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第16話:風雲児、伝説のパイロットと邂逅す
#17
しおりを挟む齢七十を過ぎたとは思えないヴォクスデンの動きに、実力の差を痛感するノヴァルナ。するとそのヴォクスデンから通信が入った。戦闘中だというのに大した余裕だ。
「お客人」
通信を傍受され、通話相手がノヴァルナ・ダン=ウォーダである事を知られぬよう、ヴォクスデンは“客人”という呼び方を変えない。
「カラーバ殿。大丈夫なのか?」とノヴァルナ。
「この歳ゆえ、動きはすっかり鈍りましたが、この程度ならば」
そう応じながら突き出すヴォクスデンのポジトロンランスが、敵機の腰部を刺し貫いて関節駆動部を破壊する。片脚が動かなくなった敵機は、その場でキリキリ舞いをした挙句、動かない脚がもぎ取られて倒れ込んだ。
「強さをお求め…と申されましたな?」
さらなる敵機の繰り出すパイクを打ち払い、ヴォクスデンはノヴァルナに問い掛ける。
「あ…ああ」
このタイミングで…と言いたげな口調のノヴァルナ。
「あなたの真にお求めになるべき強さとは、本当にこのようなもので、宜しいのでしょうか?」
「え?」
怪訝そうな声を漏らすノヴァルナの視線の先で、ヴォクスデンはポジトロンパイクを打ち払った敵機の頭部を斬り飛ばし、さらに両腕を切断して戦闘力を奪うと、鑓の石突きで胸部を突いて転倒させた。
「テルーザ陛下は確かにお強い。天下無双のBSIパイロットになられた。だがしかしそれは、真に銀河を統べる星帥皇に求められる強さなのか…という事です」
「!………」
そこへ二機の陸戦仕様『ミツルギ』がヴォクスデン目掛け、横に並んで突進して来る。ヴォクスデンは左手でポジトロンランスを短く握り、右手で腰に差すクァンタムブレードを引き抜いた。そして加速。すれ違いざまに放った二刀流の斬撃は、通り過ぎた二機の敵機体の脇からバックパックを切り裂いて、対消滅反応炉を緊急停止に追い込む。
「どれほど無双のパイロットであっても、単機で相手取るには三十や四十…時には五十の敵機が限界。一度に百機の敵を相手取るなどは不可能。そしてその百機の指揮を…いかに損害を抑えて無双のパイロットを倒すか。ひいてはいかに星々を…宇宙を統べるかこそが、あなた様に求められる真の強さではないのですか?」
「!!!!」
ヴォクスデンはそう言いながら、立ち向かって来た敵機の胸板を、ポジトロンランスのひと突きで深く刺し貫いた。そして同時に告げた言葉は、ノヴァルナの胸に突き刺さる。星大名が極めるべきはパイロット道ではなく、星々の統治者としての道なのだ。
「俺は…」
周囲を激しい雨模様に囲まれる中、立ち尽くすノヴァルナ。そこへガーヒュの怒声が割って入る。
「ベラベラと、余裕こきやがってぇッ!!!!」
突進して来たガーヒュの『ジャゴーGE』が、巨大なナタのような大剣を振り下ろす。だが機体をスルリと横滑りさせたヴォクスデンは、難なくその一撃を回避する。続けさまに大剣を横に薙ぎ払う『ジャゴーGE』だが、ヴォクスデンには届かない。さらにヴォクスデンは両方の操縦桿を素早く前後に操作し、機体を翻した。背後から別の陸戦仕様『ミツルギ』が迫り、ポジトロンパイクで斬り掛かったからである。『ジャゴーGE』との挟撃だったのだが、ヴォクスデンには通用しなかったようだ。
挟撃を目論んだ『ミツルギ』は、流れるように動くヴォクスデン機の反撃を受けて、右脚を大腿部で両断された。さらにヴォクスデンは突撃を仕掛けて来た、別の陸戦仕様『ミツルギ』が繰り出す斬撃も打ち払い、ポジトロンランスでバックパックを斜め後ろから刺し貫く。小型対消滅反応炉が緊急停止し、湿原の上に膝から崩れ落ちる敵機。
「ぬああ! クソがぁッッ!!!!」
いきり立って大剣を左右に振るい、ヴォクスデン機に追い縋るガーヒュ。しかしその切っ先は僅か数メートルのところで、ヴォクスデンの『ミツルギCC』を捉えられない。完全に見切られているのだ。
「ふざけやがってぇ! こうなりゃ…こうだ!!」
もはや我慢ならないと怒りが頂点に達したガーヒュは、コクピットのサイバーリンク深度調整キーを最大レベルに上げた。
「ぎゃああああっ!!!!」
BBBS―――総合支援システムの副作用が、脳の血管を破裂させるような激痛を生み出し、ガーヒュはヘルメットを抱えて悲鳴を上げた。だがその痛みの中で、本来なら常人が達せられないBSHOとの完全サイバーリンクへ到達する。残存する味方の五機の陸戦仕様『ミツルギ』が捉える、ヴォクスデン機のセンサー情報までが脳の中へ流れ込んで来るのを感じる。
「見える! 見えるぜ、貴様の動きが…ヴォクスデン!!」
俄然動きが良くなった『ジャゴーGE』が、体ごとぶつかるような大剣の斬撃を放つ。その衝撃波で湿原から水のカーテンが高々と上がった。しかしその先にヴォクスデン機の姿は無い。瞬時に最大出力で放出した反転重力子で後方へ跳躍、飛びずさったのである。
「やめよ、ガーヒュ。脳が焼き付くぞ」
「うるせぇ! 貴様を倒し、俺がパイロットの頂点に立つんだぁ!!!!」
「そうまでする先に、何を求めるというのか!?」
「強けりゃいいんだ! 強けりゃ金も女も、思いのままだからなぁ!!」
再び立ち尽くすノヴァルナ。発露の仕方の違いこそあれ、このガーヒュが目指しているものは、“とにかく強くなる”ことで大差が無いのだ…と思ったからだ。
ヴォクスデンの導きで、ノヴァルナは自分が見失っていたものを思い出した。単に戦場での強さを欲するだけであるなら、あの『ヴァンドルデン・フォース』のベグン=ドフと同じだ。ベグン=ドフは一対一で自分を斃す事に執着し、本来果たすべきBSI部隊の指揮を放棄していた。そしてそれを自分は“武人ではない”と、否定していたではないか…
無様だ、俺―――
口では否定しながら、ドフに一対一のBSHO戦で、敗北寸前まで追い詰められた事。そして星帥皇テルーザとの模擬戦闘で、手も足も出ずに敗れた事が、こんなはずじゃない…と、ノヴァルナ自身を迷走させていたのだ。
これまでの戦いの中で、心身ともに充実した状況での一騎打ちにおいて常に勝利して、戦局を決定づけて来たノヴァルナである。それが立て続けに二度、通用しなかったとなると、自信も揺らがざるを得ない。とくにテルーザ戦は、その前のベグン=ドフとの戦いで失いかけた自信を、勝利で取り戻す意味合いもあっただけに、一方的な敗北を受け入れられなかったのだろう。
自らを省みるノヴァルナの視線の先で、逆に自己の求めるものの何たるかを掴み切れていないガーヒュが、『ジャゴーGE』に大剣を振り回させる。
「がぁあああ!」
支援システムの強制深々度サイバーリンクが脳に与える激痛に咆哮し、大剣を振り抜くガーヒュ。だがその斬撃はヴォクスデンの『ミツルギCC』を掠めもせず、背後にあったはずの石灰岩の岩柱だけを真っ二つに断ち割るだけだ。
「クッそぉおおお!! 動きは見えてるのに、なんで当たらねぇえ!!??」
追い縋る『ジャゴーGE』の斬撃を紙一重で回避しながら、ヴォクスデンは冷めた口調で説く。
「それが未熟というもの。なぜ当たらぬか気付かぬ限り、どのような機体に乗ろうと、我には勝てぬぞ」
確かにBSHO『ジャゴーGE』とのサイバーリンク深度を、強制的に適性数値まで高めたガーヒュには、ヴォクスデン機の動きが見えていた。つまり情報のインプットは完璧である。だがそれに対する自身の反応…アウトプットに難があった。反応速度も速くなった機体を、充分に操るだけの操縦技術―――技量が足りていないのだ。
かつてノヴァルナを屠ろうとしたイマーガラ家のセッサーラ=タンゲンが、強制サイバーリンクで操縦したBSHO『カクリヨTS』は、この欠点を克服するために、同じイマーガラ家で最強のBSIパイロットと言われる女性武将、シェイヤ=サヒナンの戦闘パターンを組み込んでいた。やはり心技体の全てが揃ってこその、パイロットレベルという事なのだろう。
「舐めるなぁあああ!!」
ヴォクスデンの言葉に聞き耳を持たず、怒りに吼えるガーヒュは、残存する五機の陸戦仕様『ミツルギ』に指示を出す。
「おまえら! コイツを取り囲め!」
それに従って陸戦仕様『ミツルギ』は素早く、ヴォクスデンを後方から半包囲した。純粋に地上戦における機体の素早さでは、宇宙戦仕様のままのヴォクスデン機を上回る。そこへ追い込む形でガーヒュは突撃を仕掛けた。技量の差をBSHOの圧倒的な出力で押し潰す作戦だ。技量では及ぶべくもない今の状況での力押しは、選択肢としては悪くない。
大型Qブレードを機体前面で斜めに構えて盾代わりにし、水飛沫を巻き上げながら猛然と迫る、ガーヒュの『ジャゴーGE』。しかしヴォクスデンは落ち着いたもので、ポジトロンランスを湿原に突き刺すと、機体の姿勢を低くしながらノヴァルナとの通信で「さて、お客人―――」と語り掛けた。
「折角のご訪問なれば…一つ、手土産をお渡し致しましょう」
手土産…と首をかしげるノヴァルナの前で、ヴォクスデンは親衛隊仕様『ミツルギCC』に、Qブレードを両手で握らせ、右斜め下段に構える。そして突進して来る『ジャゴーGE』へ、自分から間合いを詰めていった。だがその速度は素早くはない…いや、むしろ遅いぐらいだ。しかも隙だらけにノヴァルナには見える。
そしてそれは『ジャゴーGE』を操る、ガーヒュにも同様に見えているらしい。機体を翻しながら嘲るように言う。
「そんなノロマな動き、止まって見えるぜぇ!!!!」
ところが次の瞬間、回避したはずの『ジャゴーGE』の大剣を握る両手首から、赤いプラズマが血のように噴き出してそのまま切断された。大剣を握った状態で湿原の上に落下する、『ジャゴーGE』の両手首。降りしきる雨の中、ヴォクスデンはさらに、のそり…と緩慢な動きでQブレードを真横に一閃した。
するとその直後…そうではない、すでにその直前に『ジャゴーGE』の胴体からも、赤いプラズマが横一線に噴き出したのである。
「秘剣、“一つの太刀”」
眼にも止まらぬではなく眼にも見切れるはずの、素人のような斬撃を放ったヴォクスデンが静かに告げると、『ジャゴーGE』の胴体はガーヒュのいるコクピットの、上部ギリギリのところで真っ二つになった。
「!!!!????」
両断され横転する『ジャゴーGE』のコクピットから、何が起きたのか理解出来ないまま投げ出されたガーヒュは、湿原の深みに落ちて、水草に絡まれながらもがき、悲鳴を上げる。
「たっ、助けてくれ、俺は…俺は、泳げねぇんだぁあ!!!!」
ただそのどこか間抜けでユーモラスな声を聞いても、到底ノヴァルナに笑う余裕はなかった。ヴォクスデンが見せた“秘剣”に、テルーザとの模擬戦で敗れた時のような、戦慄を覚えていたからである………
▶#18につづく
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