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第16話:風雲児、伝説のパイロットと邂逅す
#19
しおりを挟むヴォクスデンが隠遁生活を送る惑星パルズグをノヴァルナが離れたのは、それから三時間後の事だった。
戦闘輸送艦『クォルガルード』の私室で、ノヴァルナはキヨウへ戻ってからのテルーザへの拝謁の際、何を口にすべきかをずっと考えている。いや、正確に言えば自分がこれから、銀河皇国に対してどのように臨むべきか…という、決意についてである。
自分の眼で見た銀河皇国の中心―――惑星キヨウは、あまりにも乱れている。ここへ来るまでの中立宙域で経験した事も含めて、その凋落ぶりは互いに覇権を争っている星大名達が支配する、個々の宙域国よりも悪いという体たらくだ。
“大局を見るなら…皇国中央が安定してこそ戦乱の世が鎮まり、それぞれの宙域国で争う必要もなくなるってワケだが”
イル・ワークランと縄張り争いしてるような俺達キオ・スー家が、銀河皇国中央の安定を目指して動くってのか?…冗談キツイぜ、とノヴァルナは執務机の背もたれを後ろに倒し、両腕を突き上げて背筋を伸ばした。さすがに疲れを感じる。そして間接照明が照らすベージュ系の天井を見詰め、ボソリ…と呟いた。
「ノアが…足りねぇ」
まるでノアを栄養素か何かのように言うノヴァルナ。自分にとって重要な考えが煮詰まって来た時に、ノアに意見を求めるのがすっかり慣習となっているのだ。するとノヴァルナの奇人変人、我儘ぶりが顔を覗かせる。
“なんでノア、いねーんだっけ?”
少々身勝手過ぎる自問をしたあと、ああ、俺達ケンカ中だったんだ…と思い出すノヴァルナ。キヨウの皇国大学で見た、スレイトンとかいう先輩に向けるノアの朗らかな横顔の記憶が、脳内で再生されると苛立ちが甦り、バリバリバリ…と指で頭髪を掻きむしる。
だがしかし―――
倒した背もたれから上体を起こしたノヴァルナは、少し背を丸くすると肩を揺らして、はぁ…と大きくため息をついた。そして自分自身に対して、強がりを交えて内心で呟く。
“しゃーねー。アイツの意見も聞きてぇし、ここは頭を下げてやっか…”
とは言え無論、ノアに面と向かってそんな事を言えるノヴァルナでもなかった。そんな調子で言い放てば、気の強いノアがさらに頑なになるぐらいは、これまでの生活で充分理解出来ている。
一方で前述の通り、ノアの方もそろそろノヴァルナが欠乏して来た様子で、雪解けは近いように思われた。
ところがノヴァルナがキヨウに戻ってみると、またホテルにノアが居ない。どうせまた皇国大学だろうと思い、スレイトンとかいう先輩と一緒だと考えると、苛立ちが湧き上がって来たのだが、留守居をしていたキノッサとネイミアの話では、女性の友人と出掛ける約束があったための不在らしい。
「つきましてはノア姫様から、ビデオメッセージを預かっておりますですよ」
私室の入り口でそう言うキノッサは、手にしていたデータパッドをノヴァルナに差し出した。
「お?…おう」
ビデオメッセージという、少々予想外のものを渡され、ノヴァルナは躊躇いがちにパッドを受け取る。電源を入れるとパッドの画面上に、ホログラムのメニュー画面が浮き上がった。様々なコンテンツが並ぶ中、分かり易いようにビデオメッセージのアイコンだけが、ゆっくりと赤く点滅している。
そのアイコンに指先で触れ、メッセージを再生しようとしたノヴァルナだが、はたと自分への視線を感じ、そちらを振り向いた。するとそこにはキノッサとネイミアが、メッセージを盗み見する気満々でニヤニヤしながら自分を見ている。
主君に対する不敬罪むき出しの態度に気付いたネイミアは、隣でまだニヤニヤし続けていたキノッサの頭を片手でペン!と張り飛ばし、慌ててノヴァルナに一礼すると、キノッサの二の腕を引っ掴んで、部屋から出て行った。
ったく、アイツらは…という眼で二人の姿が消えるのを見送ったノヴァルナは、変な緊張感と共に、ビデオメッセージを再生する。データパッドの画面上にノアの上半身のホログラムが出現し、少し気まずそうな笑顔を見せると、ノヴァルナも自然と同じ表情になった。そのホログラムのノアが口を開く。
「おかえりなさい、お疲れ様。申し訳ないけど留守にします。実は私の大学時代の親友が、私の従兄のミディルツと知り合いで居場所を知ってるらしくて、二人で彼の住まいを訪ねる事にしたの。ほら、あの三年前の件…直接訊けたら、話が早いでしょ?」
ノアが言った“三年前の件”とは、ノヴァルナとノアが皇国暦1589年のムツルー宙域から、トランスリープチューブを使って元の世界へ帰還した際、その転移場所を、カーズマルス=タ・キーガーを通じて『クーギス党』へ知らせた謎の人物が、ノアの従兄であるミディルツ・ヒュウム=アルケティではないか、という疑惑であった。
もしその疑惑が事実なら、どうやって転移場所を知ったのか?…いやそれ以前に誰も知り得なかった、ノヴァルナとノアが未来のムツルー宙域へ飛ばされた、おとぎ話のような出来事が真実だと、どうやって知ったのかを訊き出したかったのだ。
ただノヴァルナはこのミディルツと会うという話に、首を傾げた。じつはカーズマルスとあった時、前述のイーゴン教や『アクレイド傭兵団』についての情報を聞いた他に、ノヴァルナとノアの未来のムツルー宙域からの帰還位置を教えた人物についても、情報を得ていたのだ。そしてそれに関係する話で、現在ミディルツは皇都にはおらず、友人のファジッガ・ユーサ=ホルソミカと共に、エテューゼ宙域星大名アザン・グラン家で食客となっているらしい。
“なんかの目的があって、キヨウに来ているのか?…”
しかしノヴァルナはそれ以上の事は考えなかった。ノアのメッセージにはまだ、続きがあったからである。ホログラムのノアは、僅かに眼をを伏せて告げた。
「それとね…いろいろごめん。私も少し、調子に乗ってたみたい。セルシュ様の名前出して、あなたを批判したの…間違ってた」
「………!」
「あなたの拝謁が終わる頃には帰ってるから。一緒に晩ごはん食べて、ちゃんと話をしましょう…じゃ、頑張ってね」
顔を上げたノアのホログラムが笑顔でそう告げて消えると、ノヴァルナはネイミアがキノッサをこの場から連れ出してくれた事に感謝した。今の自分の緩んだ表情は、決して他人に見せられたものではない…という自覚があったからだ。
“畜生…俺もチョロいもんだぜ”
ついニヤけそうになる口元を、奥歯を噛み締めて堪えるノヴァルナ。これがノアの“作戦”だとしたら、あっさり陥落してしまいそうだ。だが同時に、ノアに先に謝らせた事に気まずさも感じた。
「………」
無言で立ち尽くしたノヴァルナは、しばらくすると右手で拳を作り、自分で自分の側頭部をゴン!…と殴りつける。そこへコール音と共に、小振りな通信ホログラムスクリーンが出現。画面に姿を映した副官のラン・マリュウ=フォレスタから、連絡が入った。
「ノヴァルナ様。『ゴーショ・ウルム』より、迎えの車が出たとの事です」
報告を終えたランは、「ノヴァルナ様…?」と画面の中で、不思議そうに小首を傾げる。今しがたの自分で自分を殴りつけたのが、手加減なしだったため、痛みでその場にうずくまっていたからだ。イテテテテテ…と側頭部を、殴ったその手で撫でながら立つノヴァルナ。
「お、おう…じゃ、着替える」
「すでにご用意しております」
即答したランは通信を終えてホログラムが消え去る。星帥皇テルーザへの拝謁の時間が近付き、ノヴァルナは背筋を伸ばして胸を張った。
“んじゃ、まぁ。とっとと終わらせて、今日はノアとメシ喰うか!”
▶#20につづく
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