銀河戦国記ノヴァルナ 第2章:運命の星、掴む者

潮崎 晶

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第16話:風雲児、伝説のパイロットと邂逅す

#20

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 その頃ノアは護衛役のカレンガミノ姉妹を連れ、大学時代の友人ソニア・ファフラ=マットグースの案内で反重力タクシーに乗り、ゴーショ地区の港湾部へ向かっていた。

 港湾部と言っても、この時代では大陸間輸送は海底トンネル網を使用するため、船舶の停泊施設は少なく、船の数自体がレジャー用のものばかりで多くは無い。したがって半円形のコーショ湾は、大半が湾の中央に浮かぶ銀河皇国行政府、『ゴーショ・ウルム』の補足施設と、一般職員の居住区となっている。

 幾つもの白く高い塔が、ハイウェイの緩やかなカーブを曲がっていく、タクシーの窓の外を右から左へ流れていく。

 ここはラゴンほど、海が青く澄んでないのね…と、ノアは窓の外の海を眺めて、内心で呟いた。勿論、惑星ラゴンと惑星キヨウでは環境も違うし、その時の気象条件によっても違って見える。
 だがノアが感じたのは、そのような青さの違いではなかった。キヨウの海は大陸全土が都市化した事で、すでに数百年前に自浄能力を失っており、あらゆる港湾部に巨大な浄化装置が設置されていたのだが、約百年前の『オーニン・ノーラ戦役』以来、稼働停止に陥っているため、近年では濁りが目立って来ていたのである。これもまた、皇都惑星の荒廃ぶりの一端を示すものだ。

 生まれ故郷のミノネリラ宙域、惑星バサラナルムの海ではなく、ラゴンの海と比較してしまうあたり、ノアは自分がすでに、ウォーダ家の一員となっている事を実感した。
 すると俄かに、自分がノヴァルナの隣にいない事への寂しさを覚える。『ヴァンドルデン・フォース』と戦うノヴァルナと別行動を取り始め、関係がこじれだしてから、もう半月近く、ノヴァルナとまともに話もしていないのだ。

“そろそろ、テルーザ陛下とお会いしてる頃ね。ノヴァルナったら、ちゃんとしてるかなぁ?…陛下相手にまたバカな真似、してなきゃいいけど”

 そんな事をぼんやりと考えているノアに、隣に座るソニアが声を掛けて来た。

「もうすぐ着くよ。ノア」

「あ…うん」

 気付けばタクシーはハイウェイを降り、一般道へ入るところだ。ノアとソニアが一昨日昼食をとったショッピングモールとは、ゴーショ湾の反対側になる。『ゴーショ・ウルム』一般職員居住区の外れである。ミディルツ・ヒュウム=アルケティと会う場所は、この先の立体庭園となっていた。
 するとハイウェイの降り口近く、街路樹の陰に潜む一人の男の影がある。地味な色のジャケットを着たその男は黒いサングラスを掛けており、レンズの内側にはスクリーンがあって、いま降りて来たタクシーに赤いマーカーが点滅していた。ソニアが懐に忍ばせている、マーカーである。

 その男―――イースキー家特殊部隊指揮官キネイ=クーケンの部下は、走り去るタクシーを見詰めながら、上着のポケットから小型通信機を取り出し、待ち伏せする指揮官へ連絡を入れた。

「こちらスキッパー・ワン。お客が到着した。繰り返す、お客が到着した…」



 場面は変わってヤヴァルト銀河皇国中央行政府『ゴーショ・ウルム』内。荒廃が目立つ今の皇都惑星キヨウであっても、『ゴーショ・ウルム』に関しては、完全にその機能が維持されていた。

 直径約10キロにも及ぶ算盤の玉のような形状の『ゴーショ・ウルム』は、実はその大半が、NNL(ニューロネットライン)の複合量子演算処理施設で構成されている。その端末が、銀河皇国に暮らす民の一人一人の脳まで繋がっているNNLを、すべて制御しているのであるから、むしろこれでも驚くべきコンパクト化に成功したというべきものである。

 そんな『ゴーショ・ウルム』の最上部にある星帥皇宮は、無機質な機械感のある『ゴーショ・ウルム』には似つかわしくない、古風な趣を見せている。
 直径およそ1キロの円形の敷地は緑の木々に囲まれ、丁寧に作られた庭園の中央に建てられている星帥皇宮の姿は、別の世界でいう“東洋風建築”を思わせる。大昔にキヨウに存在していた、系譜が今の星帥皇室へ繋がる王朝の宮殿に、範をとったものであるらしい。



 いずくかの星の天然木を使用したと思われる、謁見の間の木製の大きな扉が、二人の侍従の手でギギギ…と、僅かな軋みを響かせて両側へ開かれる。扉を無音にさせる事も容易い中で、わざわざ重厚な音をさせたのはおそらく、星帥皇のもとを訪れる者への演出なのであろう。

「オ・ワーリ宙域星大名、ノヴァルナ・ダン=ウォーダ様ぁー!!」

 侍従の一人が独特なイントネーションで、ノヴァルナの到着を告げる。開け放たれた扉から謁見の間へ足を踏み入れるノヴァルナ。その衣装はかつてドゥ・ザン=サイドゥとの会見などの時に着用した、白銀の第一種軍装であった。

 自分の住むキオ・スー城の謁見の間より、数倍は広いであろう星帥皇宮の謁見の間。ただその中にいたのは、中央の玉座に座るテルーザ・シスラウェラ=アスルーガの他は、この謁見の機会を取り持った貴族のゲイラ・ナクナゴン=ヤーシナと、三名の側近らしき身なりの良い中年男性。そして四名の若い女官と、思いもよらぬ少なさだった。だがまぁ、大勢の貴族などの見世物になるよりは断然いい。

 それらをひとわたり見回したノヴァルナは、胸を張って歩き出す。テルーザの座る玉座までは五十メートルほどもあろうか。結構な距離だが、その歩みは急くこと無く、堂々としたものだ。こういった場面で主役の座を奪うのが、ノヴァルナの真骨頂だからである。
 テルーザとの距離が縮まってくると、ノヴァルナには自分と同年代の若者の容姿がはっきりとして来た。無論、映像などで見た事はあるが、実際に自分の眼で見てみると、映像から受けていた印象より線が細い。ただその一方で線が細いゆえに、抜き身の刀のような先鋭さも感じられた。何と言ってもBSHOの模擬戦で“トランサー”を発動しても、手も足も出なかった相手なのだ。
 
 ノヴァルナが視線をゲイラ・ナクナゴン=ヤーシナに移すと、ゲイラは“ようやくですな…”と言いたげな穏やかな眼で、軽く頭を下げる。

 星帥皇テルーザ・シスラウェラ=アスルーガの面前へ進み出たノヴァルナは、そこで優雅に片膝をついて頭を下げ、臣下の礼をとって星帥皇からの言葉を待った。普段の悪童ぶりと違い、こういった時のノヴァルナは、いつもながら非の打ち所のない貴公子然としている。

 そのノヴァルナに対し、テルーザは鷹揚に声を掛けた。

「オ・ワーリ星大名ノヴァルナ・ダン=ウォーダ。遠方よりよくぞ参った。そなたのわざわざの皇都来訪、嬉しく思う」

 応じるノヴァルナは、言葉遣いにも隙が無い。一段深く頭を下げ、よく通る声で告げる。

「はっ。勿体なきお言葉を賜り、このノヴァルナ、身が震える思いにございます。星帥皇陛下におかれましてはご健勝のご様子。我等皇国臣民にとり、まこと慶嘉にございます」

 するとそれを聞いたテルーザは、ノヴァルナの発した言葉の裏を察したのか、微かだが自嘲めいた笑みを口元に浮かべる。ただテルーザがそれ以上の反応を見せることは無く、大きく静かに頷いた。

「皇国は今、個々の星大名が自己の支配宙域の存亡で争い、人心も乱れている。そのような中でウォーダ家が忠節を示してくれた事、実に大義である。そなたの振る舞いは、他の星大名達への手本となるべきものとなろう」

「いえ。皇国星大名の末席に名を置く者として、為すべき事を為したまでにて。むしろ遅参をお詫び申し上げまする」

 今回の拝謁は、名目上は二年前に星帥皇の座についたテルーザへの、慶賀と忠誠の意を示すものとなっている。それゆえの遅参への謝罪であった。だが遅参といっても現実には今日までに、星帥皇の謁見を求めてやって来た星大名の数は、驚くほど少なかったのである。
 近々エティル・ゴア宙域の星大名ケイン・ディン=ウェルズーギも、謁見のために上洛するらしいが、今の星帥皇室はミョルジ家の傀儡のようなものであるから、ヤヴァルト宙域周辺の星大名は、ミョルジ家と友好関係にあるものしか祝賀の挨拶に来ておらず、遠方の宙域に至っては星大名同士の争いに手を取られて、皇都へ来る余裕すらない。

「余計な気遣いは無用じゃ、ウォーダ。来てくれるだけ、マシというもの」

 古式な言葉遊びはこれで充分…とばかりに、テルーザは少し砕けた物言いをし始めた。さらに二、三やり取りをして本題を切り出す。

「そなたとは歳も近いゆえ、いろいろと話をしたい。ここより先は場所を移そう。ついて参れ」

 ノヴァルナ的に、単刀直入が信条にしては少々迂遠な感じがするが、先日、二人が殺し合い同然の模擬戦をした事は、さすがにその問題の大きさから公にされておらず、ミョルジ家の息がかかった者が多い星帥皇室周辺に対し、これが初対面だと見せかけるための演技が必要なのだ。テルーザの言葉にノヴァルナは、神妙な面持ちでおうじた。

「仰せのままに」




▶#21につづく
 
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