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第16話:風雲児、伝説のパイロットと邂逅す
#18
しおりを挟むヴォクスデンの恐るべき実力の前に、健在であった五機の陸戦仕様『ミツルギ』は全て降伏した。そしてノヴァルナが驚いたのは、ヴォクスデンが撃破した敵機のパイロットがガーヒュを含む全員、無事だった事である。
ヴォクスデンの狙いはすべて敵機のコクピットや、機体爆発を引き起こす箇所を避けており、転倒の際の衝撃でケガをした者はいたが、いずれも軽症であった。
「俺は諦めねぇからな! 覚えてろ、ヴォクスデン!!」
捨て台詞を残し、撃破された機体のパイロットと共に、健在な機体の合わせた両手の上に乗ったガーヒュが去って行くと、『ミツルギCC』から降りて来たヴォクスデンは、曲げた腰の後ろを拳で軽く叩く。
「いたたた…この歳で長くBSIに乗ると、腰痛が出て困りますわ」
そう言って苦笑いをノヴァルナへ向けるヴォクスデンは、今しがたの戦闘をこなしたとは思えぬ、一介の老人そのものだった。あれだけ激しかった雨も、今は止んで雲間から日が差し始めている。それに合わせて気温も変化して来たのか、湿原の表面にはうっすらと、白いモヤが広がりだしていた。
「よいのか?カラーバ殿。アイツを生かしておくと、また襲って来るぞ」
あのような手合いの事には詳しいノヴァルナである。おそらくその言い分は正しいはずだ。しかしヴォクスデンは目を伏せ、首を左右に振る。
「その時はまた、追い払うまで…もう人殺しはたくさんにて」
伝説のパイロットの口調に、重いものを感じるノヴァルナ。そしてヴォクスデンは顔を上げ、視線をガーヒュの去って行った方向へ向けた。
「あの男も、テルーザ陛下も…そして若い頃の私も、みな同じ。強さを欲しておりました。だがそれぞれにはそれぞれの、分相応の道がございます。そしてその先まで進み入り、道を究めようとするならば、他を捨てねばなりません」
「陛下は進むべきではない道を、究められてしまわれた…という事か」
無言で頷いたヴォクスデンは、僅かばかりに訴えるような眼になって、ノヴァルナに告げる。
「…ですが陛下はまだお若い。まだ、ご自分が本来向かうべきであった道へ、進む事もできましょう。志ある者が支えてくれるならば」
「志ある者…」
ノヴァルナはそう呟いて、ヴォクスデンの顔を見返した。先日、貴族のゲイラ・ナクナゴン=ヤーシナと会見した時の事を思い出す。
あの時ノヴァルナはゲイラから、自分という人間がまず第一に星大名であるか、BSIパイロットであるかを尋ねられ、「無論、星大名です」と答えたところ、星帥皇テルーザへの拝謁では、その思いをそのまま伝えればいい、とアドバイスされたのだった。
その時はゲイラのアドバイスの意味が分からず、首を傾げたノヴァルナだった。しかしヴォクスデンと会って、伝説のパイロットの言葉を聞き、その意味が分かったような気がする。
ふぅ…と息をつくノヴァルナ。どうやら伝説のパイロットから、操縦の修練は受けられそうにないが、得たものは色々とあった。
「礼を言う、カラーバ殿」
ヴォクスデンと正対して、ノヴァルナは頭を深く下げ、感謝の意を示す。その姿に、傍らに控えていたササーラとランも、急いでノヴァルナの背後に回り、頭を下げた。頭を上げたノヴァルナの眼光は穏やかだが力強い。この若者の脳が、考えたがっているのだ…と感じ取ったヴォクスデンは、少々残念そうな表情で問うた。
「どうやら、共に夕食は…叶わぬようですな」
ノヴァルナはバイクの置かれた場所まで戻ると、見送りに来てくれたヴォクスデンに、あらためて礼を告げた。
「邪魔をして申し訳なかった、カラーバ殿。だが色々と勉強させて頂いた。有意義な時間を有難く思う」
「いえ、ろくなおもてなしも出来ず。お恥ずかしい限り」
また窺ってよいか?…と言いかけたノヴァルナだったが、それは思いとどまる。ヴォクスデンは静かに余生を送る事を望んでいるのであって、その隠遁生活を妨げては、今しがたのガーヒュという異星人と大差ない…と思ったからだ。
「いつまでもご壮健で。老師」
再度頭を下げるノヴァルナに、ヴォクスデンも恭しくお辞儀を返して告げる。
「殿下の武運長久を祈念致します…」
その言葉を機に踵を返し、止めてある三台のバイクに向かうノヴァルナ達。彼等の背を見送るヴォクスデンの耳に、ササーラが我慢しきれない様子で、ノヴァルナに語り掛ける声が届いて来る。
「凄かったですな、ヴォクスデン殿の“一つの太刀”…」
それを聞きながらヴォクスデンも、自分の『ミツルギCC』へ向かうため、ノヴァルナ達に背を向ける。すると聞こえるランの声。
「あのような遅い動きが、なぜ回避出来なかったのでしょう…」
誰もがする同じ反応に、ヴォクスデンは目を細めた。ところがそれに対する、ノヴァルナの言葉を聞いた時、ギクリと目を見開く。
「は?遅くねーぞ。一箇所に向けて幾つもの斬撃を放ってるのが、センサーにも捉え切れないほど速過ぎるから、残像が一つになってゆっくりと見えてるんだ」
「ノヴァルナ様には、見えたのですか?」とラン。
「少しだけな。全部じゃねーから、俺には躱せねーけど………」
なんという事だ…とヴォクスデンは、硬い表情でノヴァルナを振り返った。ヘルメットを手に取り、二人の家臣に笑顔を向けているあの若者には、初めて見たはずの“一つの太刀”の太刀筋が、僅かだがすでに見えていたのだ。
“見る事ができる”という事は、修行を積めばいずれ、“躱せるようになる”事でもある。おそらく星帥皇テルーザとの戦いの経験が、たった一度でありながらノヴァルナをここまで進化させたのだと思われ、そしてそれはノヴァルナ・ダン=ウォーダが、実はBSIパイロットとして、テルーザに引けを取らない才能を秘めている事を示していた………
▶#19につづく
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