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第17話:風雲児 都の星で ひと暴れ
#01
しおりを挟む表情を強張らせたノヴァルナが、叩きつけるように問い質す。
「ノアが拉致されただと!? どういう事だ!!??」
雷鳴のような詰問に、ササーラは自分が責められているかの如く、頬を引き攣らせて応答する。
「は…はっ。今から一時間ほど前、ノア様がミディルツ・ヒュウム=アルケティ殿とお会いになる予定であった、『ゴーショ立体大庭園』内にて、イースキー家特殊部隊の待ち伏せを受け、囚われの身となったと…護衛役のカレンガミノ姉妹からの通報を受けましてございます」
それを聞いてノヴァルナは「しまった…」と、拳を握り締めた。イースキー家の特殊部隊というのは、惑星ルシナスで自分達を狙った連中に違いない。その次に立ち寄った惑星ガヌーバでは遭遇せず、その後さらに予定を変更し、『ヴァンドルデン・フォース』との戦いに身を投じたため、特殊部隊の動向が掴めなくなっていたのである。それが皇都の『ゴーショ・ウルム』の近くで、自分ではなくノアを待ち伏せしていたのは想定外だった。
「わかった。とりあえず報告の続きは、戻りながらだ!」
そう言ってノヴァルナは扉を蹴破りそうな勢いで控室を後にする。するとササーラの報告を、ランが引き継いで告げ始めた。
「カレンガミノ姉妹の報告によれば、アルケティ殿との待ち合わせ場所に着いたものの、そこにはアルケティ殿はおらず―――」
「代わりにいたのが、特殊部隊ってワケか」とノヴァルナ。
「はい…ノア姫様を案内して来た、ソニアなる女が特殊部隊の手先だったらしく、カレンガミノ姉妹は姫様を守ろうとするも、敵は周囲の一般客に銃口を向け、降伏を迫って来たとの事」
「一般客に銃口だと?」
自然と駆け足になっているノヴァルナ。カレンガミノ姉妹はノアを守るためであるなら、処罰覚悟で一般客の犠牲を顧みないであろうが、ノア自身がそれを許さずに、降伏の道を選ぶはずである。
「は…ノア姫様は降伏を受諾。ただカレンガミノ姉妹の妹のマイアは隙を見て、脱出する事に成功。我等のところへ緊急通報して来た次第です」
「それでノアは!?」
「連れ去られはしましたが、姉妹によれば二年前の拉致未遂事件以来、日頃からこういう事態に備え、姫の着衣に超小型発信機を縫い込んでいるとの事。追跡は可能です」
二年前の拉致未遂事件とは、やはりイースキー家がノアを拉致し、二人の弟を人質に、旧宗主のトキ家の嫡男リージュ=トキとの、政略結婚を迫ろうとした事件であった。だがその時とは事情が違うような気がする。そしてノヴァルナはある可能性に気付いて、背筋が凍りそうになるのを感じた。ノアの死である。
ノアの死という可能性は、ノヴァルナが今しがたの謁見でテルーザから提示された、いずれ銀河皇国関白の座を与えてもよい、という未来が出現した事によるものである。これはノヴァルナが運命論者という、半ば怪しげな思想に染まっているわけではなく、“因果律の揺り戻し”を考えての事だ。
『時空連続体理論』によるタイムパラドックスの発生、などといった科学分野の理論体系化は、今の銀河皇国でもそれほど進んではいないが、“未来の事象が過去の事象に干渉する”という量子論的観点と結びついた、“未来のある事象”が成立するためには“現在のある事象”の発生が必然、という考え方が存在している。
それを今回の件に当てはめた場合、本来ならノヴァルナと出逢う前に事故死していたノアがノヴァルナと出逢って生き延び、それが因果律に作用して結果的に世界線が分岐した可能性はあるが、分岐した世界線でもノヴァルナが銀河皇国関白となる事が確定していて、元の世界線でそれにノアの不在が関係していたとしたら、過程こそ違え、ノアの死という事象が発生するはずなのだ。これが“因果律の揺り戻し”である。
一見すると大袈裟に思える話だが、人間という存在とその行動も物理現象の一つであって、ノヴァルナという物理現象は現在、ノアという物理現象に多大な影響を受けている。そのノアという物理現象が存在しなくなった場合、ノヴァルナという物理現象の未来が大きく変わるのは必然だ。そしてノヴァルナが将来的に銀河皇国関白という、シグシーマ銀河系全体の物理現象に影響を及ぼすような存在となるのであれば、ノアの死は重大な事象となって来る。
ノヴァルナが恐れたのは、そんな“因果律の揺り戻し”だった。
無論、将来的に銀河皇国関白の座を提示されたのと、今回の拉致事件は偶然だと思いたいノヴァルナである。だがノヴァルナはこれまでの人生で、何かが大きく進む度に大切なものを失って来た。
ノアとの婚約でサイドゥ家との和睦がなった直後の、父親ヒディラスの死…
天敵セッサーラ=タンゲンと引き換えの、後見人セルシュの死…
キオ・スー=ウォーダ家征服直後の、叔父ヴァルツの死…
イマーガラ家との和睦直後の、ノアの父ドゥ・ザン=サイドゥの死…
考えたくはない…考えたくはないが、不安は拭えない。拉致目的とはいえ不可抗力でノアを失う恐れがある。先日の『ヴァンドルデン・フォース』との戦いで、首領のラフ・ザス=ヴァンドルデンに問われた、“もし自分の大切な誰かを凄惨な死に追いやられたら?”…自分の心は壊れ、未来で自分が嫌悪した、圧政を敷く暴君ノヴァルナが誕生するかもしれない―――
宇宙港へ到着したノヴァルナは、送迎の車のドアが自動で開く前に、自分の手で押し開けて飛び降りる。車の停車位置で待ち構えていたキノッサは、片膝をついて即座に告げた。
「『クォルガルード』は発進準備を完了しております。お急ぎを!」
▶#02につづく
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