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第16話:風雲児、伝説のパイロットと邂逅す
#16
しおりを挟む「クソッ。散れ!」
「回避だ。回避!」
「距離を取るんだ!」
敵兵達は口々に言うと、慌てて操縦桿を引いて機体を翻した。そこへ今度は腰を落とした『ミツルギCC』から。低い弾道のライフル弾。それは退避行動に入った直後の二機の敵機を狙って、一機は右足首、もう一機は左足首を吹っ飛ばされてバランスを崩し、盛大な水飛沫を撒き散らして転倒した。ほぼ水平方向への機動に制限されるのはガーヒュ側も同じであるから、数の多さが逆に混乱を招いた形だ。
「ちくしょう! よく見えん!!」
敵のパイロットの一人が、機体を横滑りさせながら忌々しそうに言う。コクピットの全周囲モニターは、激しい雨に灰色一色の世界である。無論、機体には質量体検出センサーや赤外線センサーなどが装備され、画面には視界が悪い中でも、味方の機体が白、ヴォクスデンの『ミツルギCC』が赤で輪郭表示されていた。だがどうしても、並みの人間は視覚が得る情報に気を取られるもので、土砂降りの雨による視界の妨げに、集中力が持続しない。とその時ヘルメット内に、横滑りさせている機体の進行方向から、衝突警報音が鳴り響いた。
「なん―――ぐあっ!!!!」
疑念の言葉を口にしながら機体を翻そうとした刹那、そのパイロットの機体は激しい衝撃に包まれ、左肩から左脚までぐしゃりと潰れてしまう。この大湿原の所々で地下から突き出している、先のとがった石灰岩の柱に全速で激突したのだ。転倒した機体は破片と部品を撒き散らしながら、湿原の上を転がって行ってそのまま動かなくなった。
「無駄な動きが多いゆえ、そうなる」
自滅した敵機を横目に見ながら、ヴォクスデンは静かに乗機の『ミツルギCC』にトリガーを引かせる。土砂降りの雨の向こうで閃光がまた一つ。続いて遠雷のように聞こえて来る爆発音。老パイロットの動きにはその発言通り、無駄な動きが全くない。
これを観るノヴァルナは唸らざるを得なかった。二世代前の旧式でしかも宇宙戦仕様のままの『ミツルギCC』が、通常量産型とは言え現行世代で陸戦仕様の『ミツルギ』の圧倒的多数を相手に、単機で凌駕しているのだ。
これは全てヴォクスデンが無駄のない動きで、機体性能を完全に引き出しているのに対し、相手側が陸戦仕様機の性能を活かしきれていないからである。そしてこの状況は、星帥皇テルーザと戦った時の自分…ノーマル状態のままのテルーザに対し、“トランサー”を発動してようやく互角だった自分を、ノヴァルナは重ね合わせていた。
“トランサー”であっても、機体性能を完全に引き出せ…いや、絞り出せなくては真の強さは得られないのだ。そしてそれを簡単にやってのけるのが、テルーザの天才たる所以に違いない。
「ガーヒュ。駄目だ、銃撃が当たらねぇ!!」
数を減らされる一方のガーヒュ側のパイロットが、業を煮やして怒声を上げる。そして言われるまでもなく当のガーヒュも、充分にはらわたを煮えくりかえしていた。
「わかってる! こうなりゃ接近戦だ。かかれ!!」
操縦桿を握り締めて命じるガーヒュ。『ジャゴーGE』が腰の裏で横向きに差していた、大型クァンタムブレードを引き抜いて両手で握る。機体の足元で水のカーテンが伸び上がり、『ジャゴーGE』は猛スピードで突進を開始した。ガーヒュのイタチのような顔の、鋭い眼が吊り上がる。
他の陸戦仕様『ミツルギ』も、一斉にポジトロンパイクに装備変更し、距離を詰め始めた。その時、暗い空に雷光が走り、雨中に大型Qブレードとパイクの刃が煌いて、幾つもの青白い光を放つ。
敵の動きを見て、ヴォクスデンは『ミツルギCC』を停止させた。当然、敵パイロットとて素人ではない。直線移動は避けて複雑なコースを描き、ヴォクスデン機をとの間合いを詰めようとする。だがいずれにせよヴォクスデン機が停止してしまうと、複数の機体で襲い掛かるにもコースが限定される。敵が自分に向けてターンする、転回点を読みきったヴォクスデンがトリガーを引くと、さらに二機の敵が、大腿部を撃ち抜かれて転倒した。
だがその二機が撃破されている間に、他の敵機が距離を詰めて来ている。即座にライフルをバックパックのウエポンラックに戻して、ヴォクスデンの乗る『ミツルギCC』は加速。一瞬後にポジトロンランスを手に取るが早いか、下から左斜め上へ一閃した。至近まで突っ込んで来ていた敵の陸戦仕様『ミツルギ』が、左腋から右肩まで両断され、斬り捨てられる。
するとヴォクスデン機は、敵機が手にしていたポジトロンパイクが落ちるところを、片手で掴み取って背後を振り返り投擲した。投げられたパイクは後ろから襲い掛かろうとしていた別の敵機を、頭部から胸元まで割り裂く。
さらに頭部を破壊された敵機が、仰向けに倒れて水飛沫を上げる間にヴォクスデン機は腰を落とし、ポジトロンランスを真横に薙ぎ払った。その一撃は今まさに斬り掛かって来ていた、別の敵機へのカウンターとなって両足首を切断。湿原の中へ突っ伏させる。
「あれが…宇宙戦仕様の機体がする、動きだってのかよ…」
ヴォクスデン機の目の覚めるような機体機動に、ノヴァルナは呟きながら思わず拳を握り締めた。さらに一機の陸戦仕様『ミツルギ』が瞬時に仕留められると、ノヴァルナは歯を食いしばる。たとえ地上戦向けに調整した『センクウNX』に乗っていたとしても、自分では陸戦仕様BSIを相手に、あんな戦いは出来ないと思ったからであった。
▶#17につづく
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