銀河戦国記ノヴァルナ 第2章:運命の星、掴む者

潮崎 晶

文字の大きさ
354 / 508
第17話:風雲児 都の星で ひと暴れ

#05

しおりを挟む
 
「ソニア…?」

 晒されたくない事実を晒されて、打ちひしがれるソニアに困惑するノア。なおもバードルドはソニアに絡んで来る。

「忘れんなよ、ソニア。俺達が金を払って常連になってやってるのは、おまえに貴族サマだって付加価値があるだけだって事をな。そうでなきゃおまえ程度の女は、その辺で捕まえてくりゃ、幾らでもヤれるんだぜ」

「!………」

 口を真一文字にして黙り込むしかないソニア。その代わりに口を開いたのはノアであった。毅然として「あなた!」とバードルドに言い放つ。

「私の友人を侮辱する事は許しません! 彼女に謝罪しなさい!」

「ノア…」

 ノアを振り向くソニア。持ち前の気の強さを発揮したノアだがしかし、囚われの身となった今の状況でその態度は、バードルドのような男を、逆につけ上がらせるだけでしかない。

「ほほぅ。こりゃまた気の強い姫様ですなぁ。とびきりの美人でこんだけ気が強いとはまた、へへ…そそられるってもんでさぁ」

 舐めるような眼でノアを見回したバードルドは、その視線を、ノアの背後にいるビーダへ移して言った。

「ザイード様。仕事が済んだらこの姫様、俺らに頂けませんかねぇ?…これだけの上玉となりゃあ、この皇都でもめったに手に入りませんし、他の傭兵共へのいい売り物になるってもんで。ああ無論、その分は今回の報酬から、大きく割引させて頂きますぜ」
 
 だがノアを連れ帰る事が目的のビーダが当然、首を縦に振るはずもない。金箔張りの扇を取り出して口元を隠し、「あらん、ダメよぉ」と妖しげな流し目を交えて拒絶する。

「このお姫様は、捕らえてアタシ達の愛するオルグターツ様へ、お届けしなきゃならないの。だから、ダぁメ」

「オルグターツ?」

 眉をひそめるノア。ビーダとラクシャスが、オルグターツ=イースキーの側近である事は知っているが、自分を捕らえたのが、ノヴァルナをおびき出すための人質ではなく、イースキー家へ連れ戻す事―――しかも当主のギルターツではなく、嫡男のオルグターツのもとへ届けようとしている事は、予想外だったのだ。
 ビーダとラクシャスが合流する前の、惑星ルシナスでの襲撃では、クーケンはノア姫の拉致命令を独断で放棄し、ノアを捕らえようとはしなかったのだから、戸惑うのも無理はない。

「ああー…ノア姫様にはまだ、お話ししてませんでしたわねぇ」

 そう言ってビーダは視線をノアに移す。それにラクシャスが続けた。

「我等が主、オルグターツ様が、ノア姫様をご所望なのです」

 オルグターツの歪んだ部分が多い人格を知るノアは、ラクシャスの物言いに表情を硬くする。そしてさらにおぞましい言葉を付け加えるビーダ。

「そう。ノア姫様をペットにして、お飼いになりたいそうですの」

「!………」

 身をすくめるノア。代わりにこれ以上は聞くに堪えないと怒声を上げたのが、一緒に捕らえられていたメイアである。後ろ手に手錠を掛けられたまま、ビーダに詰め寄る。

「そのような事が許されると、思っているのか!? ノア姫様は貴様達だけでなく、オルグターツ殿の主筋の血に連なるお方なのだぞ!」

 するとビーダは俄かに眼光を鋭くし、パーン!…とメイアの頬に、平手打ちを喰らわせた。その音の響きが示すように、強烈な一発でメイアは床に倒れる。口の中を切ったらしく、睨み上げるその唇の端からは鮮血が滲んだ。「メイア!」と叫んで身を寄せるノア。一方、ビーダは秘めていた凶悪な一面を現した。

「下賤の身の分際で、意見するんじゃ無いよッッッ!!!!」

 激高したビーダは口だけでなく、床に倒れているメイアを二度、三度と踏みつけて来る。ノアは咄嗟に体を投げ出してメイアを庇った。その直後、勢い止まらずノアまで踏みつけかけたビーダを、ラクシャスが突き飛ばして止めさせる。

「落ち着け、ビーダ!」

 相棒に諫められて幾分かは気持ちを抑えたビーダだが、肩で息をしながら『アクレイド傭兵団』のバードルドに、吐き捨てるように言った。

「姫様は無理だけど、この女は差し上げてもいいわよ。この女…昔はそっちのソニアちゃんと同じで、体を売って暮らしてたんだから。双子の妹と一緒にね!」

 しかしバードルドがそれに何かを答える事は無かった。工場区の地表部に配置した見張りが、ノヴァルナの乗る『クォルガルード』の接近を発見し、報告して来たからである。
 
 西方六番見張り員からもたらされた、ノヴァルナの『クォルガルード』の接近情報がデータパッドに表示されると、クーケンは眉をひそめた。こちらに向かうコースが直線的で、無防備だからだ。
 手にした扇の上に展開したホログラムスクリーンで、同じ情報を見るビーダは、何の考えもなさそうに言う。

「来た来た、真っ直ぐこっちに来たわ。速度は随分ゆっくりね。到着までは五分…てとこかしら。じゃ、現場指揮をよろしくお願いね。少佐」

「はっ!」

 短く応えたクーケンは管理棟を辞し、直属の特殊部隊を配置している、浄化・空調施設の後方部分へ小走りで向かった。ビーダは気付いていないようだが、敵の輸送艦の接近の仕方が、あからさまな“陽動”であり過ぎるのが気になる。
 クーケンは実戦経験の豊富な指揮官の勘が、警告を発するのを感じていた。こちらが惑星ルシナスで襲撃を掛けた時より、戦力を増加したのと同じように、ノヴァルナ側も、戦力を増加したのではないか…と、思えるのだ。それをいつ、どのようにして行ったかは不明だが、警戒はするべきだった。

 すると途中で『アクレイド傭兵団』の指揮官である、バードルドからの連絡が入る。こちらもクーケンに少し遅れて、自分の部隊のもとへ向かっていた。

「クーケンさんよ。こっちはこっちで、好きにやらせてもらうからな」

「ああ。持ち場を守ってくれさえすれば、あとは任せる」

 淡々と応じるクーケン。『アクレイド傭兵団』は、施設の左右に分けて配置してあり、残る前方にイースキー家の通常陸戦隊を配置していた。地表部にいる見張り員は、この通常陸戦隊から抽出している。
 ところがクーケンが到着した途端、前方に配置した陸戦隊から、緊急の報告が飛び込んで来た。

「こちらピッカー09! 敵の―――」

 そこで途切れる通信。クーケンは各部隊の通信とデータ処理を行う、バックパックを背負った兵士が展開させている、簡易型の戦術状況ホログラムへ即座に歩み寄ると、配置した兵士の状況を確認した。施設の前方1階右側にいるはずの、“ピッカー08”と“09”“10”の生命反応が、一斉に“DEAD”に変わる。

「こちらスキッパーリーダー。警戒せよ。施設内にすでに敵が侵入している。繰り返す。敵がすでに侵入している。警戒せよ」

 冷静な口調で全部隊に通信を入れるクーケン。しかし内心は穏やかではない。敵の動きが予想より遥かに速いのだ。警戒を促したにも拘らず、“ピッカー05”と“17”も生命反応が消えた。陸戦隊にも指揮官がおり、自分達の状況に気付いて手を打っているはずであるが…

“ノヴァルナ様の親衛隊だとしても、動きが違う…これはもしや、我々と同じ特殊部隊かも知れんぞ”

 これは待ち伏せするつもりの自分達の方が、狩られる獲物になったのではないかと、クーケンは眼光を鋭くした………




▶#06につづく
 
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ゲームコインをザクザク現金化。還暦オジ、田舎で世界を攻略中

あ、まん。@田中子樹
ファンタジー
仕事一筋40年。 結婚もせずに会社に尽くしてきた二瓶豆丸。 定年を迎え、静かな余生を求めて山奥へ移住する。 だが、突如世界が“数値化”され、現実がゲームのように変貌。 唯一の趣味だった15年続けた積みゲー「モリモリ」が、 なぜか現実世界とリンクし始める。 化け物が徘徊する世界で出会ったひとりの少女、滝川歩茶。 彼女を守るため、豆丸は“積みゲー”スキルを駆使して立ち上がる。 現金化されるコイン、召喚されるゲームキャラたち、 そして迫りくる謎の敵――。 これは、還暦オジが挑む、〝人生最後の積みゲー〟であり〝世界最後の攻略戦〟である。

死んだはずの貴族、内政スキルでひっくり返す〜辺境村から始める復讐譚〜

のらねこ吟醸
ファンタジー
帝国の粛清で家族を失い、“死んだことにされた”名門貴族の青年は、 偽りの名を与えられ、最果ての辺境村へと送り込まれた。 水も農具も未来もない、限界集落で彼が手にしたのは―― 古代遺跡の力と、“俺にだけ見える内政スキル”。 村を立て直し、仲間と絆を築きながら、 やがて帝国の陰謀に迫り、家を滅ぼした仇と対峙する。 辺境から始まる、ちょっぴりほのぼの(?)な村興しと、 静かに進む策略と復讐の物語。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

老聖女の政略結婚

那珂田かな
ファンタジー
エルダリス前国王の長女として生まれ、半世紀ものあいだ「聖女」として太陽神ソレイユに仕えてきたセラ。 六十歳となり、ついに若き姪へと聖女の座を譲り、静かな余生を送るはずだった。 しかし式典後、甥である皇太子から持ち込まれたのは――二十歳の隣国王との政略結婚の話。 相手は内乱終結直後のカルディア王、エドモンド。王家の威信回復と政権安定のため、彼には強力な後ろ盾が必要だという。 子も産めない年齢の自分がなぜ王妃に? 迷いと不安、そして少しの笑いを胸に、セラは決断する。 穏やかな余生か、嵐の老後か―― 四十歳差の政略婚から始まる、波乱の日々が幕を開ける。

ソラノカケラ    ⦅Shattered Skies⦆

みにみ
歴史・時代
2026年 中華人民共和国が台湾へ軍事侵攻を開始 台湾側は地の利を生かし善戦するも 人海戦術で推してくる中国側に敗走を重ね たった3ヶ月ほどで第2作戦区以外を掌握される 背に腹を変えられなくなった台湾政府は 傭兵を雇うことを決定 世界各地から金を求めて傭兵たちが集まった これは、その中の1人 台湾空軍特務中尉Mr.MAITOKIこと 舞時景都と 台湾空軍特務中士Mr.SASENOこと 佐世野榛名のコンビによる 台湾開放戦を描いた物語である ※エースコンバットみたいな世界観で描いてます()

処理中です...