが今日は、遠慮してくれ」

 テルーザの命に恭しく頭を下げる側近達。側近の男三人はどこにでもいそうな、役人風の中年男性だったが、四人の女官は全員が半端でない美女で、通り過ぎかけたノヴァルナも思わず二度見した。



 時を同じくして、ノアとソニア達が乗った反重力タクシーが、目的地である立体庭園の入場ゲート前に到着する。キャビンのドアが開くと、海が近いために、揺らぐ風が潮の香りを運んで来た。その風がタクシーを降りたノアの白い頬を撫でてゆく。

 庭園は植物園も兼ねており、惑星キヨウの生息植物だけでなく、銀河皇国領域内の惑星から、特徴的な植物が集められていた。それらは内部を生息惑星の環境と同じにした、透明の立方体ケースへ個々に収められており、そのケースが広大な庭園に立体的に配置されている。

 この辺りは『ゴーショ・ウルム』の間近という事もあって、皇都の荒廃の影はほとんど見当たらない。ゲートの周辺にもそれなりの数、来園者の姿が見られる。そしてその来園者に紛れて配置されていたのが、イースキー家のキネイ=クーケン少佐率いる特殊部隊の兵士だった。

 女性四人のノア達に対し、クーケンの部隊は五十名。アンソルヴァ星系第五惑星ルシナスでノヴァルナを襲撃した際、四名の死者を出して三十二名に減っていたのだが、その後ラクシャス=ハルマとビーダ=ザイードが連れてきた、追加の陸戦隊員十八名を合わせて、当初より兵力は増加している。
 しかしこの十八名は特殊部隊ではなく、一般兵であり、クーケンは予備兵力として温存していた。練度も違う一般兵を単純に加えても、かえって使いにくくなるだけだからだ。
 それにノアを狙うのであれば、数が増えても一般兵ではリスクがある。それはノアの護衛についている、メイアとマイアのカレンガミノ姉妹の存在だった。かつては同じサイドゥ家の家臣であったクーケンは、主君のノア姫を守って戦う際の、この双子姉妹の並外れた戦闘力はよく知るところだからだ。一般兵を姉妹の相手に向かわせて、いたずらに味方の損害を増やしたくはない。

 そんなクーケンの兵士が紛れ込んだ立体庭園の中を、ノアとソニアは立方体の透明ケース内に植えられた異星の植物を眺めながら歩いてゆく。

 緩やかな階段を昇っていく先にある透明ケースを、ソニアは指さした。

「ほらあのケース見て。ノアの故郷の星だって」

「バサラナルム…ほんとだ」

 近づいてケースの中を見ると、湿地帯が多い惑星バサラナルムの北半球でよく見かける、“サンショクスイレン”と“ムラサキアシビキ”などが、小さな池の上で可憐な花を咲かせていた。“サンショクスイレン”はその名の通り、花弁の一枚ずつが桃色・黄色・薄水色の三色と色違いになっており、“ムラサキアシビキ”は水面で渦巻状に伸びた蔓に、濃い紫の小さな花がいくつも並んで咲く水草で、“アシビキ”というのは、池の中を歩いていると、その頑丈な蔓に足を取られて転倒する事が多いところから来ている。

“イナヴァーザン城の池でも、咲いてたっけ…”

 そんな風に昔を懐かしむ眼をするノアの横顔に、ソニアが囁くように言う。


「ねぇ、ノア。故郷に帰りたいと思うこと…ない?」

 

 テルーザがノヴァルナを案内したのは、謁見の間から専用通路を少し行った先にある、星帥皇宮の広大な庭園を百八十度以上に亘って見渡す事が出来る、半円状の展望室であった。
 展望室自体の照明は控え目で、壁の大半を占める大窓が、外の光をたっぷりと取り込んでいた。広いフロアには数組の貴族がおり、逆光の中でシルエットとなって何かを話し合っている。そのような所への星帥皇の登場は予想外だったらしく、居合わせた貴族たちは皆、唖然とした顔で振り返った。

 一斉にお辞儀をする貴族達に、ノヴァルナを従えたテルーザは軽く手を上げて、緩やかに左右へ示す。席を外してくれ…という合図だ。貴族達が目を伏せてそそくさと展望室を立ち去って行くと、大窓の近くまで進んだテルーザは、庭園に視線をやりながら、ため息を一つついた。そして砕けた口調で言う。

「つまらんものだ…」

「?」

 小首をかしげるノヴァルナに、振り向いたテルーザは柔和な表情で告げた。

「あらためて、よく来てくれたウォーダ。ここからは普段通りの喋り方でよい」

 眉をひそめるノヴァルナ。

「はぁ?」

「この前、“腹蔵なく”と言ったのは、そなただろう。遠慮は無用だ」

 その物言いを聞いて、ノヴァルナはなるほど…と思った。さすがに今回は相手が星帥皇という事で、様子見をしていたノヴァルナだが、テルーザという人物は自分や、あの皇国暦1589年のムツルー宙域で親友となった、ダンティス家の若き当主マーシャルと“同じ側”に属しているらしい。

「じゃ、お言葉に甘えて」

 そう言ったノヴァルナは、表情にいつもの不敵な笑みが宿すが、それでもテルーザへの気遣いは忘れず言葉を続けた。

「まずはこの前の模擬戦。あんたやっぱスゲーわ。対等の条件で、俺があんだけボコられたのは、初めてだった」

 普段通りの言葉遣いで…と言ったが、ノヴァルナの普段通りの言葉遣い(それでもまだ控え目にしているのだが)と、いきなりの誉め言葉でテルーザは一瞬、ポカンと口をあけた。ただそのどちらもが、テルーザには好印象だったらしく、屈託のない笑顔をノヴァルナに見せた。

「そうか。そうであったか!」

 二面性がある奴だな…とノヴァルナは思う。BSHOに乗っている時に会話した印象では、冷徹そうな感じだったが、今の誉められた時の反応は、まるで純真な子供のようである。そしてその両方に演技性は感じられない。しかしまぁ、パイロット…いや武将という生き物には、多かれ少なかれそういった面があるものだ。

 褒められたテルーザは、子供がとっておきの玩具を自慢するような眼で、自分の専用機『ライオウXX』についてノヴァルナに教える。

「実はな、あの『ライオウ』には、AES(アサルト・エクステンデッド・システム)という、NNLで遠隔操作できる戦術支援兵器もあるのだ」

 AESとは『ライオウXX』を完全武装仕様フルアーマーにした際に付随される、機体の周囲を回る七つの金属球状の支援兵器だった。原理は明かされていないが、強力なポジトロンフィールド発生機能を持ち、デフェンスシールドを展開したり、戦艦の主砲並みのビーム砲撃を行う事ができる。
 三年前の星帥皇室のキヨウ脱出戦で、出撃したテルーザがこのシステムを使用して戦い、追撃して来たミョルジ軍に大打撃を与えたのは、かつて述べた通りだ。

「へぇ、そいつはスゴイじゃん」

 ノヴァルナが感心してみせると、テルーザはニコリと笑みを零して告げた。

「うむ。だがそなたも相当強いな。一対一で余を本気にさせたのは、兄弟子のトールボルト殿ぐらいであろうか」

 トールボルトとはイーセ宙域星大名キルバルター家の当主、トールボルト=キルバルター。テルーザと共に、伝説のパイロットヴォクスデン=トゥ・カラーバの弟子として、その腕を研鑽した仲である。

「ウォーダ。今度、あらためて模擬戦をやろうではないか」

 普段“ウォーダ”などと呼ばれる事が少ないノヴァルナは、苦笑いを浮かべて、「俺のことはノヴァルナでいい」と言うと、眼差しを真剣なものに変えて続けた。



「それで、あんた…もうBSHOには乗るな」




▶#22につづく
 
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

おっさん武闘家、幼女の教え子達と十年後に再会、実はそれぞれ炎・氷・雷の精霊の王女だった彼女達に言い寄られつつ世界を救い英雄になってしまう

お餅ミトコンドリア
ファンタジー
 パーチ、三十五歳。五歳の時から三十年間修行してきた武闘家。  だが、全くの無名。  彼は、とある村で武闘家の道場を経営しており、〝拳を使った戦い方〟を弟子たちに教えている。  若い時には「冒険者になって、有名になるんだ!」などと大きな夢を持っていたものだが、自分の道場に来る若者たちが全員〝天才〟で、自分との才能の差を感じて、もう諦めてしまった。  弟子たちとの、のんびりとした穏やかな日々。  独身の彼は、そんな彼ら彼女らのことを〝家族〟のように感じており、「こんな毎日も悪くない」と思っていた。  が、ある日。 「お久しぶりです、師匠!」  絶世の美少女が家を訪れた。  彼女は、十年前に、他の二人の幼い少女と一緒に山の中で獣(とパーチは思い込んでいるが、実はモンスター)に襲われていたところをパーチが助けて、その場で数時間ほど稽古をつけて、自分たちだけで戦える力をつけさせた、という女の子だった。 「私は今、アイスブラット王国の〝守護精霊〟をやっていまして」  精霊を自称する彼女は、「ちょ、ちょっと待ってくれ」と混乱するパーチに構わず、ニッコリ笑いながら畳み掛ける。 「そこで師匠には、私たちと一緒に〝魔王〟を倒して欲しいんです!」  これは、〝弟子たちがあっと言う間に強くなるのは、師匠である自分の特殊な力ゆえ〟であることに気付かず、〝実は最強の実力を持っている〟ことにも全く気付いていない男が、〝実は精霊だった美少女たち〟と再会し、言い寄られ、弟子たちに愛され、弟子以外の者たちからも尊敬され、世界を救って英雄になってしまう物語。 (※第18回ファンタジー小説大賞に参加しています。 もし宜しければ【お気に入り登録】で応援して頂けましたら嬉しいです! 何卒宜しくお願いいたします!)

航空自衛隊奮闘記

北条戦壱
SF
百年後の世界でロシアや中国が自衛隊に対して戦争を挑み,,, 第三次世界大戦勃発100年後の世界はどうなっているのだろうか ※本小説は仮想の話となっています

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

死んだはずの貴族、内政スキルでひっくり返す〜辺境村から始める復讐譚〜

のらねこ吟醸
ファンタジー
帝国の粛清で家族を失い、“死んだことにされた”名門貴族の青年は、 偽りの名を与えられ、最果ての辺境村へと送り込まれた。 水も農具も未来もない、限界集落で彼が手にしたのは―― 古代遺跡の力と、“俺にだけ見える内政スキル”。 村を立て直し、仲間と絆を築きながら、 やがて帝国の陰謀に迫り、家を滅ぼした仇と対峙する。 辺境から始まる、ちょっぴりほのぼの(?)な村興しと、 静かに進む策略と復讐の物語。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

戦国鍛冶屋のスローライフ!?

山田村
ファンタジー
延徳元年――織田信長が生まれる45年前。 神様の手違いで、俺は鹿島の佐田村、鍛冶屋の矢五郎の次男として転生した。 生まれた時から、鍛冶の神・天目一箇神の手を授かっていたらしい。 直道、6歳。 近くの道場で、剣友となる朝孝(後の塚原卜伝)と出会う。 その後、小田原へ。 北条家をはじめ、いろんな人と知り合い、 たくさんのものを作った。 仕事? したくない。 でも、趣味と食欲のためなら、 人生、悪くない。

悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる

竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。 評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。 身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。

処理中です...