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第17話:風雲児 都の星で ひと暴れ
#05
しおりを挟む「ソニア…?」
晒されたくない事実を晒されて、打ちひしがれるソニアに困惑するノア。なおもバードルドはソニアに絡んで来る。
「忘れんなよ、ソニア。俺達が金を払って常連になってやってるのは、おまえに貴族サマだって付加価値があるだけだって事をな。そうでなきゃおまえ程度の女は、その辺で捕まえてくりゃ、幾らでもヤれるんだぜ」
「!………」
口を真一文字にして黙り込むしかないソニア。その代わりに口を開いたのはノアであった。毅然として「あなた!」とバードルドに言い放つ。
「私の友人を侮辱する事は許しません! 彼女に謝罪しなさい!」
「ノア…」
ノアを振り向くソニア。持ち前の気の強さを発揮したノアだがしかし、囚われの身となった今の状況でその態度は、バードルドのような男を、逆につけ上がらせるだけでしかない。
「ほほぅ。こりゃまた気の強い姫様ですなぁ。とびきりの美人でこんだけ気が強いとはまた、へへ…そそられるってもんでさぁ」
舐めるような眼でノアを見回したバードルドは、その視線を、ノアの背後にいるビーダへ移して言った。
「ザイード様。仕事が済んだらこの姫様、俺らに頂けませんかねぇ?…これだけの上玉となりゃあ、この皇都でもめったに手に入りませんし、他の傭兵共へのいい売り物になるってもんで。ああ無論、その分は今回の報酬から、大きく割引させて頂きますぜ」
だがノアを連れ帰る事が目的のビーダが当然、首を縦に振るはずもない。金箔張りの扇を取り出して口元を隠し、「あらん、ダメよぉ」と妖しげな流し目を交えて拒絶する。
「このお姫様は、捕らえてアタシ達の愛するオルグターツ様へ、お届けしなきゃならないの。だから、ダぁメ」
「オルグターツ?」
眉をひそめるノア。ビーダとラクシャスが、オルグターツ=イースキーの側近である事は知っているが、自分を捕らえたのが、ノヴァルナをおびき出すための人質ではなく、イースキー家へ連れ戻す事―――しかも当主のギルターツではなく、嫡男のオルグターツのもとへ届けようとしている事は、予想外だったのだ。
ビーダとラクシャスが合流する前の、惑星ルシナスでの襲撃では、クーケンはノア姫の拉致命令を独断で放棄し、ノアを捕らえようとはしなかったのだから、戸惑うのも無理はない。
「ああー…ノア姫様にはまだ、お話ししてませんでしたわねぇ」
そう言ってビーダは視線をノアに移す。それにラクシャスが続けた。
「我等が主、オルグターツ様が、ノア姫様をご所望なのです」
オルグターツの歪んだ部分が多い人格を知るノアは、ラクシャスの物言いに表情を硬くする。そしてさらにおぞましい言葉を付け加えるビーダ。
「そう。ノア姫様をペットにして、お飼いになりたいそうですの」
「!………」
身をすくめるノア。代わりにこれ以上は聞くに堪えないと怒声を上げたのが、一緒に捕らえられていたメイアである。後ろ手に手錠を掛けられたまま、ビーダに詰め寄る。
「そのような事が許されると、思っているのか!? ノア姫様は貴様達だけでなく、オルグターツ殿の主筋の血に連なるお方なのだぞ!」
するとビーダは俄かに眼光を鋭くし、パーン!…とメイアの頬に、平手打ちを喰らわせた。その音の響きが示すように、強烈な一発でメイアは床に倒れる。口の中を切ったらしく、睨み上げるその唇の端からは鮮血が滲んだ。「メイア!」と叫んで身を寄せるノア。一方、ビーダは秘めていた凶悪な一面を現した。
「下賤の身の分際で、意見するんじゃ無いよッッッ!!!!」
激高したビーダは口だけでなく、床に倒れているメイアを二度、三度と踏みつけて来る。ノアは咄嗟に体を投げ出してメイアを庇った。その直後、勢い止まらずノアまで踏みつけかけたビーダを、ラクシャスが突き飛ばして止めさせる。
「落ち着け、ビーダ!」
相棒に諫められて幾分かは気持ちを抑えたビーダだが、肩で息をしながら『アクレイド傭兵団』のバードルドに、吐き捨てるように言った。
「姫様は無理だけど、この女は差し上げてもいいわよ。この女…昔はそっちのソニアちゃんと同じで、体を売って暮らしてたんだから。双子の妹と一緒にね!」
しかしバードルドがそれに何かを答える事は無かった。工場区の地表部に配置した見張りが、ノヴァルナの乗る『クォルガルード』の接近を発見し、報告して来たからである。
西方六番見張り員からもたらされた、ノヴァルナの『クォルガルード』の接近情報がデータパッドに表示されると、クーケンは眉をひそめた。こちらに向かうコースが直線的で、無防備だからだ。
手にした扇の上に展開したホログラムスクリーンで、同じ情報を見るビーダは、何の考えもなさそうに言う。
「来た来た、真っ直ぐこっちに来たわ。速度は随分ゆっくりね。到着までは五分…てとこかしら。じゃ、現場指揮をよろしくお願いね。少佐」
「はっ!」
短く応えたクーケンは管理棟を辞し、直属の特殊部隊を配置している、浄化・空調施設の後方部分へ小走りで向かった。ビーダは気付いていないようだが、敵の輸送艦の接近の仕方が、あからさまな“陽動”であり過ぎるのが気になる。
クーケンは実戦経験の豊富な指揮官の勘が、警告を発するのを感じていた。こちらが惑星ルシナスで襲撃を掛けた時より、戦力を増加したのと同じように、ノヴァルナ側も、戦力を増加したのではないか…と、思えるのだ。それをいつ、どのようにして行ったかは不明だが、警戒はするべきだった。
すると途中で『アクレイド傭兵団』の指揮官である、バードルドからの連絡が入る。こちらもクーケンに少し遅れて、自分の部隊のもとへ向かっていた。
「クーケンさんよ。こっちはこっちで、好きにやらせてもらうからな」
「ああ。持ち場を守ってくれさえすれば、あとは任せる」
淡々と応じるクーケン。『アクレイド傭兵団』は、施設の左右に分けて配置してあり、残る前方にイースキー家の通常陸戦隊を配置していた。地表部にいる見張り員は、この通常陸戦隊から抽出している。
ところがクーケンが到着した途端、前方に配置した陸戦隊から、緊急の報告が飛び込んで来た。
「こちらピッカー09! 敵の―――」
そこで途切れる通信。クーケンは各部隊の通信とデータ処理を行う、バックパックを背負った兵士が展開させている、簡易型の戦術状況ホログラムへ即座に歩み寄ると、配置した兵士の状況を確認した。施設の前方1階右側にいるはずの、“ピッカー08”と“09”“10”の生命反応が、一斉に“DEAD”に変わる。
「こちらスキッパーリーダー。警戒せよ。施設内にすでに敵が侵入している。繰り返す。敵がすでに侵入している。警戒せよ」
冷静な口調で全部隊に通信を入れるクーケン。しかし内心は穏やかではない。敵の動きが予想より遥かに速いのだ。警戒を促したにも拘らず、“ピッカー05”と“17”も生命反応が消えた。陸戦隊にも指揮官がおり、自分達の状況に気付いて手を打っているはずであるが…
“ノヴァルナ様の親衛隊だとしても、動きが違う…これはもしや、我々と同じ特殊部隊かも知れんぞ”
これは待ち伏せするつもりの自分達の方が、狩られる獲物になったのではないかと、クーケンは眼光を鋭くした………
▶#06につづく
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